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ダンジョンアタック

ダンジョン――それはこのゲーム世界における、一つの摩訶不思議な場所だ。


原作はインディーゲームにして、いわゆる低予算の同人サークル作品だった。だからプログラミングにリソースを割くことができず、ほとんど制作ツールのデフォルト仕様をそのまま搭載していた。


多くのサークルはちょっとした工夫を凝らし、せめてダンジョンを徘徊する魔物のイメージを彷彿ほうふつとさせるために、魔物のNPCをあちこちに配置したりするものだ。しかし、綾子さんたちはそれをやらなかった。

そのせいで、この世界のダンジョンでも『何もない空間から唐突に敵が現れる』という現象が起きる。


回避不能なランダムエンカウントの上に、逃走の成功率まで限られている。

本来の主人公である『勇者』は理不尽なまでにスペックが高かったから、プレイヤーたちから文句が出ることはほとんどなかった――が、俺がアイリたちを連れて初めてダンジョンアタックに挑んだ時、この場所の本来の恐ろしさを痛感させられた。


本当はビアンカを危険なダンジョンに連れてくるつもりは毛頭なかったが、彼女が意外と頑なに食い下がる上、アイリまで「ビアンカなら私が余裕で守るっすよ」と話に割って入ったから、俺が折れるほかなかった。


屋敷を出る前に、皆でアイリが新しく買ってきた『冒険用の服装』に着替えて衣装の差がなくなったからか、セリースもそれなりに上機嫌にしている。訊いたら多分「どうして高貴なアタシがあんたら下等な人間ヒューマンと同じ格好をして喜ばなきゃなんないのよ!?」って返してくるだろうから黙っていたが――彼女が『完全に上機嫌』というわけではない理由も分かっている。十中八九、アイリとビアンカの二人が『俺をセリースから守る』かのように、左右をガッチリと固める陣形をとっているからだろう。


そして『皆で着替えた』と言った通り、俺にも当然『冒険用の服装』が用意されていた。

だが――女性陣がラフな生地のシャツに短パン、ブーツ、そして肩口や心臓などの急所を守るレザーアーマーという真っ当な出立ちなのに対して、なぜか俺の衣装には『シャツ』が存在しない。いや、袖なしのワイルドなベストは一応用意されていたのだが……アイリの奴、絶対に俺をからかうためにわざとこんな露出度高めの服を用意したろ。

マジで訓練が間に合って良かった。あの初期の『腹がぽっこりと突き出た体』でこんな世紀末みたいなベストを着せられていたら、俺は間違いなくダンジョンに入る前に社会的に死んでいた。


それでも、痩せて体力も付けた俺は、まだまだアイリより全然弱い。これだと『村人A』がダンジョンに挑むことと大して違いはない。アイリたちヒロイン陣がそこそこ強いのだと信じるしかない。


「ええいっ! 行ってやろう!」

「『おおうっ!』 っす!」

「お、おおうですわ……」

「アタシそれ、やらないから――」


それぞれの個性が滲み出るリアクションを受け流しつつ、俺は洞窟ダンジョンの鉄格子の扉を横に引いて、薄暗い通路の中へと足を踏み入れた。


(そういえば、原作ゲームでの戦闘は『ターン制』だったが……現実になったこの世界では、その辺のシステムはどうなってるんだ……?)


俺たちがダンジョンの中に足を踏み入れた途端、どこからともなく、低音の効いた不気味なBGMが流れてきた。

ゲームではお馴染みの曲だったが、実際にこれを聞くと再三『ゲームの世界に居る』ことを思い知らされる。


「ビアンカ、セリース。怖くないか?」

「大丈夫ですわ。ダンジョンがこんなところだとは、最初から知っていましたから」

「アタシ、帰ってもいいすか?――っ」

「よし、進もうか」


しかし、数歩進んだところで突然、周囲の空気が一変した。

全方向、だいたい五メートル離れたところに薄っすらと透明な境界線が見える。

音楽は不気味さ満開になり、ビートのリズムが上がっていく。

そして三歩ほど離れた虚空から、唐突に二匹の異形いぎょうのイキモノがポップし、あからさまな敵意を向けてきた。


「ローパーですわ!」

「ひぃぃっ!?」


中衛のビアンカと後衛のセリースがサッと下がり、俺とアイリは彼女たちを守るように前衛の陣形を組む。

だが、ローパーはあの鈍重そうな見た目に反して、触手による遠距離攻撃が可能な厄介な敵だ。魔素で構成された魔物特有の、物理法則を無視した芸当を平然とやってのける。


(――そういえば、アイリの常識外れなバカ力も、大概その部類に入ると思うんだが……)


俺は、横から向けられた冷気の籠ったタンザナイトの瞳の輝きに、しっかりと手に持っていた短剣の柄を握り直す。


しかし、俺の覚悟も虚しく、一匹目のローパーの攻撃は俺たちを飛び越えて後衛へと飛んで行った。


「ビリ、ビリ……ッ!」と布が引き裂かれる音に、セリースの「マジでなんなの!?」という驚きの声が響く中、どこからともなく「ヒュ~♪」というお約束のSFX(効果音)が飛んでくる。


振り返るまでもなく後ろで何が起きたか一瞬で分かったが、立ち止まる暇はない。

アイリは綺麗なフォームで、刺すような構えをとり、迅速に右側のローパーに肉薄すると、斜め上に向けて一撃で両断してみせた。

俺も彼女に倣い、左側の敵に迫って短剣で身体の中央辺りを突いた。だが刃がうまく通らず、ローパーは後ろの洞窟の壁まで突き飛ばされ、衝突してするすると床に滑り落ちるだけだった。


「甘いですわ!」と、すれ違いざまにビアンカに叱咤される。しかし、彼女のアタックもローパーの『カウンター』に相殺され、状況が芳しくない。

アイリは、さっきの大技のクールダウンのような『仕様』のせいで動けなくなっており、俺もビアンカも攻撃のターンを消費してしまったようだ。

残ったセリースには、トドメを刺すほどの力量も技術もない。


それでいて、彼女はダメ押しにローパーを目掛けて見事にレイピアを突き立ててみせたが、その行為は俺の精神を激しく揺さぶる以外の効果はなかった。

俺が必死こいて目を逸らそうとしているのを嘲笑うかのように、BGMにやけにポップなピアノの音色まで混ざり始めた。


(つぎにアイリでも狙われたら、非常にマズいっ!)


だが、エロゲの世界はそこまで理不尽ではなっ――いや、当然のように、追い込まれたローパーの次のターゲットはアイリの豊満な胸部だった。


「ペーンっ!」と少しいやな効果音が鳴り響き、俺は胸を撫で下ろした……ローパーの攻撃はミスしたみたいだ。

しかし俺の喜びも束の間。アイリ、俺、ビアンカ、最後にまたダメ押しと言わんばかりのセリースの攻撃がローパーを狙ったが、ミスやカウンターなど、それぞれの理由で俺たちの猛攻も無駄に終わってしまった。


幸いアイリは今度こそ大技を使わず、次のローパーの攻撃を凌ぐくらいのSPを残していたため、なんとか事なきを得た。

そして第三ラウンドで、ようやく二匹目のローパーも無事に倒すことができた。


「はぁ、はぁ……意外と強敵だったな……」

「ああ。ひとまず、おめでとう皆! ――じゃあ、セリースの衣装をなんとかしないとな……アイリの服じゃなくて、本当によかった」

「それ、どういう意味なのよ!? アタシに喧嘩売ってんの?」

「そうですわ。ご主人様、ご説明をお願いしても?」

「いや――ほら。アイリがメインのアタッカーだから、アーマーブレイクされるとマズいだろ?……」

「……ゴシュジン、相変わらずスケベっす!」


アイリの容赦ないツッコミが洞窟内にこだまする中、俺は気まずそうに背を向ける。

その間、ビアンカとアイリの二人はなんとかセリースの衣装を元に戻そうと勤しんでいた。


「アイリ様は不器用ですから控えてください。わたくしは貴族令嬢の嗜みとして刺繍をしてきましたので、裁縫くらいできますわ」

「こうして私がホールドしてるとやりやすくないっすか?」

「それくらいなら助かりますわ……」


しかし、俺の背後で彼女たちが数分ほど作業をしていると――唐突に俺たちは『光の粒子』に包まれ、気づけばダンジョンの入り口の前まで戻されていた。


「なっ!?」

「なにが起きましたの?」

「今のは普通じゃないっしょ?」

「……あっ!」


慌てて『メニュー』を発動して彼女たちのステータスを確認する。

一応HPはそこまで減っていないが、ふとEXPの欄を見ると、経験値が全く溜まっていないことに気付く。


「――なんだ、お前ら。初心者かい?」


すぐ隣で地面にロングソードを突き刺し、近くの樹木の幹に背中を預けて誰かを待っていたらしい『アマゾネス風の格好』をしたお姉さんが、さり気なく声を掛けてきた。

俺たちは一応貴族の跡取りとそのメイドだが、冒険者なんてがさつな連中ばかりだ。ここで身分をひけらかして騒ぎを起こしても何にもならないため、適当に受け流すことにする。


「お姉さん、今の現象についてなにか知ってるのか?」

「シーリだ。『よろしく』とは言わないが、一応教えてやろう。――ダンジョンの中で、その子たちの誰かの服が破けたんだろう?」


このお姉さん、その見た目と相まって『オレ様』的なキャラらしい。


「ああ。さっき直したんだが……」

「それがダメだったってことさ。ダンジョンを攻略しきるまで、服は破けたまま進むことしか許されないんだよ」


セリースたちを連れてダンジョンの入り口から少し離れると、俺は肩を竦めて彼女たちに謝った。


「すまん。ここまで苦戦するとは思ってもみなかった。――どうやらダンジョンはまだ早かったようだから、とりあえず町の受付で手ごろな依頼を受け、少し経験値(EXP)を稼ごう……」

「しょうがないっすね。ゴシュジン、ムッツリっすから」

「ですね……」

「チチが見えていたくらいで。ヘタレだね、エンリーは。あんだけアタシにっ――」

「――あははっ! そうだな! じゃあ、町に帰ろう!」


ポンコツなエロフがこれ以上余計なことを口走る前に、俺はわざとらしく大声を出し、町に向かって歩き出した。

幸い、アイリとビアンカは黙々と後ろを付いてくるだけでホッと胸を撫で下ろしたが――振り向いて、あいつらが今どんな顔をしているのかを確認するのは恐ろしすぎる。

期待を上げて申し訳ありませんが、多分このあとまた投稿のペースが落ちると思います。

一週間以内になんとか一話くらい書くつもりではいるが……

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