家庭の再構成
「女誑しはお黙りなさい――」
「――たらしは黙るっす!」
「――黙るのよ!!!」
俺に悪態をぶつけて、すぐに自分たちの喧嘩に戻ろうとする彼女たちを前に、痺れを切らした俺は「パンッ!」と勢いよく両手を打ち合わせた。
玄関ホールに乾いた音が響き渡り、彼女たちが一瞬静まり返って俺に視線を戻す。その数秒の隙を、俺は見逃さなかった。
「お前ら、言いたい放題だな?!終わったならここからは俺の番だ」
アイリとビアンカは即座に口を開きかけたが、彼女たちは喋りだすより早く、俺は一気に言葉を畳みかける。
「何か勘違いしているようだが、俺が『身体目当て』でジアを連れてくるわけがないだろう!」
「じゃあ……自分の胸に手を当てて『ジアのオッパイなんてこれっぽっちも気にならない』と言ってみてほしいっすね、ゴシュジン」
「そんな嘘が言えるか、ボケっ!」
「ほら、やっぱりっす!!」
「だがよ、俺は既に一糸纏わぬ姿のジアと同じベッドで夜を過ごしたぞ……」
アイリとビアンカが金魚のように口をパクパクさせ、セリースに至っては、もはや『この世の終わり』みたいな絶望顔を浮かべている。
好機とみなして、俺は回復したら確実に逃げ出そうとするセリースの両手を掴み、彼女のルビーのような赤い双眸をのぞき込んで、けっこう前から話したかったことを全部言うことにした。
「セリース。あの夜、頑張ってプリムラの助けに来たこと、心から感謝しています。ありがとうございます!」
「えっ?……あっ……はい……」
「俺はさっき、玄関の扉をくぐるまで、皆のことを心配で、心配で…………バグが修正されなかったら『どうしようか』と。――皆が無事で本当によかった!」
「……そ、そう言われるとむず痒いっす」
「――まったく。本気で怒ることはもうできませんわ……しかし、『バグ』とはなんのことですの……あの変わった気分のことかしら?」
『し~い!ビアンカに説明しても、どうせ分からないっすから。今は聞かなかったことにするべきっす!』
『私の理解が及ばないですと!?』
『そんなこと言ってないっす!説明するには、他にも色々話さないと理解できないといいたいだけっす』
『――なら宜しいけれど……』
「あと、セリース――」
「うん……なに?」
「今まで関係を曖昧なままにして、セリースと一緒の時間を楽しんでいたことを申し訳なく思う。これから、セリースがそうして欲しいなら正式に付き合うことにしよう。もちろん、アイリたちとも距離をとるつもりだ」
「「――っ!なっ……!!?」」
「な、なに急に厚かましくなるのよ!?このアタシが人間の男と付き合うなんて……調子に乗りすぎよ!」
「……そ、そうか」
「あれは……アタシの遊びよ。アイリやビアンカにムラムラしてて、我慢できなくなる前にエンリーの『邪念』を『払う』ことにしたってわけ」
「――大きなお世話だ!」
「――今後女の温もりをご所望のときは私を夜伽に呼び出してくださいまし!」
「――夜這いを仕掛ける度胸はないっすね、ビアンカは」
「――あれは……淑女のなさることではありませんもの」
「ほら! 余計なことを言うからこうなる……。まったくもうっ!」
「エンリーがどうしてもって言うなら、あたしは身を捨てる覚悟で一緒に寝るっす……」
「や、必要ない。俺は『むらむら』なんてしないから。それに、しばらくはジアと一緒に寝るしかないようだ」
「「「えっ!どういうことっす・でしょうか・ってわけ!?」」」
「落ち着け!俺は指一本触れないって言ってるだろ。こいつは体温調節が苦手なだけで……」
「――じゃあ、別にエンリーと一緒に寝る必要なんてないっすね? 」
「――そうですわ。他の女の子かと一緒に夜を乗り越えればよろしいのではなくて?」
「私は構わないが、女の子同士で密着して夜を過ごすと、どうしても『そういう気』になってしまうぞ?」
「「――えっ!!?」」
「それに、エンリーの父上が引っ越せば、この屋敷はそう遠くないうちに『女の園』になるのだろう?」
「エンリーさま。どういうことですの!?」
「えーっと。親父が引っ越すのは本当だ、使用人の大半を連れていてな。それと、元は『メイド』じゃないけど、職に迷っている娘たちを雇用することにしたんだ……」
「――まさか、あの雑誌に載ってた亜人グラビアアイドルたちっすか!?」
「……うん、まあ」
「それとジア様がご主人様と寝ることになんの関係がありますの?」
「私は長く女の子に囲まれていたら、同性にもそういう気分になる体質でな」
「――待って!あたし、そんな設定付けた覚えないっす!」
「『設定』とはなんだ?」
「――あーははっ!こいつは混乱してて、『ドラゴン族にそんな生態があるとは知らなかった』って言いたかっただけだ」
「……まあ、人間の間にはあまり知られていないからな」
「――ちょっと! ならアンタがそいつに手を出さない保証はないっしょ! アタシは反対よ!」
「「いいえ。ここはジアをエンリーに預かるのは一番っす・預けるべきですわ」」
「えっ!!?なんでぇ!?」
「エロフのあなたようり、誠実そうなドラゴンがマシってわけっす!」
「アタシは『エロフ』じゃなくて、エルフですぅ!」
「そのようなこと、どうでも宜しくてよ」
「――全っ然よろしくないっ!……やるの、このエセお嬢様!?」
「あら。日々の訓練で、いの一番にバテていらっしゃるあなたがそうおっしゃるなら、お相手しなくもなくってよ? ――大丈夫、お怪我をなされても、私が直ぐに治して差し上げますわ。うふふっ!」
「――だ、誰がっ!?治されるのはアンタの方よ!」
「……はぁぁ……。でも、屋敷のスタッフがごっそり入れ替わるなら尚更、急いでメイドたちの新しい衣装を考えないと駄目っすね……」
「あら、珍しいですわね。アイリさまがそこまで思い悩んでいらっしゃるなんて」
「だから、私はビアンカのような、風通しのいい服装がよいかと――っ」
「「――却下っす・ですわ!!」」
「なんでだ!? ――お前、堂々と着てるじゃないか!」
「私はもう、こんな破廉恥な衣装は飽きたと既に申しましたわ。……それに、目当ての殿方の気も惹けておりませんし」
「あたしも、露出度がそこまで高くない衣装のほうがゴシュジンの好みだと思うっす」
「エンリーの好みなら仕方がないな。だが、分厚い生地だけは勘弁してくれよ? ――マジで死ぬんだからな」
「仕方ないねー。高貴なドラゴン様を熱中症で死に追いやるのもどうかと思うし。アタシ的にも、エンリーを弄れそうな、ひらひらしたデザインがいいってわけさ」
「それと、私たち『直属のメイド』と、新しく雇う『一般のメイド』たちの衣装は、デザインを明確に分けた方がよろしいかと」
「あんたたち、さっきから要求ばっかりで! 文句があるならデザインにも協力してほしいっす!」
「仕方ありませんわね。私も意見はお出ししますけれど、ご主人様のご趣味はあくまでアイリさまが一番よくご存じなので、そこはお任せいたしますわよ?」
「――おい。その前に、場所を移さないか、お前ら?」
俺は最近、周囲の『NPC使用人』たちの様子が気になっていて、こうして彼らの前で長々と立ち話をしたくないのだ。
以前はただの『背景の置物』として扱うこともできたが、どうも最近、NPCたちの様子がおかしくなりつつある。
(これが俺の影響なのか、俺たち全員の影響なのかは知らんが……。ビアンカやセリースのようなネームドキャラだけじゃなく、ここ最近は他のモブNPCたちまで『人間らしさ』を帯びてきているように見えて……どうにも、その視線が気になるようになってきたんだよな)
そして、全員で俺の執務室に移動してから一時間ほど経った頃――。
「じゃあ、ドレスの前面はエプロンみたいに弧を描いて切り上げて、下にはペチコートみたいなスケスケ生地のスカートを穿かせて完成っす」
「表はそれで宜しいでしょうけど、背中がこんなに大胆に開いていては大丈夫でしょうか? ――ぱ、パンツの縁が見えてしまうのでは?」
「なーんにも分かってないな、ビアンカは。パンツが見えそうなら、パンツを穿かないことで解決できるだろう?」
「アタシもそれで問題ないよ」
「変態ドラゴンとエロフはシャダップっす」
「「私は変態じゃない・『エロフ』じゃないと聞いてないわけ?」」
「ぱ、パンツを穿かないという選択肢が……?」
「ビアンカも、この変態どもの戯言を真に受けなくていいっすよ。ゴシュジンはそんなあからさまな痴態は好まないっすから。ここはこう、腰の辺りで開きを止めて、臀部をしっかりと隠せるように生地を延ばして――」
「あら、可愛いですわね!――しかし、上の方がここ、お胸の下で止まっているのはどういうことですの?」
「あぁ。ここはこうして、カーテンのように上から布を垂らして、スカーフみたいに前を隠すことになるっす」
「ひらひらしてて、全てが見えそうではありませんこと!?」
「ん~ん……そうだね、ただの布切れだと『世界の補助(※謎の反重力)』を期待できないと想定して、背中の紐でしっかり結んで固定するっす」
「だとしても、これでは下着を着ける余裕がありませんわよ!?」
「だから、上が開いたバルコネットのようなデザインにしなかったんっすよ。いちばん……『発育が控えめ』なビアンカさんのお胸も、このデザインならそこそこ映えるじゃないっすか?」
「……っ! フォローになっておりませんけれど……理にかなっているのが腹立たしいですわ。しかし、この前掛けで覆うデザインだと、谷間もお胸の側面も見えませんわよ? ご主人様はこれで本当に喜ばれるのでしょうか?」
「そこは問題ないっすよ――だって、この紐一つを解けば……」
「あっ! なるほど! アイリって、案外男を焦らすテクニックに長けてるじゃん!」
「――なあ、お前ら……」
彼女たちの恐ろしく高度な『エロゲ的構造会議』を聞かされていた俺は、深々とため息をついた。
「……俺をからかうためだけに、そんなけしからん制服を公式採用するのは、いくらなんでもやりすぎだと思わないか?」
「「付き合うつもりもない異性に手を出したことへの当然の報いっす・当たり前の贖罪ですわ!」」




