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浮気

『ふふっ! ついに一つになったね』

『なったねー! ふふふっ!』

『どうする? 加護、取り上げちゃうの?』

『あんなものを見せられたら、わざわざ奪う必要はない気もするけど……でも取り上げないと、色々とややこしいことになるよね』

『なるね。ひひっ!』

『……一応取り上げるけど、あとですぐ戻してあげる。ふふっ!』



まだ重いまぶたを閉じたまま意識が浮上すると、小鳥たちの朝の囀りがやけにうるさく感じられた。

「チュン、チュン」と部屋に響き渡る元気な鳴き声に、モゾモゾと身体を動かしながら、ゆっくりと瞼を開ける。


視界はまだぼやけていたが、隣で眠る『色白の長耳美女』の姿だけははっきりと映った。

セリースは掛け布団にぐるぐると簀巻すまきのように包まり、顔だけをひょっこりと出して、すやすやと可愛い寝息を立てている。

その無防備な寝顔からは、普段の傲慢さや生意気さが跡形もなく消え去っており、ずっと幼く見えた。


彼女がジャラジャラと着けていた耳飾りが、今はベッド脇のサイドテーブルの上に置かれており、普段は絶対に見る機会のない『素のエルフ耳』が、眠る子猫のように時々「ピクっ、ピクっ」と動いている。

その光景を見ると悪戯心に火がいてしまい、俺はそっと上半身を乗り出して「ふぅっ!」と彼女の耳に息を吹きかけてみる。

すると、セリースは目を覚ますことなく、不満げに「バサッ」と耳を揺らし、本物の猫のような可愛らしい抗議の反応を見せた。


(ヤバい! なにこれ、超面白い。どうしよう、なんか無性に愛おしくなってきたんだけど……)


再び超絶美人の彼女の寝顔に目を戻す。整った顔立ちから、絹糸のような髪と同じ艶やかな白い長睫毛、そして筆で描いたような完璧な弧を描く眉へと、次々に視線を移していく。


彼女は本来、アイリ――もとい綾子さんの想像の産物であり、実在するはずのないゲームのヒロインキャラだ。しかし、今のこの無防備な寝顔や、昨夜見せてきたあんな表情も、すべて綾子さんがデザインしたものなのだろうか?


(もしかして、綾子さんの転生体は『アイリ』だけじゃなく、ビアンカやセリース、自我を持つ他のNPCたちも、彼女の魂の一部を受け継いでいる――とか?……)


俺は、そんな考えがまとまるよりも早く、ふと「そういえば、誰が部屋の窓を開けたんだ?」と疑問に思い――とっさに背後から漂う不穏な気配に、遅ればせながら気付いた。


身を捻り、背後を確認すると、そこにビアンカの姿があった。

――「怒られる!」と一瞬身構えた俺だったが、彼女の表情を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたような苦しさに息が止まった。


ビアンカは大粒の涙をポロポロとこぼしながら、ただただそこに立ち尽くし、言い逃れも弁明の余地もない『浮気現場』を見下ろしていた。


目が合った途端、彼女はわななく唇をギュッと噛み締め、とっさにきびすを返して部屋をあとにしようとした。

俺は迷う暇もなく手を伸ばし、瞬時にビアンカの細い手首を掴んで、その撤退を止めようとする。


ビアンカは何も言わず、俺から顔を隠しながら必死に腕を振り払おうとしたので、俺は仕方なく引っ張る力を強め、彼女を無理やりベッドへと引きずり込む。


客観的に見れば字面も状況も最悪すぎるし、俺自身「どこのイケメンだよ!」と自分に激しいツッコミを入れたいところだが、今はビアンカをこのまま帰してはいけないと心が叫んでいた。

だから俺は、なおも腕の中で逃げようと暴れるビアンカをしっかりと強く抱きしめ、彼女が落ち着くまで、ただひたすらに待ち続けた。


――こんな修羅場の中で、必死に煩悩に流されまいと理性を総動員していた俺だが、柔らかい身体と密着している健全な成人男性として、どうしても無視できない事実が、いくつあった。


ビアンカは相変わらず、あの布面積が極端に少ない、際どいメイド服を誇らしげに着ていたので、彼女の露わになっていた柔肌に触れると、綺麗な皮膚の下に潜む『鋼のような筋肉』を全身で感じ取れて、ふと思った。

ビアンカは全力で抵抗しているわけではない。だが、こんな弱弱しい抵抗でも訓練で強くなった彼女を、ゲーム初期のエンリーのもともとの力量だけで抑え込むことなど、到底できなかっただろう。


彼女の藻掻きが弱まったのを感じ取り、俺は短く、「本当にすまない。ビアンカの言った通り、セリースと二人きりになるべきじゃなかった」とだけ謝罪し、そのあとは彼女の言葉を待つことにした。


ビアンカは、身体から体力が流れ出るようにスーッと力を抜き、しばらくすると苦しそうに肩を震わせながら泣き出した。


俺は気の利いた慰めもできず、彼女の嗚咽おえつが収まるのをただ待っていた。だが、一向に泣き止む気配はなく、気づけば彼女を抱きしめる俺の腕に、少しずつ力がこもってしまっていた。


――やがて、俺の腕力による痛みと息苦しさで、半ば強制的に泣き止んだ彼女を抱擁から解放し、優しく背中をさする。

その小さな顔が俺の胸に埋まったまま、静かな部屋でさらにしばらくの時が過ぎた。


やがて、ビアンカがようやく重い口を開いた。


(わだぐぢ)は、これで……見捨てられる(びすでられう)こと(ごと)なる(だる)の、でしょうか(でぢょうが)……?」

「そんな訳あるか! ビアンカはもう俺たちの大切な仲間だろ。見捨てるなんてこと、絶対にあり得ない!」

「……だって。浮気(うわぎ)なさらない(なざらない)と、そう仰いました(おっぢゃいまじた)()に……! (わだぐぢ)を差し置いて(おいで)、先にあの(おっだ)にお情けをおかけに(おがげに)なりまして……っ」

「すまん。あんな約束、安易にするべきじゃなかった。俺は未だにビアンカの抱えている本当の気持ちを分かってやれていないのかもしれないが……君がここまで傷つくとは思っていなかったんだ。どう考えても、俺の配慮と覚悟が足りていなかった。本当に、本当にすまない」

「……(わだぐじ)には、このエルフ(おっだ)より、魅力が無い(だい)()でしょうか(でじょうが)……?」

「ビアンカが最高に魅力的な女性だってことは、この俺が一番保証する! だから自分を卑下する必要なんて全くないんだ!」

「……ちょっと(ぢょっど)だけ、お胸が(ぢい)さいだけなのに――っ」

「いや、ビアンカの胸は小さくなんてない! ビアンカのスレンダーなスタイルに完璧にフィットした、素晴らしい美乳だ!! ……(って、俺は泣いてる女の子相手になに熱く語ってんだ!? 元エロゲのヒロイン相手とはいえ、今の褒め方は流石にデリカシーが無さすぎるだろ!)」

「……では、なぜ(わだぐじ)を、夜伽よとぎ(だめ)に、一度も呼んでくださらない(ぐだざらない)のですか……?」

「それは……ビアンカが俺にとって大切な仲間だからだ。これ以上、君を道具のように扱って傷つけたくないんだよ」


俺が精一杯の誠意を込めてそう告げると、腕の中にいるビアンカの肩が、ピタリと動きを止めた。


(こんどはなんだ!? もしかして、エロゲヒロインであるビアンカにとって、プラトニックな関係が、遠回しな『女としての拒絶』として捉えられたんじゃないだろうな!?……)


ビアンカの肩がまた震え出し、彼女がさらに絶望して泣き崩れるのではないかと焦った――その時だった。


「ふふっ! エンリー(ざま)、お(ぐぢ)がお上手です(でず)ね? ふふふっ!」


「一体なんのことだ?」と思い、ハッと俺たちの今の姿勢に意識が向き――すべてを悟った。

――抱きとめた時、俺はビアンカを仕方なく俺の上に乗せる形でベッドに引きずり込んだ。そして、その華奢な身体の柔らかい重みや、女性特有の甘い匂いに、エンリーの身体が反応しないわけがないのだ。


いつしかビアンカの脚が俺の脚と絡まり、あろうことか彼女の魅力的な太腿が意図せずとも俺のデリケートな部分に当たってしまっており、彼女はどうやら今、ソレに気付いたらしい。


――理性ではどうしても抑えきれない、健全な男性としての『生理的反応』に……。


「……っ、あ。――いや、違う、これは――っ!」

嬉しい(うれぢい)、です……エンリー(ざま)(わだぐぢ)未発達(みはったつ)な身体に、魅力を(がん)じてくださったのですね?……もう、駄目かと(おぼ)って……(うれ)しい……!」

「……よし、よし」


今度は『嬉し泣き』をしているビアンカの背中を摩って宥める。

どうやら、峠を越えたと思って良いみたいだ。


(しかし、「論より証拠」って、こういうシチュで使う言葉じゃない気もするが……とりあえず、ビアンカはもう大丈夫だろう……)


「ふぁ〜あ……っ!」


隣で寝ていた節操ゼロのエルフがバサッと布団を退かし、俺たちがすぐ横にいることなど全く気にも留めず、ゆったりと大胆な伸びをしてきた。


(こんな都合のいいタイミングで目覚めるか普通? さては修羅場(あらし)が過ぎ去るまで、ずっとタヌキ寝入りしてたなコンヤロー!?)


「朝か?……アタシのコーヒーは?」


(なーにが「私のコーヒーは?」だ! なんで一糸纏わぬ姿で澄ました顔してんだよ! ……まあ、超絶美人だから許されるけど――さっさと前を隠せやゴラァ! 目のやり場に困るんだよコンチクショウ! エルフの貞操観念ってマジでどうなってんだ……)


「ちょ、び、ビアンカ様……? そこ、まじまじと見られるのは困るんだけど……も、もうっ。勘弁してよぉ……っ」


裸族エルフは、両手で耳を隠しながら恥ずかしそうにうずくまる。だが、ビアンカはそんな彼女の弱点みみから、ジトッとした冷たい視線を一切逸らそうとしない。


(いいぞビアンカ! もっとやってやれ! ――俺がやったらまた『耳凝視』とかいうふざけた猥褻罪に問われるし、この生意気エルフにもいい薬になるだろ……)


「おはようございま〜す! ……って、あらら? ゴシュジン、随分と『お楽しみ』だったみたいっすね〜?」

「――ではエンリー様、私はこれにて。……お達者でね!」


ビアンカはスルリと俺の腕の中から抜け出し、ニヤニヤ顔のアイリとすれ違いざまに、あっさりと部屋をあとにしてしまった。


(もう勘弁してくれ! 今日の朝、いくらなんでもイベント盛りすぎだろぉぉっ!?)

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