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小悪党

朝を迎え、宿屋が息を吹き返したように、周囲の客室から次第に生活音が漏れ聞こえてくる。

ようやく目を覚ましたドラゴン娘が、俺の胸に顔を埋めたまま、ゆっくりと両目を開いた。

しばらくその顔を見つめていると、彼女のトロンとした寝ぼけ眼(まなこ)と視線が合った。するとジアはそのまま俺に顔を近づけてきて――キスされると思った矢先、彼女は鼻先を俺の鼻に押し当てて、数秒間「すんすん」とお互いの息を嗅ぎ合ってきた。


「今のって……ドラゴン族の風習か何かか?」と思ったが、深く考える暇もなく、ジアは俺のことなど全く気に留めずにベッドから這い出ると、際どいビキニアーマーを身に着け始めた。

もちろん、俺はすぐさま紳士的に壁の方へ振り返ったが、俺の気遣いなどお構いなしに、当のジアは明るい声で話しかけてきた。


「しかし、見直したぞ。『エンリー・ポークナイトは美女と見れば我慢できない』と聞いていたが、まさかここまで耐え切るとはな……それとも、本当にただの同名の冒険者だったのか?」


(さては、俺を試そうとしていたな、こいつ……!?)


「もう隠す意味もないだろう。俺は確かに、あの悪名高い『エンリー・ポークナイト』その者だよ」

「じゃあ何? ――まさか、私には魅力がないって言いたいの!?」

「いや、そんなこと一言も言ってないだろ!」

「じゃあ差別か? ――私がドラゴン族だから? ……エンリー・ポークナイトも『人類至上主義者』だったのか……」


(エロフ……もとい、エルフや亜人、獣人まで普通にいるこんな世界に、そんな思想を持つ者が存在するとは初耳だけどっ!)


「――違うっての! そもそも俺は既にエルフのメイドと……親(・)密(・)な(・)関(・)係(・)にいるんだから、差別意識なんて持つわけないだろ!?」

「じゃあ何なの?」

「俺はただ、紳士でありたいだけだ」

「『シンシ』? ――なにそれ? 宗教的な何かか? ……エンリーには光属性の適性はないと思うが――」

「宗教は関係ない! ――ってか、さっさと着替えろ! 俺に何かされたいのか!?」

「ふふっ! いや、すまん。そうだな、まずは今回の件を片付けないと……」


(……今、しれっと答えをすっ飛ばしたか、こいつ? ――また『エロゲヒロイン』特有のアレか? 気を付けないと……)


この子たちが『そんな気』じゃなくとも、彼女たちの言動や所作はとてつもなく勘違いしやすいんだ。


(またセリースみたいな曖昧な関係は嫌だ。――そう言えば、帰ったらあの子たちとの関係も明確にしないと……ゲームの世界なのに、することが多くて気が滅入る……)


俺はジアが着替え終わったことを音で確認し、ベッドから出た。昨夜のうちに覚えた『メニュー』を使った早着替えスキルで、またあの『世紀末風』の冒険者姿になり、彼女と一緒に宿屋の一階に下りる。

俺たちの使っていた部屋の鍵を店主に返し、ジアの部屋をもう一週間分借りるための追加代金を机に置いた。――ジアは目を丸くして驚いていたが、俺はこのまま彼女を放り出す気など一ミリもない。


そして玄関の方を見ると、出入口の近く――ドアが開いたらぶつかるかもしれないような位置で、例の猫耳グラビアアイドルが既に俺たちを待っていた。

彼女は俺たちを直視できないのか、時々こっちを窺いながら、手持無沙汰にもじもじしている。


俺が「お待たせ。おはよう」と声を掛けると、猫耳ちゃんはひどく怯えて、身体を一段と小さくしながら挨拶を返してきた。


「お、おはようございます、ポークナっ……エンリーさん。ジア様も……この度は本当に申し訳ありませんでしたっ!」


猫耳ちゃんが深く頭を下げると、ジアはどこか困ったように頬を指で掻きながら、彼女の謝罪を受け入れた。


「――ま……まあ、あれは私も油断していたし。それに、誰の差し金だったかは既に知っている。強いて言うなら、今後困ったことがあれば、あんなことをする前に私に相談して欲しい」

「は、はい! ありがとうございます……!」


因みに、ジアがあんな状態になったのは、こいつらと一緒に酒場で飲んでいたせいだった。

――また爬虫類の特徴をベースにした体質なのかどうかは分からないが。どうやらジアは多くの女の子に囲まれると、性別は変わらなくても、一時的に『性的指向』が変わるらしい。

そのせいで泥酔状態のままお持ち帰りされ、アーマーを剥がされた状態で宿屋の客室に置き去りにされたのだ。酔いのせいで誰に『お持ち帰り』されたのか思い出せず、彼女はあの雑誌を元に次々とグラビアアイドルたちを嗅ぎまわっていたらしい。


まあ、そこまで珍しい話でもないが――こうしてゲームのストーリーの裏側にある出来事を知ると、根っからのゲーマーの血が滾(たぎ)る。


「――よし。じゃあ、俺たちはあっちの物陰から見えないように観察しているから、お前は手はず通りに奴らと交渉してくれ」

「わ、分かりましたニャ」

「大丈夫だ。エンリーは頼りないかもしれんが、私の火力ならあの小悪党共を灰にするのは造作もないさ!」

「いや、『灰』にしちゃダメだろうが!」

「じゃあ、よく焼けたウェルダンステーキくらいにしといてやるぞ」

「せめて『ミディアムレア』と言え!」

「ふふっ!」


(誰だったか……たしかナポレオンが言っていたか。『無能な味方は、有能な敵より恐ろしい』って? ――まあ、ジアは『無能』じゃなくて単なる『無知』なんだけどな……)


彼女が余計な事をする前にもう少し計画を明かすべきかと悩んでいると、時すでに遅し。宿屋の出入口から、枯れ木のようなひょろりとした体型の男が入ってきて、すぐさま猫耳ちゃんを見つけた。

彼が自信満々に、怯えている彼女へ近付くのを見ながら、俺は「どうしてゲームやアニメの悪党どもは、こうして分かりやすい格好をしているんだろう」と虚しく考えを巡らせた。


(現実の悪党は普通な体型の普通の見た目をした人間なのにな……分かりづらいからこそ、皆気付くのが遅れるんだろうに。――まあ、こいつが古典的な『悪党のツラ』をしていて助かる。俺はこのサブクエストをやってないからな……)


考えている内に、『小悪党さん』は乱暴に猫耳ちゃんの腕を掴み、そのまま宿屋の外へ、続けて隣の路地裏に引っ張り込み、何やら揉めているように見えた。


(まあ、あそこへ入ったなら俺たちにとっても好都合だ)


俺はジアに目配せをし、彼女が「分かった」と頷くと、俺たちも猫耳ちゃんを助けるために路地裏へと入った。


「そこまでだ、ゲスめっ!」

「おやおや? ドラゴン族のジアではありませんか。まさか自らその破廉恥な鎧を渡しに来たのか? お前がよければ、俺たちのクライアントがその身体から直接剥がす権利に、更に大金を積むだろうけど――」

「黙れっ! それに私は『ドラゴン族のジア』じゃない、『霊峰イグニスの守護者・ジア』だ! お前のような低俗な者に汚されるほど、私の名前は安くないぞっ!」

「ふっ! 言わせておけば。ど田舎の貧乏種族のくせに。古くから伝わる伝承のお陰で一部の平民どもに敬われているかもしれんが、調子に乗るな、小娘っ! 田舎者のお前に、文明人の社会のルールを教えてやろう――っ」

「待ったっ!」

「だれだ、きさま? ――まさかっ……!? ポークナイトのクソ息子じゃないか! これはこれは、今日はついてるな、俺は! ――なあ、野郎ども……?」


路地裏の奥や俺たちの背後から、「グヘヘッ!」と下卑た笑いを浮かべた武装した数名の男が、俺たちを囲むように近付いて来た。


(うっへぇっ! 生身でこんな状況に遭遇すると、迫力が半端ないわ! ――マジでチビりそうだが、『中ボスはおしっこなんてしない』……じゃなかった、『ちびるはずがない』……。なにはともあれ、ここは『あいつら』が到着するまで虚勢を張るしかない……!)


「ふんっ! お前ら、誰の許しを得てこのポークナイトの縄張りで俺に武器を突き付けている!? ――下がれ、馬鹿ども! 今なら退き金の代わりとして、各々に銀貨百枚を渡してやろう」


数名の男が武器を納めて傍観に徹することにしたが――。


(足りないな……まあ、最初から分かっていたことだけどね。もうちょっとだけ頑張ろう。――ジア、頼むから余計なことをするなよっ!)


「なーんだ? ――残りのお前ら、ここでなにをすべきかすら分からないほど、おつむが足りないのか? 下がるなら銀貨百枚も出すと言っただろうがっ!?」

「あはははっ!」

「なにがおかしいのかな、ウィンフリー子爵? 爵位は上かもしれないが、あんたんとこの財力じゃ、ポークナイトの縄張りであるこの町で俺に勝てないと分かっているはずだ!」

「いや~、失礼。ポークナイトの坊ちゃん、おつむが足りないのはお前の方だろう! 残ってるこいつらもそれくらい分かってる。あとで報酬を待つより、ここでお前をボコボコにして、直接お前の懐から『報酬』を頂く方が百倍速いわ!」

「そんなことをして、ポークナイト家が黙っていられると思ってるのか?!」

「いいえ。でもさあ……お前んとこの親父も、大切な一人息子が人質にとられちゃ、どうしようもないだろうがっ! ――がははっ!」

「「「「がはははっ!!!」」」」


俺は彼らの話を半分だけ聞き流し、目の端でジアの様子を窺う。――彼女は今にも飛び出しそうだが、俺が堂々としている様を見て、何とか我慢しているみたいだ。

彼女の綺麗な金髪を彩るオレンジ色のメッシュが、身体の内側の炎に照らされるように怪しく輝きだしている。


俺は「もうひと踏ん張りだ」と、気付かれないようにジアを左手で制し――『中ボス』として、挑発的にウィンフリー子爵に笑って返した。


「それはどうかな? ……この程度の戦力で?! ――ああ、ちょうど到着したみたいだ……まあ、必要とあらば俺も手を出すつもりでいたが、どうやら余計な汗をかかずに済みそうだ」


「こいつ、頭でもおかしくなったのか」と状況がまだ読めないウィンフリー子爵とは裏腹に。彼の部下たちが、路地裏の入り口に現れた『大男』を見て怯んで後ずさる。


そして彼――騎士団長『アルヴァン・フェストゥス』の威厳のある声が、路地裏に響き渡った。


「お前ら、誰一人として逃がすなよっ!!」

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