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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~残されたデータとジャンク品で銀河の果てを目指す開拓物語~  作者: 堀吉 蔵人


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十九件の疑問

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

朝、エンジンブロックの下に潜った。


 左舷の降着装置——昨日見ると決めていた場所だ。外側から確認したときに微細な歪みがあった。着陸の衝撃を繰り返すと金属疲労が進む。工具を持つ手が暗がりの中で動いた。ボルトを一本抜いた。腐食はない。だが取付け面の圧痕が想定より深い。加工精度の問題ではない。着陸時の角度が毎回同じ方向にわずかにずれているということだ。癖がある。この船の癖だ。


「基地の朝の動線データを更新しました」


 アルテが声を出した。


「六時から七時の間に居住棟から農業区画へ移動する人員が、昨日より一名増えています」


「誰だ」


「記録上の識別はできていません。ただ移動パターンが昨夜の農業区画の若い方と一致します」


 颯は返事をしなかった。圧痕の深さを測った。三ミリ弱だ。補修材を充填して再固定する。完全な修理ではないが、三か月は持つ。着陸の癖を修正する方が根本的だが、今は時間をかける場面ではない。


 ボルトを戻した。次の点検箇所を頭に並べた。農業区画の照明の件も今日入れると決めていた。午前中にアリスとの打ち合わせがある。午後に照明を見る。


「順番は変えない」


「確認ですか」


「独り言だ」



 アリスの部屋は居住棟の奥にあった。


 入ったとき、機の上に書類が積んであった。M-0144の技術仕様のページが広げられている。マーカーの跡が多い。赤と黒の二色を使い分けていた。颯は赤が疑問点で黒が確定項目だと読んだが、確かめなかった。入ってきた颯に、アリスは顔を上げなかった。


「百七十二ページ」


 颯は止まった。


「三百ページのうちです。理解できた部分」


「二日で」


「ほぼ徹夜でした。二回」


 機の端に空の紙コップが三つある。今日だけで三杯か、二日で三杯か。聞かなかった。


「疑問点を整理してくれ」


 アリスが赤いマーカーのページを開いた。


「まずここです」


 抗生物質の培養工程だった。温度管理の数値が二か所に出てくる。一か所は三七・〇度、もう一か所は三七・二度だ。


「誤差範囲ですか、それとも意図的な区別ですか」


「意図的だ。工程の段階が違う。前者は培地の準備段階で、後者が培養開始後だ。温度が上がることで代謝が活性化する。ここを外すと収率が落ちる」


「管理できる機器が現状ありません」


「そうだ。だから農業区画の照明スペクトル最適化より、温度制御ユニットの優先順位が上がる。農業は今六割動いている。延命できる。医療が動かないリスクの方が先だ」


 アリスが書類に黒いマーカーで線を引いた。一本、まっすぐだ。


「次です」



 打ち合わせは一時間半かかった。


 アリスが出した疑問は十九件あった。四十七ページにまたがっている。颯はそのうち十六件に即答した。残り三件は図面を見直す必要があると判断して保留にした。アリスはその三件を別のページにまとめた。整理の仕方が合理的だ。どこに疑問があり、どこが確定したかが一見して分かる。


「今日中に保留の三件を確認する。午後に回答する」


「分かりました」


 颯が立ち上がるとき、アリスが言った。


「農業支援システムと水精製技術は、誰が担当しますか」


「お前が決めてくれ」


「私が決めていいですか」


「俺が決めるより正確だ。誰が何を読めるか、お前の方がよく知っている」


 アリスが少し間を置いた。


「水精製の担当候補が一人います。化学の基礎がある人間です。農業支援はまだ決めていません」


「教えながら進めると言った。それを守ってくれるなら誰でもいい」


 アリスが手帳に書いた。颯は部屋を出た。



 格納庫に戻ると、入口のそばに人間が立っていた。


 昨日、農業区画で目が合った若い方だ。腕に工具を持っている。颯の船を見ていた。颯が近づくと、一歩前に出た。


「降着装置を修理していたのを朝見ました」


「そうだ」


「手伝えますか」


 颯はその人間を見た。背は颯より低い。十七か十八だ。工具の持ち方が分かっている。慣れた持ち方だ。どこかで工具を使う仕事をしていた。


「名前は」


「カレンです」


「農業担当か」


「担当というより、今そこにいます。他にも動けます」


 颯はしばらく考えた。


「今日の午後、農業区画の照明の角度を直す。手を貸せるか」


「分かりました」



 午後、颯とカレンとセイの三人で農業区画にいた。


 照明器具の取付けフレームを外し、角度を再設定して固定する。単純な作業だ。ただ棚の配置と壁の位置を計算しないと最適な角度が出ない。颯が数値を出し、カレンがフレームを持ち、セイがボルトを締めた。


 二時間かかった。


 作業が終わったとき、角の棚まで均一に光が届いていた。朝にここを通ったとき、角の棚だけが影になっていた。今は影がない。


「これだけで変わりますか」


 カレンが聞いた。颯への問いかけだ。


「当座の改善だ。スペクトルの調整は設計書が読み込まれてからだ。それが終われば六割から八割に上げられる可能性がある。今日やったのはその前提を整えることだ」


「八割に上がれば、外部調達なしで回せますか」


「施設の規模次第だ。今の三列で八割なら、不足分は計算できる。不足分を埋める手段は農業区画の拡張か、調達ルートの確保か、消費量を下げるかだ」


「消費量は下げたくありません」


「知っている」


 颯は棚を一列歩いた。容器の溶液の色を見た。一か所、昨日より濁りが薄い。管理が少し改善されている。誰かが今日手を入れた。


「百十人のうち、農業区画の担当は何人だ」


「三人です」


「少ない」


「分かっています。でも他の場所も人が足りていません。分散しています」


 颯は棚の端で止まった。三人で六割を支えている。設計書が読み込まれれば次の段階がある。カレンは農業区画だけにいたくないと言った。言葉でそう言ったのではないが、そういう意味だった。


「設計書を理解できる人間を増やすとき、候補に入れてくれ」


 カレンが顔を上げた。


「どの設計書ですか」


「全部だ」


 カレンは何も言わなかった。ただ一回うなずいた。それで十分だった。



 夕方、アリスへ保留の三件の回答を届けた。


 一件は図面の読み直しで解決した。もう一件は設計書の別のページに注釈があり、颯が見落としていた箇所だった。アリスに正確な場所を示すと、アリスはすぐにページを開いて確認した。三件目は颯も確定できなかった。培養に使う試薬の代替品について、旧連邦規格では指定があるが、現状入手できるかどうかが不明だ。


「代替品を探す必要があります」


「そうだ。セイに廃棄宙域の候補地リストを渡す。化学試薬の在庫確認を追加する」


 アリスがまた黒いマーカーで書いた。


「残りの百二十八ページは、明日か明後日に終わります」


 颯は機の上を見た。ページが積んである。その量を眺めても何も言わなかった。アリスはすでに次のページを開いていた。



 夜、セイが錆鉄丸に来た。


 格納庫の入口に立っていた。中に入り、壁の前に立ったままだった。


「待っていたか」


「少しだけです」


「座れ」


「立っている方が頭が動くので」


 颯は計器の確認をしながら聞いた。


「アリスが今日の午後から速度が上がっています」


「疑問点の整理が終わったからだ。詰まっているところが解けると前に進める」


「颯さんが来てから、何人かがそういう状態になっています。アリスだけじゃない」


 颯は答えなかった。計器の数値を読んだ。降着装置の補修は今日で半分終わった。残りは明日だ。


「カレンを技術習得の候補に入れてくれ」


 セイが少し間を置いた。


「農業区画から外せるかどうか」


「外すとは言っていない。兼任でいい。あの人間には視野がある。一つの場所に閉じ込めておくのは損だ」


「了解しました」


 セイが手帳に書いた。それから顔を上げた。


「一週間経ちました」


「そうだ」


「あと十一週間です」


「数えているか」


「颯さんが三か月と言ったので、頭にあります」


 颯は窓の外を一度見た。


「終わったら帰るとは言っていない」


 セイが止まった。


「三か月で形になるかどうかが分からない。形になるまでいる。それだけだ」


 セイはしばらく何も言わなかった。それから手帳を閉じた。


「明日、CNCの候補地リストを整理してお持ちします」


「頼む」



 セイが出ていった後、格納庫に静けさが戻った。


 颯は計器を確認した。今日の降着装置の補修、アリスの十九件、農業区画の照明、カレンという名前。頭の中の順番が少し変わった。三か月という数字も変わった。数字は同じだが、意味が違う。


「アルテ」


「はい」


「今日のカレンの動きを追ってくれ。農業区画との兼任を前提に、どの時間帯に移動できるか確認する」


「了解しました。データは明朝整理します」


「農業区画の収量変化は木曜日からだったな」


「照明の角度修正で変化が出るまで、最低三日かかります。木曜日以降です」


「追いかけてくれ」


 窓の外に四点の明かりがある。昨夜と同じ配置だ。四点目が昨夜と同じ場所にある。アリスはまだ読んでいる。


 百二十八ページ残っている。明日か明後日に終わる。そこから試作の段階が始まる。最低一か月。製造開始はその後だ。颯が三か月と言ったのは根拠のある数字だった。ただ形になるまでいると言ったのも根拠がある。三か月でどこまで動くかを今夜の時点で颯には予測できない。予測できないから終わるとは言えなかった。


「百十人という数字が、今日また変わりました」


 アルテが言った。


「昨日と同じ数字ですか」


「そうだ」


「ただ今日はカレンという人間の名前が一人分の重さを持っています。昨日は名前がなかったので、重さの種類が違います」


 颯は何も返さなかった。


 その通りだった。百十人という数字は変わらない。だが今日からその中にカレンという名前がある。アリスという名前もある。セイという名前もある。数字の中に人間が並んでいる。それが積み重なると、三か月という数字の意味が変わる。


 颯は目を閉じた。降着装置の残り、アリスの百二十八ページ、木曜日の収量データ。頭の中の順番がある。明日も順番通りに動く。

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