残骸の座標
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三十七時間は長かった。
颯は仮眠を二回取った。最初が六時間、次が五時間。目を覚ますたびに計器を確認した。信号の波形が画面を横切った。十七時間周期は変わらなかった。颯はそれを確かめて、また目を閉じた。
二十時間を過ぎた頃、粉末を溶かした液体を温めた。温度は設定通りだったが、飲んでも口の中に感覚がなかった。窓の外は暗かった。星の密度が下がっていた。外縁に向かっているせいだった。どこまでが宙域でどこからが虚無なのか、見分けがつかない場所になっていた。
「接近しています」とアルテが言った。「前回受信時より誤差範囲が一・三光分縮小しています。現在十・七光分です」
「RL-8まで」
「十五時間です」
颯は液体を飲み干して、椅子の背にもたれた。壁にRL-7が固定されていた。百七十年間、電力を補充しながら送信を続けた衛星だった。外装の塗装は剥がれていたが、内部のプログラムは生きていた。颯はそれを一度見て、計器に目を戻した。
RL-8は止まっていた。
配備座標の周辺を探索してクラリス-01の投光器が当たった時、最初に気づいたのは回転のなさだった。RL-7は毎分七十二回転していた。RL-8は宙域に静止して、ただそこにあった。
「太陽電池パネルが三枚とも損傷しています」とアルテが言った。「送信回路も停止しています。電源を失ったまま漂い続けたと推定されます」
「いつから止まっていた」
「外からは確認できません。回収して読みます」
「やれ」
クラリス-01がRL-8に近づいた。回転がないぶん、アームの動きは単純だった。接触した。固定した。
「確保しました」
船内に収容した。接続ポートに端末を当てた。応答がなかった。アルテが補助電源から少量の電力を流した。数値が動いた。起動ログが出た。エラーコードが並んだ。
「記憶媒体は生きています」とアルテが言った。「停止したのは旧暦二一三〇年です。電源を失って四十年後、自律プログラムが安全停止しました」
颯はその数値を一度見た。RL-7は送信を百七十年続けた。RL-8は百三十年で止まった。設計は同じだった。電力が続いたかどうかだけが違った。
「誤差範囲は」
「八光分になります。次はRL-9の配備座標です。十九時間です」
十九時間の間に、信号がまた来た。
アルテが自動で解析した。颯は受信記録を一度確認して、それから窓の外を見た。星が少なかった。光源の間隔が広くなっていた。冷却ダクトが低い音を立てた。推進炉は安定していた。
「アルテ」
「はい」
「あの信号は何を伝えているんだ」
少し間があった。
「方位と施設識別コードが繰り返されています。旧連邦の施設管理フォーマットです。位置を報告し続けている状態です」
「百七十年間」
「はい」
「受け取る側がいなくても続けるか」
「プログラムは思わない」とアルテが言った。「ただ実行します。受け取る側がいるかどうかに関わらず」
颯は窓の外を見た。信号の発信源は星と暗さの先にあった。颯は特に何とも思わなかった。思わなかったが、誰かがいれば良かったとは、少し考えた。誰かというのが何を指すのか、考えても出てこなかった。窓の外は暗かった。
RL-9の配備座標に差し掛かった時、アルテの声の速度が変わった。
「前方に複数の物体反応。三つです。長径二メートル前後が二つ、長径十二メートルが一つ」
「十二メートルは何だ」
「旧連邦の通信増幅器モジュールと外形が一致します。表面に衝突痕があります。中心部に亀裂が走っています」
「クラリス-01を出せ」
映像が届いた。小さい二つはRL-9とRL-10だった。大きいものは増幅器だった。衝突痕が正面にあった。亀裂が深かった。コアまで達しているなら動作の見込みはなかった。
「RL-9とRL-10の状態は」
「RL-9は太陽電池が損傷、RL-10は外観上の損傷が少ない」
「RL-10から取れ」
クラリス-01がRL-10に近づいた。ゆっくり回転していた。アームが回転に合わせて角速度を変えた。廃棄宙域で初めて板の縁を掴んだ時と同じ動きだったが、精度が違った。接触した。固定した。
「確保しました」
次にRL-9を取った。三分かからなかった。
颯は増幅器の映像を再確認した。亀裂が深い。動作しない。だが外板は残っていた。
「外板を剥がせるか」
「錆鉄丸の補修部品に転用できます」とアルテが言った。
「やれ」
クラリス-01が増幅器の周囲を回った。亀裂の周辺から外板を引き剥がした。格納庫に運ばれた外板を颯が手で触った。厚みが均一だった。錆がなかった。旧連邦の材料だった。施設と同じ時代に作られたものが、こんなところに浮いていた。
「着陸脚の補強に使える。固定しておけ」
RL-9を接続した。補助電源を流した。起動した。
「発信源の位置情報を取り込みます」とアルテが言った。しばらく無言だった。「誤差範囲が五・二光分になりました」
「RL-10は」
「接続します」
RL-10が応答した。送信回路が生きていた。
「RL-10は百七十年間、別方向へ信号を中継し続けていました。錆鉄丸の航路に重ならない方向でした」
「受け取った衛星か施設があったか」
「データ上は中継先が存在しますが、現在確認できません」
颯はそれ以上は聞かなかった。何かが受け取っていたかもしれないし、誰もいなかったかもしれない。どちらにせよ今はわからないことだった。格納庫に四基が並んだ。動いているものと止まっているものが混在していた。
RL-11は元の配備座標から〇・四天文単位のところにあった。五基の中で最も近かった。
発見した時、回転していた。ゆっくりとした、安定した回転だった。投光器を当てると太陽電池パネルが映った。三枚あった。そのうち一枚は損傷していた。一枚は完全に脱落していた。残った一枚で、百七十年間電力を補充し続けていた。
「送信回路が生きています」とアルテが言った。
「回収しろ」
クラリス-01がRL-11に近づいた。回転に合わせてアームが動いた。接触した。固定した。
「確保しました」
船内に収容した。接続した。応答が来た。
「RL-11は稼働を維持していました。位置情報を取り込みます」
アルテが処理した。
「誤差範囲が二・一光分です。五基全部揃いました」
颯は画面を見た。発信源の推定位置が点として示されていた。小さかった。この距離で二・一光分は十分に小さかった。
「到達まで」
「七十三時間です」
格納庫の壁際に五基が並んだ。
RL-7とRL-10は今も信号を送っていた。RL-8とRL-9は沈黙していた。RL-11は一枚のパネルで生き延びていた。同じ設計図から作られた五基が、百七十年間でまったく別の状態になっていた。環境か、偶然か、製造差か。判断はつかなかった。判断がついたところで何かが変わるわけでもなかった。
颯は窓の外を見た。外縁の宙域は暗かった。星の間隔が広く、光が少なかった。何十年も、何百年もここで浮かんでいた衛星たちが、今は船内に並んでいた。その先に、百七十年間信号を送り続けた発信源があった。七十三時間の向こうにあった。
「行け」
「設定します」
推進炉の出力が上がった。宙域が流れた。外縁はどこまでも静かだった。
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