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サブクエスト

「朝、か……?」


朝になって自分のベッドで目覚めるのは、なんだか久しぶりな気がする。――こんなことは普通の世界ならありふれた日常のはずなのに、このゲームみたいな現実に慣れすぎて、ひどく不自然に感じられる。


「まだサブクエストが続いているから、かな……?」


部屋の窓が開いているけど、小鳥たちの囀りは遠くからしか響かない。――たぶん午前十時かそこらだろう。


(誰もいない……ビアンカたち、まだバグったままってことか……?)


ベッドから出て、重い身体でなんとか身支度を済ませる。


(セリースには悪いが、先にプリムの様態を確認しよう)


プリムラの部屋は、同じ棟の廊下の突き当たりにある。扉は閉まっていたが、軽くノックすると中からか弱い「はい」という声が聞こえてきた。


「おはよう、プリム。よく眠れたか?」

「はい、にーにーさま」


元気に振る舞おうとする妹は、上半身を少し起こして微笑みかけてくれたが、全く元気には見えない。普段は下ろしている色褪せたようなブロンドの髪が、誰かに三つ編みに結ってもらっていて、彼女は暫くするとまた力なく枕に背中を預けた。


「無理をして起き上がらなくていいんだぞ」

「ごめんなさい」

「いいさ」


俺は気を付けながら彼女のベッドの縁に座り、手を伸ばしてその小さなほっぺたを優しく撫でる。すると、プリムは甘える小動物のように目を細めた。


「熱はもう完全に引いたようだね。朝ごはんはもう食べたのか?」

「すこしなの」

「じゃあ、食後のフルーツでも食べるか? にーにーさまが面白いものを作ってあげるよ」

「ほんと? たべる!」

「よし! ちょっと待っててね」


俺は前々からストレージに入れていた林檎みたいな果物とナイフ、そして切り落とした皮を置くためのハンカチを取り出して、作業に取り掛かる。――作ろうとしているのはそう難しくない定番の『ウサギ林檎』だが、サラリーマンだった前世を含めても誰にも作ってあげたことがなかった俺には、ハードルが少し高かったようだ。


同じくストレージから出した小皿に、そこそこの出来のうさぎたちを並べ、残りの不格好な物をごまかすように俺が口に放り込むと、プリムは世界一面白い手品でも見たかのように、可愛らしく「キャッキャッ」と笑った。


「どうしよう……この(にゃんこ)さんたち、プリムラ(ぷりむら)がたべてもいいのかな?」

「ああ……こいつら、本当は『うさぎ』になりたかったんだが、にーにーの経験値が足りなくてな。もう一度死んで生まれ変わるしかないんだ。だからプリムに食べてもらえれば、こいつらも本望だろうからな」

「そうなの? では……えいっ」


プリムは果物の一切れを小さな口に入れて、むしゃむしゃと食べ始めた。

『失敗作』を自分で処理した後も、残りをプリム一人では食べきれないと悟り、俺も一切れを手に取って「じゃあ、にーにーも」と彼女と一緒に食べ始めた。


「美味しいか?」

美味(びみ)なの!」

「ならよかった。……因みに、プリムよ」

「なに、にーにーさま?」

「その髪型、凄く似合ってるよ。お付きのメイドさんが気を利かせたのか?」

「ううん。これはね、アイリ(あいり)ねえさまに()ってもらったの」

「……アイリがここに来たのか?」

「はいなの。にーにーさま、アイリ(あいり)ねえさまとけんか、したの?」

「ううん。そんなことないよ。ただ最近、少し忙しいだけさ」


プリムに「今日はちゃんと休むように」とお別れを告げて、次にセリースの部屋へ向かうことにした。

ノックはしたのだが、中から返事がなくて暫く待った。


(……漫画の主人公でもあるまいし、もし着替え中だったら素直に謝って出直そう。――まあ、エルフの彼女なら多分裸を見られても平気だろうが、俺は一応紳士だからな)


そっと扉を開けると、セリースはまだぐっすりと眠っていることが分かった。

ベッドに近付き、その安らかな寝息を暫く聞いていると、ようやく胸を撫で下ろすことができた。


額と顎の傷には、昨夜俺が即席で作ったものよりもしっかりとした包帯が巻かれていて、まだ布越しに少し血がにじみ出ている。そして、彼女がジャラジャラとたくさん着けていた耳飾りが、ベッドサイドのローテーブルに綺麗に並べられており、誰かが気を利かせて外してくれたようだった。


気付けば自然と彼女の髪へ右手が伸びていたが、起こしたくないので自分を制し、手を引っ込めた。


この世界での食事に何の意味があるのかまだ分からないが、とりあえず軽食として、最近町で買っておいた『キッシュ』のような食べ物をローテーブルに置き、俺は静かにセリースの部屋を後にする。


(アイリがなぜ俺との接触を避けているのかは分からないが、今はそっとしておいた方がよさそうだ……サブクエストを終わらせれば、皆もとに戻ってくれると祈ろう)


俺はいつの間にか玄関口の前に待機していたポークナイト家の馬車に乗り込み、町へと繰り出した。

今度こそ移動時間を気にせず、ゆっくりと考えを纏めようと思った矢先。――なぜか今回は『移動時間』が省略され、いきなり町中に到着していた。


(……この世界の『神様』は、俺に何か恨みでもあるのか? ――まあ、そんなことより……たしか、メモに書かれた場所と時間帯をヒントにすれば、この雑誌のモデルに会えるってことだったな。そして、実際に会って話を聞くことで、クエストが進められるはずだ)


あいにく、この先の詳しい内容は分からない。なぜなら、ゲームをプレイしたとき、俺はこのクエストを一度もやったことがないからだ。


(そもそも、メモに書かれた広場がどこなのかすら知らん。……まさかとは思うが、グラビア雑誌を片手に「ここに書いてある場所はどこなんだ?」と町のNPCに聞いて回るような、恥ずかしいことをやらせる気じゃないだろうな、このクソ世界……いや、死亡フラグを立てるのはやめよう)


町をぶらぶらと歩き回ってみたが、当然のことながら、どこにも該当する広場は見つからなかった。結果的に、俺は恥を忍んでそこら辺にいたNPCに道を訊くしかなかった。

思えば、これは元々のゲームの仕様なのかもしれない。『クエスト受注中にしか行けない限定マップ』というやつだ。


だとしても、俺の苦難はここからだ。


(……クエストNPCはどう見てもあの子だけど――一体どんなイベントが待っているのやら……?)


いくら綾子さんたち創作チームが才能ある人たちだったとしても、これだけヒロインが多いゲームで、マイナーなサブクエストに出てくるNPCのためにまで専用のエロCGを用意する余裕は無かったはずだ。


(……ってことは、待ち構えているのは単なる『お使いクエスト』か、最悪でも『ラッキースケベ』イベントくらいなはずだ――えいっ! どうにでもなれ!)


「こんにちは、そこの彼女。ちょっといいか?」

「ひぃぃ! エンリー……ポークナイト? ……ふぇっ!?」

「(どっちだよ?!)――いや、俺はただの冒険者のエンリーだ」

「そ、そうですか……名前までブタ貴族と同じなんて、お可哀想に……」

「(本人なんだから仕方ないだろ!)――ま、まあ……。でね、最近妙な情報が手に入って――あんた、ここんとこ怪しい人物を見かけなかったか?」

「え〜? どうしようかな〜……? 答えが気になるなら、ちょっとウチのお願い聞いてくれる?」

「(そう来るか)……『お願い』とは?」

「お兄さんは『巨乳派』? それとも『美乳派』?」

「(そこは潔く『貧乳派』という選択肢も入れるべきじゃないか?)……えっと――話が見えないんだが……」

「お兄さんはさ。このウチの『美乳』をもっと綺麗に見せるような服装を持ってきてくれたら、お答えします」


(ウソだろ! ここで『聞き込みをして下着売り場を見つけろ』ってことか?! ――いや、待てよ……)


「こっちはいかがかな、『美乳』の彼女?」

「っぷ! ……ハハハ! 何処で見つけたの――それウチのじゃん!?」

「(えっ!? これ、お前のだったのかよ!?)……俺はこう見えてコレクターでね。オークションで落札したんだ……(嘘だ。どっかの路地裏で拾っただけだ――)」

「お兄さん、ウケる! じゃあ、約束通り……」


結果から言えば、彼女が語ったストーリーはそこまでヒントにはならなかったが、俺は既にこのサブクエストの大まかな展開を把握していたので、問題はない。

強いて言えば、この子たちと話す手間を省いて早速『犯人』に会いたいところだが、そんなショートカットをしてまた知らないバグが発生したらたまったもんじゃない。――ここはおとなしく、シナリオ通りに行こう。

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