歓迎
「……で、だ。ディーナは一緒に来る気があるかい?」
「――ふぇ?……あっ、はいっ」
イケメンエンリーは、レイヴィンたちのことなんて取るに足らずとばかりに、またボクの前まで歩み寄ってきた。
まあ、クズ野郎たちのことならメーヴェが目を光らせてるから問題ないだろう。
思えばボクは、勢いに呑まれて、思わずイケメンとメーヴェついていくって返事しちゃったんだけど――大丈夫かな?
(今更だけど……連れていかれた先に、あのブタが待ってるとか、そんなオチはないよね……?)
しかし、『やっぱり考えさせて』と言える前に、そこで新たな乱入者が現れた。
どうやらレイヴィンたちも、ただのバカじゃなかく。やつらが外に立てておいた見張りが、誰も店から出てこないのを怪しんで、どっからか援軍を呼んできたみたいだ。
一人目は店に入るやいなや、ドアに背を向けたままボクと向き合ってるイケメンエンリーの後頭部めがけて、棍棒みたいな獲物を振り下ろそうとしてきた。
だけど、動いたことすら見えないスピードで、メーヴェが突然そいつの背後に現れた。次の瞬間、ゴロツキはふと思い出したみたいに、突然店のあっち側へ吹っ飛んでいった。
(間違いない。こいつは紛れもなくあのメーヴェだ。――それに、絶対に隷属なんかされてない。奴隷だったら、主人の指示もなしにあんな鋭い戦い方ができるわけないもん)
イケメンエンリーは、自分を襲ってきたゴロツキにも、守ってくれたメーヴェにも見向きもせず、そっとボクに手を差し出してきた。
(や……ボクの手は、本当に汚いんだから……)
ボクがおずおずとイケメンの掌に自分の小さな手を乗せると、また入り口が騒がしくなった。今度はメーヴェとは違うデザインのメイド服を着た女がドアを押し開けてきた。
彼女は、一人のハゲた男を羽交い締めにしながら、そのままズルズルと連行してきたのだ。
(――水色に見えるように輝くショートの銀髪。冷たい感じのする、深い青色の瞳……こいつも、どこかで知ってる気がする……)
「あらァ、アイリ。其奴を何処で捕まえてきましたのォ?」
「そとよ――じゃあ、あたしはまだ腰が痛いから、馬車に戻るっす」
「お疲れ。そいつを捕まえてくれて助かったぞ。ありがとう」
「ふんっ、っす」
(……アイリじゃん! えっ!?――こいつ、こんな性格だったっけ……!?)
イケメンは「ちょっと待っててね」とボクの手を一度離すと、アイリが店の中へポイと放り投げた見知らぬハゲに向き直り、ニヤリと悪い笑顔を浮かべた。
「これは、これは。マーセルではないか、商売は順調かな?」
「ぽっ……ポークナイト卿。なんで貴方様が――っ?」
「――いえいえ。野暮用でね。ここに埋もれた才能が眠っていると聞いて、是非とも我が屋敷へ抱え込みたいと思ったんだが――さっきから次々と邪魔が入って困ってるんだ」
「そ、それはっ……! うちのバカ共がポークナイト卿とは知らずっ……! や、勿論やつらの非礼は深くお詫び申し上げます、はいっ……!」
「おおっ!――貴殿が分かられる御仁で非常に喜ばしい」
「――あっ……しかし、えーっと……」
「んんっ!?――まだ何かあるのかね? あ??!」
「や、非常ーに言いにくいのですが……このアトリエの運営者が、我々に多額の借金をしておりまして……」
「へ〜え。そうなんだ……?」
イケメンは、一瞬だけハゲから目を外して、ボクになんだか読みづらい視線をよこした。
「ボ、ボク、払います……! だからどうか、お仕事の依頼、諦めないでくださるにと……っ!?」
「――まあ、お金のことなら難しい話ではないはずだがね、マーセル?――で、いくらだ?」
イケメンとハゲは、ボクのことなんてそっちのけで交渉を始めた。
飛び交う金額が非常識すぎて、路地裏の子供たちが『大金持ちごっこ』で大大金を言い合ってるみたいに聞こえる。
そして数分後、話がついたみたいで、レイヴィンたちはハゲと一緒にペコペコ頭を下げながら出ていっちまった。
「……あの……それで、仕事はどうなする?」
「あぁ……それなんだが、まずはディーナさんに俺の屋敷へ一緒に来てもらいたいのだが……勿論、無理にとは言わないぞ」
「おうちで見て欲しい魔導具があるするますか?」
「うん……魔導具……魔導具、ね……」
歯切れが悪いな。まあ、たぶんなにか『訳あり』の魔道具なんだろう。だからこんなしがないアトリエまで、貴族様が自ら訪ねてきたのだ。
「行くます。けど、今はまずこの預かりものの魔道具を直さないと……レイヴィンたちに週末までにお金を払わないとボコられるし――」
「あぁ、それなら大丈夫だ。メーヴェ、誰かを呼んで、預かり証と一緒に他の腕のいい魔道具師のところへ持って行ってもらえるかい? 代金は弾んでも構わない、ディーナには俺の依頼を最優先してもらいたいからね」
「かしこまりましたァ」
「じゃあ、ディーナ――こっちだ」
イケメンはボクの手をそっと握って、街角で待たせてた馬車まで優しく誘導してくれた。
馬車の扉が開けられると、中でアイリが難しい顔をして座ってた。――彼女は本当に腰を痛がってるみたいで、脚を少し横にずらしてる。
「え、えっと……ボク、汚いから、こんな高そうな馬車に入れな――っ」
「――気にすることないぞ」
「むっ、ムリっ! クッションを汚しちまったら、弁償できないよ……」
「だから、気にすることじゃないって」
「まったくもう! ゴシュジンは鈍感っすね。――ゼナ、麻袋を一枚持ってきて?」
「はい!」
アイリは表情を崩してイケメンを軽く叱ると、御者台にいた狐耳のメイドに空の袋を持ってこさせた。
それを自分の隣のクッションの上に敷くと、ぽんぽんとボクを招くようにその席を叩いてみせたんだ。
そして、ボクが何かを言い返す前に、イケメンが手を貸してボクを馬車に乗せてくれた。
「あの、ね……ボク、すごく臭いから、やっぱり……っ」
「大丈夫っすよ、このくらい。ディーナちゃんがこうなったのは、ディーナちゃん悪いわけじゃないっすから」
「でも、アイリさんは腰を痛がってたます……ボクのせいで狭くなってすると……」
「もう……遠慮する必要ないっすよ」
「ではアイリよ、私と席を替えてみませんかァ? 私がディーナの隣に座りますのでォ、ゴシュジン様は道中アイリを抱き上げて、馬車の揺れで腰を痛めないようにするのはいかがかしらァ?」
「や、体力的に無理だろう。 無茶を言うな!」
「『体力』ではなくて、『魔力』を使ってもらいますよォ。そろそろ、長時間魔力を固めて、維持する練習もしないとォ、皆に置いていかれますからァ」
「だからっ……! スパルタすぎるんだよ!」
「アイリもそれで宜しいですわよねのォ?」
「ん……?うん」
どうやら、メーヴェに逆らえない二人は、彼女の指示通りに動くことになった。アイリは俯きがちにイケメンに近づき、彼はそっと彼女の脚の下や背中に手を添えた。そして、アイリがゆっくり彼に身を預けると、イケメンは真剣な顔で目を閉じたまま、向かいの座席に腰を下ろしたのだった。
――そのまま街から離れた場所にある大きな屋敷にたどり着き、ボクらは出迎えてくれたメイドたちにあれよあれよと屋敷の中へ連れ込まれちまった。
どうやら、彼女たちはボクをお風呂に連れて行くつもりらしい。
たしかに、こんな綺麗な場所にいると汚いボクは場違いすぎて仕方がないんだけど、知らない人の家でお風呂に入るのはやっぱり抵抗がある。――どうしても思い出してしちまうんだ、あのブタの屋敷に連れ込まれた時の出来事を……。
(――っていうか……ここ、あの場に似てないか……? でも……使用人たちはみんな亜人のメイドだし、みんなボクに親切だし――きっと金持ちの屋敷ってのは、全部こんな感じなんだろう、うん……)
きょろきょろしながら、促されるままお風呂場の扉をくぐると、そこには知っている顔がいた。
「ジア様っ!」
「――おっと。ふふっ! 会いたかったぞ、ディーナ」
ジア様はアイリと同じようなデザインのメイド服を着て、脱衣用の前部屋でボクを出迎えてくれたんだ。
彼女はノーム様の次にドワーフたちが敬うべき存在、が――ボクにとってはノーム様より、彼女の方がよっぽど女神様に見える。
だって彼女は、いつだって、どこだってボクに優しくしてくれたから。――まあ、アイリやメーヴェだってボクをいじめたりはしなかったけど、いつでも無条件に優しかったのはジア様だけだった。
だからボクは、今の自分が汚れ切った姿だってことも忘れて彼女に走り寄り、何も考えずに抱きついちまった。
だけどジア様は相変わらずボクをいたわるように優しく抱きとめて、匂いや汚れなんて気にも留めずに頬ずりをしてくれたのだ。
そして、少し身体を離すと、笑顔でボクを誘ってくれた。
「さ、ディーナ。一緒に風呂に入るとしよう。その服はもうダメそうだから、そのまま脱いでこっちに捨てておくれ。出た後は、こっちの服に着替えるのはどうだ?」
「えっ? こ、これ……ボクがもらっていいの……!?」
ジア様が見せてくれた服は、ボクが今までのどちらの人生で着た服よりも、ずっと綺麗なものだった。
可愛いクリーム色のプリーツスカートに、柔らかそうなニットのブラウス、ニーソックスにヘアバンド。上下揃いの刺繍が入った白い下着まで用意されていて――まさに至れり尽くせりだ。
(このあと……ボク、何をされちゃうの……!? こんな高そうなもの用意して……代償として何をさせるつもりなんだよ、あのイケメン……!?)
ジア様は先に服を脱いでボクを待っていたので、あれこれ考えるのをやめて、ボクも汚れ切ったボロ雑巾を言われた通り脱衣カゴに投げ捨てた。
全裸の彼女の、相変わらずすっごいお身体を見て、ボクは危うくまた我を忘れ、そのメロンみたいにでっけー乳に顔をうずめる勢いで飛びかかりそうになった。
幸い、ボクが軽く触れただけで目に見えるほどの汚れがついちゃったジア様の脱ぎたてメイド服が目に入り、ハッと正気に戻って頭を下げて、彼女の後について浴室に入った。
「やっほ〜! いらっしゃい、ディーナっぴ」
(ふぇ!?――せ、セリース!?……こいつもここにいたのか!? しかも、猫を被ってない。……ってか、なにあのお腹どうした。子供ができちゃったの!!?)
「もう! お風呂の中ではしたないですわ、セリース様。――いらっしゃいませ、ディーナ様。私も会いたかったんですのよ!」
「ビアンカ、様……?」
彼女たちと、今までこんな風に出会うことなんて一度もなかった。
今回の人生は、今までのどちらの人生よりも辛いと思ってたのに……目があったかくなっちまう……。
「あら、どうして泣いていらっしゃいますの?」
「――ビアンカが怯えさせたからっしょ! あんた時々怖いしさ。『親切さ』を一から覚え直してきたら?」
「っ! この恥知らずのエルフめ。エンリーさまには二度と近づかせませんから、覚悟なさってくださいませ!」
「まあ、今は腹の中の子に悪いからビアンカとアイリに譲るけどさ。出産のあと、また構ってもらうから覚悟しなよ?」
「っ! くぅっ、この女……!」
「待っておくれ! なぜビアンカとアイリばかりだ? 私はどうした!?」
(エンリーって、さっきのイケメンのことだよね。みんなあいつの女になっちまってるのかな?……あのブタはどうしちまったんだろう。――や、みんなが幸せそうなのはすごく嬉しいんだけどさ。なんか、すべての女を取られちゃって、あのブタが少し可哀想になってきたな……)




