イメチェン、その弐
あれからどうなったかと言うと、変わらないことも多くあったが、変わったこともまた多かった。
新しく屋敷に入る、元グラビアアイドルのメイドたちのまとめ役は、正式にビアンカに決まった。
元よりしっかり者である彼女には、『メイド長』の役職が完全に板に付いていた。
そして、いくらビアンカが鍛えて強くなったとはいえ、落ちぶれた身であろうと元は冒険者の端くれだった亜人娘の大群を、彼女一人で相手にするのはさすがに荷が重い。そこで彼女を物理的に補助するのがアイリだ。
アイリは圧倒的な戦闘力を誇るだけでなく、頭も回る。ビアンカが権力を握って横暴にならないための『牽制役』も兼ねて、彼女の副メイド長への就任が決まった。
あと、特筆すべきことといえば、アイリたちの新しいメイド衣装が完成したことだろう。
彼女たちが長時間の議論を交わして生み出しただけあって、その仕上がりはエロゲヒロインとして最上位にランクインできるレベルの『エロ可愛さ』だった。
(まったく! 前の衣装に比べれば確実にマシになっているはずなのに、なんでこうも目のやり場に困るんだ……?)
大胆に開いた背中には大きなリボンがあしらわれており、それが階段の踊り場や廊下の角からチラッと見えただけで、俺の心臓はヤバいくらいに大きく跳ね上がる。
(アイリのやつ、一体どこでこんな衣装を仕立ててきたんだ……。やっぱ、深くは聞かない方がいいかもな……)
ポークナイト男爵が引退したあと、しばらく屋敷は閑散としていた。だが、数ヶ月が経った頃、ようやく第一陣となる亜人娘組がメイド業を始め、屋敷には『悪い意味での』賑わいが戻ってきた。
彼女たちの衣装はアイリたちのものほど過激なデザインではなかったものの、コスプレ喫茶の制服のような、エロゲの登場人物としてまったく遜色のない出来であった。
それでも、普通に着てさえいれば問題はないのだが――なぜか俺が彼女たちにエンカウントする時は、決まって服を脱いで下着姿で掃除をしていたり、空き部屋のベッドでゴロゴロしていたり、俺の洗濯に出した服をクンカクンカしていたりするのだ。
一応、アイリたちが目を光らせてくれているようだが、エンカウント率はどうしても下がらないようだ。
ジアは宣言した通り俺の寝室を占拠して、あれから毎夜一緒に寝ている。
いまだに彼女に指一本触れていないが、ここで『いまだに』としか言えないことが、なにより俺の情けなさを表している。
幸いなことに、彼女は俺の温もりに当てられると数分以内に眠りについてしまうため、俺が理性を試されるのも最初の数分間だけだ。しかし、この生活が続けば、近いうちに彼女もアイリとセリースの『サークル』に加わることになるだろう。
俺が未だに理性を保ち、耐え切れているのには、一つ大きな理由がある。
――ゲームの脚本通りなら、中ボスとどのヒロインとの間にも子供が生まれることはなかった。だが、不確定分子のジアが加わり、現実になってしまった今、そのシナリオも最早当てにはできない。そして恐ろしいことに、前世の中世と同様、この世界には『避妊』の概念すら存在しないのだ。
勿論、もし子供ができたら、俺はその子に愛情を注ぎ、全力で育てる覚悟はある。だが、まだ関係が定まりきっていない今は、その子に本当の家族を提供できるかどうかが分からない。
これは前世から引きずった見識かもしれないが、俺の意見では、子供には何より安定した『家族』が必要だ。「三人のママに、パパが一人」という構造自体が問題なのではない。パパとママたちが覚悟を決めて家族になったのではなく、成り行きや遊び半分の勢いで子供ができてしまうことが、将来のトラブルの源になりかねないのだ。
……などと立派な理屈を並べながらも、俺はセリースとの火遊びをあれからも続けてしまっている。
もちろん、ジアがベッドの中にいる以上、彼女が俺に『夜這い』を仕掛けてくることはなくなった。そのかわり、不意を突かれて、執務室や廊下の突き当たり、食堂など――口に出すのも恐ろしいような場所で『襲われる』ことが増え、もはやセリースの冒険心にこれ以上火が点かないことを祈るばかりだ。
彼女は未だに「これはただの遊びよ」とか、「お祓いだから」とか、ふざけた言い訳を口にするが、あのイキイキとした反応を見るに、もしあれが演技だとしたら彼女の女優魂は相当なものだな。
因みに、エルフと人間の間には子供が非常に授かりにくいとされている。それでも、最近になって、俺は彼女の腹の中に小さな『ハーフエルフ』の命が灯るのを恐れ、密かに彼女の誘惑に対する有効な『対抗策』を切望しているのだった。
そんなある日のこと。俺が執務室で書類の山と格闘している傍らで、間食を運んできたセリースは、無防備にソファへ寝そべっていた。そして時折、悠長に手を伸ばしては、俺のために持ってきたはずの『塩チーズのパイ包み』を手に取り、行儀悪く寝転がったまま頬張っている。
ふと思ったのだが、ハエが他のあらゆる動物をイライラさせる才能を持っているのだとしたら、『エルフ』という生き物は人間の男の劣情を揺さぶる天才だと言えるだろう。
彼女のルビーのような瞳と不意に視線が絡み、俺は自嘲気味に鼻で笑った。
「こんな不細工なヒューマンの顔を見ていても、面白くないだろ?」
思わずそう問いかけてしまう。
「エンリーが何を勘違いしてるのか知らないけど、アタシにとって人間の男性は、全員が不細工で仕方ないんだけど?」
「いや、勇者のことは結構気に入ってたじゃん」
「ど、どうしてエンリーがそれをっ……!? ――コホン。……ごめん。あれは今思えば、頭がおかしくなってただけとしか言えないよ。この前のエロ雑誌騒動のときみたいに……」
「そう、なのか?」
「そうよ! ……そもそも、エンリーは自分の何が不満なわけ? 体格の方は、もうすっかりマッチョじゃん」
「いや……体はな。でも、髪や髭の方は伸ばしっぱなしで、どうにもならないままだぞ」
「ふ〜ん。そこが気になってるんだ」
「気にもなるだろ。こんな美人ばかりに囲まれてたらな」
「じゃあ、アタシが何とかしてあげようか?」
「光魔法で、ってことか?」
「光魔法はあれきりで、もう使えないわよ! ……里にいた頃、アタシはお父さんと弟の髪を整えてたのよ」
「えっ!? セリースにそんな家庭的なことができるのか?」
「なに、その『今の今まで、何もできない穀潰しだと思ってた』みたいな顔? まあ、普段のアタシの素行が悪いのもあるし、しょうがないけど……ムカつく!」
「……じゃあ、髪を任せてもいいか?」
「いいけど、対価はもらうわよ」
「何が欲しいんだ?」
「エンリー、最近アタシの誘惑になんとか『対抗』しようとしてるじゃん? それ、きっぱり諦めてもらうわ」
「……っな! 横暴すぎるだろ!」
「エンリーがイメチェンして、他の女たちにモテモテになりそうなんだから仕方ないっしょ。そこでアタシばかりが蚊帳の外に追いやられたら困るの! それとも、なにか? エンリーはこのアタシに『放置プレイ』を仕掛けたいわけ? ――百年早いわ!」
「いや、『モテモテ』とか『放置プレイ』って……お前な。ただ身だしなみがちょっとマシになるだけだろ」
「分かってないなら、別にそれでもいいの。――で、どうする? 約束する? しない?」
「……今まで通り、俺が『理性だけで』お前の誘惑に抵抗する分には構わないんだな?」
「そのくらい、余裕で突破できるし」
「ぐうの音も出ないのが腹立たしい……」
「ふふっ! それじゃあ決まりね……」
最近はこのゲームの世界を現実として受け止められる瞬間も増え、その見た目がゲームグラフィック特有の『省略された絵』であることを忘れがちになっていたが、いざヘアカットとなると、さすがにどうやるのか気になってくる。
(そもそも、自分で髪型や髭を整えられないのは、髪の毛自体が独立して存在しないからだったんだが……)
セリースは椅子を机から離れた位置へ俺に動かしてもらい、お馴染みのインベントリ仕様で虚空から一枚のシーツを取り出し、『髪の毛が服に付かないように』と俺の首に巻いた。
そして不思議なことに、彼女がハサミを手にして俺に近づき、『チョキッ』と刃を動かすと、『バサッ』と一房の切断された髪がシーツの上に落ちたのだ。――まるで魔法を見ているような感覚だった。
(そう言えば、彼女たちネームドキャラや亜人娘たちも含めて、全員綺麗に整った髪型をしているけど、誰一人として『美容院に行く』とか『〇〇に髪を切ってもらう』なんて、一度も言わなかったしな……。もしかしてこの世界、一度キャラクターの容姿が決まったら、髪が伸びたりなんかしないのか?)
「不思議な世界もあったものだ」と考えている間にも、セリースの持つハサミは『チョキシャキッ』と小気味よく働き続け、シーツの上の髪の毛も目に見えて増えていった。
すると、「前髪を切るから目を閉じて」と言われ、しばらくそのままハサミの音とセリースの鼻歌を聞いているうちに、俺はある異変に気付いた。
セリースの鼻歌がふっと止んだかと思えば、ハサミの音も途切れがちになり、彼女がまじまじとカットする位置を測るように、数回髪を櫛で梳かしては、ひどく慎重にハサミを入れるようになったのだ。
(鼻歌をやめたのは、息が切れたからか……?)
彼女は相変わらず体力が低く、日々の訓練でもまだ他の皆について行けていない。
そう思っていたのだが、ようやく目を開ける許可が出て彼女の顔を見た時、それが間違いだと気付いた。
――見惚れている……とまでは自惚れないが、どう見ても彼女は、俺の容姿の変化に激しく動揺している。
(……まさか、ハゲにされてないよな!?)
「あのさ……」
「え、エンリー……えーっとね。髭は専門外だけど、一応形だけを整えるくらいならできると思うよ。ど、どうする?」
「――なら、お願いしようかな……」
(なんだ……一瞬焦ったが、髪型が整ったから、流石に『髭の無精さが目立つ』ってことだったのか……)
しかし、続きの作業をされていて、嫌でも気付く。彼女が鼻歌をやめたのは息が切れたせいではなく、歌う余裕がないくらい『あっけにとられている』からだ。
(俺の頭、マジでどうなってんの……!?)




