ガールズトーク、その壱
久方ぶりのアイリ視点です
脱いだばかりの際どいメイド衣装を脱衣籠に放り込み、あたしは無意識に腕を上げて、ぐーっと背伸びをした。
(不思議だな、あたし……。前世では『極度の恥ずかしがり屋』とまでは言わないけど、人並みの羞恥心は持っていたはずなのに)
いくら誰もいない浴場と、屋敷の使用人が女の子ばかりになったとはいえ、風呂に入る前にこうして全裸でウロチョロするのは、流石に大胆すぎやしないだろうか。
そう自分に言い聞かせてみても、本来あるべき恥ずかしさは一ミリも湧き上がってこない。
(このエロゲ世界の空気に毒されてるのか、それとも『ヒロイン・アイリ』としての思考に引っ張られているのか……? ――しかし、デカいよな……)
自分の胸の膨らみを見下ろすと、どうしても意識がそこに向かってしまう。引き締まった肌の張りと相まって、いきなり鳥肌が立つとずっしりとした重みをはっきりと感じるのだ。
最近『アイリ』としての生活に慣れてきたとはいえ、自分が『エロゲヒロイン』に生まれ変わった事実を改めて突きつけられると、流石に少しは頬が熱くなる。
(まあ、それでも手で胸を隠そうとする衝動はまったく起きないんだけど。あたしって、こんなにエッチな性格だったっけ……?)
それにしても、この世界も最初にここに来た時から随分と変わったものだ。かつてのような『視界が暗転して、時間がスキップする』ような感覚はなくなり、まるで本物の『現実』にいるような錯覚すら覚えることがある。
(意識が途切れることがなくなったからそう感じるんだろうけど……相変わらず、物理法則の方はまったく仕事してないな……)
脱衣所の壁に設置された大鏡に映る、重力を完全に無視した『非現実的なまでに綺麗な形』の胸を眺めながら、自ずとため息がこぼれた。
「あーあ……どうしてあたしは『アイリ』になっちゃったのかなぁ。『ビアンカ』くらいなら、ちょうどよかったのに……」
「あら。私、どうかいたしましたの?」
「――っ!?」
振り返ると、いつの間にか横に全裸のビアンカが立っていた。彼女は下ろした長い髪を、風呂に入る前にブラシで梳かしている最中だった。
(――い、いつからそこにいたの……!?)
あたしたちヒロインは本来、イベントシーンでしか存在を保つことができない。
だが、新しい『エンリー・ポークナイト』がこの世界に転生してきてから、まるでイベントが途切れることなく連続で発生しているかのように、あたしたちもこうして『普通の生活』を送れるようになった。
(――怖いな……。いつかこの世界の神様が異変に気付いて、あたしたちを元に戻してしまうんじゃないかって思うと、夜、目を閉じることすら恐ろしくなる……)
「――び、ビアンカさん……い、いつからそこにいたんっすか?」
「さっきからいましてよ。入る時にちゃんと声もおかけしましたけれど、アイリさまはご自分の容姿に心酔していらしたのか、全くお気付きになりませんでしたわ」
「――や、そこまでは……でも、もしかして……しかし……」
「もう! 見ていられませんわ。アイリさま、どうかなさいましたの?」
「――あははっ……ビアンカさんは、しっかりとメイド長をやってるっすね、と……」
「こうして面と向かって嘘を吐かれると、流石に傷つきますわよ。さっきの『ビアンカくらいなら、ちょうどよかったのに』というお言葉、はっきりと聞き取れましてよ?」
「――っ!?」
「はぁ……表情のコントロールも全くなっておりませんわね。本当に、どうかしましたの?」
「や……ちょっと、考え事をしていただけっす……」
「それでも、心が乱れすぎですわ。――以前、こことは違う『別の世界』で生活していた記憶があることは、お認めになりましたわよね?」
「うん……」
「『アイリ』さまの体に憑依なさる前に、誰の姿として生まれ変わるか、神様に選ばせてもらったのかしら?」
「いえ……ただ、気付いた時には『アイリ』になっていただけっす」
「ならば、あの『ビアンカくらいなら』という発言は、私がいることに気付いて、新手の嫌がらせを思いついたゆえの戯言だったのかしら?」
「違うっ! ……あたし、そんなつもりじゃ……」
「はぁ……まったくもう! ――行きますわよ!」
「えっ? ……待って、どこへ?」
「私が特別に、お背中をお流しいたしますわ。その代わり、アイリさまにも私の背中を流していただきますからね?」
「え? ……あぁ……はいっす……?」
ビアンカは『強引に』とまでは言わないものの、しっかりとあたしの手を握り、洗い場まで誘導してきた。あたしはされるがままについて行きながら、遅ればせながら『ここはエロゲの世界』であるという事実に思い至った。
この場面で起きる『お約束』のラッキースケベ展開を思い出し、慌てて辺りを探るように見渡す。
(お湯の中は……誰もいないっぽい。――柱の陰にも……絶対とは言えないが、流石のゴシュジンもそこに潜んでるとは思えないな……)
ホッと胸を撫で下ろしていると、隣のビアンカがあたしの顔をまじまじと見つめていることに気付く。
「――先客……ゴシュジンが風呂に入っていないかと、思ったっす……」
「あら。その立派なお胸で、ご主人様を悩殺するのではなかったかしら?」
「で、できるか、そんなことっ!? あたしはセリースじゃないんっすからね!」
「うふふっ! 慌てふためいて、いきなり手で胸を隠そうとするアイリさま、とても素敵ですわ!」
「あ、あんた……いつからそんなドSになったんっすかぁ!?」
「うふふっ!」
恐る恐る木製の小椅子に腰を下ろすと、背後に立つ小柄なビアンカの存在感が突然巨大になったような錯覚を覚えた。だが、あたしは努めて手を下ろし、彼女が背中を流し始めるのを黙って待つ。
「――感動いたしましたわ……。まさか、こうして背後から拝見しても、アイリさまのお体がそこまで妖艶に見えるなんて……!」
「――って! どこ触ってんっすかぁ!?」
「――よいではありませんか。減るものでもありませんし」
「――減るっすよ! あたしの精神力がっ!」
悪戯が成功したとご満悦の様子で、しばらく「ふふっ!」と笑っていたビアンカは、やがて真面目な手つきであたしの背中をタオルで洗い始めた。
「――ねえ、ビアンカさん……」
「どうかいたしましたの?」
「賢明なあんただから心配はしてないっすけど。くれぐれも、あたしとゴシュジンが異世界人だって秘密、他の皆には匂わせないように頼むっすよ。……セリースならバカっぽいから問題ないと思うっすが、あの露出狂ドラゴンは時々妙に鋭いから気を付けるっす」
「そんなことくらい分かっておりますわ。――全く、私の口の堅さを甘く見ていまして?」
「いえ。それに、あの子たちには悪いと思ってるっすけど、どうにかしてこの生活を守ってやりたいんっす」
「あら、気が合いますわね。私も同じ意見ですわ。――しかし、今のエンリーさまが異世界人であり、あんなに優しい殿方だという事実には驚かされましたわ……」
「あたしたちの世界なら、男性があああるべきなのは常識中の常識だったっすよ?」
「えっ!? 素敵な世界でしたのね!」
「まあ、皆が皆、そんな考え方ばかりじゃなかったっすけどね。古い価値観を『伝統』だと言って引きずる奴も結構いたし……。でも、今思えば――ここと違って、本当に優しい世界だったっす……」
「……ご無礼を承知でお伺いしますが、アイリさまはどのようにしてお亡くなりに――っ?」
「――しかし、あのスケベなゴシュジンっ!! あんな節操のないエルフに鼻の下を伸ばしてっ!!」
「――って……アタシ、お邪魔だったってわけ?」
「「あんたいつからいたのよっ・あなた、いらしたならお声をかけなさいましっ!?」」
あたしたちの剣幕にセリースは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直すと、のこのこと洗い場へ入ってきて、あたしの隣の小椅子に腰を下ろした。
(――そういえばそうだった……あの時、エルフたちを遊び半分で『裸族』設定にしたんだったな。――それにしても、こうして毎回絶妙なプロポーションを見せつけられるとイラッとくる……!)
まるで合図でもしたかのように、ビアンカがあたしの背中を洗う手を止めた。あたしたちは二人して立ち上がると、腰を据えたばかりのセリースの両サイドを挟み込むようにして、背後に立った。
「――えっ!? ……な、なに?」
「セリースさま〜。最近ゴシュジンとはどうなんっすか? 楽しくやってるっすか〜?」
「――あ、あれはただのお遊び……じゃなくて、お祓いよ! ……ま、まったく! あのヒューマンのオスにも困ったものね……アタシ、あんたらのためにわざわざ身体を張っ――ひゃうっ!? ……ど、どこ触っ――!? やめっ――!」
「神殿のお食事が、これほど豊かだったとは存じませんでしたわ〜」
「全くっす。セリースさまは肉付きも絶妙っすね……。でも、ビアンカさんもスタイルが悪いってわけじゃないんっすよ? この『エロフ』みたいに、もうちょっとだけ積極的に攻めてみたらどうっすか?」
「でも……私、女の人が殿方にあのように迫るのは『はしたない』と教わりましたもの。そう簡単には羞恥心を捨て切れませんわ」
「――あははっ! ……こ、お腹は、ら、らめぇ……く、くしゅぐったいよぉ……あはははっ! ……やめっ――!」
「それで、『いた』んっすか?」
「断言はできませんけれど。多分『いる』んですわ」
「――はぁ……はぁ……。い、『いる』って、なにがよ?」
「セリースさまのお腹の中に、ご主人様の赤ちゃんが、ですわ」
「――うっ……嘘よ。そんなはずないっしょ!? だって、アタシはエルフで、あいつはヒューマンだし……前のどの『未来』では一度も子供なんてできたわけっ……って、ちょっとあんた! 妊娠したかどうか判別できるようなスキルなんて持ってないじゃん!?」
「「あははっ! うっそ〜・ですわ!」」
「――でもね、セリースさま。気を付けた方がいいっすよ」
「な、なにをよっ――?」
「――今のこの状況、前に経験したことなんて一度もなかったっすよね?」
「――っぐ!」
「火遊びも、ほどほどになさった方が身のためですわよ」
「お前ら、ずいぶん楽しそうじゃん。私も混ぜてくれないだろうか?」
「「「――出た! 露出狂ドラゴンっ!」」」
「――とことん失礼だな、お前ら……」




