初ダンジョン攻略
「右側を頼んだぞ……」
「プフッ!――大丈夫っすかゴシュジン?」
「笑うか、心配するか――どちらかにしろ!」
「ジア様、魔法の準備を……!」
「プフッ!……まかせろ」
「――お前もかよ!?」
「――し、仕方ないだろう……プフッ!……ははっ!」
「――もう、勝手にしろ……!」
ゲームだった頃のターン式バトルも、現実になれば、息つく暇もないほど忙しい仕様に成り代わる。
画面の前なら、プレイヤーが時間をかけてパーティー全員の最適なコマンドを選ぶことができた。しかし現実の戦闘ではそうはいかない。一瞬でも判断に迷って長くもたもたしていると、世界にターンのパス、つまり『傍観』と見なされてしまうのだ。
もちろん、防御や回避にSPを使うことはできるが、こちらからの攻撃のチャンスは完全に失われてしまう。その一度の遅れが敵に隙を与え、結果として大きなダメージを食らってパーティーの足を引っ張ることになりかねない。
だからこそ、時間を止めて一人で全員を操作できない以上、俺たちはこうして絶え間なく指示を叫び合い、即興で作戦を組み立てるしかないのだ。
しかし、当たり前だけど、それはゲームの仕様と違ってそう上手くはいかない。
俺たちは相対しているのは腰に薄汚い布切れを巻いた、皮膚が緑色の醜い小人の集団――所謂ゴブリンたちである。
(……臭いな、こいつら!)
前世で一度、会社のチームビルディングを不参加にした時のことを思い出す。あの時、女性社員たちが『何かと理由をつけてこの手のイベントを欠席したがる理由』が、痛いほどよく分かった。むさ苦しい同僚たちが旅行から帰った時の体臭は、思いのほか地獄だったのだ。
アイリたちを見ると、彼女たちも同じように悪臭に顔をしかめている。――だが、なぜか皆一様に目がトロンと熱を帯びているのだ。時折、酷く悔しそうな表情で「……いい匂い」とぼそり呟く声も耳に届く。
(――『いい匂い』って、つまりそういうことか……。汚いな、エロゲダンジョン!)
それでも、こいつらさえ倒せば、俺たちも晴れてダンジョン攻略者になるのだ。
しかし、状況は芳しくない。
街で受けたクエストの経験値は、バグのせいでアイリたちが強制的にパーティーから外れていたため、すべて俺一人に割り当てられていた。おかげでレベルアップはできたものの、俺の基礎戦闘力はそこまで高くもないし、上がったところで焼け石に水。おまけに獲得できたスキルもパッとしない物ばかりで、後方支援もできないままだ。
それでも、俺が獲得した二つのスキル『身代わり』と『首の皮一枚』は、ジアがパーティーに加わった今、意外と役立つものだと気付いた。
彼女は純粋な火力だけの話なら、別格としか言い表せない。――が、知っての通り筋金入りの露出狂……もとい、体温調節のために肌色の多い装備を身に付けるしかない体質だ。おまけに極度の恥ずかしがり屋でもあり、一度アーマーブレイクに見舞われれば、瞬時に役立たずのお荷物に成り下がってしまう。
『身代わり』は文字通り、パーティーの誰かの代わりに攻撃を引き受けることができる。タンクではない俺には、本来なら宝の持ち腐れとなるスキルだが――驚くことにこれ、アーマーブレイクを狙う攻撃にも通用するのだ。
とはいえ俺の低い回避率では、服を何枚重ね着していようと、モンスター共が執拗に攻撃を繰り返せばあっという間に全裸にされてしまう。
そこで輝くのがこの『首の皮一枚』というスキルだ。本来は一定の確率でHPを1ポイントだけ残して持ち堪えるというゴミスキルだが、アーマーブレイクに関して言えば、神スキルへと進化するのだ。
――服がボロボロに引き裂かれても、スキルのお陰でそのズタボロの布切れが不自然に身体へへばりついたまま、何度もモンスターの攻撃を耐え凌いでくれるのである。
それでも、こんな格好でウロチョロするのは流石に恥ずかしいが、勝利はもう鼻の先にある――。
「――キャッ!!?」
(ば、バカか、俺は!!?――自分で死亡フラグを立ててどうする……!?)
しかも、ゴブ介が巧みに投げた石が、よりにもよってジアのビキニアーマーを的確に捉えたようだ。
(マズい! ――ここでジアを失うのは非常にマズいっ……!)
ゴブリン共は既に虫の息だが、まだ全員が戦闘可能な状態だ。
(ここからジアなしでこいつらを片付けるには、骨が折れる。――なんとかしないと……!)
「ジア――っ!」
「――は、はいっ……」
「気にするな! 俺は既に、ジアの全てを見ている――っ!」
「――い、今ここでそれを言います!?」
「ジアは、俺が今まで見てきた中で、誰にも引けを取らないほど美しい――っ!」
「――も、もう……く、殺してぇぇっ!」
「いや、聞いてくれジア――っ!」
「――いやぁぁ!!」
「――ジアは美しく、誇り高きドラゴンだ! 今ここで、俺は高らかに宣言する。この瞬間ばかりは、その(ほぼ裸の)姿のままでも、ジアは誇らしく立っているといい――っ!!」
「――いやっ!! やめてぇぇっ!!」
当然のことだが、ジアにその極度の恥ずかしさを克服することなどできやしない。――が、こうして全力で煽り散らすと、一つ面白い現象が起きるのだ。
ジアの悲痛な叫び声がダンジョンの空洞に響き渡る中、背後から太陽が昇ったかのようなオレンジ色の眩い光が差したかと思えば、無数の火の玉が無差別に戦場へと降り注ぐ。
――いや、「敵だけを狙った」とは言い切れないが、前衛のアイリと俺はすでにこの『仕様』に慣れきっていて、上手く回避ができている。
ゴブリンたちは為す術もなくジアの(ヤケクソの)猛攻に見舞われ、数体が煙となって戦場から退場していったようだ。
(よしっ。残り三体なら、俺とアイリだけでもきっとなんとかなるはず……!)
――と安堵したのも束の間。横を見た瞬間、俺は目の前が真っ暗になる錯覚に襲われた。
もちろん、物理的に視界が暗くなったわけではない。むしろ、非現実的な精度で振るわれたゴブリンの棍棒によって、アイリのシャツが見事に引き裂かれ、宙を舞う光景がはっきりと目に飛び込んできた。
それと同時に、拘束から解放された彼女の柔らかくて弾力抜群の二つの膨らみが、余勢を駆ってまるで別の生き物のように激しく暴れ回る様までもが、嫌でも俺の脳裏に焼き付いてしまったのだ。
俺はそっと視線を逸らし、今回のダンジョン攻略をすっぱりと諦めることにした。
最強の攻撃力を誇る二人のアタッカーが(羞恥心により)ダウンした今、俺たちに残された道は、潔く尻尾を巻いて逃げることしかないのだから。
しかし、絶望する俺の思惑とは裏腹に、セリースとビアンカが猛然と突進した。彼女たちは優雅な動きで、アイリの羞恥を見て喜んでいる二匹のゴブリンに肉薄し、手に持ったそれぞれの凶器を巧みに突き立てた。
セリースは見事に一匹のゴブの目を捉え、レイピアで眼窩の奥の比較的薄い骨を正確に貫いた。現実の生物であれば脳を破壊され、確実に即死に至る致命の一撃だ。
それと同時に、ビアンカがすれ違いざまにもう一匹のゴブリンの胸(心臓)へ、一切の迷いもなくダガーを突き立てていた。
二人は日々の鍛錬のおかげで飛躍的に成長しており、純粋な武器の扱いだけならアイリにすら引けを取らない。
だが、ゴブリンという魔物は非常に頑丈だ。いくら二人の攻撃が猟奇的ならの芸術性を持っていたとしても、本来の体力を考えれば、たった一撃で討伐には至らないはずだ。
そう思っていた俺は、見事に予想を裏切られ、この現実世界における――ゲームで言うところの『クリティカルヒット』の恐ろしい仕様を知らされることになった。
HPゲージなど関係ない。急所を完全に捉えられた二匹のゴブリンは、あっけなく黒煙へと変わり、戦場から掻き消えたのだった。
しかし、安堵している暇はなかった。三匹目のゴブ太郎が棍棒を高く掲げ、無防備になったビアンカへ襲いかかろうとしていたのだ。
(――あれはアーマーブレイクを狙うエロ攻撃じゃない……!)
俺は慌てて『身代わり』を発動し、とっさにビアンカとゴブリンの間に割り込んだ。だが、俺が辛うじて受け流せたのは、最初の打撃一つだけだった。
どうやらゴブ之助は連続攻撃のスキルを使っていたらしく、俺はあいつの次なる殴打を肩口に食らい、さらに三撃目を腰の辺りに受けて、たまらず片膝をついた。
隣でビアンカが顔をしかめ、必死に何かを訴えてくるんだが、強烈な痛みのせいで五感が鈍っているらしく、彼女の言葉が何一つ聞き取れない。
呆然とゴブ史へ視線を戻すと、あいつはまだSPを残していたらしく、棍棒を高々と掲げて次なる追撃の構えに入っていた。
(――連続スキルからの追撃って、いくらなんでも反則だろうが……)
ステータス画面など見ずとも、俺のHPがヤバい領域に突入していることくらい感覚で分かる。
いよいよ終わりを覚悟したその時――己の羞恥心をかなぐり捨て、洗練された美しい剣筋でゴブ斗を真っ二つに両断するアイリの姿を、俺は視界いっぱいに捉えた。
緊張が途切れ、押し寄せてくる痛みのせいで本当の意味で視界が暗転したが、しばらくするとビアンカの治癒魔法のおかげか苦痛が引き、意識が浮上した。
「ビアンカ、ありがとう……。もういいから、自分の魔力を温存してくれ」
「でも……っ!」
「ゴシュジンの言う通りにするっす」
「アイリ様……」
俺は強がって「大丈夫だ」とアピールしようと、ゆっくり立ち上がってみたが、足に上手く力が入らない。立ち上がること自体はできたものの、とてもじゃないがバランスが取れなかった。
『倒れる――』そう思った瞬間、突然背中に『柔らかいもの』が押し当てられる感触があった。顔を横に向けると、肩越しにジアの綺麗な瞳が、不安げに俺を見つめ返していた。
「ジア……ジアもまだダメか?」
「――バカっ……!」
「支えてくれてありがとう」と俺が口にするよりも早く、今度は正面からも同じように『凄まじく柔らかい感触』が胸に押し当てられ、驚いて視線を戻す。
「アイリ、お前まで何をしてるんだ?」
「だ、ダンジョンクリアがシステムに認知(クリア判定)される前に服を直したら、外へ強制送還されちゃうからっす……」
「――あぁ……そういえば、そんな仕様だったな……」
次の瞬間、俺たちは眩い光の粒子に包まれた。
どうやら無事にシステムからダンジョン攻略を認められ、外へ転移されることになったらしい。




