ドラゴンの特徴
着替え終わったジアがまた疑いを剥き出しにして、問いただしに来るだろうと身構えていた俺は、路地裏から出てきた彼女の様子を見て不意打ちを食らった。
――いや、赤銅製のビキニトップみたいな窮屈そうな胸当てに押し潰されている、Gカップの胸部にではなく。「さっきまでの威勢は何処へやら」という、彼女のしおらしい態度にだ。
「あんがと……」
「……お、おう」
(なんか、よく見ると可愛いな、こいつ……)
前世の俺はやり込んでゲームをプレイした訳ではないので、実はジアを一度もパーティーに入れたことがなかった。彼女は一応、この『ゴミ拾い』クエストから発生する隠しサブクエストでの『おまけ』以外にも、パーティーに加入させることができる。しかし、俺はそのイベントのどちらも発生させなかったのだ。
そのせいで、あまりこいつの性格には詳しくないが、これを見ると「案外まともなヒロインなのではないか」と、自然とそんな感想を抱いてしまう。
そのこともあって、俺はつい油断して、余計なことを口走ってしまった。
「そのままだと些か派手な格好だろう、俺の予備の外套を貸そ――っ」
「――要らないっ!」
「……そ、そうか。ならいいが――」
「お前も知らないのかよ? ――ドラゴン族は体温調節が難しく、常にそういうことを考慮して服装を選ばないと、危うく熱中症になりかねないんだぞ」
「そうだったな……。すまん、忘れてた」
俺は、インベントリから取り出したばかりのマントを速やかに仕舞い、思わず損ねてしまった彼女の機嫌を直すために、とりあえずその姿を肯定することにした。
「まあ、なんと言うか。さっきは言葉が足りなかったけど、凄く似合ってるよ、その衣装。ドラゴン族とか関係なく、ジアだから格好いいぞ」
「――ふ……ふっ!」
ジアは怒った顔から意表を突かれた表情になり、やがて頬を茜色に染めてはにかんだ。
「く、口では何とでも言えるだろう……!」
「ああ。だから俺はもう一度言う――格好いいぞ、ジア!」
「……も、もう。良しとしてくれ……!」
「ああ――」
俺は可愛すぎる彼女につい見惚れていたが、遅ればせながらこのシーンの異様さに気付いた。――これは原作にないイベントだとはいえ、ジアとの接触には、今までNPCとの交流で何度も経験した『強制力』を全く感じないのだ。
(俺も、ジアも、まるで自由に話せている。この様子じゃ、まるでビアンカたちと最初に会った時のようじゃないか……!?)
「んで。わざわざ私に服を届けに来た訳じゃないだろう? お前も犯人の正体を嗅ぎつけたなら、そいつらが裏で『なに』をやっているのか分かったんだな?」
「ああ、分かったぞ」
「お前も同類だからなにも思ってないかも知れんが、私はこのまま放っておくつもりは微塵もないからな!」
「『同類』って……俺の噂も相当なものだな――」
「まあ、少しは見直してやったぞ。――少しだけだからな、調子に乗るなよ!?」
「分かった。でもまあ、一応その噂も『完全なでたらめ』とは言えないが……今回は俺も動くつもりでいるから、協力してくれるか?」
「……ふふっ! 『悪知恵を巡らせる』ことなら確実にお前の方が得意分野だろうから、こちらとしても協力はありがたいが――なにかプランはあるってことだな?」
「ああ。明日の午前、あの猫人の子を宿屋に呼んで、彼らと交渉をさせる――」
これは一応、ゲームの脚本通りのイベントなので、恙なく進むはずだ。まあ、原作ではグラビアアイドルの猫亜人ちゃんをわざわざ宿屋まで呼ぶ必要はなかったのだが、俺はとことん『勇者の仕様』に付き合うつもりはないから、これでいいんだ。
ジアも協力してくれると言うので、ここまでは全て上手く行ったようだ。
その後、俺はジアに作戦の概要を説明し、今日はもう遅いからと町の宿屋へ向かうことにした。
これも、何度も繰り返して身に馴染んできた『ゲーム世界の仕様』だ。――今では当たり前のように受け入れているが、宿屋で『休む』コマンドを選択しない限り、この世界に『次の日の朝』は永遠に訪れないのだから。
「ジアも一緒に来ていいんだぞ。野宿よりはマシだろう」
「……ご厚意にあずかろう」
(まあ、そうなるよな。さっきまで路地裏のゴミ捨て場で段ボールを被ってたくらいだ、間違いなくスッカラカンの一文無しだろうし)
連れ立って歩くこと数分、俺たちは町の中央広場の近くにあった、そこそこ高級そうな宿屋の前にたどり着いた。
(うおっ、なんか前世のゲームプレイの思い出が蘇ってくるなー……!)
ここは、俺がゲーム本編で『勇者』として愛用していたお馴染みの宿屋だ。
――もっとも、当時のゲーム画面上で見ることができたのは、簡素な一枚絵の『受付ロビー』と、エッチなシーンの背景CGに使われていた『客室の一部』だけだったが。
(全体の内部構造はどうなってるんだろう……?)
なぜか俺はワクワクしてきた。――真横にその『本物のヒロイン』の一人が一緒にいることすら、一瞬すっかり忘れてしまうくらいに。
受付のNPCには固有の立ち絵なんて用意されていなかったが、ロビーに行ってみると、そこに立っていたのはどこにでもいる普通のおっさんだった。
ここでもまた「エンリー・ポークナイトだぁ!」と騒ぎが起こるかと思ったが、おっさんは俺の顔に見向きもせず宿代を受け取り、俺とジアの、二つの部屋の鍵を渡してきた。
背景の景色がループするだけだった『馬車での移動』の件もあったので、ゲーム画面で描かれなかったマップの構造は適当にごまかされているのではないかと、俺は少しばかり不安を膨らませて、ロビーから宿屋の裏庭に出る扉へ向かった。
――どうやらこの建物の構造上、二階へ上がる階段に向かうには、NPCのおっさん(多分この宿のオーナーだろう)がいる受付の前を通って裏の扉をくぐり、一度建物の外に出る必要があるらしい。
(いきなり客室にワープさせられることはないよな……? ていうか、ここから先がなにもない『亜空間』だったら怖いんだが……)
俺は一抹の不安を胸に、ゆっくりと木製の扉を開いてみた。
――そこには、たった一つのオイルランプに薄暗く照らされた、手抜き工事のような中庭が広がっていた。壁際にはぽつぽつと三本の木が不自然に点在し、中央の暗闇の中には一つの井戸がうっすらと見える。井戸の近くでは、一人の男性NPCが褌一丁でバケツの水をかぶり、どうやら身体を洗っている最中だ。
さらに奥の暗がりには、二つの人影のシルエットが見える。どうやら女性らしいが、空のほとんどが隣の建物に遮られているせいで、ランタンの微かな光だけでは小娘なのか妙齢の女性なのかすら判別できない。
そのまま中庭を数歩進み、俺は二階へ続く外付け階段の最下段をすぐに見つけた――正確には、暗闇でスネを思い切りぶつけて気がついた。
上り始めると木製の階段が今にも崩れそうな怪しいきしみ音を鳴らす。時折、腐った段を踏み抜きそうになり、折れた板の隙間に足が挟まるかと思ったほどだ。
二階の通路にはランタンすらなく、夜闇の中、僅かな月明かりだけを頼りに二階の廊下へ入るための扉を手探りで開けるしかなかった。
しかし、そこでまた建物の中へ入った瞬間――どこからともなく、ゲームでお馴染みだった『宿屋のBGM』が流れてきたのだ。
「――ははっ! 不思議だな」
「なにが不思議だと言うんだ?」
「ジアは、この音楽が聞こえてないのか?」
「普通に聞こえるが?」
「それは不思議だと思わないのか?」
「お前、なにを言ってるんだ? 普通だろう」
「……そ、そうか」
鍵を開けて客室に入った俺は、「また明日」と別れを告げようと思ったが、ジアは後ろからとてとてと俺に続いて入ってきた。
「なんだ?」と目の端から彼女の様子を見ると、さっきの『体温調節』うんぬんのことを思い出し、頭の中でピンと閃いた。
(――まさかとは思うが、こいつはマジで『爬虫類』の特徴を持っているのか? ……たしかに夜は冷えるし、この宿の窓はあんな状態だしな)
俺は、板張りの隙間風が普通に入ってきそうな窓を暫く見ると、諦めて肩を竦めた。
(ジア本人も、『結構恥ずかしいことをしている』自覚はあるみたいだし、ここはそっとしておこう……てか、女の子は男性の視線が身体に向くことに敏感だと聞いたから、なるべく彼女を見ないようにしよう。――エンリーのカルマのせいで彼女を傷つけるのは嫌だからな……)
俺はジアの奇行に気付かないフリをしながら、純粋な好奇心から部屋の作りを確認するために視線を巡らせた。
(うむ。だいたいCGで見た背景のまんまだな……てか、俺はこのままジアと一緒に寝ないといけないのか? ――ヤバいんじゃないか、俺の理性は……?)
まだ俯いて何も言ってこないドラゴン娘を見かねて、俺は一つ溜息をこぼし、なんでもない風を装って声をかけることにした。
「寝る前にホットココアでも飲むか?」
「……ドラゴン族はコーヒーが駄目なんだ。私を殺す気か、お前は!?」
「いや、『コーヒー』じゃなくて、甘い『ココア』だぞ。それともそっちもダメか?」
「えっ? ……あの……『ココア』は飲んだことないから分からんけど――」
「じゃあ、試しに飲んでみるか? 俺の友人……メイドが前に淹れたものを、そのままストレージに仕舞っていたんだ。まだ温かいはずなんだが――」
「――温かい飲み物っ!?」
「お、おう」
俺は、急に金色の瞳をキラキラさせて迫ってきたジアに虚を突かれ、慌ててインベントリから湯気が上るマグカップを二つ取り出した。
(まあ。長い夜になりそうだし、俺も飲もうか……)




