満ちる声
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アステルの灯りが見えた時、颯は目を開けた。
「到着まで」
「二十分です。後部隔壁の圧力は安定しています。これ以上の悪化はありません」
颯は肘掛けから手を離した。指の跡が薄く残っていた。
着港管制から誘導信号が届いた。応答するアルテの声に、いつもの平坦さがあった。だが管制側の応答は、いつもより早かった。
「損傷を検知したようです。優先着岸枠を割り当てられました」
港に降りると、ダールが待っていた。走ってきたのが分かる息の乱れ方だった。
「後部、やられたな」
「施設が崩れた」
「詳しい話はいい。先に見せろ」
ダールが船体後部へ回った。破孔の縁に手を当て、金属の変色を確かめた。
「二日で応急はふさげる。ただし本格的な張り替えは、部品を待たないと無理だ」
「二日でいい」
颯はそれだけ言って、データ端末をダールへ差し出した。
「これを、通信室に繋いでくれ」
「これは」
「北北西の施設から拾った座標だ。二十七か所ある」
ダールの手が止まった。数字を確かめるように、颯の顔を見た。
「二十七」
「応答があるのは十一。名前がついているのが八つ」
ダールは何も言わずに端末を受け取った。通信室へ向かう足取りが速くなっていた。
颯は格納庫の椅子に座った。イグニスが水を持ってきた。何も聞かずに、颯の隣に立った。
「顔色が悪い」
「船の方が悪い」
イグニスは笑わなかった。破孔のあった方角を一度だけ見て、また颯に視線を戻した。
「無理はいつものことだ。だが今回は、いつもと違う顔をしている」
颯は答えなかった。水を飲んだ。冷たさが喉を通った。
三十分後、通信室から声がかかった。
「颯、来てくれ」
通信室は狭かった。壁一面のパネルに光点が並んでいた。マリエが端末の前に座り、コードを打ち込んでいた。
「新しい座標を中継網に登録した。既存の五拠点との同期は完了している」
「発信するのか」
「もうしている」
スピーカーから雑音が流れた。次に、声が入った。
「――こちらフィーエル。セイだ。聞こえてるか」
「聞こえてる」
颯はマイクに向かって答えた。
「新しい座標、こっちにも届いた。二十七か所。正気か」
「本当だ」
別の周波数が割り込んだ。
「今の座標、うちの記録とも重なる部分がある。確認する」とミカが言った。アルテが訳した。
さらに別の声。
「デルタのゾーラだ。応答十一件のうち、二件はうちの過去の記録にも痕跡がある。突き合わせて送る」
「隠れ里のエリアよ。座標の一つ、うちの水路図の古い記録と方角が近い。クレに見せてみる」
スピーカーが一度に鳴った。声が重なり、聞き分けられなくなった。それでも止まらなかった。名前を持つ場所が、一斉に応答していた。
颯は椅子の背にもたれた。声の壁を、ただ聞いていた。
「アルテ」
「はい」
「これが、全部か」
「今この瞬間、応答している拠点は六です。ですが座標のリストは二十七あります。まだ応答のない場所にも、届く可能性があります」
颯は頷いた。頷いた自分に、少し驚いた。
廃船で拾った時、アルテは三万二千件の設計図を持っているだけの箱だった。今、パネルの上で光っている点の一つひとつに、名前を持つ誰かがいた。セイ、アリス、カレン、イグニス、ミカ、ダル、エリア、ゾーラ。届けた相手の数だけ、声が増えていた。自分が動かなくても、この声はもう止まらない。そう思った時、初めて肩の力が抜けた。
通信が一段落した頃、ダールが颯の肩を叩いた。
「次はどこへ行くつもりだ。応答なしの十六か、それとも先に応答があった十一か」
颯はすぐに答えなかった。パネルの光点を見た。二十七のうち、六がもう繋がっていた。残りは、これからも誰かが繋いでいく。
「次は、ない」
ダールが眉を寄せた。
「どういう意味だ」
「フィーエルに戻る。船を止める」
通信室が静かになった。マリエの手が端末の上で止まった。
「拾い屋を、やめるのか」
「ああ」
颯は立ち上がった。窓の外に、修理待ちの錆鉄丸が見えた。後部の傷が、外からでもわかった。
「船が動く限り、次を探し続けられる。だが、探し続けることと、届けることは別だ」
ダールはしばらく颯を見ていた。それから、短く笑った。
「なら、こっちの拡張ラインには誰を寄越せばいい」
「アルテのデータは、全部残す。使ってくれ」
「お前がいなくてもか」
「いなくてもだ」
ダールは腕を組んで、しばらく黙っていた。
「フィーエルで何をする気だ。座って待つだけの柄じゃないだろう」
「わからない。だが、行けばわかることもある」
ダールは鼻を鳴らした。それが、承知したという意味だと颯にはわかった。
「修理が終わり次第、送る。急かすなよ」
「急かさない」
颯は通信室を出た。格納庫へ向かう通路で、アルテの声が来た。
「颯」
「なんだ」
「フィーエルまでの航路を計算します。応急修理後の出力で、問題なく到達可能です」
「頼む」
格納庫に戻ると、錆鉄丸の後部で作業員が足場を組んでいた。溶接の火花が飛び散り、暗い天井を一瞬照らした。船体の傷は、光の中でより深く見えた。
颯は歩きながら、その傷を思い出した。あの傷がなければ、この決断はもっと先に延びていたかもしれなかった。それでいい、とは思わなかった。ただ、そういう形で来た決断だった。
「アルテ、フィーエルに着いたら、まず何をする」
「颯の希望次第です。ですが、船を止めるということは、私の役割も変わるということです」
「変わってもらう」
「はい」
短い返事だった。だが颯には、それで十分だとわかった。
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