エルフの貞操感
セリースら神殿側と相対して席に着き、アイリとビアンカに両脇をがっちりと固められた状態で、俺はまたしても現実逃避するように昔の記憶に耽っていた。
俺たちの間に置かれたテーブルはコーヒーテーブルのように無駄に低くて、真正面に座るセリースが挑発的に足を組むせいで、その我がままな太ももに自然と目が吸い寄せられる。
原作のゲームは幅広い層に向けた作品であり、一部の紳士たちのフェチに答えるように、こうしたヒロインが用意されていることは理解してはいた。だが、どうにも俺はあの頃からセリースのことが好みではなかった。幸い、ゲーム自体はRPG要素が強く、純粋な美少女ゲームではなかったから、セリースに構う必要はどこにもなかった。
そのおかげで、こんなところでそれが仇となるとは露知らず、俺は好感度も親密度もクソもないセリースのイベントを、何も考えずにスキップし続けていたのだ。いや、そもそもゲームの世界に転生して、しかも中ボスキャラになるなんて、誰が想定できるってんだ、チクショウめ!
こんな未来が待っていると知っていれば、少しは彼女のイベントも真面目に読んでおいたのだろうが……後悔先に立たず、時は既に遅しである。
――一体なにが問題かって?『盟約の儀』という曖昧なタイトルや、その儀式自体にエッチ要素がゼロってこと以外、俺はマジで何も知らないんだぞ。そもそもこの世界の『精霊信仰』の教義すらわかってねーのに、これから儀式の詳細を打ち合わせるだなんて、話についていける自信が1ミリもない。
ゲームのキャラデザやシナリオに関わったアイリや、何度もループして展開を知っているはずのビアンカなら何か知っているはずなのに。どうにかして俺をこの地雷まみれの対話から助けてくれないか。
すがる思いでアイリに視線を送るが、彼女はなぜか虚空を見つめて呆然としている。……いや、よく考えれば、ただのメイド、しかも下級貴族出身のアイリが、神官たちの前で勝手に口を挟むのは不敬にあたるか。俺は早々にアイリを見切り、ビアンカへと視線を移した。
ビアンカは小首を傾げて可憐に微笑み返し、そのまま優雅に目を伏せた。一言も発することなく。
(――待てっ! 違う、そうじゃないんだ……。このお嬢様、マジで難儀な性格してやがる……! 俺の専属メイドになって以来、意地でも主人である俺を差し置いて自分から発言しようとしないんだ。どうする……!?)
『『盟約の儀』って何をするんだ!?うっかり、精霊信仰には存在しない儀式を口走ったら、異教徒と認定されかねない。『懺悔』とか『禊』とかは別宗教っぽくて即アウトな気がする……。よし、ここは『お清め』というふわっとしたワードが無難だろう。それなら俺の適当な解釈で誤魔化せるはずだ。――ていうか、今の俺(エンリ―)に一番必要なのはお清め以前に、間違いなく髭剃りと散髪なんだけどな。
「それで、儀式の下準備だが、とりあえず『お清め』あたりが必要だね――」
「――お話を始められる前に、まずはここで大精霊様へ祈りを捧げましょう」
(こいつ、一応貴族である俺に対してなんつー態度だ!)
だが、結果的に俺の適当な発言がスルーされたのは助かった。これから俺に話が振られて回答に詰まっても、「こいつが非礼を働いたから不機嫌にしている」という態度で貫き通せるはずだ。――よし、そうしよう。
(ははは! セリースの傲慢っぷりに逆に助けられたもんだなあ!)
俺は老神官やアイリたちに倣い、手を合わせ、目を閉じるふりをして静かに視線を下に向けた。
頭の中で、この世界の信仰対象たる精霊たちに思考を巡らせる。彼ら、もしくは彼女らは、ゲームの設定上間違いなく実在するはずだが、果たしてどんな存在なのだろう?
本当に神様的な何かだろうか? それとも彼らもただのNPCに過ぎないのか?
一応、心を読まれているという体で、俺はしばらく本当に目を閉じ、頭の中で謝罪と誓いを並べ立てた。
(これからセリースを神殿から引き離すことになってしまい、申し訳ありません。本来なら絶対にそんな真似はしたくないのですが、俺にはこれからの強制イベントを防ぐ術がないと分かってもらいたい。セリースのことは苦手ですが、彼女に不幸になってほしくはありません。彼女がこれから果たすべき使命には全力で助力する所存です。そして、俺にできる範囲で、彼女にも幸せになるよう、努力すると約束します。もしご助力が期待できるのなら、どうかこの苦難を俺の前から取り払っていただきたい。切にお願い申し上げます!)
すると、なんとなく耳元で、女の子なのか男の子なのかわからない、幼い子供の鈴を転がすような笑い声が聞こえた気がした。
ハッとして目を開け、正面にいるセリースに視線を向ける。
一瞬だが、彼女が素っ頓狂な表情で俺を見つめているのが見えた。
(――しまった! またやらかしちまったよな、俺……!?)
そりゃそうだ。本来の俺(エンリ―)が敬虔に祈りを捧げるはずがなく、むしろ祈りの最中ずっとセリースの体を舐め回すように眺めていただろうに。ビアンカという前例があるのに、なんてバカなことをしちゃったんだ!
しかし、焦る気持ちも一瞬。次の瞬間には、セリースはお馴染みの見下すような笑みを浮かべ、バサッと脚を組み替えて座り直した。
(――ヤバい。生理的反応が最早抑えきれない。この後、立ち上がることが必須になったら、絶対に大恥をかく……!)
「お布施の件につきましては、先日ポークナイト家から――」
老神官が事務的な説明に入り、俺は「これでセリースから目を逸らす大義名分ができた!」と内心でガッツポーズをしながら、再び思考の海に潜った。
爺さんの顔を見ると、隣に座る『歩く公然わいせつ』には一切見向きもせず、淡々と進行している。
――「NPCかよ!?」とツッコミたいが、間違いなく生粋のNPCだ。
(……いや、それにしても爺さん。あんた、一応こいつの上司だろう? 部下のふざけた服装をなんとか注意しろよ! 頼むから!)
――待て。確かゲームの設定上、この神殿の連中はセリースを蹴落とすために、エンリーの卑劣な罠に加担するんだったっけ? ということは、この爺さんも完全にグルだ。まあ、日頃からこのエロフの傲慢な態度に腹を立てて当然だとは思うが、だからって悪名高い豚貴族に性奴隷として売り飛ばすのは、いくらなんでも鬼畜すぎるだろ。
(誰かの妄想から生まれたフィクションの宗教機関とはいえ、内部のドロドロ具合がエグいな!)
「――であるからして、これから私が執り行う儀式についてですが、エンリー様は――」
ついに説明の順番がセリースに回ってきた。ここで直接俺に話しかけている彼女を見なければ、とんでもない非礼にあたる。
俺は血の涙を流す思いでセリースへと目を戻し、極端に露出の多い彼女の身体から目を逸らすべく、視線を激しく彷徨わせた。
ようやく彼女の『顔面』に視線をロックオンしたのだが――なぜか彼女の頬がみるみる内に薔薇色に染まり、勝ち気な赤い瞳がトロンと潤んできた気がする。いや、絶対に気のせいだと思いたい。
――よく聞けば、さっきから声も変に上擦っているし、無駄に色っぽい吐息が混ざっている。
(ヤバい。このままじゃ顔すら直視できなくなる! なんなんだ、この卑怯なエロフは!)
絶対にわざと俺を誘惑して楽しんでいるのだと確信した俺は、どうにか理性を保つため、顔の近くにあって安全に眺められる『対象』を探した。
――見つけた。彼女の長く尖ったエルフ耳だ。ファンタジー種族としての興味もあったし、あそこなら話が終わるまでガン見していても、問題ないはずだ。
しかし、俺が耳を見つめ始めた途端、セリースは焦ったようにバサッと脚を組み替え、俺の視線を無理やり自分の太ももへと誘導しようとしてきた。
(――はははっ! そんな手にはもう引っかからないぞ! 一般社会人のスルースキルをなめんなよ!)
セリースの声の震えがさらに激しくなり、耳の先端まで真っ赤に染まり始めている。
焦った彼女は、なぜか自分のシャツの胸元を留めている紐を弄り出し、次々とそれを解き始めたのだ。
(――っぐはぁっ! どんだけ俺をオモチャにしたいんだ!? 自分の体をそんな安くして魅せつけるのは恥ずかしくないのかよ!? ……まあいい、本来のエンリーならお前をもっと絶望させていたんだ。これくらいは耐えて見せる!)
だが、彼女のシャツの紐がもう限界ギリギリのところまで解けかかった瞬間、男としての好奇心が理性を打ち破り、俺はチラッと彼女の魅惑的な谷間に視線を落としてしまった。
――その瞬間、左隣からアイリが「むにっ」と暴力的な柔らかさを俺の肩口に押し当て、がっちりとホールドしてきた。
(や、やめろ! お前なにしてんの!? こんな時に俺をからかってんじゃねぇ!!)
――俺は慌ててセリースの耳に視線を戻した。セリースは全身を小刻みに震わせており、耳につけたイヤリングがキラキラと光を反射して揺れている。
すると今度は、右隣からビアンカまでもが俺の腕に体を密着させ、ぴったりと寄り掛かってきた。
(おっ、案外、あるな……って、いやいやいや! 頭を冷やせ俺! お前はただの巻き込まれた一般人、エンリ―じゃないぞ!)
「ふぁんっ……!」
艶かしい衣擦れの音と共に、妙に甘い悲鳴が聞こえたかと思うと、目の前のセリースが突然話を中断し、両手で自分の耳をガシッと塞いでうずくまってしまった。
訳が分からず老神官の方を見ると、爺さんは「なんて破廉恥な若造だ……」とでも言いたげに、やれやれと頭を振っている。
(――えっ? 俺、なんかマズいことした?どう見てもされてたのは俺なんだけどぉ?!)
なんであのエロフが俺の前でストリップまがいの逆セクハラをするのは許されて、俺が彼女の耳をちょっと見ただけで責められなきゃならないんだ?
(……あ、しまった! そうだ、思い出した! ゲームにそんな裏設定あったわ! エルフは身体の露出を何とも思わず、むしろヒューマンを誘惑して見下す節がある。だが、『耳』をジロジロ見つめられることだけは極端な羞恥を感じるんだった! 特に装飾されていない素の耳を見られるのは、全裸を見られるよりも圧倒的に恥ずかしい行為だとか――!!)
これは由々しき事態だ! このままだと『盟約の儀』どころか、神聖の場で神官を公衆の面前で凌辱した大罪人として、俺は処刑されかねない!




