施設の輪郭
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推進炉の出力が定常に落ち着いた。宙域が後方に流れ始めた。
颯は格納庫に降りた。壁際に五基の衛星が並んでいた。RL-7の送信ランプが規則正しく点滅していた。RL-10はそれより早い周期で光っていた。RL-8とRL-9は沈黙し、RL-11は一枚の太陽電池パネルを傾けながらわずかな電力を受け取っていた。
増幅器から剥がした外板が床に置かれていた。颯はそれを持ち上げた。厚みが均一だった。端を折り曲げると戻った。
「後部着陸脚の外層厚みを出してくれ」
「〇・三七ミリです」とアルテが言った。「三点で計測しています」
「補強材は〇・四二ミリある。このまま当てると浮く」
「〇・〇五ミリ削ってから当てると接合部が密着します」
工具棚から砥石を出した。外板を床に固定して端を削った。金属粉が飛んだ。削る音だけが格納庫に響いた。
旧連邦の材料を作った人間は、これが補修材になるとは考えなかっただろう。考えたとしても同じものを作ったはずだった。よく作られたものは使われる文脈が変わっても使えた。それだけのことだった。
溶接機を取り出した。外板を後部着陸脚の支持フレームに当て、仮止めした。火花が散った。熱が手袋越しに伝わった。接合部を確認した。隙間がなかった。
「信号の変化は」
「周期は変わっていません。強度が一二パーセント増加しています」
「近づいているぶんか」
「そう判断しています」
外縁では着陸脚が折れたら終わりだった。折れる前に強くしておく以外にやることはなかった。
十時間後、信号が来た。
アルテが自動で受信した。颯はブリッジに戻って記録を確認した。内容は同じだった。方位と施設識別コード。送受信者不在のまま百七十年間繰り返されてきた情報だった。
「受信強度は前回比で一八パーセント増加しています。速度から逆算すると、約六〇時間後に発信源へ到達します」
七十三時間と言われた時から十三時間が経っていた。外縁の宙域は暗かった。星の間隔が広く、光源が少なかった。推進炉は低いうなりを出したまま安定していた。
「この宙域に旧連邦の記録はあるか」
「外縁警戒区域Cとして登録があります。人員配置なし、自動中継施設のみと記録されています」
「百七十年前のデータだ」
「はい。現状と一致するかは到達してみるまでわかりません」
颯は窓の外を見た。黒さが続いた。時折、一点の光が角速度なく存在した。
「Ω-01は」
アルテが少し間を置いた。
「このエリアでの活動記録はありません。ただ、彼らが通信を独占しようとしているなら、同じ信号源に気づいている可能性があります。到達時期が重なった場合、先に制圧されている可能性も否定できません」
颯はそれを聞いて特に何とも思わなかった。思わなかったが、速度設定を一割上げた。
「記録しておけ」
「はい」
四十八時間が経った。
RL-11の送信ランプが消えた。格納庫に降りると、残った一枚のパネルが角度不足で充電量が落ちていた。颯はパネルの向きを手で調整した。ランプが戻った。
「角度を固定しておけ。外部電源から補充しろ」
「設定します」
RL-7の信号が来た。颯は記録だけ確認して計器に戻った。外縁の宙域では、これくらいの作業しかやることがなかった。
施設が見えたのは、出発から六十八時間後だった。
センサーが前方の反応を拾った。颯が外部カメラを向けると、暗さの中に四角い影があった。はっきりとした光を持たなかった。近傍の微弱な星明かりを受けて、輪郭だけが浮かんでいた。
「大きさは」
「長径で百四十メートルと推定します。上部にメインアンテナとみられる構造物が確認できます」
颯はカメラの倍率を上げた。長い柱状の構造物が中心から伸びていた。周囲に小型アンテナが並んでいた。表面がぼんやりとしていたが、形は明確だった。
「これが発信源か」
「識別コードと一致します。旧連邦通信中継施設、登録番号RL-Central-4と推定されます」
百七十年間、誰もいないこの宙域で、施設は信号を送り続けていた。アンテナが方位を刻み、識別コードを繰り返していた。受け取る相手がいなくても。颯はそれを眺めた。
「人員反応は」
「この距離では不明です。もう少し近づく必要があります」
「動力源は」
「太陽電池アレイが複数枚確認できます。少なくとも一部は機能していると推定されます」
颯はカメラの映像から目を離して、窓の外を直接見た。暗さの中にある四角い影は静止していた。向きを固定したまま、方位を保っていた。
「クラリス-01を出す。外周を一周させろ」
「施設から五百メートルの距離を保ちながら旋回させます。二十分かかります」
「やれ」
クラリス-01が格納庫を出た。施設に向かって飛んでいった。映像が届いた。
南面から始まった。太陽電池パネルが三枚損傷していた。外壁に隕石衝突の痕があった。補修された部分と補修されていない部分が混在していた。補修がいつ行われたものか、外観からは判断がつかなかった。
「内部に電力が通っているか」
「外壁のジャンクション部に電流がわずかに検出されます。完全には停止していません」
東面に回った。アンテナが大きく見えた。百七十年間信号を送り続けた送信機がここにあった。ドッキングポートの形をした入口らしき構造物が一つあった。
「あのポート、接続できるか」
「錆鉄丸のポートと規格が一致します。開閉の方式は不明です」
北面に差し掛かった。損傷が南面より少なかった。
西面に回った時、センサーが反応した。
「熱源」とアルテが言った。
映像を見た。西面の中ほど、外壁に取り付けられた小型の構造物があった。砲塔の形をしていた。向きがゆっくり変わった。クラリス-01の方向に向いた。
「クラリス-01を引け」
「はい」
クラリス-01が反転した。砲塔が向きを変え続けた。追跡していた。ある距離まで離れると、砲塔が止まった。それ以上追ってこなかった。
「防衛システムが起動しています」とアルテが言った。「反応した距離は施設から四百メートルです。それより離れると追跡が止まりました」
「砲塔の数は」
「西面で三基です。南面と東面には確認できませんでした。北面は旋回できていません。確認が必要です」
颯は映像を巻き戻した。砲塔の形状を確認した。旧式だった。百七十年間、稼働を維持していたことになる。
「北面の確認を続けろ。七百メートル以上の距離を保ったまま」
「はい。迂回路を計算します」
クラリス-01が北面に向かった。距離を保ちながら旋回した。北面に二基の砲塔が確認された。損傷は少なかった。こちらのほうが状態がいい可能性があった。五基合計。西面三基と北面二基。他の面にもあるかどうかはまだわかっていなかった。
颯は施設との距離を一〇〇〇メートルに保ったまま錆鉄丸を停止させた。
「アルテ、砲塔の電源を切る方法は」
「外壁のジャンクションから電力が供給されています。そこを切断できれば停止できます」
「クラリス-01が四百メートルの外から作業できるか」
「できません。ジャンクションは外壁面に近く、四百メートルの制限と対向します」
つまり、範囲の内側に入れば追跡される。外からでは届かない。どちらかの条件を変えるか、別の方法が必要だった。
「何か案は」
「砲塔の向きが変わるまでに、わずかな遅延があります。速度を上げて通り抜ける方法があります。ただし、複数の砲塔が同時に追跡した場合の対処が難しくなります」
「他には」
「施設が送信準備に入る直前、電力消費が集中します。その瞬間、防衛システムへの供給が一時的に低下する可能性があります。次の送信まで何時間ありますか」
「七時間だ」
「七時間で消費パターンを解析できます。供給低下のタイミングと幅が確認できれば、有効な手段になりえます」
颯は少し考えた。七時間は使える時間だった。
「解析しろ。結果が出たら起こせ」
「はい」
操縦席から立った。格納庫に降りた。五基の衛星が壁際に並んでいた。RL-7のランプが点滅していた。外の暗さの向こうに、施設が静止していた。百七十年間信号を送り続け、百七十年間防衛システムを保ち続けた施設が、一〇〇〇メートル先にあった。
何が入っているのか、まだわかっていなかった。
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