蛇の道はへび
ウィンフリー子爵と同じくらい不意を突かれたジアは、俺たちを囲んでいた子爵の部下たちが次々と連行されていくざまを、ただ呆然と眺めるしかなかった。
そして騎士団長が俺に短く会釈してから、団員たちと一緒にこの場をあとにした。
彼も知っての通り『正義の味方』とは程遠い人物だが、そのおかげで扱いやすくもある。
(違法薬物を取り引きしている彼の息子という弱みについて、ゲームで……正確には前世の攻略サイトで知ってはいたが、その情報だけでは最初は何の価値もなかった……)
これについては、ポークナイト家の工作員たちに感謝するしかない。
騎士団長という立場は、クエストにまで影響を及ぼすような狡猾な隠蔽もできるからな。交渉材料として決定的な証拠を持っていたとしても、強引に全てを否定される恐れすらあった。
(だがまあ、彼にも一応は騎士としての誇りがあるらしい)
賄賂も受け取るし、貴族や金持ちの頼みで事件をもみ消したり、部下たちの悪行を見逃したりはするが、この町全体を無法地帯に落とすような真似はしない。
(それに、息子の商売敵にもなり得る犯罪組織を潰すチャンスに、彼が飛びつかないはずがない……もしかしたら、そっちの方が彼が動いたメインの理由だったのかもしれない)
とにかく、ウィンフリー子爵は風向きが変わったことに気づき、早々に撤退を試みた。
「で、では、俺は部下たちの後始末も残っているので、これにてっ――」
「逃がすかっ――!」
すぐさま炎上しそうになるジアを制して、俺は彼に猫撫で声で話しかけた。
「まあ、待てウィンフリー卿。俺たちは紳士だろう? 紳士は急がない。――あっちの酒場で絶品の焼き鳥を売っていると聞く。いかがでしょう……せっかくこうして会えたことだし?」
「そ、そうでしたか! いや、すまん。この町の名物には詳しくなくてな。お詫びとして、ぜひその焼き鳥とやらを奢らせてください」
「お〜! これは、やはり子爵ともあろうお方は別格だな! ――ジアも一緒に、ウィンフリー卿のご厚意にあずかるのはどうだ?」
話を振られたジアは不満げに俺を睨みつけてきたが、俺の意図を測りかねたのか、おとなしく頷いてみせた。
「キューリーちゃんは疲れてると思うから、この鍵をとって、宿屋の一室で休んでいるといい」
「は、はいニャ」
「では、行きましょうか」
本当は火薬樽より危険そうなジアには、これからの交渉に参加してほしくない。だが、俺にまで警戒の眼差しを向けている彼女を今遠ざけようとしたら、たぶん大変なことになる。
酒場に着き、俺たちは店の奥の閑散とした席に移動し、丸いテーブルを三人で囲んだ。
子爵は約束通り鶏肉の串焼きを沢山注文したが、運ばれてきた料理には一切手を付けず、ただ滝のように冷や汗を流していた。
実を言うと、俺も今すぐここから逃げ出したいのだが、まだサブクエストが続行中だ。
なら、悪役ヅラをして、奢ってもらった串焼きに図々しく齧りつくしかない。
「ジアも食べて落ち着け。これからするのは『交渉』であって、『喧嘩』ではない。――それとも一杯でも飲むか? 俺が奢ってやるぞ」
「誰がお前なんかの酒を飲むかっ!」
ジアは乱暴に一本の串焼きを手に取り、獣みたいに齧り付いた。
――しかし。この店の串焼きはマジで絶品だったらしく。一口食べた瞬間、彼女は怒っていたことすら忘れたように、ふにゃりと幸せそうに口元を緩めてしまったのだ。
「……失礼。ウィンフリー卿、どうやらうちの連れはいささか短慮でね。――子爵も冷める前に一本どうだ?」
「い、いやいや。私はお二人にご馳走したくて……すでにお腹いっぱいで、食べ物が喉を通りません」
俺は鶏肉を口いっぱいに頬張りながら「ふぉうか?」と答え、「ゴクン」と飲み込んだあと、「じゃあ、さっきの『誤解』を水に流すために、一杯くらい『ポークナイト家の繁栄に』乾杯しましょう」と、悪人スマイルを浮かべて子爵に迫った。
「……はい」
この世界で酒を飲むと『酩酊』というバッドステータスがランダムにつく。その確率はキャラの隠しパラメーター、そして飲んだ量と酒の『度数』によるらしい。
『エンリー』のパラメーターなど知る由もないが、まあビール一杯程度なら平気だろう。
ジアは先ほど「私は飲まない」と断言していたが、彼女だけをのけ者にするのも悪いと思い、一応彼女の分も頼んでおいた。案の定、ジアはジョッキに口をつけようとはしないが、とりあえず自分の手元に引き寄せて両手で大事そうに掴んではいる。
その様子を横目で見つつ、俺はウィンフリー子爵と「乾杯っ!」とジョッキを打ち合わせ、ラドラーのような甘い果実酒を半分ほど一気に飲み干した。
(うまっ、この焼き鳥に最高に合うな……って、ヤバい。ふんわりと視界が揺れてる、少し酔ったかも……!)
まあ、大丈夫なはずだ。マフィアのボスのような演技なら、これくらい酔っていても余裕でできる。
「んでだ、ウィンフリー卿。最近、風の噂で耳にしたんだが……あんた、俺たちの縄張りで随分とボロい『商売』をしているらしいな。あァ!?」
「それは……ただ商売運がよかったものでして――っ」
「――そんな言い訳で済むと思ってんのか、テメェッ!?」
「い、いいえ! もちろんポークナイト家に正しい形でお礼をさせていただきたいのですが――収入の一割は如何でしょうか?」
「ふざけてんのかッ!?」
「いや、間違えました! そうだな、一割五分……もとい二割が妥当かと……!」
俺の顔色を窺いながら、みかじめ料を探り当てようとするウィンフリー子爵。その隣では、両手でジョッキを掴み、不機嫌そうに睨めっこをしているドラゴン娘。
「なあ、子爵サマよォ。世の中、金より大事なモンがあると思わねぇか?」
「……あっ! ――もちろんですとも。エンリー様のお気に召す娘さんたちを、いくつか喜んでお譲りしましょう。なーに、あの子たちの代わりなんかいくらでもいますから」
「俺が言いたかったのはなァ――貴族同士、お互いに向ける『誠意』の話だっ! ウィンフリー卿は違う考えだったとでも!?」
「と、とんでもありません! はい、『誠意』は大事です――」
「じゃあさ――ここで潔く『全員譲る』と言うべきだろうが! ……どうせ二割以上を俺らに献上したら、ロクな儲けにならないだろう。それに、あの路地裏で俺になにか言ったような気がしないでもないが……なんだったか……?」
「あ、いやっ! エンリー様が御寛大な心でお忘れになられたのでしたら……お詫びに娘たち全員をポークナイト家に献上させてください……」
ウィンフリー子爵は、目に見えて不満そうにしながらも、ポークナイトの縄張りでの『商売』を諦めたようだ。
(――もう一押しだ)
しかし、隣で俺と子爵を交互にギロリと睨み続けていたジアは、ようやく堪忍袋の緒が切れたみたいで。音を立てて椅子を蹴り、両手をテーブルについて立ち上がった。
「人が黙って聞いていれば、二人してあの子たちをモノ扱いしてっ――」
「落ち着け、ジア。言っただろう、『これは交渉だ』と――」
「落ち着いてたまるかっ!! ――エンリーのこと、折角少しは見直したのに、やっぱり噂通りのクズ野郎だったんだな!? ……あの子たちに何をするつもりだ!? ――回答次第で、お前を消し炭にしてやる!」
「そんなにあの子たちのこれからの運命が気になるなら、ジアも一緒に見に来るか? お前にも『良い使い方』を思いついたんだが?」
俺の発言にジアは動揺を示し、ウィンフリー子爵は勘違いしてニヤリと悪役特有の気持ち悪い笑みを浮かべた。
(しかし、今のジアを制するには、言葉だけじゃ足りないな……一か八かだ……!)
俺はまだ突っ立っているジアの細い腰に手を回し、彼女が抵抗するより早く、強引に俺の膝の上へと腰を下ろさせた。
(普通の世界なら、恋人でもない女にこれをやったら思い切りひっぱたかれるんだろう。だが、ジアの場合、俺の読みが間違っていたら平手打ちじゃすまない――確実に焼き殺される!)
そして幸いなことに俺の推測は間違っておらず、元となったゲームでの『ヒロインを攻略する三ステップ』のシステムは、すでに第二段階をクリアしていたようだ。
今朝の出来事から薄々思っていたが、どうやら俺はすでにジアを攻略中だったみたいで――証拠に、彼女は俺の膝の上に座ったまま、顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。
(エロゲヒロインの仕様を悪用して申し訳ない! 許せ、ジア。あとでいくら怒られてもいいから……!)
ジアの腰にしっかりと手を回すと、彼女の肌のひんやりした感触が伝わってきて、少し酔いがさめた。
(……俺は一体何をしているんだろう……?)
開き直って、『愛人を自慢しているマフィアのボス』みたいな体勢のまま、ウィンフリー子爵に視線を戻す。
「――失礼。……んで? どうだ、子爵。きっちり『誠意』を見せてくれるよなァ? あァ!?」
「も、もちろん。――エンリー様は噂以上の『悪食』だったとは……いや、失礼。うちが見繕った娘たちも亜人風情にしては中々のタマでしたが――仕方がない。他人の縄張りで無断で商売を始めた『当然の報い』と受け取りましょう」
「いやー、ウィンフリー卿が話の分かるお方で本当に助かった。――でだ。彼女たちを大人しくさせるために使っていた『あの薬』の商売も、もう必要なくなったんだよな?」
「……えっ? ……ええ、まあ。そうですがっ……」
「――なら、うちの町で薬の販売をしてる『商人』の名前も、『友情の証』として教えてくんねェ? あやつは尻尾が掴みづらくてね。一応ポークナイト家の者たちを使えば探り出すのも難しくないが、ここで『友人』となったウィンフリー卿から助言を頂ければ手間が省ける。なあ?」
「――分かりました。『友情の証』としてお教えしましょう。あやつは……」
(よっしゃあ!! これで目的が全て達成! ――あの麻薬の売買をしてるクソ野郎に、もう何の用もない。大人しくどっかへ消えるならよしとしよう。だが、この町で商売を続けたいと言うなら、物理的に『消えて』もらおう……)
俺は、相手がNPCとはいえ、人の命をこんなに軽く扱えるようになった自分の思考回路に少し驚きながらも。勝利の美酒に浸るように、膝の上のジアの身体をギュッと抱き寄せた。
(このくらいなら許されるよな? 俺、頑張ったよな……。アイリたち、これで大丈夫だよな……?)




