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全滅

甘い痺れの中、俺の意識は一生懸命にもがき、どうにかこの淫(みだ)らな夢から抜け出そうとしていた。

その一方で、メーヴェは遊ぶように俺と唇を重ねてくる。夢の中の俺は、その熟した果実のような柔らかい感触を貪欲に求め、彼女の望むままに顔を動かしてしまっていた。


メーヴェの無言の指示に忠実に従い、夢の中の俺は抱きしめる腕の力を緩めたり強めたり、激しく唇を求めたり、あるいは彼女に休息を与えるために大人しく離れたりした。まるで精神そのものを支配されたかのように、極上のご褒美に釣られた俺は、彼女の意のままに操られている。


気づけばメーヴェの下着はいつしか消え去っており、彼女の蠱惑的な膨らみが直接身体に押し当てられていた。

そこでふと、俺は幸いにもゲーム内のある逸話を思い出した。

他のヒロインたちと違って、メーヴェの『M』は『Mカップ』のMではなく、『盛々(もりもり)のメーヴェ』のMだってことを。

彼女のこの姿は、黒魔法で作り出した幻覚に過ぎない。もちろん、本来の淡い蒼色の肌に、角と尻尾、コウモリのような翼を生やした魔族としての姿も十分に魅力的だ。だが、その本来の姿での胸部の発育は、十分にグラマラスではあるものの、今俺に押し当てられているモノよりはいくらか慎ましいはずなのだ。


(この夢、いつ終わるのかな……。朝まであと少しの間だけでも、まともな安眠ができるんだろうか……)


俺がふっと意識を手放そうとするたび、メーヴェは巧みに俺の欲望を刺激し直し、決して深い眠りへと逃がしてはくれない。


――そして、いつの間にか俺たちの身体は、これ以上ないほど密着するまでに至っていた。

メーヴェは主導権を手放さないまま俺を巧みに誘導し、気づけば、シーツに沈み込んだ彼女に俺が覆い被さるような体勢へと変わっていた。なのに、夢の俺は彼女から離れなかった。


(これはもう、目覚めた後の夢精(だいさんじ)は免れないな……。恥ずかしすぎるっ! ――『エンリー』になって肉体はずいぶんと若返ったが、中身は思春期の男子でもあるまいし。もしジアがそばにいたら、絶対に勘違いされそうだ……)


なんとなく視線を向けた窓の外。いつの間にか、東の空がうっすらと白く染まり始めている。


(……結局、このリアルすぎる夢のせいで、全く『眠れた』気がしないな……)


そして――さっきジアのことを考えたせいかどうかは分からないが。――とっさに部屋の扉へ視線を向けたその瞬間。ドアが勢いよく開け放たれ、そこにはお馴染みのドラゴンっ子メイドの姿があった。


(……なんだ? ――夢はその人の願望とも言われているんだから、もしかして、俺は心の底でこんなシチュエーションを望んでいたんだろうか……?)


俺の呑気な現実逃避とは裏腹に、見たこともないほど恐ろしい形相のジアがズカズカとベッドまで歩み寄り、右手を高く振り上げた。

――パァンッ!!

次の瞬間、思いきりビンタを食らった俺は、頬に走る鮮明な激痛によって、ようやくこれが『現実』なのだと悟った。


だけど、精神支配から解放されたことを喜ぶ余裕などない。腕の力が抜け、俺はメーヴェの横でシーツの上に無様に崩れ落ちた。


(なんで、こうなった? ……メーヴェが本当にここに……? なんで……!?)


俺が絶望に突き落とされかけたそのとき、メーヴェはここに来て初めて口を開いた。


「無粋なドラゴン娘ですねェ。人の楽しみを邪魔しおって――死んで償いなさいィ!」

「――ジア、逃げろっ!!」


ジアはまだ怒りに震え、ベッドの横に突っ立っている。彼女の綺麗な黄金の瞳や、金髪に混ざったオレンジ色のメッシュが、まるで金属の糸を炎に当てたように怪しく輝いていた。

しかし、俺の警告も虚しく、ジアが何らかの反応を見せるよりも早く、メーヴェの掲げた指先から黒い稲妻のような魔力が迸(ほとばし)る。直後、ジアは糸が切れた操り人形みたいに、力なく床に倒れ込んだ。


「お前っ!! 何をした?!!」


俺は怒りに任せてメーヴェに掴みかかろうとした。だが、彼女がこちらへ視線を戻した瞬間、その圧倒的な実力差を細胞レベルで思い出し、哀れなほど無様に後ずさりしてベッドから転げ落ちてしまう。

とっさに立ち上がり、そのまま壁際まで後退したが、最早逃げ場など残されていない。――そのときだった。

開け放たれた部屋の扉から、次々とアイリとビアンカが武器を手に突入してきた。


俺の恐怖を愉(たの)しむように四つん這いで這い寄ろうとしていたメーヴェは、俊敏に立ち上がったかと思うと、次の瞬間にはすでに、アイリの繰り出した剣の突きを『素手』で受け流していた。

一瞬だけだが、メーヴェの手の甲に黒いベールのようなものが展開した気がした。


(黒魔法は主に幻覚を見せるために使うはずだが……彼女の魔力量が桁違いなせいで、純粋な魔力を身体から噴き出して、物理的に攻撃を防いでいるのか?!!)


メーヴェの闘い方なんてゲームで見たことがない。思い返せる限り、彼女が関わるシーンはさっきみたいなエロイベントばかりだったのだ。

だけど、今のメーヴェにエロさなんて微塵も感じない。ただひたすらに、その化け物じみた規格外の力に対する恐怖だけが、俺の思考の回転を妨げてくる。


(――どうしよう!? 一体どうすればっ……!? ――っ!!)


アイリとビアンカは息の合った連携で果敢に奮闘している。しかし、メーヴェはそんな彼女たちを見て、大人の余裕たっぷりに微笑んでいるだけだった。

手の甲や、ギャルのように派手に彩られた爪に高密度の魔力を纏(まと)わせ、二人の武器をいとも容易く受け流し、時に軽い反撃を繰り出してくる。


(――遊んでやがる! これは非常にマズい! 彼女たちをなんとかして逃がさないとっ……!!!)


俺の判断が一瞬遅れたその直後。獰猛な笑みを浮かべたメーヴェはアイリの隙を突き、猛烈な回し蹴りを叩き込んだ。

アイリは宙を舞い、ボロ布のように壁まで吹き飛んだ。

そして、そのアイリの様子を一瞬だけ確認しようと視線を逸らしたビアンカも、すぐさまメーヴェの容赦ない膝蹴りを喰らい、あっけなく窓際まで弾き飛ばされてしまった。


(アイリっ! ビアンカっ! 生きているよな!? ……なんてことだ――一瞬で全滅っ!!)


壁際まで吹き飛ばされたアイリへ目をやると、彼女は力なく、壊れたロボットのように虚しく壁にもたれかかっていた。立ち上がる力など残っているとは思えないが、胸は微かに上下しており、一応生きている。しかし、彼女の身体はあらぬ方向に曲がっていて、考えたくもないが、内臓もかなり不味い状態になっているはずだ。


ビアンカに至っては、すでに四つん這いにまでは態勢を立て直していたものの、そのまま痛ましく咳き込み、彼女の口角からは赤い血が止めどなく流れ落ちていた。


(俺は、なんて甘かったんだろう……! アイリと一緒に訓練すれば強くなれると気付いた時点で、どうして死に物狂いで特訓しなかったんだ! 主人公(ヒーロー)でもない俺が、ご都合主義でピンチを乗り越えられるはずなんてないと知っていたはずなのに。努力を渋った結果が、これだ。結局、俺は誰一人守れなかった……!)


己の無力さを呪い、絶望の渦に沈んでいく俺を待っていたのは――更なる絶望だった。


「アイリ(あいり)おねえちゃん! ビアンカ(びあんか)おねえちゃん! ――おねえちゃんたちを、いじめちゃだめぇ!!」


まるで俺を嘲笑(あざわら)うために用意された、この世界の悪趣味な冗談としか思えなかった。開け放たれた部屋の扉から、とてとてとプリムが飛び込んできたのだ。

彼女の背後で、セリースが必死にプリムラを止めようと手を伸ばす姿が見えた。しかし、プリムの小さな体は運悪くセリースの手をすり抜け、そのまま無防備に部屋の中央まで進み出てしまった。


脳裏に、プリムの儚く小さな体が、容赦なく蹴り砕かれる凄惨なイメージがフラッシュバックし――俺の視界は、真っ黒に染まりきった。

しかし、静まり返った寝室の中に、次の瞬間、メーヴェの少し困ったような声が響き渡った。


「今日はァ、帰らせてもらうわァ」


視界が晴れ、恐る恐るメーヴェの方へ目をやると――彼女の身体が黒い靄(もや)に包み込まれ、次の瞬間にはもう、その場には誰もいなかった。


危険が去ったのだと悟った俺は、なんとか壁に寄りかかり、膝から崩れ落ちるような失態をかろうじて防いだ。

しかし、再び響いたプリムの無邪気な声に、俺は再度、冷や汗をかくことになった。


「にーにーさま、おはよう……なんで、すっぽんぽんなの?」


俺はとっさに肝心なところを手で隠したのだが、すでに全部見られてしまっているだろう。

いや、それよりも今はアイリとビアンカの命が危ない。


幸い、セリースは気を利かせて俺とプリムの間に立ち、身を屈めて彼女を抱き上げた。

抱き上げられたプリムは小さな首を回して俺を見ようとしていたが、セリースが巧みに身を捻ってそれを阻止する。そして、俺に汚物でも見るかのような冷たい視線を一つだけ向けると、セリースは何も言わずにプリムを連れて退室した。


彼女たちとすれ違うようにして、最近ビアンカの部下となったナディアという、下半身が蛇になっている亜人娘が部屋に入ってきた。ナディアは誰の指示を待つまでもなく、まっすぐにビアンカの元へ向かう。

ビアンカに肩を貸して部屋をあとにするそのナディアまでもが、なぜか俺に怨念のこもった視線を向け、プイと顔をそむけていった。


残された俺は、倒れたまま今も動こうとしないジアと、壁際でついに気を失いピクリともしなくなったアイリを交互に見て、どちらを先に救助すべきか葛藤していた。

だが、俺の悩みをよそに、ジアは何事もなかったかのように立ち上がった。周りを見て俺とアイリしかいないことを確認すると、覚束ない足取りで部屋をあとにする。

もちろん、去り際に俺へ汚物を見るような視線を向けることは忘れない。


ひとまず、ビアンカとジアが無事だったことに一つ胸を撫で下ろす。

しかし、アイリの容態は絶望的だった。

こんな酷い怪我を負った人間は素人が動かさない方が最善だと聞いた覚えがあるが、この世界に医学はない。いくら待っていようと、医者も救急隊員も来はしないのだ。


俺は身を裂く思いで、倒れているアイリをできるだけ慎重に抱き上げ、そっと自分のベッドまで運んだ。

抱き上げた直後はまだ微かに息があることを確認できていたが……ベッドに寝かせた時には、その微弱な息遣いすら確認できなくなっていた。


(彼女を救うことなんて……まだ、できるのか……?)

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