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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
響き合う信号、還る場所

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98/100

受信の代償

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

扉には取っ手がなかった。中央に手のひらほどの窪みがあるだけだった。


「開閉機構はここか」


「はい。緊急時の物理操作を想定した設計です。窪みに掌を当ててください」


 颯は手袋を外さずに窪みへ掌を当てた。内側で歯車が鳴った。二度、三度と噛み合う音が続いて、扉が横へ滑った。


 中は暗かった。ヘルメットライトが壁を舐めた。丸い部屋だった。三方の壁に端末が並び、中央に円卓型のコンソールがあった。椅子が三脚、円卓を囲んでいる。一脚だけ、座面が焼け焦げていた。埃は通路より薄く積もっていた。長く密閉されていた証拠だった。


 焼けた椅子の脇に、小さな金属箱が落ちていた。蓋は開いたままだった。中は空だった。誰かが最後に、何かをここから持ち出したか、あるいは仕舞い忘れたのか。颯にはどちらか分からなかった。


「電力は生きているか」


「コンソール正面に反応があります。インターフェースケーブルを接続してください」


 颯は肩の予備ケーブルを外し、コンソール脇の差込口へ通した。手応えがあった。奥で何かが息を吹き返すように低く唸った。


「接続を確認しました。解析を始めます」


 颯は円卓の縁に手をついた。埃が指の跡を残した。


 待つ間、壁面のパネルが順に光った。橙、次に青。長く眠っていた回路が順番に目を覚ましていくようだった。焼け焦げた椅子の背もたれに、細い金属タグが下がっていた。文字は摩耗して読めなかった。


「データ量が想定を超えています。百七十年分の受信記録、送信記録、識別コード一覧」


「要点だけでいい」


「はい。まず、座標です」


 颯の前のモニターに点が並び始めた。一つ、また一つ。フィーエル、アステル、ロストン・プロスペクト、エリアの隠れ里、中継基地デルタ。既に知っている場所だった。だが点はそこで止まらなかった。


「これは」


「未確認の座標です。二十七か所。うち十一か所は現在も微弱な応答信号を発しています」


 颯は数字を頭の中で繰り返した。二十七。自分たちが辿り着いた場所より多かった。


「応答のある十一か所の内訳は」


「コロニー登録名で八件。旧連邦第四艦隊の残存記録で二件。残り一件は識別不能。信号強度が最も安定しているのは、コロニー登録名『ノルテ』です」


「聞いたことがない名だ」


「私のデータベースにも記録がありません。この施設のログでのみ確認できます」


 颯は画面の点を見た。名前を持つ場所が、まだこんなに眠っていた。


「残りの十六は」


「応答なし。ただし送信設備自体は生きている可能性があります。無人か、電力が尽きているだけかもしれません」


 颯は何も言わなかった。銀河の暗がりに、まだこれだけの声が眠っている。


「もう一件、記録があります」


 アルテの声が少し変わった。声の質ではなく、間の取り方だった。


「スカウト部隊と思われる記録です。三年前、この施設の外壁に接触した痕跡があります。西面ジャンクションに工具の刃こぼれが残っていました」


「入れなかったのか」


「防衛システムを突破できなかったと推定されます。電力パターンの脆弱性は、今回颯が見つけたものと同じです。彼らは気づかなかった、あるいは時間が足りなかった」


 颯は西面のジャンクションを思い出した。自分たちが二十三秒で開けた場所だった。


 三年、誰も入れなかった扉だった。


「その後の接触記録は」


「ありません。この座標への再訪の痕跡は確認できていません」


 颯は焼け焦げた椅子から目を離した。組織はもう来ない。少なくとも、ここへは。


「データの完全コピーまでどれくらいだ」


「四分二十秒」


 颯は待った。壁の光が一つずつ増えていった。


 そのとき、床が震えた。


「今のは」


「電力供給が想定を超えています。コンソールの解析処理が、施設の主電源に過大な負荷をかけています」


「止められるか」


「コピーを中断すれば負荷は下がります。ただし残りのデータは失われます」


 颯は考える間を持たなかった。


「続けろ」


 床の震えが二度目、三度目と来た。間隔が短くなっていた。天井の継ぎ目から、細い埃の筋が落ち始めた。


「主電源系に異常。区画の気密が低下しています」


「あとどれくらいだ」


「一分五十秒」


 壁の照明が明滅した。橙が赤に変わった区画があった。奥の端末が一つ、火花を散らして沈黙した。


「コピー完了まで」


「一分十秒」


 颯はケーブルを握った手に力を込めた。抜けば全て終わる。抜かなければ、ここが先に終わるかもしれなかった。


「颯、区画の崩落が始まっています。この部屋の天井にも兆候があります」


「まだだ」


 埃が天井から落ち始めた。細い筋になって、光の中を舞った。円卓の表示が点滅を速めた。数字が桁を刻んでいく。


「四十秒」


「まだだ」


「二十秒」


 背後で金属が軋む音がした。振り向かなかった。


「完了。データ確保しました」


 颯はケーブルを引き抜いた。振り返らずに走った。通路の非常灯が明滅していた。足元で床が波打つように揺れた。天井の一部が落ち、破片が肩をかすめた。


「あと十五メートル」


 颯は走った。息が上がった。分岐を折れたところで、背後の通路が轟音とともに沈んだ。埃の壁が追ってきた。


「錆鉄丸、ハッチ開放。今すぐドッキングを解除する準備をしろ」


「はい」


 颯はドッキングポートへ飛び込んだ。ハッチが閉まる音と同時に、施設全体が長く低い音を立てた。


「離脱しろ」


「離脱します」


 推進炉が唸った。錆鉄丸が後退した。モニターに映る施設の輪郭が、歪みながら崩れていった。外壁の一部が内側へ落ち、粉塵が広がった。


 衝撃が来た。


 船体が横に振られた。颯は椅子の肘掛けを掴んだ。


「今のは」


「崩落した外壁の破片が、後部隔壁に接触しました」


 警報が短く鳴って止んだ。


「被害状況は」


 アルテが答えるまで、いつもより長い間があった。


「後部隔壁に破孔。エンジン第二区画への浸水……気圧漏れを確認。推進出力は生きています。ですが」


「ですが、なんだ」


「長距離航行には耐えられません。今の状態では」


 颯はモニターの中で崩れていく施設を見た。粉塵の向こうで、光がまだいくつか点滅していた。あの光の先に、二十七か所の座標があった。ノルテという名前の場所も、その一つだった。


 錆鉄丸は動いていた。だが、もう以前と同じ船ではなかった。


「アステルまでは」


「現在の出力なら到達可能です。ただしそれ以上は保証できません」


 颯は前を見た。星が流れていた。データは手に入った。船は傷ついた。


 どちらも、もう取り消せなかった。


 椅子の背にもたれた。金属の軋みが、いつもより耳についた。この船に乗ってから、初めて聞く音ではなかった。ただ、今日はそれが違う意味に聞こえた。


「アルテ」


「はい」


「アステルに着いたら、船を止める時間を作れ。急ぎの修理じゃなくていい」


「承知しました。理由をお聞きしても」


 颯はすぐには答えなかった。星の流れを見ていた。


「まだ分からない」


 それだけ言って、目を閉じた。

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