バグ
「とにかく、まだ拾っていないゴミが残ってるし、クエストに戻ろう?」
俺は返事を待たずに路地裏を出たが、数秒立ち尽くしてもアイリたちがついてくる様子が一向に見られない。
どうしたのかと、出たばかりの路地裏を覗き込むと、俺は心臓が沈んでいくような感覚を覚えた。――袋小路のはずの路地裏に、誰もいなかったのだ。
「お、おーい、お前ら……? もう冗談は面白くないから、出てこいよ……?」
路地裏の最奥に隣の店舗の裏口があったため、そこまで戻り、扉を確認する。
「鍵がかかっている……誰か!? おーい!?」
当たり前だが、中から誰の返事も来ない。ドア自体が本物の扉というより、建物の一部として配置された『ゲームのオブジェクト』にしか見えない。
(叩いてみても、普通の木のドアを叩いている感じじゃない……あの子たち、何処に消えたんだ……?)
焦りで頭が回っていなかったが、別の確認方法にようやく思い至り、俺は慌てて『メニュー』を開いてパーティーステータスを確認する……。
「おいっ!? ウソだろ……!?」
パーティーメンバーの一覧には、一つの名前しか表示されていなかった――『エンリー・ポークナイト』。
「一体、どうなってるんだ、こりゃー!?」
全くクエストなんてやっている気分じゃないのだが、深刻な考え事に耽りながら歩いていると、不意に視界の端で何かがキラリと光った。
(このクソ世界! アイリたちのことが心配で仕方がないのに、屋敷にすら帰らせてくれないっ!)
ひとまず落ち着こう、深呼吸だ。彼女たちはきっと大丈夫なはず。
さっき起きた現象は、間違いなく脚本がバグったからに違いない。十中八九、俺があのグラビア雑誌に触れたことがマズかったんだろう。
(しかし、俺が拾うこと前提でそこに配置されたアイテムを避けるなんてムリじゃん?)
他のクエストも全てダメダメだったし、アイリたちとのダンジョン攻略も、今のままだとムリな相談だし……。
(じゃあ、どうやって経験値を稼げって言うんだ!?……)
ひたすら考えに耽りながら、町中を練り歩く。そこまで大きなマップじゃないから必然的に同じ場所を何回も通ることになるが、クエストアイテムである『ゴミ』がランダムで現れる仕様だから仕方がない。
(何個拾ったんだろう? ――長ぇよ、このクソクエスト!……)
三十個くらい頭の中で数えることもできたはずだが、アイリたちのことが心配で、それは頭から抜け落ちていた。幸いな事に、またもや道端に落ちていたクエストアイテムを拾うと、ようやくクエストが終わったと悟った。
特になんのエフェクトもなかったが、EXPが加算されたことをなんとなく『感じた』ような気がした。
「あと、あのサイドクエストが残っているが、これで屋敷に戻れるようになったはずだ」
町のNPCたちが元通りの位置に再配置されており、俺が町の広場に向かうと、ポークナイト家の馬車がそこにあった。それを見て俺は胸を撫で下ろした。
しかし、早くアイリたちの安否を確認したいのに、数分くらいこの『馬車での移動』イベントを見せられないとダメらしい。
(ゲームだと数秒で終わったのに!……)
ようやく屋敷にたどり着き、玄関をくぐって暫く廊下をぶらつく。
案の定、ランダムに配置されているNPCたち以外、誰とも会えない。
(そうだったよな……アイリたちに会う為には、先ずはイベントを起こさないと駄目だったんだな。――最近はいつも色んなイベントが自動で発生していたから、すっかり忘れていた)
しかし、イベントと言ってもなにがあるんだろう。悪役キャラの『あれ』は論外だから、他には……。
淡い期待を胸に、いつも訓練をしていた中庭を訪れる。
視界に入ったのはプリムがいつも俺たちを応援していた、大きな樹木の根元に設置されたベンチ。続けて、アイリが自分の剣技の訓練のために使う木製の人形。――あの人形、どこから出したんだっけ……?
まあ、とにかく。中庭にアイリたちの姿はどこにもなかった。
屋敷の中に戻り、執務室に行って、小一時間書類と睨めっこしている。
――今日は誰も手伝いに来ない。
そろそろ痺れを切らしてベルを鳴らし、使用人を呼んだ――が、アイリ、ビアンカ、セリースの誰かではなく、屋敷の一般的なNPCメイドがコーヒーを持って来てくれた。
声をかけるのも怖いから、彼女がお辞儀をして退室するまで、黙々と書類仕事を続ける。どうせまたエロイベントが発生するだけだろうし、今はそれを受け流す気力がない。
窓の外が暗くなったことに半分驚き、諦めて自室に戻る。――もう腹を括るしかない。
俺は半ば考えなしに軽い服装に着替え、お洒落なローブを羽織り、また使用人を呼ぶためのベルを鳴らした。
「若旦那様、こんばんはでございます」
現れたのは『これぞバトラー』って感じの、ロマンスグレーのおっさんだった。
(なにげに初めて見るNPCだな……)
「こんばんは。アイリたちを呼んでくれないか?」
「畏まりました。では、アイリ様、ビアンカ様、セリース様のどなたを夜の相手にご所望ですか?」
(なに、これ!?……ああ。そうか、そういうイベントなのか……しかも、なぜだか俺のセリフまでシステムに縛られているような気がする。この感覚、久しぶりだな……)
「(本音を言えば『皆を呼んでくれ』と言いたいところだが)――ビアンカを呼べ」
最初は真っ先に『アイリ』を呼ぼうかとも考えた。だが、いくら彼女が原作ゲームのキャラデザやシナリオに深く関わっていたとはいえ、プログラミングなどの内部システムに詳しいわけではない。現状のバグについて相談したところで、解決の糸口になる気はしなかった。
セリースに関しては、根は良い子なのだが、加護を失ってポンコツ化した今の彼女は完全にマスコット枠だ。有意義な相談ができるイメージが全く湧かない。
その点、ビアンカは頭の回転が速い。それにプリムの様子も気になっていたため、彼女が傍にいてくれた方が一番頼りになるだろうと判断し、俺は『ビアンカ』を選択したのだった。
しかし、バトラーが「では、失礼します」と言って部屋を後にしてから数分後、俺はその選択肢を選んだことを深く後悔することとなった。
現れた『ビアンカ』は、出かけていた時に着ていた『冒険者風』の衣装ではなく、普段の破廉恥なメイド衣装でもない、色気溢れるネグリジェに身を包んでいた。
最近ビアンカを『大人の女』だと認識し始めた俺だが、決して『そういう意味で』とは一ミリも思っていなかった。
しかし、俺の意思とは裏腹に、目が勝手に彼女の華奢な身体の魅惑的な起伏へと吸い寄せられていく。
(違う、俺はこんなことをしたくない!……やめてくれぇ!!……)
まるで金縛りにでも遭ったかのように、身体が言うことを全く聞かない。
いつの間にか手が勝手にローブの帯を解き、最近鍛えているお陰で男らしくなった上半身が露わになった。
本来ならこんな衝動は余裕で抑えられるはずなのに、理性が段々と真っ白に染まり、ベッドに腰を下ろしたビアンカへと手が伸び始めた……。
(嘘だと言ってくれ!!……)
ビアンカに触れれば正気に戻るという淡い期待も束の間、指先が乱暴に彼女のネグリジェの下へと滑り込み、綺麗な形の肩口を露出させた……。
意識が闇の中に抵抗なく滑り落ちていく。俺は現実から目をそらすことにした。――が、不意に一瞬で金縛りが解けたと悟り、慌ててビアンカの肩口を掴むと、俺に寄り掛かろうとしていた彼女を突き放すように遠ざけた。
脂汗をかきながら頭をうなだれさせ、肩で息をする。
顔を下向けた拍子に、ビアンカの目尻に大粒の涙が溜まっているのが見えた気がした。
(……そうだよな。いつもふざけているように『夜伽の相手を』とせがんでくる彼女でも、決してこんな強引な形で願いが叶うことを望んではいないはずだ。身体の自由が戻ってよかった!……)
それにしても、何がきっかけだった? このゲームみたいな世界のフラグ管理は、まだまだ謎が多い……。
「ビアンカ、大丈夫か?」
「……」
無言のビアンカから手を離し、顔を上げようとした時だった――。
「にーにーさま、こんばんはなのです」
(……そう言えば、最初の時も似たような展開だった気がっ――)
「……プリムラ、おじゃまだったのでしょうか?」
「そんな訳ないだろ! 俺もビアンカも、プリムを邪魔だなんて一度も思ったことないからな。……こんばんは、妹よ。にーにーたちと遊びに来たのか?」
「はい! えへへ。プリムラがいてもいい?」
「もちろん。もう夜の空気は寒くなってきたから、こっちにおいで」
プリムが覚束ない動きでドアをこじ開け、小さな体を中に滑り込ませると、何とか重い扉を閉めることに成功した。――しかし、こちらへ向かう足取りがひどく不安定な気がして、よく見ると彼女の顔が非常に赤いことに気付く。
(……またかよ!? ――はやく、ビアンカに頼んで――っ!)
ビアンカに視線を戻すが、彼女は無気力にポツンと隣に座っているだけだ。
「おい、ビアンカ、しっかりしてくれ! プリムの応急処置を頼めるか?」
「私には、何もできません」
「なに言ってんだ!? 頼れるのはビアンカしかいないのに……!」
(様子がおかしい! ――ああもう! プリムは倒れる寸前じゃないか!!……)
俺はモブNPCのような返事をしてきたビアンカをよそに、駆け足でプリムに近寄る。彼女は無理して元気に振舞おうとしているせいで、病弱な身体にさらに負担をかけてしまったのだろう。
倒れ込むプリムラの儚い身体を必死に抱き留めた時、俺は、その体が燃えるように熱くなっていることを痛感させられた。
しかし、ビアンカが頼れない今、どうやってプリムを楽にしてやれる?
(この世界もまた、俺から大切な者を奪うつもりか!!? ―――クソがぁ!! 俺はなにをしたって言うんだぁ!?……)




