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アイリ

「付き合ってもらって、すまんな」

「いいっす。プリムたんのこと、あたしも気にしてたんっすから」

「それと、ビアンカのことなんだが……」

「その話、今は聞きたくないっす」

「しかし……」

「あ〜あ、男(ケダモノ)はいいよね? 憧れのエロゲヒロインたちと『悪役貴族プレイ』なんて、ゲームの中ボスならやり放題っすよ」

「『やり放題』って……俺はそんな最低なことしてないだろ!?」

「――ビアンカちゃんはあのエロフ……セリースちゃんとも仲がいいし、このまま近い内にマ(・)マ(・)仲(・)間(・)に昇格しちゃうんじゃないんっすか?」

「ちょっと話を聞けって!……つーか『ママ仲間』ってなんだよ。確かに避妊が存在しない世界だから、いくら確率が低くても受精の可能性がないとは言わんが……ビアンカはセリースじゃあるまいし、俺も彼女とはあそこまで頻繁に激しくはならん……と思う」

「いいえ、ゴシュジンはビアンカちゃんのことを何にも分かってないっす! あの子だって生粋のエロゲヒロインっすよ? 一度火が点いたら……っ。……う、言い過ぎたっす。ごめんなさい……」

「いや、こちらこそすまん。不安にさせて申し訳ない。……それでも、俺はアイリのことも本気で好きなんだ。諦めるつもりはない」

「――じゃあ、今すぐあたしが『骨抜き』にできるかどうか、試してみるっすか?」


そう言ってアイリは、冷静沈着なすました顔には似合わないあざとい仕草で、胸元を覆うカーテンのような薄布を悪戯っぽく捲り上げ、たわわな双丘の下半分を惜しげもなく曝け出してきた。

流石の本人も、自分が勢いでとんでもない行動に出ていることに気づいたらしく――『ゲームのアイリ』の特徴であるアホ毛が、まるで追い詰められた小動物のように激しく揺れ動いている。俺はあえて茶化すことで、顔を真っ赤にしている彼女のメンタルを立て直してやることにした。


「目の保養をご馳走になって、至福の極みでございました」

「……ゴシュジンはほんと、懲りないスケベっすね。知ってたんっすけど……」

「じゃあ、立ち話もなんだし、とりあえず執務室に移動しようか?」

「そうっすね」


俺とアイリはひとまず口を閉じ、無言のまま執務室へと足を向けた。

最近はこの世界を、元々ゲームだったとは思えないほど自然に感じるようになっていた――わけなのだが。こうしてバケツに足を引っかけて派手にずっこけ、とんでもない格好で捲れたスカートの中身を晒してくる亜人メイドさえいなければ、の話だ……。

咄嗟に彼女を助け起こそうとしたものの、またアイリに怒られそうだったので手を貸すのは彼女に譲り、俺は散らかったバケツや清掃用具の回収へと回った。


掃除用具入れに用具を戻し、執務室に入ると――なぜかアイリが乱れた格好のまま、上半身を覆う衣装の一部を慌ただしく整えている最中だった。


(ちょっと待て。考えてみただけで、エロゲ特有のラッキースケベ展開がいきなり多すぎないか……!?)


「――オッホン!」

「――っ!?」


やっと俺の存在に気づき、急いで服を直しきれないまま座り直したアイリだったが、このメイド服は意外と着付けが難しく、乱れ具合はまだかなり著しい。


「うーん……このままだと刺激が強すぎる。俺は向こうを向いてるから、ちゃんと服を直しなよ」

「そこは『少し席を外す』って言うべきじゃないっすか?」

「あぁ……うん、すまん。そうする――」

「――あ、やっぱりここにいて欲しいっす」

「なんでだよ!? 俺は部屋を出て行くぞ!」

「いや、だって……このままだとゴシュジンが戻ってきた時、エロゲ的にもっとすごいラッキースケベが起こるかもしれないっす」

「もっとすごい……!? ゴクンッ……怖いな、ラッキースケベは」

「饅頭よりもっすか?」

「「あはははっ!」」

「でも冗談抜きで、ここにいていいっす」

「オッケー。じゃあ、あっち向いてるね」

「別に……もう見たことあるんだし、今さらそんなことしなくても……」

「いや、俺がそうしたいんだよ」

「衣擦れの音を聞いて、想像を膨らませたいわけっすね。ゴシュジンのスケベ!」

「あー、やってやろうじゃん! じゃあお言葉に甘えて、このままじっくり見させてもらいますぞ!」

「う、うん……」


アイリは顔を薔薇色に染めると、俯きながら白い胸元を無防備に晒してみせた。流石に調子に乗りすぎたと反省した俺は、大急ぎで『右向け右』を決めた。

それから暫く衣擦れの音が続いていたが、彼女の手際の悪さに痺れを切らした俺が口を開く。


「まだか? やっぱり俺が一度出た方が――」

「――急かさないで欲しいっす。ってか、なんで振り向いたんっすか! やっぱり想像の方がいいってことっすか――」

「――バカかお前は! 愛する女が目の前にいるのに、想像の方がいいなんて思うアホな男がどこにいるんだよ!?」

「――あ、愛する女……っ!? ほ、褒めたって何にも出ないっすよ!?」

「バカなこと言ってないで、俺は他のメイドを探して手伝いに来てもらうから、大人しく待ってろ」


(――まったく! アイリも『綾子』の自分に戻ると、途端にドジっ子になるんだからな……)


その後、亜人メイドの手を借りてアイリの衣服が整えられたあと、ようやく本格的な相談が始まった。だが、やはり俺が思いついた解決策以外に、現実的な案は浮かんでこなかった。


「で、だ……俺はやっぱり、ディーナを頼るのが一番だと思うんだが」

「少しは見直したっす。あのドワーフ、完全にネタキャラのつもりで作ったんっすけど、その子の真の価値に気づくとは」

「まあ一応、真面目にゲームをクリアしたからね。攻略サイトもチェックしたし――(本当はお前が怒ると思って言い出せなかっただけだが、意外と嬉しそうだな……?)」

「でも、プレイヤーキャラの勇者ですらあの子に爆発ポーションを作らせるのが限界だったっすよ? ゴシュジンはどうやってディーナちゃんを説得するつもりっすか? ――まさか、エロ拷問――痛っ!?」


アホなことを言い出しそうだったアイリに『中ボスチョップ』を見舞い、説明を再開する。


「あの子の本職は『錬金術師』だね?ポーションなら何でも作れるはず――」

「――ただ、自分が『魔道具師』だと固く信じ込んでて、誰の言うことも聞かないんっすよね」

「まー、そこはなんとかするとして。ゲームの展開通りなら、今頃あの子は借金まみれで食うにも困ってるはずだ」

「――誑し込むには絶好のチャンス、っすか? ――痛っ!?」

「言い方! 抱え込むにはこれ以上ない絶好の機会だ。まあ本来のエンリーのようにはやらないとしても、彼女の協力を得る方法なんていくらでもある。ましてややり甲斐もあるしな」

「巨乳ロリは魅力的っすもんね」

「そうそう、巨乳ロリは――って、違う違う! 困ってる女の子を救い出して、病弱な妹のために回復ポーションを作ってもらうんだぞ! ディーナがDカップだろうがAカップだろうが関係ないだろ!?」

「へいへい。精々ビアンカちゃんを怒らせないことっすね」

「怖いこと言うなよ……」


そう口にしながらアイリの顔を覗き込み、俺は遅まきながら、彼女の瞳の奥に潜む不安の色に気づいた。思い入れのある自分が作ったキャラに興奮してしばらくはうまく隠せていたが、今回も彼女が不安にならないわけがなかった。

そもそも、考えてみれば当たり前のことだ。好きな相手がいて、その相手が他に複数の異性と関係を持つと宣言したらどう思う? 誰だってまずは『身を引く』か『絶交する』と考えるだろう。だが、それでも離れられないくらい相手が好きだとしたら? 自然と思い浮かぶのは『この大勢の中で、自分だけ忘れられてしまうんじゃないか』という、ごくありふれた孤独への恐怖だ。


「アイリ」

「……ん? ――っ!?」


俺はもう言葉に頼るのをやめ、こちらを向いたアイリの唇をそっと奪った。

前世の俺ならこんな芸当は絶対にできなかっただろうが、今の俺は金持ちの悪役貴族だ。おまけにアイリとの訓練やセリースに整えてもらった髪や髭のおかげで、一端のイケメンになっている。なら、今ここで男を見せなくて何時やるんだ。

アイリは最初こそ身体を硬直させたものの、次第にとろけるように力を抜き、キスを受け入れるどころか自ら貪るように続きを求めてきた。


――そして午後。

街から戻ったジアたちが買ってきた特効薬を投与し、プリムを休ませることができた。

俺も早めに横になって今日の疲れを癒やそうと、ジアと共にベッドに入った矢先――寝室の扉が静かに押し開かれた。


上半身を起こして、誰かと確認しようと、目にしたのはベビードール姿のアイリだった。

普段は冷ややかに感じるタンザナイトのような彼女の瞳から、今は身体を内側から焼き尽くされそうなほどの高熱が放たれている。

彼女はジアが既に深く眠っていることを確認すると、足音もなくベッドへ歩み寄ってきた。そして俺の掛け布団を退かすと、ゆっくりと腰の上に跨がってきたのだ。


薄暗い部屋の中でもハッキリと分かるほど、彼女の着ている寝間着はスケスケで、妖艶な身体のラインを極限まで露わにしていた。どこに目を移しても、俺の精神の城壁が凄まじいスピードで崩壊していく。


「ど、どうしたんだ……!?」


無駄な抵抗を試みるが、声は既に上ずっていた。

もしかしたら目の前の『アイリ』は幻覚で、またメーヴェに弄ばれているのかとも疑ったが――彼女の目を見誤るほど、俺は鈍感じゃない。

彼女は本物のアイリだ。あのアイリが自分から俺の寝室に忍び込み、身体の関係を求めてきているのだ。

歓喜と戸惑いで頭が弾けそうな感情が胸の奥底から湧き上がってくるが、これほど大胆な行動に出た彼女を突っぱねることこそ、彼女を最も深く傷つけることになる。

俺はそっと彼女の背中に腕を回し、優しく抱き寄せた。


「――しずかに。あっちのドラゴンが起きたらどうするっすか」

「でも……なんで今日なんだ?」

「あのクソ淫魔にやられたと思うっす」

「災難だったな」

「まったくもう、っす……!」

「このまま抱きしめてるだけで、落ち着きそうか?」

「ムリっす。……できるだけ、優しくして欲しいっす」

「……頑張る」

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