交渉
ビアンカに案内され、俺の部屋に入ってきたセリースは、焦茶色のフード付きマントを深く被っていた。
その物々しい雰囲気を見て、一瞬「まさか――っ!?」と思い息を呑んだが、彼女はさりげなく俺のベッドにマントを脱ぎ捨てると、先日見たあのエロフ……もとい、エルフの伝統的な衣装姿に身を包んでいた。
ビアンカは事務的にセリースのマントを片付け、「では、お茶をお淹れして参ります」と言い残し、粛々と部屋をあとにした。
「これはこれは、セリース様。高潔な貴女が、お付きの者も連れずに俺のような下級貴族の部屋を訪れるとは――余程、重大な『お告げ』でもあったのでしょうか。どうぞ、お掛けください」
(なんで、よりにもよって『盟約の儀』の日程が目前に迫っているこのクソ忙しい時期に!?……)
セリースは未だに何も言わず、当たり前のように俺のベッドに腰を下ろすと、背後に腕を突いて身体を支え、図々しくも脚を組んでみせた。
(……普通、そこで人のベッドに座るやつ居るかぁ!?)
いや、セリース並みの美女が自分のベッドに身を預けているというだけでもご褒美なんだが――何となくムカつくんだよな、この生意気エルフ。
俺は机から立ち上がり、どうやってセリースをソファへ誘導しようかとオロオロしていたところへ、ビアンカがティーセットを持って入って来た。
彼女は、どう見ても無断で俺のベッドで寛いでいるセリースに見向きもせず、静かにソファまで移動し、ローテーブルに茶器と焼き菓子のお皿を並べた――無言で「どうぞ、こちらへ」と圧力をかけながら。
(セリースはビアンカの訓練のことなんて何も知らないんだから、まだビアンカを非力なヒーラーとでも思ってるんだろうな……)
しかし、セリースはどこかビアンカの放つ『圧』を感じ取ったのか、困ったように頬を掻きながらベッドから立ち上がり、大人しくソファへと移った。
(……待て。どうして俺は、セリースまでビアンカみたいにゲームのシナリオを知っていると考えたんだ?)
「ありがとう、ビアンカ」
ソファは一つしかないので、俺もセリースと並んで、少し離れた位置に腰を下ろす。
これでセリースの最大の武器である『脚を組んでふんぞり返る』という行為は封印できたようだが、横から見る彼女の姿も――当然だが、目のやり場に困る。
ビアンカは「当たり前のことですわ」と言い、部屋を出る素振りも見せず、俺の左隣へと移動してきた。
右に座っているセリースは困ったような目で、チラチラとビアンカの方へ視線を送り、無言を貫いていた。
(なんだ? ビアンカの前では話しづらいとか?)
幸か不幸か、アイリは今、街に繰り出している。二人のために動きやすい服装を買ってくるよう頼んだところだから、しばらくは帰ってこないはずだ。
しかし、ビアンカはなぜかセリースに対して敵意――とまでは言わないが、あからさまな不信感を向けている。
ここで何を言えば彼女に席を外してもらえる? そもそも、今ビアンカを遠ざけて良いのか? ……なんか、得策とは思えないな。
「ビアンカ、暫くセリース様と二人きりにしてくれないか?」
「……よろしいのですか、ご主人様?」
(――全っ然よくないと思うが、このままアイリでも帰ってきたら埒が明かなくなる……)
「当然さ。どうやらセリース様が俺に大事な話があるみたいだからな――(すまん、少し外してくれ)」
「……浮気、しないでくださいまし」
(『浮気』って、別に付き合ってすらいないのに……いや、違う。確かに俺の意志じゃなかったとは言え、俺はアイリやビアンカに義理ができちまった。……それは忘れちゃいけないな……)
「あ、ああ。わかってるよ」
「……失礼いたします、エンリー様」
「ああ、お疲れ」
部屋を出て行く途中、セリースに向かって『キィッ!』と威嚇するような睨みを向けるビアンカ。その視線にセリースはビクッと肩を震わせたが、うんともすんとも言わなかった。
そして、ビアンカがちゃんと扉を閉めて部屋をあとにしたことを確認してから、俺は再度セリースに話を振った。
「儀式のことで、何か悩みでも?」
「とぼけないでください! 『盟約の儀』で私に恥をかかせて、そのケダモノじみた欲望の捌け口にするおつもりでしょう!?」
「……ッ!?(やっぱり、セリースもゲームの展開を知っているっ!)……な、何を言っているのですか。俺はただ、貴族家の跡取りとしての義務を――そもそも、セリース様を指名したのは俺ではありませんし――っ」
「言い逃れは無駄です! 儀式の打ち合わせの時にだって、私に……あんな……破廉恥な――っ!」
「ア、アレはっ!――ご、誤解だ! 俺はエルフの文化について全然……そこまでとは知らなくて……っ!」
「責任、とりなさいよ!」
「……(責任ってなに?『私の耳をガン見したから、お詫びに死んでください』とか、ふざけたこと言わないでくれよ!)――責任、とは?」
「欲にまみれた他の神官たちが、アンタのことを『最近ぬるい』とか言い出して! 儀式が失敗したあと、アンタに引き渡すより、神殿で私を奴隷として飼い殺すつもりらしいのよ!」
「……えっ?!!」
「『え?』じゃないわよ! 私、このままだと人生最大のピンチなのよ! アンタが急に態度を変えたからでしょ! ……っていうか、その姿はなに? もしかしてトレーニングでも始めたの? ブタのような姿がお似合いなアンタが!?」
「……(こいつ、いったい何しに来たんだよ!)――俺が何をしようが、俺の勝手だろ! ほっとけ!」
「じゃ、じゃあ私はこのままあいつらに奪われていいわけ!? この私をあんなに欲しがってたアンタが、私をそんな簡単に手放していいの!?」
「な、なに言ってんだ、この大馬鹿! 俺があんたを『欲しがってた』のは、俺の意思とは関係なく――っ! ……(やめろ、俺! なに口走ってんだ!)……今の、忘れろ。まあ、俺にできる範囲なら、何とかして差し上げよう。……んで、俺に何をしろと?」
「私を……にして」
「すまん、聞き取れなかったが……」
「私を疵物にして!」
「な、なんだとぉ!?」
「……だから、あいつらが欲しいのは私の加護の力よ。私が男性と、その、愛のない肉体関係を持てば、精霊たちが加護を取り上げて、神殿にとって私は無価値な欠陥品に成り下がるのよ」
「いや、そこは……ほら。お金とかで解決――っ」
「アンタ、あいつらが本当に私をお金で手放すと思う? 最初から、悪名高いアンタに売り飛ばすこと自体、私を絶望のどん底に突き落とすための茶番だったのよ」
「じゃあ……コネで――っ」
「ムリよ! そんなの、どれだけ時間がかかると思ってるの!? あいつらが、アンタがちんたら動くのを待ってくれるわけないじゃない!」
「儀式なら、神殿に猶予を頼めば――っ」
「他の貴族に話を持ちかけて、アンタより先に儀式をやらせるだけよ!」
「なら、実際にヤることなく、ただ『そういうことになった』って嘘の噂を流せば」
「ムダね。加護が残っているかどうかくらい、神殿の人間には一発で分かるんだから……もう、何回私に言わせるの!? 確実に諦めさせるには『アレ』をやるしかないのよ!」
「……だが」
情報が多すぎて頭がパンクしそうだ。原作でもセリースの事情はこんなに複雑だったか?
彼女がエンリー氏のハーレムに加わったのはただの偶然に過ぎなかったのに、俺は今の今まで、それはゲームのエンリーの巧妙な企てのおかげだと思っていた。
俺は本来のエンリーと一つ違う行動を取っただけで、結果がこんなにも大きく変わるとは思わなかったぞ。
これだと、ビアンカのときだって、俺が彼女の父親に『ゲームのエンリーが言ったセリフ』っぽいことを言っていなかったら、彼女はそのままマジで修道院送りだったってことか?
(しかし、今回のセリースを『救う』方法もなぁ……。合意の上とはいえ、相手の絶望的な弱みに付け込むような形でヤるなんて、なんか罪悪感が……)
そもそも、今のセリースならプリムの病気も治せるはずだ。このまま今夜を一緒に過ごすなら、彼女は加護の力を失い、原作のシナリオ通り、もうプリムを救うことができなくなってしまう。
(じゃあ、ヤる前に『妹を治してくれ』って条件を出せば……いやいやいや! その打算だけは絶対にやめよう! マジで元のエンリ―がやってたクズな取引と全く同じ構図になっちまう!)
「……わかったよ。セリースさんが、どうしてもそうするしかないって言うなら」
「もう! おっそいっつうの! マジでなんなの? こんなアタシとできるんだから、アンタにとってご褒美なんじゃない?」
「やっぱ、止めようか。神殿のドロドロした事情に巻き込まれたくねーし……」
「っちょ、ちょっとぉ! 今さら本気で言ってんの!? ……アタシ、なにかマズイこと言った!? ごめんってば! アタシを見捨てないでぇ!……」
「はぁ……もう、良いよ。ヤるよ。ヤってやるよ。……でもね、その後、お前どうすんの? 神殿には戻れなくなるぞ」
「アンタの家で、メイドとして引き取ってもらうでしょ?」
「『メイド』って言うけどな、気付いてないかもしれんが、俺は原作とは少々変わってるから。メイドの『仕事』もあの時と違うぞ。お前の性格で、真っ当なメイド仕事が本当に務まるのかよ?」
「余裕よゆう! ……っつうか、言いたい事ってそれだけ? じゃあ、さっそく――っ」
「――ちょっ! おまっ……!」
「交渉成立」とばかりに勢いよく立ち上がり、流れるような手つきでシャツの留め紐をスルスルと解き始めたエロフに引きずられるようにして、俺はベッドへと向かうのだった……。




