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告白

ウィンフリー子爵が逃げるようにそそくさと酒場をあとにしたのを見届け。俺は強引な真似をした自分を内心で激しく戒めながら、ジアの引き締まった腰からそっと手を離した。

すると彼女は一瞬だけ呆けたようにぼーっとしていたが、直後、バネが弾けたように勢いよく立ち上がり、身を隠すように胸の前で腕を交差した。――恥ずかしさからか、それとも込み上げてくる怒りからか、肩を小刻みに震わせている。


俺は自分のしたことを反省し、気まずさからジョッキを手に取ると、暫く底に残っていた酒と睨めっこをした。

やがて少し落ち着きを取り戻したジアは、俺に指を突きつけ、できるだけドスの効いた声でさっきの行動に抗議してきた。


「お、お前っ! よくもあんな破廉恥な真似をっ! ――それに自分だけ得をして、あの汚い子爵を無傷で帰したじゃないか!?」


威厳を保とうとはしているが、俺に突きつけられた細い指先はまだ小刻みに震えている。――どう見ても、先ほどの『システムの影響』がまだ完全に抜け切れていないようだ。


ジアの怒りはご尤もだ。しかし、彼女の考え方がやはり、まだまだ『子供』だった大学生たち、制作サークルの考え方に引っ張られているようだ。


(俺は『勇者じゃないから』と悪を成敗しなかったんじゃなくて――そんな力が俺にない上に、あいつは腐っても子爵だ。下手すれば、なんとか協力してもらった騎士団長まで敵に回りかねない。……はぁ……。もう一息だ……)


なんとかこれ以上ジアの神経を逆撫でしないように、さっきの交渉を納得してもらおう。


「なあ、ジア……」


俺が話し出すとジアの恨めしく睨み続けていた黄金色の瞳は揺れて見えた。


(涙を浮かべるほど――っ!?や、諦めちゃいけない。頑張れ、俺っ!!)


「ジアの志しはとても素晴らしいと思うが、あいつは腐っても子爵だぞ――しかもこの町を訪れていたことが、他ならぬ騎士団長その者にまで知られていたんだ」

「じゃあ、法とやらで裁いてもらえば――」

「現実はそんなに白黒はっきりつくものじゃないんだ。ジアも子供じゃないんだから、それくらい分かるだろう?」


論破され、ジアの眼が困惑に染まっていくのが分かった。


(ヤバい。我が子に『今まで教えてきたことが全部嘘だった』と打ち明ける父親の気分だ……)


「だが、エンリーはそんなことも構いなしに得ばかりをしてきたじゃないっ!麻薬の販売や、あの子たちの所有権まで……」

「俺は麻薬をばら撒いている『商人』の連絡先を聞いたが、いつ俺がそいつの『商売』を認めると言った?」

「――じゃあ、あいつの名前を子爵から聞き出したのは……」

「そのクソ野郎にこの町から消えてもらうためにさ。永遠にな!」


ジアは動揺し、先ほどから疑うような視線を向けてくる。『今度こそ騙されない』と言わんばかりに。


「――でも、あの子たちのこと『いい使い道がある』と……」

「はぁ……。ジアには関係ないが、一応教えた方が納得しやすいだろう――どうか、内密にお願い」

「――内容次第だが……」

「それは大丈夫なはずだ。俺の父親、現ポークナイト男爵はもう何年か前から酷く心を痛めていてね、近い内に引退するつもりさ」

「まあ……金持ちの人生も楽ばかりじゃないね。でも、エンリーの父君と今の話、なんの関係がっ――?」

「彼はね、俺の母と後妻であった、妹のプリムラの母親を亡くした傷が深くてさ。さらに、プリムの病気まで見てられなくて、二人の妻を弔った田舎町に隠居するつもりが固まったらしい……」


ポークナイト男爵の話を聞いて、ジアは少しだけ睨みを和らげた。


「とにかく、家の使用人がほとんど彼についていく予定で、暫くは屋敷に猫の手も借りたいほど人手が足りなくなるんだ――」

「――まさか……」

「ああ……あの子たちに最初は療養も必要だろうけど、今の『生業』より、使用人の仕事の方が何倍かマシだろう」


ジアは俺の話を最後まで聞き終えると、またもや俯き、黙りこくった。


(まあ、そうだろう。子供じみた『世の中は正義と悪に分かれている』という思考を持っている彼女には、現実を突きつけられたらこうなるだろう……)


とにかく、彼女の今後は俺の知ったことじゃない。ジアがおとなしくしている今のうちに俺も帰るとしよう。

俺は椅子から立ち上がり、「じゃあ、これにて」と別れの挨拶を告げようとした途端、俯いていたジアが顔を上げて、突然口を開いた。


「待って、エンリー……」


(――もしかして、言葉が通じなかったか?――今からジアとの喧嘩は勘弁して欲しいんだけど……)


「はい。まだなにか?」

「……好きだ」

「今、なんて?」

「私はお前のことが好きになったよ。どうか、側にいさせて欲しい……」

「いやいや!なんでいきなり!?――ちょっと落ち着こう、な?」

「慌てているのはエンリーの方じゃないか。なんで?私のこと、やっぱり嫌か?」


(――『嫌』って、お前……俺はゲームの設定のせいで既に三人の女性と『ハーレム』的な状況にいるんだが――正直、ジアのことは最も『好みのタイプ』だと思うけど、これ以上ハーレムを増やしたら俺は本当に『ゲームのエンリー』みたいなクズ野郎に成り下がる!しかも、ジアは全くの部外者――本来エンリーのハーレムにいなかったヒロインだ)


「そうじゃないんだ!俺はただジアに幸せになって欲しいだけだ。ジアは知らなくて当然だが、俺は既に三人の女性とも曖昧な関係にあるんだ……」

「――ああ。今朝言ってたエルフのこと?エンリーも変わり者だな。あの子たちは確かに皆美人だが、性格は最悪……そんな女たちを三人も侍らせてるエンリーはマジで聖人かなにか?」

「いや、エロフ……もとい、エルフはただ一人だ。他の二人は人間――っ」

「――ってことは、アイリちゃんとビアンカさんね……」

「――っ!?……どうしてジアがアイリたちのことをっ……?」


(やっぱりヘンだ!もしかしてゲームのヒロイン全員がビアンカやセリースみたいに自我を持っているとか?それともジアも誰か、ゲームを知っている元日本人の転生体か?)


「……そうか……私は彼女たちに会うはずなのは、『エンリー』が殺された後だから、か……?」

「――今、なんてっ……?」

「ああ、忘れて。あははっ……私、変な夢を見ただけだ。安心して、好きになった以上、これから私がエンリーのことをなんとしても守ってみせる!」


(――とりあえず、ジアは転生者じゃなさそうだ。さっきの言動から、ビアンカやセリースみたいにゲームの展開(シナリオ)を全部知ってる、自我のあるNPCのようだ)


「大丈夫だ。ジアが自分のことを優先していい。自分のことは俺がなんとかするから」

「エンリーはやっぱり良い人になってる!――益々諦めるつもりはない。ビアンカたちに私から話をつける――」

「いやいやいや!そんな必要は全くないから!……アイリたちとの関係は俺と彼女たちの問題なんだ。ジアに彼女たちのことを打ち明けたのは、諦めてもらうためであって、ジアになんとかしてほしいわけじゃないんだ」

「でも、私は別にビアンカたちのことを気にしてないぞ?私から『恋人』の地位を奪おうっていうなら、かかってくればいい。受けて立つ」

「――もう、勘弁してよぉ!俺の前でアイリたちと喧嘩しないでくれ……!」

「じゃあ、エンリーの知らないところであいつらと決着(はなし)をつけてくる――っ」

「――まず俺の話を聞け!」

「もう、騒がしいんだから。とりあえず座りなよ?」


俺はジアとの言い争いで既に疲労困憊だったので、彼女に言われた通り木製の酒場の椅子に腰を下ろした。が、さっきのお返しと言わんばかりに、ジアは俺の膝の上に嬉々として腰を落ち着かせ、黄金色の瞳で至近距離から俺の目を見つめてきた。


(ここはキャバクラかよ――っ!?)


ジアはさっきまで口を付けようとしなかったジョッキを手に取り、盛大に一口飲んだあと、そのままジョッキを俺の口まで持ってきて、俺にも酒を勧めてきた。


(ジアの顔がまた真っ赤だが、今度はなにに恥ずかしがっている?自分からとったこの大胆な姿勢か、それとも初々しくも『間接キス』のことか……?)


俺はまた無性にこのドラゴン娘のことが愛おしくなってきた。

そして、彼女の勧めてくるジョッキに口を付けて、思わずまた酒を口に入れた。


(……バカっ!なにやってんだ俺は――すでに少し酔っているのに……)


酒が回った頭で、俺はぼんやりと昨夜のことを思い出して、膝の上に座っているジアのことを意識せずにはいられなくなった。幸い、俺の胸に当たるのは硬い金属製のビキニアーマーの胸当てであり、彼女の暴力的なまでの肉体じゃない。

しかし、俺は目を逸らし、弱みを見せたことにジアはキラキラと目を輝かせ、更にぐいぐいと俺に身体を押し付けて、またジョッキを俺の口まで持ってきた。


「もう、飲まない。それはジアの分だ」

「私は構わないよ。だって、酒を飲んでるエンリーの目はやっと私のことを映してくれたんだ!」

「じゃあ、これから普段からもジアのことをちゃんと見てあげるから、もうこんな恥ずかしいことやらなくていいよ。ジアも顔が真っ赤だから、根が恥ずかしがり屋なのはとっくにバレてるぞ」

「ば、バカっ!……み、見ていたのなら最初からはっきりしてくださいよ。エンリーばかり飄々としているから私が勘違いしましたよ!?……でも――っ」

「でも、なに?」

「は……恥ずかしいこと、これからもいっぱいやりますっ!」

「えっ!?――なんでよ!?」

「え、エンリーが私のことを意識していることが……すごく嬉しいからです」


酒のせいもあって、アイリたちの存在をすっかり忘れかけていた俺は、我に返って慌ててこれからの課題に思考を巡らせた。


(ジアを、あいつらにどのように紹介しようかな……!?)


俺の肩に顎を乗せ、楽しく「ふふっ!」と笑い続けるジアの横で、俺は酔いがさめるほどの絶望感に襲われていた。

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