ガールズトーク、その弐
ジアのキャラ設定を思いついた時、あたしはその元ネタとして、『なんとか』っていうトカゲをペットとして飼っている知り合いの話を参考にした。
お陰で『露出していることが恥ずかしくても、露出しないと体温調節ができず生きていられない』という、非常に面白いネタキャラができた。けれど、今更ながら少しやりすぎた設定だったと認めざるを得ない。
ちょっと弄っただけで、ジアは両手で必死に局所を隠そうとしながら猫背になり、顔から項まで茹で蛸みたいに真っ赤に染まっている。
(うん……流石にかわいそうだし、弄るのはやめよう……)
あたしが溜息をついてジアを宥めようとしたところで、ビアンカがすでに彼女の前まで進み出て、正面からその両手を優しく包み込んだ。
ビアンカはジアと視線を絡めると、豊かな胸と局所を両手で同時に隠そうと無理な体勢で奮闘している彼女の手を、決して強引ではなく、花が綻ぶような優しさでゆっくりと退かさせた。
「ジア様。ご主人様もあの時、こうおっしゃったではありませんか? 『ジアはとても美しい』と」
「あ、あれは……は、恥ずかしくて。掘り返さないで、ください……」
「いいえ、何も恥ずかしがることはありませんもの。――それに、今ここは女の子同士で、仲良くお風呂を愉しむ場所ですわ」
「そうよ。――ってか、あんた。体温調節が難しいっしょ? お湯に浸かって平気なわけ?」
「平気とまでは言えませんけど……端っこで、少し浸かっているくらいなら……」
(ふふっ! 『混乱している時は女の子口調に戻る』っていう設定も、ちゃんと働いてる。――ああっ! こうして、自分が考え出したキャラが一人の人物として生きている様子を見ていると、なんだか母親気分になるよぉ!)
「ジア様、こっちにおいでよ。このヒューマンの女二人、アタシたち上位種を虐めてばっかりなんだよ」
「なに言ってんっすか!? 虐めてなんかないっすよ!」
「セリースさま、被害妄想でも抱えていらっしゃいますの?」
「――そ、そう言えば、みんな、さっき何か言い合ってましたよね……?」
「聞いてよ、ジア様! こいつら、アタシの腹の中にエンリーの子供がいるなんて言って、アタシをからかってたんだよ!」
「えっ!? ――あ、アイリたちも気付いてたんですね……?」
「「……えっ!?」」
「――ちょっと、ジア様まで!!? いくらなんでもエルフ差別だよぉ!!」
「――ジア様……まさか、冗談ではなく……?」
「えっ? か、確信して言ってたわけじゃなかったんですか? ――においで分かりますよね……?」
「「「――分かるか!!?」」」
「……そうですわ! ――セリースさま、今月の『月のモノ』は……?」
「……っ! 今月は、まだ……」
「「――嘘っ……!!」」
「アイリさま……これ、これからどうなりますの……?」
「どうして二人とも、そこまで気にしてるんですか……?」
「逆にジア様は、どうしてそんなに呑気でいられますの? ――私たちの知っていた『未来』は、もう何処にもありませんのよ!」
「私……エンリーが変わった時点で、もう気付いてましたよ……? ま、まあ、私は前の『エンリー』には会ったことすらないですけど……」
「――あんたたち、なに訳の分からないこと話してんの!? アタシこのままじゃ、ママになっちゃうのよ……!」
「あははっ……そ、そうですよね。おめでとうございます、セリース」
「――ちっともめでたくないわっ!」
「あら、お覚悟が足りなくて? ならば、私がご主人様に進言して、セリースさまとの愛の結晶を責任もって立派に育て上げてみせますわ」
「――余計なお世話よっ!」
「不安があるとすれば、私……お胸が……」
「――どうしてあたしの胸を見るっす!? 大きさは関係なく、妊娠した後じゃないとおっぱいなんて出ないっすよっ!」
「まあ、アイリさま! エンリーさまとセリース様の大切な第一子のために、ご自身を犠牲にしてまで母乳が出るお体に……!?」
「――なるわけないっすよ! なに妄想してんっすか、この頭お花畑のお嬢様!」
「では、ジア様はいかがかしら? 最近、ご主人様と進展がありまして?」
「――だから、胸の大きさと母乳の量はなんの関係もないっすよ! ――それに、ドラゴン族は、おそらく卵生なんだから……っ」
「あの時、エンリーに気持ちを伝えてから、なんの進展もないのです……」
恥ずかしそうに身を縮めるジアを見て、あたしは密かにため息をついた。
「――待って……ジア様ってエンリーのやつに告白したの!? マジで?」
「は、はい。いきなり気持ちが抑えきれなくなって……」
「「……可愛い!!」」
(まさかとは思うが、彼女の――本来『勇者』のために用意されたフラグを、ゴシュジンが立てちまったってことか……?)
そうであるなら『よかった』としか言いようがない。ゴシュジンなら、間違いなく彼女の気持ちをずっと大切にするだろうから。
「あら……でしたら、セリース様の赤ん坊の栄養は――っ」
「――だから『大きなお世話』っつってんの! 我が子のためのおっぱいなら自分ので足りるわ! ……それに、あんたたちにはエンリーに迫る度胸なんてないだろうけど、もしも何らかの事故でビアンカが妊娠したら、アタシの方からおっぱいを分けてあげるわよ」
「っく、このっ!!」
「あははっ! アタシが大好きな『ご主人様』の子を腹の中に宿してるんだから、暴力はダメよ?」
「――そ、そう言えば、ビアンカもエンリーのことが好きなんですよね? あの『未来』の中では、いつも勇者君に心酔していたのに……」
ジアはなぜかおずおずとビアンカの隣の風呂椅子に腰を下ろした。身体を洗う最中だったビアンカは、話を振られた途端にピタリと手を止め、忌まわしいものでも思い出したかのように小さく身震いをした。
「思い出させないでくださいまし。今思うと、あんなクズな男のためにそうなったことが一生の恥ですわ!」
ビアンカの嫌悪感はもっともだ。いかに『男性向けのエロゲ』だったとしても、あのメインキャラの勇者の設定は『女の敵』や『人間のクズ』としか言いようがない。
(第二作の『NTRバージョン』の『エンリー・ポークナイト』も相当なクズだったけど……って! 待って待って! ――この世界はまさかっ……第一作と第二作の脚本をごちゃ混ぜにした世界なんじゃ……!?)
「アタシも、あの人間のクズよりは、今のエンリーの方がずっと好きっ……じゃなくて! 『弄りがいがある』と思うし――」
「――ですね。私が告白したことをいいことに、私の身体を自由にしようとはしないですし……ち、ちょっとヘタレだとは思いますけど」
身体と髪を洗い終わったセリースは、絶妙なプロポーションの裸体を惜しげもなく晒したまま、ゆっくりと広々とした浅めの大浴場に向かって歩き出した。
アニメなら、ここで不自然な湯気や謎の光線が彼女の恥ずかしい部分を隠してくれるはずだが、もちろん現実となったこの世界でそんなご都合主義は起きない。
同性の同僚の堂々たる全裸を見てなぜか自分の方が恥ずかしくなったのか、ジアはサッと視線を逸らし、必死に自分の身体を洗うことに集中していった。
「私もあの最初の夜、あそこまではしたなくエンリーさまに迫りましたのに、全くお相手にされなくて……私には、やっぱり魅力がっ……」
「――絶対違うっすよ! ……あんたの容姿は、えーっと……特別に幼く見えるから、ゴシュジンにとってはそういう対象として意識しづらくて……。とにかく、しばらくはゴシュジンに『迫る』のは駄目っす! 軽くトラウマになりかねないっすから」
「アイリって、ずいぶんとあいつのこと詳しいんだけど、なにか隠してるわけ?」
「あははっ……気のせいっす。あたし、ゴシュジンのことなんて……ただ付き合いが長いだけっすよ」
あたしも自分の妖艶な姿をまるで意識することなく、堂々と湯船に向かい、セリースから少し離れたところでお湯の中に腰を下ろした。
(あぁ……! 極楽、極楽! ……本来なら足を伸ばして全身で湯に浸かりたいところだけど、いくら広い貴族の大浴場とはいえ、四人だと他の誰かの迷惑になるかもしれない。――それにしても、さっきのこのエルフ。普段はバカっぽいのに、ああいう時ばかり鋭いんだから……)
「アイリさまは、すでに一度くらいエンリーと交わったことがあるんですよね? な、なぜ距離を置いているんですか……?」
(ほらね……さっきのやり取りで、正直なことしか言えないドラゴン娘の興味を完全に引いちゃったじゃないか……もうっ……!)
ビアンカと並んで、湯船のどこに入ろうかと迷っているジアを見る。身体のあちこちに肌色の柔らかい鱗が付いているが、それ以外は普通の可愛らしい女の子にしか見えない。
「……はぁ……。あたしは、この気持ちがまだ『本物』じゃないと踏んでいるっす。その確信が持てる前に『既成事実』を作っちゃったバカエロフのようにはなりたくないんっすよ」
「――バカってなによっ! それに『エロフ』じゃなくて『エルフ』だって言ってたしぃ!」
「どう、どう……怒るとお腹の子に悪いっすよ。落ち着いて――」
「――子ども扱いしないで、インチキ女騎士くずれっ……!」
お湯の中でセリースの隣へと腰を移し、優しく宥めてやる。すると彼女は、その強気な言葉とは裏腹に、頭を撫でられて大人しく擦り寄ってきた。
(すでに十八歳を超えている設定だけど、まだまだ子供だなぁ……。このまま本当にママになることができるんだろうか……?)
前世のあたしは二十歳まで生きた記憶があるけれど、だからといって立派な大人になれていたわけじゃない。
――三人でセリースをサポートしていくしかない。あたし一人だけじゃ、この不安は晴れない。
「……ねえ、アイリ……。エンリーは、アタシの子を取り上げたりは……しないよね?」
(ああ……『希少なハーフエルフは貴族に珍重される』っていう、あの裏設定か……。でも、ゴシュジンがそれをご存じなのかどうかは分からないし、知っていたとしても、彼なら若い母親から赤子を取り上げるなんて酷いこと、絶対にしないはず)
「しないっす! ゴシュジンは、セリースにそんなこと絶対しないっすよ」
不安げに甘えてくるアルビノのエルフの肩をそっと抱き寄せていると、湯船に足を踏み入れながら、微笑ましそうにあたしたちを眺めているビアンカとジアの姿が視界の端に映った。




