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9/21

お出かけ

それから数日が経ったある日。俺はアイリとビアンカを伴い、馬車で町へと向かっていた。


いい加減慣れたつもりだったが、このゲーム世界の奇妙な『時間経過』は、未だに俺の感覚を狂わせてくる。

イベントフラグが立つまで時間は完全に停止しており、逆にイベントが終わり次第、いつの間にか数時間、あるいは数日が経過したことになっているのだ。


向かいの席に座るアイリとビアンカは、相変わらず仲良く(?)口喧嘩を繰り広げている。

――まあ、どうせ俺にはやることもない。

暇を持て余した俺は、久しぶりに『メニュー画面』へと意識を移した。空中に浮かぶウィンドウの中で次々と現れては消える彼女たちの立ち絵を眺めながら、テキストボックスに表示されるくだらない口喧嘩の内容を適当に読み飛ばしていく。


(本来のゲームの対話(ダイアログ)とは全く違う内容なのに、こうしてシステム側が律儀にテキスト化しているのがシュールだな……。っと、今、俺に話を振ってきたか?)


画面端にひょっこりと現れた自分エンリーの立ち絵を見て一つ溜息をこぼし、意識を現実(ゲーム世界)に戻す。が、その前にもう一度だけ画面全体を見直した。


そこでは、小さくデフォルメされた馬車が『一台』、何もない草原を右から左に向かってトコトコと走り続けていた。

『町に向かっている』という設定が優先されたあまり、詳細な道のり自体が存在せず、ただ簡素な背景が虚しくループし続けるだけなのだ。


言うまでもないが、彼女たちの話を全然聞いていなかったことは即バレし、俺は町に着くまでの間、二人から理不尽な説教を受け続ける羽目になった。

――解せぬ。


さきほどの言い方だと、この数日間なにも起きていなかったように聞こえたかもしれないが、実のところ、その間の出来事はなんとか記憶に残っている。――ひどく朧げに、ではあるが。


例えるなら、一週間ひたすら単調でつまらない仕事をこなした社会人が、週末になって「今週、具体的に何をしてたっけ?」と思い出せなくなる現象に近い。なんとなくこんな作業をした、あんな打ち合わせをした――その程度の、ぼんやりとした記憶しかないのだ。


結果だけを言えば、エンリーはその数日の間でまたせっせと悪だくみを繰り広げ、ようやく『次のヒロイン』を陥れるための策を軌道に乗せたらしい。


――「やりたくてやったのか?」と聞かれたら、答えは「NO!」だ。


このスキップされた数日間、俺はエンリーの身体の主導権を奪われ、システム側に強制的に動かされていたのだから。不幸中の幸いと言うべきか、オートパイロット状態のエンリーがアイリやビアンカには手を出さなかったようだ。


なぜ俺がいきなり、こんな現実逃避めいた言い訳を心の中で並べ立てているのかって?


それは、俺がメニュー画面を眺めて二人を無視していた道中、アイリのどアホがビアンカに向けて、俺と既に肉体関係を持ったことを盛大に暴露しやがったからである。


そのせいで、今のビアンカは顔を真っ赤にして俺に迫ってきている。


「エンリーさま! この無駄肉女と交わられたというのなら、是非ともわたくしとも子孫繁栄のための神聖なる営みを――痛ッ! 何てことをしますの、このゴリラ女!?」


――帰りたい。


ただでさえ、若い美女二人に破廉恥な服を着せて町中を歩かせている、不審者極まりない人物だというのに。これ以上の騒ぎはもう勘弁してもらいたい。


「……ゴシュジンに迷惑ばかりかけて!」

「お黙りなさい。――あっ! 分かりましたわ! どうせ貴女もその一度きりで、それからエンリーさまのお情けを頂けることがなかったんじゃありませんこと?」

「そ、そんなことないし!」

「どうせ身体を鍛えることだけに時間を費やして、まともなねや教育なんて受けていらっしゃらないのでしょうね。あ~あ――お可哀想に。せっかくエンリーさまにその無駄な脂肪のお陰で見向きしてもらえたのでしょうに、一度きりでご主人様を幻滅させるなんて、哀れなアイリさま」

「なっ!? み、見なさいよ! 私がその気になれば、ゴシュジンをメロメロに出来るんだから!――あいたっ!」

「二人とも、もうそのへんにしてくれ。……だいたい、この見た目も性格も最低な俺のために、なぜそこまでお互いに対抗心を燃やすんだ?」


コツン、とアイリの頭に手刀を落として制止すると、ビアンカが不思議そうに首を傾げた。


「先ほどから思っておりましたが、エンリーさまはご自身の見た目に不満がおありですか?」

「それは、あるよ。どうせなら、こんな美人二人に見合う男になりたいし――それ以前に、人並みの容姿になりたい……」

「では、なぜ鍛錬などをなさらないのですか?」

「しばらくやってみた時期もあるが、無駄だったんだ」

「鍛錬の仕方が悪かったのかもしれませんわ。っ――そうだ! でしたら、この何の役にも立たないダメメイドに、修行の手ほどきを頼んでみてはいかがです?」

「アイリに?」

「ええ。この牛の化身は身体を動かすことだけは得意でしょうし、適役ではありませんこと?」


――そう言えば、原作ゲームにも『勇者がアイリに鍛えられる』という強化イベントがあったような……。


それに、たとえ鍛錬がまた無駄に終わってしまったとしても、アイリに相談したい事が山ほどある。ビアンカ抜きでアイリとゆっくりと話せることができるだけでも、大成功と言える。

まあ、アイリとの訓練イベントは本来『勇者くん』の特権みたいなものだ。悪役であるエンリーにフラグが立つかどうかも怪しいが、前向きに考えよう。


「ゴシュジン、顔がキモイっす」

(っ……! あの手のイベントを思い出してどうすんだよ、俺は! 本当にフラグが立ったら、どうにかアイリにセクハラめいたことをしないように気をつけないと……)

「まさか、エンリーさま――アイリとの鍛錬、『そういう』鍛錬だと想像なさいましたの?」

「あら? お子様の貴女には関係ないんじゃない、マナちゃん」

「やはり、そういうことをする気満々じゃありませんの!」

「落ち着け、ビアンカ。俺がアイリとそんなことする訳ないだろ」

「いいえ、信用できませんわ! 念のため、わたくしもその『鍛錬』に同行するしかありませんわね」

(アイリのバカ! せっかく二人きりで話せるチャンスだったのにっ!)

「貴女、戦闘力は皆無じゃない。鍛錬に参加したところ、ゼロが倍になるだけっすよ」

(いいぞ、アイリ。確かに、ビアンカは戦闘職じゃない。これで、彼女も諦めるしか――っ)

「うるさいですわ!何と言われようと、わたくしは絶対に参加しますから!」


俺たちは町中をゆっくりと歩き、かなり五月蠅くしているというのに、誰からも見向きもされない。

そもそも、NPCたちは特定の場所にしか見当たらないのだ。マップ表示だと、確実にもぬけの殻なんじゃないか、この町。


おかげで、アイリたちがあんな破廉恥な格好で堂々としていられることにも頷ける。彼女たちに羞恥心がないわけじゃない。ただ、このアブノーマルなシチュに慣れ過ぎているだけなのだ。


やがて角を曲がると、俺たちは並木に囲まれた脇道に入った。袋小路となっているその道の突き当たりに、目的地である厳かな神殿が見えてきた。


「あら、ゴシュジン、私との関係を正式なものにしに来たっすか? 嬉しい!」

「貴女、ご主人様がなぜここに来たのかご存じないの?」

「知ってるわよ! いきなりノリが悪いね、あんた」

「……ですわね。やはり、アイリさまも『未来』のことが分かっていらっしゃいますのね?」

「……まあ、そんなところっす」


(……大丈夫なのか、このイベント? ビアンカのイベントの時もそうだったが、あちこちが原作(ゲーム)の展開と違っている……)


一抹の不安を胸に、巨大な柱が並ぶ、扉のない入り口をくぐる。


するとそこには、『お待ちしておりました』と言わんばかりに無言で深く会釈をしてくる、若い修道女たちが出迎えていた。

彼女たち六人に囲まれる形で聖堂を回り込み、裏側の庭園へと誘導され、そこにあった小さな東屋ガゼボまで案内される。

石造りのそれは、植物の葉のような模様が彫り込まれた柱と、玉ねぎのような丸みを帯びた屋根を持ち、中には丸テーブルと壁沿いのベンチが備え付けられていた。


すでにそこを先客として待機していた二人が立ち上がり、先輩格であろう老神官が先に俺たちへ声を掛けてきた。


「ようこそお越しくださいました、ポークナイト卿。盟約の儀の件ですが、本日は――」

「精霊たちの憩いの場へようこそ。これからポークナイト様のご依頼を担当させていただきます、セリースと申します。ビアンカさま、エンリーさま、そしてアイリーヌさま、本日は皆様に精霊のご加護があらんことを」


優雅に会釈をして出迎える二人の神官。老神官の方がどう見ても目上だろうに、若い彼女が図々しくもしゃしゃり出てきて、丁寧な言葉とは裏腹に、俺たちを底辺の生き物でも見るかのような見下した視線を送ってくる。


彼女は、スラリと伸びた手足と華奢なスタイルを誇る美女だ。目鼻立ちのバランスも絶妙で、とんでもなく美形である。流れるような純白の髪は、頭をぐるりと囲む三つ編み部分を除いて、滑らかな肩から腰のあたりまでサラサラと豊かに溢れ落ちている。

彼女の名前サクランボを体現するような赤色の瞳は、好奇心に満ちているものの、やはり俺たちをひどく下等に見ているようだった。

そしてもう一つの特徴――それは、これでもかと派手な耳飾りで彩られた、長く尖った耳。そう、彼女、セリースは皆様お馴染みの『エルフ』である。


しかし、この世界のエルフは他のファンタジー作品によくあるような長命で賢明な種族などではなく、己の美貌に自惚れたプライドの高い少数民族にすぎない。その上――分かってはいたが、生身で見るとさすがにこの衣装の破壊力は半端ないな。


隣の老神官がごく一般的なローブに身を包んでいるのに対し、セリースだけはエルフ特有の露出度の高い民族衣装を着ていた。絹糸のようなノースリーブのシャツに着け袖、そして花弁のような淡い桜色のフレアスカート。ここまでは、大人の余裕で難なく受け止められる。

だが、シャツの脇下には腰まで届くほど深いスリットが入っており、少し動くたびに、Cカップという彼女の完璧な胸の膨らみが、その妖艶な横顔をチラチラと覗かせるのだ。


――こんな、全裸よりも煽情的な衣装をデザインした者がアホだったか。いや、アイリだったか……。

そう言えば、こいつの正式な本名は『アイリーヌ』だったのか。まるで初めて知ったぞ。


思い返せば、エルフの彼女らが最初からこんな衣装ばかりだったせいで、ネットでは「あのゲームにエルフと言う種族なんて元から存在せず、彼女らの種族名は『エロフ』なんじゃないの草」というコメントもあったような……。

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