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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~残されたデータとジャンク品で銀河の果てを目指す開拓物語~  作者: 堀吉 蔵人


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フィーエル

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

三日と十七時間後、惑星フィーエルが計器の先に現れた。


 最初は点だった。星図データと位置が合致したとき、アルテが知らせる前に颯はすでに気づいていた。前方に一つだけ、他より揺らがない光点がある。それが惑星だ。船が近づくと点は面になり、灰色がかった褐色の塊として認識できるようになった。雲が薄く、北半球は厚い。南半球は地表が見えた。


「大気確認。成分は旧連邦の記録と変化なし。気温は地表平均で摂氏七度。現地時刻、午後一時過ぎ」


「基地の誘導電波は」


「受信しています。自動着陸コースを計算できます」


「手動で降りる」


「了解しました」


 颯は操縦桿を引いた。重力の引きが計器に出始めた。大気圏への侵入角は数字で出るが、実際に機体が揺れを知らせるのは計器より少し早い。旧連邦の設計は精度が高い。ただ六年の漂流を経た錆鉄丸には個体差がある。摩擦熱の分布が均一でないとき、センサーが値を出すより数秒先に、手のひらが歪みを感じ取る。それを颯は信用していた。


 雲を抜けた。


 地表が広がった。平坦ではない。起伏があり、黒い線が走っている。道だ。整地された跡がある。人間が手を入れた場所と、そうでない場所の境目が、高度三千メートルからはっきり見えた。どちらが多いかといえば、そうでない場所のほうがずっと広い。


 南東に光が三点あった。


 颯はそこへ向かった。


 着陸場は石材で固めた地面だった。コンクリートではない。現地で調達できたものを使った補強だ。滑走路の端に亀裂が走っている。補修の跡が三か所あった。人間の手が定期的に入っている証拠だ。補修材が足りていないか、タイミングが後手になっているか。颯は降りながらそれを数えた。


 着地の瞬間、左舷の降着装置が予定より〇・三秒遅れて接地した。前から気になっていた数字だ。フィーエルで探す部品のリストに一行追加した。


 エンジン音が落ちた。外が静かになった。機体の振動が止まって初めて、颯は三日間ずっとその振動の中にいたことを意識した。



 ハッチを開けると風が来た。


 摂氏七度という数字は知っていた。ただ数字と皮膚の冷えは別物だ。颯は作業着の首元を引き締めた。乾いた風だった。地面の匂いがした。金属ではなく、土の成分を含んでいる。


 三人が待っていた。施設側の扉から出てきていた。一人が前に出た。颯より一回り小さい体格だった。背が低く、肩幅が狭い。顔に疲労が出ていた。目の下に色がある。ただ目そのものの焦点は鋭かった。瞳の色が薄い。光の当たり方によって灰色にも青にも見えた。


「十六夜颯さん」


「そうだ」


「セイです。通信でお話しました」


 声が合致した。颯は確認した。三十代と見えた。三十そこそこか、四十手前か。通信では判断できなかった。


「長旅でした」


「三日と十七時間だ」


 セイが少し表情を変えた。驚きではない。数字を受け取って、何かと照合した顔だ。


「予定より早い」


「風の流れと合わせた。誘導電波の補正も入れた」


「そうですか」


 余分な感嘆を乗せなかった。颯はそれをいいと思った。


 後ろの二人が台車を押してきた。錆びていなかった。使い込まれた跡はある。ただ整備が行き届いている。車輪の動きが滑らかだ。誰かが管理している。


「荷物の確認をさせてください。M-0144から」


「その前に基地を見せてくれ」颯は言った。「見てから渡す」


 間があった。セイは拒否しなかった。


「分かりました」



 居住棟の扉を開けると空気が変わった。


 外より暖かく、音があった。足音、金属音、低い話し声。廊下の奥から来ている。颯は歩きながら数えた。扉の数、換気口の位置、電灯のソケット。十六個のうち四個が予備の蛍光管を差してある。消耗品が足りていない。


「電力の供給源は」


「太陽光と地熱の併用です。安定していますが、余剰がほとんどない。暖房を落とせないので製造設備への供給が後回しになっています」


「CNCが止まっているのはそれか」


「一因です。制御基板の問題もあります。四年前から故障していて、交換部品が調達できていません」


 廊下の途中で扉が開いていた。六人がテーブルを囲んでいた。全員が颯を見た。テーブルの上には薄い布と針とがあった。縫い物をしていた。衣類の補修だ。六人のうち一人が老いた手をしていた。指が曲がっている。それでも針を持っていた。


 颯は止まらずに通り過ぎた。


「医療室は」


「こちらです」


 医療室は二重扉になっていた。外側の扉を開けると、透明な隔壁で内側が区切られている。向こうに寝台が四つあった。三つに人が横になっていた。二つは高齢に見えた。もう一つはそうではなかった。


 颯は扉の手前から見た。中に入らなかった。


「状態は」


「一人は感染症で隔離しています。四十二歳の男性です。二人は栄養不足による体力低下です。七十一歳と六十八歳。食料の問題が長く続いて、消耗が積み重なった結果です」


「M-0144で何が変わるか、改めて教えてくれ」


「抗生物質の合成が可能になります。感染症への対応がまず変わります。次に基礎的な診断機器です。今は症状が出てから対応していますが、指標があれば介入のタイミングが早くなります」


 颯は三つの寝台を見た。三つという数字がある。百十人という数字もある。今日の比率だ。明日は変わるかもしれない。どちらの方向へも。


「農業区画を見せてくれ」



 農業区画は居住棟の端にあった。人工照明の下、棚が三列並んでいる。容器に育った植物が並んでいたが、密度が低かった。空きが三割ほどある。


 作業している人間が二人いた。一人は五十代に見えた。もう一人は若い。十代後半か。若い方が顔を上げて颯を見た。それからセイへ目を向けた。セイが静かに首を振った。若い方が仕事に戻った。


 颯は棚を一列歩いた。溶液培養だ。土ではない。容器の溶液の色が一部濁っている。管理の精度が追いついていない。人手が足りないか、知識が届いていないか。


「収量は」


「必要量の六割です。残りを保存食と外部調達で補っています。調達できる場所が減っていて、頻度が落ちています」


「農業支援システムの設計書を渡す。照射スペクトルの最適化と培養液の組成計算が含まれている。管理を正確にやれれば、六割から八割に上げられる可能性がある。完全自給は施設の規模次第だ」


「計算できる人間が必要です」


「知っている」


 颯は棚の端で止まった。角の棚が影になっている。照明の角度の問題だ。角度を変えれば光が届く。小さなことだが収量に出る。颯はそれを頭に入れて、今夜言う順番ではないと判断した。順番がある。


「子どもは何人いるか」


「十四人です」


「最年少は」


「六歳の女の子です。お母さんと一緒に来ました」


 颯はそれ以上聞かなかった。


 農業区画を出るとき、若い方が一度顔を上げた。颯と目が合った。目の奥に何かがあった。問いかけではない。測るような、確認するような視線だ。颯は止まらなかった。若い方も仕事に戻った。



 格納庫の一角に倉庫があった。


 セイがそこへ颯を連れて行ったのは、スペースと温度管理の問題からだと説明した。精密機器には温度の変化を避けたい。颯は納得した。格納庫は石壁で、外気の揺れが届きにくい。


 セイと、もう二人がいた。一人が五十代の女性だった。白髪が多い。指に古い傷跡がある。工具の跡だ。作業してきた人間の手だ。もう一人は三十代の男性で、無言で台車を押してきた。


「アリスです」


 セイが紹介した。アリスは颯を見なかった。ケースを見ていた。


 颯がM-0144のケースを開けた。アリスが身を乗り出した。内部の構成を確認した。書類の束を取り出した。取り出し方が丁寧だった。ただ丁寧さの種類が保護ではなく精査だ。ページをめくるとき指が止まらない。流れているが、見ている。


「旧連邦の標準規格ですね」


 問いではなかった。知っている人間の発音だった。


「そうだ。全部で四種類ある。M-0144、農業支援システム、水精製技術、居住モジュールの建造設計書だ。M-0144が最初で、次の順番はお前たちで決めてくれ。ただし水精製は農業より先に動かせる可能性がある。それを念頭に置いて読んでくれ」


 アリスがようやく颯を見た。


「四種類で、合計どのくらいの量ですか」


「総ページ数は五百を超える。技術仕様だけで三百ページだ」


 アリスは目を細めた。何かを計算した。


「一週間ください」


「読み込みに」


「読み込みと優先順位の整理、それと教えながら進める人間を選ぶのも含めて」


 颯は「教えながら進める」という前提を受け取った。自分だけで抱えるつもりがない。それは現実的だ。


「分かった」


 セイが隣で何かを書いていた。颯は横から見た。人名と担当項目が並んでいた。農業担当が二名、水精製担当が一名、居住モジュールはアリスの名前が書いてある。通信の中でセイはすでに考えていた。フィーエルに着く前から動いていた。


 颯はその紙を見ながら言った。


「CNCの制御基板は廃棄宙域から探すか」


「当たっています」セイが自分で答えた。「三か所、候補を出しています」


「医療機器の精密部品が必要になる前に確保する必要がある。農業と水精製が先に動く。その間に探す時間がある」


「同じ計算をしています」


 颯はそれ以上言わなかった。順番が合っていた。


 アリスがM-0144の書類から顔を上げずに言った。


「製造に入れるのはいつ頃の見込みですか」


「読み込みに一週間、試作で最低一か月、製造開始はその後だ。全部が形になるには三か月以上かかる」


「三か月」


「現地で作業する前提の話だ」


 アリスが書類から目を上げた。今度は颯をまっすぐに見た。


「ここにいますか」


「いる」


 アリスがまた書類に目を落とした。それだけだった。余分な言葉が出なかった。颯はそれをいいと思った。



 深夜、颯は錆鉄丸に戻った。


 基地の明かりが遠くに三点あった。着いたとき数えた三点だ。今は四点になっていた。一点が増えた。アリスの部屋か、作業室か。どちらにしても、何かを読んでいる人間がいる。


「アルテ」


「はい」


「今夜の記録を整理してくれ」


「電力消費のパターン、人員の動線、会話の頻度と分布を記録しています。医療室の患者三名、農業区画の在庫、電灯の消耗状況も今夜の会話から推定しています」


「印象はどうだ」


 間があった。測っている間だ。


「数字と実態の間に、私が処理できていない何かがあります」


「説明できるか」


「できません。ただ、百十人という数字が、今日の午後から昨日と別の重さになりました。数字は変わっていません。私の処理が変わっています」


 颯は窓の外を見た。四点の明かり。


 自分も同じだった。医療室の寝台の配置。縫い物をしていた老いた指。農業区画で颯を測った若い目。アリスがページをめくるとき指が止まらなかったこと。数字ではない何かが積み重なった。それを今夜言葉に整理する必要はない。積み重なったという事実だけがある。


「セイには伝えたか」


「明朝に、と聞いていました」


「今夜伝えてくれ。三か月、ここにいる、と」


 間があった。


「通信します」


 颯は計器を確認した。降着装置の左舷は明日の整備日に見る。農業区画の照明角度の話はアリスの読み込みが一段落してから。CNCの件はセイの候補地リストを先に見る。順番を持ったリストが頭の中で並んでいた。


 前の持ち主も同じように考えていたはずだ。水、食料、住む場所、医療——届けようとして届けられなかった四種類を抱えて、順番を持っていたはずだ。その人間がどんな順番で考えていたかは、颯には知る手段がない。ただ封印が解けたのはM-0144が最初だった。残りの三種類は後だった。それが意図だったかどうかも分からない。


 分からなくていい。今は颯の手にある。


「アルテ」


「セイさんへの通信、完了しました。了解の返信が来ています」


「そうか」


 四点目の明かりがまだついていた。颯はしばらくそれを見ていた。それから目を閉じた。

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