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魔法の原理と進化

あたしたちは湯の中に腰を下ろし、暫(しばら)く黙って大きな浴場を満喫していると、突然ビアンカが口を開いた。


「セリースさま、先程の非礼をお詫びいたしますわ。けれど僭越ながら、セリースさまのお腹の中に新しい命が宿っていると分かった現在、私(わたくし)は好奇心を抑えられませんの。――どうか、セリースさまのお腹にもう一度触らせていただけませんこと?」

「あたしもさっきは悪かったっす。だからもう一度だけ、セリースのお腹を触らせてほしいっす」

「――いやよ! あんたたち二人だけは、アタシの腹に触るの禁止!」

「わ、私も触らせてほしいけど……ダメでしょうか?」

「も、もう……ジア様ならいいよ。けど、アタシ、お腹くすぐったがりだから優しく、ね?」

「はい!」


セリースは警戒するようにあたしから距離をとって、腰をよじよじとずらしていった。代わりにジアがあたしと反対側でセリースの隣に腰を据えて、ゆっくりと彼女のお臍(へそ)あたりまで手を持っていった。


「ど、どうですか……?」

「これくらいなら平気よ」

「そ、それはよかった……っ! ……こ、この魔力はっ……!」

「「ジア様っ!?」」

「――ジア様、いったいどうしたのよぉ!?」


ジアの綺麗な黄金色の瞳が一瞬淡く光ったかと思うと、彼女は唐突に白目を剥いて「ちゃぷん」と湯の中に倒れ込んだ――よく見ると、ジアの全身の肌がいつの間にか薔薇色に染まっていた。


「大丈夫っす――彼女をお湯から出しておけば平気なはずっす。ビアンカ、ちょっと手伝ってほしいっす」

「もうっ! 人騒がせなドラゴン娘ですわね」


あたしはジアの脇下に手を入れて彼女の上半身を担ぎ上げ、ビアンカが丁寧に彼女の足を持ち、二人で一緒に湯船の外まで気絶したドラゴンっ子を運び出した。

冷水を掛けて蘇生させると、ビアンカが小さく愚痴をこぼした。


「全く。ドラゴン族が最強の種族だと聞いておりましたけど、これでは弱点だらけではありませんこと?」

「ははっ……面目ない。実は、人化したドラゴン族は大抵こんなものです……。ドラゴンの姿に戻れば無敵と言っても過言ではないのですが、人化は一生で一度しか使えない術なので……」

「ジア様は、あのバカエロフがゴシュジンと子供まで作った今も、彼と番(つがい)になりたいんっすか?」

「あはは……おかしなことを訊きますね。それは、もちろん――できることならセリースの前に私を選んでほしかったけど、それでも好きだから……」

「もしかして、アイリさまは『好きな気持ちが確定するまで』と言って、このまま黙って身を引くおつもりではありませんこと?」

「ははっ……そんなつもりはないっす、よ?」

「そうですか……(これは、なんとかしないと駄目みたいですわね)」


あたしはビアンカの呟きを聴き取れなかった中、セリースが反論にでた。


「アイリにどうこう言う前に、ビアンカだってなんのつもりよ? 最近、全然あいつにアピールしないじゃん?」

「でも、アイリさまがおっしゃった通り、最近はご主人様と仲睦まじく話せるようになりましたし、いつも頼ってもらえるようになりましたわ?」

「それは男友達となんにも変わらないじゃない!? ジア様があんな魅力的なスタイルで苦労しているのに、なんで恋愛経験皆無のアイリなんかの相談を真に受けるの? バカなの? このままいつまで経っても進展はないって分からないわけ?」

「なによ!? ――偉そうに! (あんたも恋愛経験ゼロじゃん!)……そもそも、セリースはビアンカやジアにエンリーが取られて嫉妬しないっすか?」

「するわよ! 悪い!? でもさ……アタシ、もう綺麗な身ではないし、神殿に戻りたいわけでもない。正直、子供が生まれそうな上に、その子を母親らしく育てることが許されるなら、それでもいい……。しかも、あいつなら続けてアタシに構ってくれそうだし――これ以上の幸せを願うと罰があたる気がするのよ」


(あたしはバカだったね……。セリースは『エロゲのヒロイン』だから、それ以上の自我はないと思い込んでいた。なのに、彼女は都合のいいNPCなんかじゃなくて、本当に一人の女の子になってるじゃないか……!)


「私(わたくし)、セリース様のお側からご主人様を奪うつもりはありませんわ!」

「わ、私もただ……愛を分けてもらいたいだけで……」

「全く……あなたたちがそんな歪(いびつ)な関係でいいなら、お好きにどうぞっす。――でもね、『どうやってゴシュジンの愛を分け合うか』の前に、『どうやって強くなるか』の方が問題っすよ?」

「「「そうですね・そう、だけど・おっしゃる通りですわね……(誤魔化された!)」」」


「そ、それですが……どうして皆さん、こんなに強くなっているのに、今も鍛錬や危険なダンジョン攻略まで進めているんですか?」

「あんた、この先の展開を覚えてないっすか? ――あっ! そうか、あんたがパーティーに入るのはゴシュジンが敗れた後だったんっすね……」

「私(わたくし)たちはこの生活の方が気に入っていますの。『勇者に救われて』なんて欲しくありませんわ!」

「アタシも、あの勇者(クズ)に飼われるのはイヤよ!」

「な、なるほど……皆さんの覚悟は分かりました。けど、エンリーは何のためにそこまで頑張っているんですか? 見たところ、彼はあまり強くなっていないようですが……?」

「ゴシュジンはシスコンだから、プリムちゃんのためにセリースの魔法を復活させたいんっすよ」

「……それはムリだってことを知らずにね。アタシの魔法なんて、あの子の助けにはならないわ」

「「どういうことっすか・でしょうか?」」

「プリムラお嬢様の症状……あれは病気でも呪いの類でもないわ。――あれはハーフエルフの末裔、その末の世代が背負う『宿命(カルマ)』ってわけ。たとえアタシとエンリーの間に『本物の愛』が芽生えて、精霊たちに許してもらえたとしても。アタシがいくら強くなったとしても……アタシの光魔法程度じゃ、焼け石に水なのよ」

「「そんなっ……!!」」


(――聞いてないんだけどぉ!! たしか、ゲームではプリムラの死因は語られず、ただいつの間にか『亡くなった』とされていた。ハーフエルフうんぬんは初耳なんだが、筋が通っている。まるで誰かが意図的に設定した、この世界特有の法則みたいだ……)


「私(わたくし)の緑魔法は生命力を高める魔法……。他に方法が見つからないなら、私(わたくし)は命が尽きるまで、プリムラお嬢様に魔力を注いでみせますわ……!」

「――もう! みんな視野が狭くなってるっす。とりあえず、ジア様ももう大丈夫そうだし、あたしたちはお湯の中に戻るべきっすよ」

「でも……。そうですね。風邪を引いてはなりませんわ。――ジア様はどうされますの?」

「私はこのくらい、足だけをお湯に入れていれば大丈夫なはずですから、ここに残ります」


あたしとビアンカは湯船の中に戻り、ジアはその縁に腰を下ろして、足だけをお湯に浸けながら話の続きを待っていた。

最初に口を開いたのはセリースだった。


「アタシ、子供ができたことをあいつに報告するつもりだ。――それでいて、お腹が大きくなるまでは、またみんなと一緒に訓練やダンジョン攻略に参加するから、よろしくね」

「別に、お腹が目立つようになるまで隠していても問題ないのでは?」

「いえ、それだと逃げることばかりで、前に進むことができないわ。それに、アタシの魔法がプリムラの助けになれないことは伏せておくから、あいつにこれ以上、別の秘密を作りたくないのよ」

「残念ドラゴンっ子みたいに、愛の告白も兼ねてっすか?」

「べ、別にアタシ、あいつのこと好きなんかじゃないし……!!」


あたしがセリースとじゃれ合う横で、ビアンカは真剣な顔でぼそりと愚痴をこぼした。


「……私(わたくし)の緑魔法に、攻撃力さえありましたら」

「――あ、ありますよ?」

「えっ? ……だって、緑魔法は回復しか……?」

「赤の魔法だって、本来は『温度調整』にしか使えないはずだったんですよ?」

「えっ!? ジア様が扱っていらっしゃるのは『火魔法』なのではなくて!?」

「『火魔法』なんて存在しませんよ。ドラゴン族は一度に大量の魔力を放出できるから『炎』に見えますが、あれはただの急激に温められた空気です」


(――あれっ!? これ、現代の物理の授業で習ったことじゃないか?たしか、『炎の正体はプラズマ』ってことか、なんとか……)


「そうだとしても、私(わたくし)はドラゴン族みたいに多くの魔力を有していませんし、放出することもできませんわ……」


肩を竦めて『しゅん』となるビアンカを見て、ジアは微笑ましく、諭すように語り始めた。


「緑魔法を攻撃に使うのに、多くの魔力は必要ないのです。代わりに精密なコントロールは不可欠ですが、ビアンカなら鍛錬を怠らないし、あっという間に習得できるはず。――例えば、あの植物にでも使ってみたらどうですか?」


ジアが指さしたのは、浴室の隅に風景づくりのために置かれていた、キヅタのような植物の鉢植えだった。


「――植物も生き物です。上手く生命力を注入してみたら、意のままに伸ばせるはず……やってみますか?」

「――参ります!」


ビアンカの綺麗なプラチナブロンドの髪が、神秘的な緑色の光を帯びて輝きだした。視線を植物に戻すと、一本の蔦(つた)がにょきにょきと、湯船の方へ向かって勢いよく伸び始めていた。


「……これ……頭が、割れそう……です、わ……」

「もう! 慣れないことして無理するからっすよ……!?」


あたしはパタリと倒れそうになったビアンカを慌てて抱き寄せて受け止める。すると彼女は、あどけない顔であたしの豊かな胸に顔を埋め、幸せそうに目を閉じた。


「……前のアイリって、なんというか隙がなくて怖かったけど。アタシ、今の『アイリ』の方が好きよ。どうか逃げないで、アタシたちと一緒にエンリーの側にいてよ?」

「に、逃げるわけないっすっ――!」

「……やっぱり……(アイリにもあいつと子供を作ってもらうべきかな……)」


セリースがぼそりと呟いた独り言に、あたしはすかさずツッコむ。


「声ダダ漏れだし、大きなお世話っすよ!」

「あははっ! ――ビアンカもそう思うっしょ?」

「――んんん……ちゅっ……」

「――って、乳を吸うなっ! 大丈夫なら離れてもらうっすよ!」

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