親子再開
ビアンカを連れ、二人でアーカイド伯爵邸の廊下を闊歩する。
本来、このマップは原作ゲームには絶対に存在しなかったはずだ。それなのに、『馬車を手配する』という簡単な手順を踏むだけでここへ来られてしまったのは、拍子抜けというほかになかった。
まぁ、数時間にわたって見飽きた外の景色を眺め続ける移動時間自体は、最早お馴染みのものだが。
しかし、例の契約のおかげで、今日の俺とビアンカは一味違う。
お互いに何を考え、何を感じているのかが薄っすらと伝わってくるようになっただけで、俺たちの関係は大きく変わってしまった。
勿論、思考そのものがはっきりと判るわけではないので、互いに秘密を持てなくなったというほどではない。それに、この魔力共鳴が起きるのは近くにいる時だけなので、屋敷の別々の部屋にいれば普段通りの生活に戻ることだってできる。
逆に、こうして一緒にいる時はどこかむず痒いというか、落ち着かないというか――とにかく二人にとってはあまりに新鮮な感覚で、まだ頭が追い付いていないんだ。
特に、執務室で一緒に仕事をしている時が最悪だ。俺が時折部屋に入ってくる女性たちを密かに眺めていたことが、瞬時にビアンカへ筒抜けになり、何回も大変なことになった。
アイリたちは言うまでもないが、人道支援のつもりで雇ってみた亜人メイドたちの容姿も恐ろしく整っており、つい見惚れてしまうのは男の性というものだろう。だが、それが即座に察知されてしまうのだから溜まったものじゃない。
そして今日のビアンカは、久方ぶりに俺が初めて与えた例の破廉恥すぎる『メイド服』に身を包んでいる。
俺の内に湧き上がろうとする煩悩に勘づき、ビアンカ側もどこかそれに近い感情を抱き始めていることが伝わってくるため、俺の苦悩は倍増する一方だ。
(このままだと、ビアンカと『既成事実』を作ってしまうのも時間の問題だ……!)
それでも、前世の倫理観を完全に捨て去ったわけではない以上、耐えられるところまでは耐えるつもりでいる。なんせ、セリースとはすでに『友達』とは言えないほど親密な関係になっているし、アイリやジアという想い人だっているのだ。慎重に進めなければ、この歪な家庭環境は俺が気づかないうちに破綻してしまうだろう。
(逆に、遠慮しすぎて彼女たちを不安にさせるのも考えものだな……)
現にビアンカがそうした不安を抱いているのも、魔力共鳴を通してはっきりと伝わってきた。一度想いを言葉にして伝えた以上、責任を持って彼女たちを幸せにするのは俺の義務だ。
加減が難しいとはいえ、自ら乗った船だ。最後まで足掻き続けて見せよう。
ところで、ビアンカが今日、再びこの『遠慮も布面積も足りない』衣装を着ているのには、見せしめ以外にもう一つ理由がある。
左手の薬指に現れた、結婚指輪まがいの魔力紋章――どうやらこれは、意図的に移動させることができたらしい。魔力操作のど素人である俺一人では荷が重かっただろうが、二人で意識を同調させれば可能な作業だったため、ビアンカも喜んで協力してくれた。
そうして俺たちは、彼女の紋章を下腹部――パンティのラインのすぐ上という、あからさまに『いかがわしい』位置まで移動させたのだ。形状もこれぞ『淫紋』と言わんばかりの淫らなデザインに変化させたため、実際の意味はどうあれ、彼女の父親や家族にどう映るかは明白だ。
だからこそ、この紋章がはっきりと見えるよう、あえてこの過激な衣装を選んだわけだが……こんな格好のビアンカを侍らせている俺が内心悶々としているのに対し、当の彼女から羞恥の色は一ミリも感じられない。
廊下の端で、かつて敬うべき存在だった『お嬢様』が破廉恥な姿で闊歩する様を見て、陰口を叩く使用人たち――そんな雑音など意にも介さず、ビアンカは誇らしげに慎ましい胸を張って歩いている。
アーカイド伯爵邸の使用人たちが野次馬根性で佇んでいた場所からそれなりに離れた途端、ビアンカはふと俺に寄り添い、艶めかしい声で耳元へ一つの提案を囁いてきた。
「エンリー様。この些事が完了しましたら、馬車の中でのひとときを華やかに愉しみませんこと?」
「お、お前……! こういう時になにを言い出すんだっ……!(まぁ、セリースやジアならなんとなく納得しそうな気もするが……アイリは絶対怒るだろうなぁ……)」
セリースやジアの価値観を完璧に把握しているわけではないが、二人にとって恋愛や交際に対する認識は、元いた世界の女性たちとは少し異なる。だから多少の軋轢はあっても、ビアンカを含めた三人で――そういえば、最近はそこにメーヴェも加わりつつある気がするが――とにかく、彼女たちはそれなりに上手くやってくれている。
問題はアイリだ。彼女は今もなお俺の「ハーレム」を認めていないため、他のヒロインとの『親密度』が上がったと察知すれば、あからさまに嫉妬の炎を燃やす。
(まあ、俺もアイリのことが好きになった以上、諦めるつもりはないがな。『四股をかけているハーレム野郎』だと世界中から罵られようと、愛する彼女たちと俺は絶対に幸せをつかみ取ってみせる!)
「――アイリ様のことでしたら、私が必ずや宥めてみせますわ」
(――思考が即座に筒抜けか……!? ……まあ、しかし。ビアンカは良くも悪くも、正妻の座に着々と収まりつつあるな)
確かに身分という観点で見るならば、現在付き合っているヒロインたちの中で、元とはいえ伯爵令嬢であるビアンカの地位が遥かに高い。だからといって、セリースやジアがただの平民というわけでもないのだ。
ドラゴン族のジアは言うに及ばず、セリースだってエロフ……もとい、エルフだ。制作チームの気まぐれで、この世界のエルフは長命な賢者ではないものの、精霊と意思疎通ができる希少な種族である。その上、珍しく光魔法を使えるセリースは輪をかけて尊い存在だ。
それにもかかわらず、二人ともあっさりとビアンカの立ち位置を受け入れ、それぞれ自分の役割を見出している。
(一番ビアンカの領域に近いのはメーヴェ……いやいやいや! メーヴェとは絶対に交際なんてしないからな!? あいつは……危険すぎる)
――幕間終了。
「自分の親に『隷属』を披露するのを『些事』と言い切れるのは、ビアンカくらいだな」
「だって、私をあっさりと見捨てたばかりか、また都合よく利用しようと考えているような方々ですもの。もはや道端の石コロと変わりありませんわ」
「ビアンカを怒らせないように気をつけないと……」
「――ええ、そうなさってくださいな。それと、忘れないでいただきたいのですが、私とて一人の女です。口には出せない欲求もございますのよ? 度を越した遠慮は、かえって私を傷つけることになりますわ」
「分かった。この一件が片付いたら、ビアンカに俺の……愛を受け止めてもらうとしよう」
「ふふっ、覚悟なさってくださいね? 私を満足させるのは、そう簡単ではございませんわ」
歩みを進め、伯爵が待ち構えているであろう応接室の扉を守る兵士たち――絢爛豪華な制服を着た二人組に余裕で聞こえそうな距離で宣言されたものだから、俺は思わず心の中で頭を下げた。
『お宅のお嬢様を、こんなにも逞しい女性に仕立て直してしまってすみませんでした』……と。
しかし、これからの伯爵との交渉をどう進めるかは悩みどころだな。
相手は一応『伯爵』だ。それなりの礼儀を示さなければ、問答無用で叩き出されるかもしれない。
かといって、下手に出るのは『悪役貴族』として論外だ。それっぽく振る舞うしかないだろう。
幸いなことに、ポークナイト家とアーカイド家の財力差は一目で察せられるほど明白だった。
(なんだよ、このボロ屋敷!? 歴史ある伯爵家の佇まいなんて、聞いて呆れるぞ! 少しは掃除しろ! ざらにいるあの野次馬使用人たちは何のために雇ってるんだよ! うちの亜人っ子メイドたちの方が、雇いたての時点でもっとマシな仕事をしてたぞ!)
「よくぞお出でくださいました、ポークナイト男爵。不出来な娘を送り届けるために、男爵自らご足労いただくと……は……っ!?」
(くっ!……このクソ父親が! 己の娘をモノみたいに『届けられた』だと……!?)
伯爵の歓迎のセリフを聞いた瞬間、さっきまでの葛藤は綺麗さっぱり吹き飛び、代わりに腹の底からどす黒い怒りが沸々と湧き上がってきた。
幸い彼はビアンカの革命的なファッションを目にし、彼女の臍下を彩る『淫紋』を凝視するあのアホ面が傑作すぎて、少しばかり留飲が下がったが。
それでも、方針変更だ。礼儀作法なんてクソくらえ。図々しい悪徳貴族の振る舞いでいかせてもらう。
こうした悪役ムーブは初めてではないが、ジアの時以来だし、いつだって不本意だ。だが、エンリーとして生まれ変わった俺には、こんな理不尽な状況を乗り切る社会スキルはこれくらいしか授けられていない。
俺は強引にビアンカの華奢な体を抱き寄せると、腐りきった変態貴族を装い、断りもなく彼女の下腹部へ手を滑らせた。わざとらしくそこで止めず、指先をパンティのラインの内側へと滑り込ませてから、ようやく動きを止める。
ビアンカの『淫紋』に手を近づけたのは、俺の魔力に共鳴して輝き出すのを見せつけるためだったのだが――演技に集中するばかりで、ビアンカから流れ込んできた生々しい感情に危うく腰を抜かすところだった。
幸い、彼女の親父がドン引きしすぎていたため、俺たちの動揺に気づく余裕などなかったようだ。
「困りますね、アーカイド伯爵。俺が大切な『所有物』を手放すわけがないでしょう?」
「びっ……! ビアンカ! お前、また俺にこのような恥を――!!」
「――おっと。伯爵、他人の奴隷に声をかける前に、まず主人に断りを入れるのがマナーだと、アーカイド家当主ともあろうお方がご存知ないわけではありませんよね?」
「……そ……そうだったな。取り乱してしまい、すまなかった、ポークナイト男爵」
「デューク子爵には、俺の方からお断りを入れておきましょうか?」
「いえ、結構です。こちらからお詫びの手紙を出しておきましょう……」
「では、達者でな」
「ああ。また会いましょう」
ずいぶんとまぁ、あっけない訪問だった。ビアンカに心残りがあるようならもうしばらく居座ろうかとも思っていたが、その必要はまったくないと悟った。
だが、さっきの芝居に意外な副作用があったらしく、ビアンカが足腰を抜かして歩けなくなってしまった。効果抜群だったとはいえ、『やりすぎた』と反省するしかない。
俺が小柄なビアンカの腰に手を回すと、魔力パスを通して意思疎通ができるようになった彼女は、まるで木に登るような勢いで俺の体に抱きついてきた。
彼女のしなやかな脚が俺の腰をしっかりと締め上げる中、俺は駄目押しのお見せしめとして、ビアンカのお尻をそっと掌で叩いた。
その瞬間、魔力パスを通じて、文字通り『書き残すことができないような感情』がビアンカから怒涛のように流れ込んできた。
(おい、ビアンカよ……エロゲのお約束みたいな『あの性癖』は、お前にはないと言え……!)
部屋の中で何事かが起きたと察し、大急ぎで突入してきた二人の警備兵と、呆然と立ち尽くすアーカイド伯爵に見送られながら――俺は極めて卑猥な格好でビアンカを抱きかかえたまま応接室を、そしてアーカイド伯爵邸をあとにしたのだった。




