修羅場
ポークナイト家の馬車の中、俺は酒が回った頭で必死にこれからのことに思考を巡らせる。
(アイリたちは大丈夫だろうな……サブクエストが無事に終わったし。本来の『勇者仕様』じゃなくて、『悪役ムーヴ』を使用して終わらせたし……これでも彼女たちが元に戻れなかったら、俺はどうすればいいのだろう……?)
彼女たちは皆、つらい時に心の支えとなった大切な人たち。――本当はこんなことになると知ったら、絶対あのフラグとなる雑誌を手になんて取らなかっただろう。
(……過ぎたことはもう忘れよう)
もう一つの問題は「ジアをあの子たちにどうやって紹介しよう」という、完全なる悪役となりつつある俺の行動の結果だ。
当のジアは、俺の膝の上によだれを垂らしながら、幸せそうな顔で寝息を立てている。
(この子、なんて無防備なんだ……そんなに飲んで、まだよく知らない男の馬車に乗って……エロゲヒロインって、本当に危なっかしいんだな。……もしかして、俺が手を出してもいいってことか?……しないけど)
寝ているドラゴン娘の綺麗なブロンドの髪を優しく撫でながら、心が「ドクン、ドクン」と勘違いしそうなリズムを刻むことに、いやでも気付く。
彼女に「好き」って言われたときは意表を突かれたけど、凄く嬉しかった。
(こんなこと、前世でもなかったっ……や、一つだけあったような……なにか、とても重要なことを忘れてる気が……あぁぁ……!いだだぁぁっ!)
酒のせいなのか、頭が割れそうなくらい痛くなってきた。
とにかく愛おしさに負けた俺は、前のめりになり、安堵した寝息を立て続けるドラゴン娘の髪の上から、その頭にそっとキスを落とした。
それから、ゆっくりと背筋を正す。天井を見上げ、目を閉じ、身体の力を抜いて深く息を吐き出した。
――いつの間にか、眠ってしまった。
気付けば、『景色を見なくていい』馬車旅が終了した。
先に起きたジアは、眠っている俺の顔に鼻先をこれでもかと近づけ、飽きる様子もなく俺の寝息の匂いを堪能している。
(またあの『ドラゴン族の習慣』か……もし、いたずら半分に彼女の唇にキスをしたら、ジアはどう反応するだろう? 驚くか、それとも応えてくるか? ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。状況はすでに芳しくないんだ――まずは、アイリたちが最優先だ!)
「……おはよう、ジア。ポークナイトの屋敷へようこそ」
「はい。ここが私とエンリーの『愛の巣』だな?」
「いや。そうはならないだろう……その前に、ジアにあの子たちを紹介しないと……や、逆か……あの子たちにジアを紹介しないと……」
「ふふっ、嬉しい! エンリーはあの子たち全員より、私のことを大切に思ってくれているんだ!」
「いや……勘違いさせてすまない。ジアが大切なのは確かだけど、アイリたちと『甲乙』をつけたいわけじゃないんだ。俺にとってはあの子たちも本当にかけがえのない存在だから、気を悪くしないでほしいんだが……」
「ふんっ! 私は誇り高き竜人だ。これくらいで凹むわけないだろう? ――見ててくれ。絶対にエンリーの愛情を、全部私に向けさせてみせる!」
「まあ……まずはあの子たちとも仲良くしてから、ね?」
「任せとけ!」
(……不安しかない)
これから彼女たちとジアを引き合わせるにあたって、改めて関係性を整理しなければ……。
アイリは設定上『無表情』なキャラだが、綾子さんに憑依されてからそれなりに表情豊かになった。問題は綾子さんが素直じゃないせいで、その表情や言葉の意味を真に受けることができない。
ビアンカは設定どおりの『お嬢様』で、頭が信じられないほど切れるんだから、いつも何を考えてるのか分からない。
(――セリースは読みやすいけど、俺はあの子とどんな関係を築きたいんだろう……?)
ひとまず、ここまで遊び半分で続けていた身体の関係のことを詫びるべきと思う。
(彼女がその気なら、恋人になり、他の子たちと距離を取るべきだろうけど……『苦手なタイプ』と言った矢先、俺は本当にあの『ギャル』エルフと付き合いたいのか……?)
本当のセリースは意外と素直な子で、凄く良い人だ。彼女は人族を見下しているのは欠点だが。それも設定上とか、エルフが過去にヒューマンに迫害されたから出てきた特殊な文化なのか分からない。
セリースがひとりの女性として大切な存在であるのは明白だが、本当に彼女に惹かれているのかと訊かれたら答えは『いな』だ。
(友達でいて欲しいか、関係を続けたいのかと聞かれたら、『是』と断言できる。もしかして、これから付き合いを続けたら、いつか彼女に恋心を抱くことになるかもしれないが、そういうこと前提で肌を重ね続けるのはサイテイだろう……)
そして、ジア。
彼女は最初の時から表情も言動も素直で俺好みドストライクだ。普段の『俺様』口調も、個性的で悪くないと思う。なにより、慌てる時だけ『女の子口調』に変わるのは『ギャップ萌え』で凄く愛おしく感じる。
「このゲームのヒロインのだれと付き合いたい」と訊かれたら、最初に思い浮かぶのは『ジア』の名前だ。
他に、『外温動物』的な特徴も案外、面白い。俺はどうやら抱き着かれるのは楽しいらしく、彼女の過剰なスキンシップにいつもドキドキしている。
(や……ジアの見た目はキャラデザイナーの綾子さんのお陰で凄く綺麗で、その……胸も、大きいけど……俺はけしてそんなくだらない理由で彼女を好ましいと思ってないぞ!――容姿だけならアイリだって、セリースだって、ビアンカだって文句のつけようがないほどの美少女ばかりだ。……本当に、痩せたとはいえ、俺だけが髪ボサボサで髭ごわごわのブサメンで――どう見ても彼女たちのどちらとも似合わない。凹むわぁ……)
屋敷の玄関に入ると、アイリたちはまるでシステムに仕込まれたイベントの如く、勢揃いで出迎えてくれた。
彼女たちの目を確認すると、洗脳が解けて元に戻っていることがすぐに分かった。
「ただいま。皆、もう大丈夫そうだね?」
「おかえり、ゴシュジン。なんとかバグを乗り越えたっす」
「おかえりなさいませ、エンリーさま。私、一時どうかしていたようですわ。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いいって。ビアンカが無事で何よりだ。――ところで、回復したばかりで悪いけど、プリムの容態は?」
「はい。意識を取り戻してすぐ、プリムラお嬢様の容態を確認してきました。エンリーさまは、どうぞご安心なさってよろしいかと――プリムラ様は順調に回復しています」
「ありがとう。セリースの傷もビアンカが治したのか?」
「はい。今回ばかりはセリース様に足を向けて寝られませんわ……」
「セリース、あの節は本当にありがとう」
「……」
俺がセリースに向かって頭を下げていると、彼女がまだ何も言っていないことに気づく。数秒の沈黙の後、気まずくなって恐る恐る視線を上げた。
そこで、セリースだけじゃなく、アイリたち全員が無言で、俺の隣に立つビキニアーマー姿のドラゴン娘を凝視していることに気がついた。
彼女たちの冷たい視線が、一斉に俺へと戻ってくる。
俺は、喉に何かが詰まったような錯覚を覚えながら、「コホン」とわざとらしい咳払いをして、ジアの紹介という名の修羅場に挑んだ。
「あの……皆に紹介したい方がいてね。こちらは霊峰イグニスの守護者・ジアだ」
「あ〜あっ! ゴシュジンがそんなヒトだと思いもしなかったっす……。シナリオ通りにいけば美少女ばかりのハーレムを手に入れたはずなのに、ボーナスヒロインまで『勇者』から横取りしちゃうなんて……。そんなに大きい方がお好きなんっすか?」
「エンリーさま、酷いではありませんか! せっかくこの牛女に勝ったと思いましたのに……!」
「アタシ、すごく頑張ったのに……。人間の男って、マジで節操ないわけ?」
セリースだけは、最後にボソリと不満げに何かを呟いたようだが。
(――いや、みんな案外辛辣だけどぉ……!?)
「エンリーだけじゃなくて、お前らもかなり変わったなあ……?! ――アイリはいつも無口だったのに、エンリーと随分親しく見えるんだ……なるほど、お前からエンリーの匂いがするな。だが、セリースからはもっと濃くその匂いがするんだが、どういうことだ……? エルフは人族と交わるのがイヤじゃなかったのか?」
「こ、このトカゲ頭っ……!! ――ドラゴンじゃなくて、ただの野良イヌなんかじゃないっすか!?」
「ジア様はとても強くて正義感溢れるお方ですが、考えるより先にお口が回るようですわね。――そしてセリース『さま』? やはりエンリーさまと夜伽を、かねてよりずっと続けていらっしゃいましたのね!?」
「あ、アタシはなにも悪くないし……!」
「何が言いたいんっすか、もと神官様? 自分の部屋だと間違えて、ゴシュジンのベッドに潜り込んでたクチっすか〜?」
「アタシは、いたずらしてただけ――! 悪いのはあの己の性欲を抑えきれない人間の男よ!」
「――おい! 待てこらっ!」
「確かに、ご主人様は節操がなっていませんね」
「おい、こらビアンカ!」
「あはは! なーに、お前ら全員、こいつらのことを知ってたのか? ――でも、私が来たからもう大丈夫だ。エンリーの寝室は、これから私の領域になるぞ!」
「っ! ――何言ってんっすか、この露出狂トカゲ!?」
「聞き捨てなりませんね、イグニス山のジア様。御戯れがすぎると、何時かは痛い目を見ることになりましてよ?」
「ははっ! 戦闘に慣れたアイリならワンチャンあるかもしれんが、しょぼい回復しかできないお前なら――」
――ジアが話し終わる前に、彼女の首筋にはアイリの片手剣、ビアンカの短剣、さらにセリースのレイピアが同時に突き付けられていた。
「あのなあ、ジア。俺が痩せることができたのは、彼女たちにずっと扱かれていたからなんだよ……。一応ダンジョンにも挑んできたんだが、パーティーのバランスが悪くて、一時的に保留にしたんだ」
「えっ!? ―――この子たちが勇者パーティーにいても、こんなに強くはなれなかったはずだけど……!?」
「原理は俺にもさっぱりだが……。なあ、お前ら。ここで一旦休戦にして、とりあえずジアをパーティーに入れてはどうだろう?」
「働かざる者は食うべからず、ですわ!」
「そうっすよ、ゴシュジン! この露出狂トカゲを街の宿屋にでも置いておけば、必要な時にだけダンジョンまで足を運ばせるデリバリー仕様で結構っす」
「アタシも反対。そもそも、アタシたちはエンリーのメイドとしてここにいる権利があるけど、この子はメイドでも何でもないじゃん? ――しかも、エンリーの寝室を占拠するなんて……ゴニョゴニョ……」
「じゃあ、私もエンリーの『メイド』になるぞ!」
「アンタのためのメイド服なんて無いっすよ!」
「なんでお前がそれを決める? ――セリースにだってないじゃん!?」
「アタシのは――これから決まる予定よ。なあ、エンリー?」
「お、俺に振るな……。新しいメイド服の調達はアイリの仕事だろう……」
「じゃあ問題ないはずだ。私の可愛いメイド衣装も宜しくな、アイリよ。出来ればビアンカのような、風通しのいい衣装が――っ」
「私は、このような肌色の多い、ひらひらとした衣装はもう飽きてきましたわ。アイリさま、ここはひとつ、清楚なデザインと行きましょう?」
「あら偶然、あたしもそう思ったんっす。露出を抑えつつ、機能的で……」
「……お前ら、もう喧嘩は止めてくれ?」
「「「女誑しはお黙りなさい・っす・よ!!!」」」




