野良猫ならぬ野良ドラゴン娘
このサブクエストをやり始めてから、分かったことが幾つかあった。
まず、よく考えたら当たり前だけど、ゲームでの出来事が実は省略されていて、現実となったこの世界だとクエストNPCに会うには、指定の日を合わせないと不可能だということだ。だからクエストをやるには数週間も必要となる。
最初に会ったあの狐耳の女の子は、たまたまその日に会えるようになっていたが、次に会うべきNPCの場合はそう上手く行かなかった。
今まで気にしていなかったけど、この世界の一週間はなんと――普通に七日間ではなかった。一週間は基本的に九日間だが、たまに十一日間になったりする。それは三日目に『精霊のなんとか』と、週末に『精霊のなんとやら』という休日が加わるかららしい。
こんな設定を考え出した制作チームの誰かは、頭のネジが幾つか吹っ飛んでいたと思う。地球の『七日=一週間』という常識を引きずり続けている俺は、そのせいで何度NPCに会える日を間違えたことか……。
とりあえず、NPCたちが出す『お使いクエスト』は今のところ順調にこなせている。そして待っている間、プリムの容態やセリースたちヒロインの様子も確認できた。
プリムはまだまだ本調子じゃないが、ありがたいことにあれから発作は起きていないので、順調に回復している。
セリースは数日間自室で看病されていたみたいだけど、最近ようやく包帯をとって出歩けるようになったようだ。ちなみに、彼女の傷は『俺の機嫌を損ねた』から、俺が彼女に『乱暴を働いた』せいでついたことになっているらしい。――エンリー・ポークナイトの噂なんてこういったものばかりだから、今更気にしても仕方がないが……。
彼女に対しての罪悪感は日に日に増している。元に戻ったら心からお詫びを言おう。
しかし、今までサブクエストを進めてきて初めて、前々から感じていた違和感の正体に漸く気付いた。――俺がなぞっている進行手順は、紛れもなくゲームの主人公である『勇者』の仕様だ。
それは、俺が『勇者』だったら問題なかったはずだが、今の俺は『悪役』だ。
このままだと、サブクエストを無事に終わらせることができても、NPC扱いになったヒロインのビアンカたちはバグったままで、もう元には戻らないと俺の勘が叫んでいる。
プリムラがまだバグに巻き込まれていないのは不幸中の幸いだが、もはやそのことだけで自分を慰めることはできない。俺のこの世界での人生を彩ってくれた彼女たちに、もう一生会えないかもしれないと思うと、心が引き裂かれるような感覚に襲われる。
(そもそも、『エンリー』じゃない俺が彼に成り代わっていること自体、この世界にとっては『バグ』なのかもしれない。――とにかく今は、この決められた『勇者用スクリプト』から脱線しないと絶対にマズい……!)
正規ルートから外れ、別の完結方法を模索しなければならないのには、実はもう一つ切実な理由がある。おぼろげながらも、前世で読んだ攻略サイトの『サブクエストのエンディング』を思い出したのだ。
記憶が正しければ、クエストの最終局面で必ず『一悶着』が発生する。そして、勇者のようなスペックを持っていない俺が、そこで無様に負けるイメージしか湧いてこない。
(一体どうすれば……?)
馬車でポークナイト家の屋敷に戻った俺は、そのまま真っ直ぐ執務室へと向かった。相変わらず、机の上にはうんざりするような書類の山が待ち構えている。
だが、休憩時間に入り、無表情のNPC化したビアンカにお茶を淹れてもらっている最中――俺の頭の中で、『悪役』としての攻略法はしっかりと形成されていた。
(今までこの『事務仕事』イベントになんの意味があるのか分からなかった俺は本当にバカだったな。こんな使い方があったとは……!)
俺はまだ会っていない『ポークナイト家の汚れ仕事』を担当する裏のNPCたちに考えを巡らせた。
さっき目を通した報告書と、そこでピンと閃いたアイデアで送り出した命令書が、サブクエストの『悪役としての完結方法』の糸口になるはずだ。
(もう一か八かだ――明日、『彼女』に会いに行こう)
深夜、自室に戻ると、いつものようにバトラーがやって来たため、「セリースを呼んでくれ」と告げる。
薄着で現れた彼女の肩を肩をそっと抱き寄せ、無意味だと承知で労うようにその華奢な背中を撫でて、「もう戻っていい」と何もせずに送り出した。
最初にバトラーが自動的に現れたときは『これは強制エロイベントか!?』と焦ったが、理性を総動員して初めて『エンリーの性欲』に打ち勝つことができた。
いつもセリースばかりを指名するのは、こうして肌に触れることで彼女の回復具合を直接確かめられるからであって。決して「セリース相手なら……」なんていう、やましい下心からではないのだからな!
そして、次の木曜日……に相当する、名も知らない曜日の夕暮れ近く。俺は町のとある路地裏の前を、なんとなしに通りかかった。
インベントリの中に、最後の亜人っ子のグラビアアイドルちゃんから苦労して手に入れた『鍵となるアイテム』を持って。
だが、原作ゲームの仕様通りにはいかず、路地裏から『彼女』が現れることはなかった。
慌てて「また曜日を間違えたか?」と考え始めたところ、路地裏の奥から、残り火みたいな、小さな火の玉がふわっと飛んで来た。
(まあ、現れたのが『勇者』ではなく『悪役』だからな。これは彼女なりの『警告』だろう……)
「ふぇっ!?……嘘っ! なんでっ……?」
(――ってこともないか。本当に俺を町中で攻撃する気満々だったのか、この野郎!?)
「おーい。そこにいるのは『ドラゴン族のジア』だろう? 俺は『冒険者のエンリー』だ、怪しい者じゃない!」
「そ、それは嘘だろう。お前がエンリー・ポークナイトだと分かっている!……近付くなら容赦しないぞ!」
本気で攻撃に備えていたであろう彼女の居る路地裏から、微かな紙が燃えるような匂いが漂ってきて――よく見ると、暗い路地裏の奥に蛍火が見えた。
漸く目が暗闇に慣れると、彼女の輪郭がうっすらと浮かんで来る。――路地裏に捨てられたゴミの中に潜んでいたのか、その曲がった角には布切れのような何かが付いている。
髪はボサボサで、綺麗なはずのシトリンのような瞳が色褪せて死んでいる。『ドラゴン族』といっても、本作のゲームで彼女が『ドラゴン化』の力を持っているかどうかは語られていなかった。身体の見た目は『肌のあちこちに柔らかいピンク色の鱗が付いた女の子』だ。
しかし、こんな暗闇の中でも分かる、非現実的なワガママボディ――っ。
(おっと! 落ち着け、俺。また『エンリーのカルマ』に負けてどうする!?)
――煩悩が薄くなるまで、俺は攻略掲示板に書かれていた彼女の姿へと考えを巡らせた。たしか、勇者がここで彼女に会ったとき、ジアは怪しさ満載のマントを被っていたはずなんだが、これは……。
目の前の『ドラゴン娘』は、段ボール箱で自作したであろう――燃え出した『鎧』を、必死に消火しようとしていた。
「とりあえず、消火を手伝ってやろうか?」
「……ち、近付かないで! 近付いたら撃つ!」
「はいはい。じっとしてろよ」
俺は警告を無視して彼女に近付き、インベントリから出した水筒の水で、燃え始めた『胸当て』を消火してみせた。
「近付かないでと言ったのにぃ! スケベ貴族がっ! ――あれ? だが確かに、エンリー・ポークナイトは『ブタ』と言われるくらい太っていたはずじゃ……えっ?……」
「もうどうでもいいから、教えてやろう。俺は確かに『エンリー・ポークナイト』だ。しかし、お前に危害を加えるつもりでここに来た訳ではない。――ほら、こいつに見覚えがあるだろう?」
俺はストレージからとある物を取り出して、彼女に見せた。
それは、所謂『ビキニアーマー』と呼ばれる、金属でできた極端に面積の少ない胸当てと、金属板の付いたビキニパンツだった。ジアが愛用しているそれは、肌が痛まないように胸当ての裏に革の縁取りが施されており、胸当ての下には細かなリングが連なったチェーンが逆三角形に垂れ下がっている。そしてパンツのウエストからも、ミニスカートのように短いチェーンがぶら下がっていた。
「えっ!? それ、私のっ……! まさか、お前の差し金だったのか!?」
「落ち着け! ここまで来て、お前も『本当は誰の差し金か』なんて分かってるだろう?」
「じゃあ、なぜお前がそれを持っているんだ?」
「――いいから、まずはそれを着ろよ。見ていられないから。俺はあっちで待ってる」
俺は片手で、彼女の角や、燃えるようなオレンジの房がいくつか混じった綺麗な金髪からゴミを取り除いてやり、もう片手で彼女にビキニアーマーを突き出した。
路地裏から出ると、しばらく背後からジアの疑り深い視線を背中に感じていたが、無視するとカチャカチャと『鎧』を身に付ける音が聞こえ始めた。
(さあ。これからが本番だ……!)
俺は、武装が復活したジアに焼き殺されないように、路地裏の出口から少し離れて待つことにした。




