設計の起動
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新型のM-0144は、まだ作業台の上でしか動いていなかった。
朝、颯がハンガーに来た時、アリスはすでに作業台の前にいた。
統合ブロックの部品を手で確認していた。昨夜自分で並べたものを、一つずつ触れながら順序を確かめた。颯が引き戸を引いた音がしても、振り向かなかった。
「おはようございます」とアリスが言った。部品から目を離さないまま言った。
「早い」
「今日は工程が多いです」
外はまだ薄暗かった。フィーエルの夜明けは霞から始まる。地平線の低いところから白が滲んで、青に変わるまでの間に短い時間がある。その時間の中にハンガーがあった。
昨日の工程を終えたM-0144が作業台に置かれていた。電力系統と制御系の接続が完了していた。残っているのは統合ブロックだった。この経路が繋がれば、機械として起動できる。
「今朝の状態を確認しました」とアルテが言った。錆鉄丸の通信端末から声が来た。「昨日の接続点、六箇所すべて異常なし。電力系統と制御系は安定しています」
「わかりました」とアリスが言った。タブレットに数値を記録した。
カレンが来たのは、空の色が白から青に変わった頃だった。
「颯さん、朝ごはんは食べましたか」
「まだだ」
「行ってきてください。私が見ています」
颯は飲み物を受け取って外に出た。朝の空気が冷えていた。霜は降りていなかった。草の根元に光が差し始めていた。フィーエルの地面は夜の熱をまだ持っていた。
食堂でパンと保存食を食べた。七分で戻った。カレンが昨日の配線経路を目で追っていた。アリスが道具の確認をしていた。二人の間に言葉はなかった。それで十分だった。
第一接続を始めたのは、窓から光が差し込んでからだった。
アリスが固定具を構えた。配線の向きを整えた。颯が対面に立って圧力をかける位置を取った。カレンが端子の根本を支えた。三人が作業台を囲んだ。
「第一点、固定します。手を離さないでください」
「わかった」
アリスの手が動いた。ゆっくりだったが、止まらなかった。接合部が嵌まる瞬間に細い音がした。金属が金属を受け入れた音だった。
「固定しました」
「確認します」とアルテが言った。「第一接続点——導通、正常。電力経路、設計値内です」
三人が少し息をついた。アリスが次の部品に手を伸ばした。
第二、第三と工程が続いた。
アルテが各点で数値を返した。アリスは受けるたびに次へ進んだ。余計な言葉は出なかった。工具が動く音と、アルテの確認の声だけが繰り返された。外の光が少しずつ高くなった。
第四接続点で、アリスが止まった。
「少し待ってください」とタブレットを開きながら言った。配線の経路を見直した。端子の向きを確かめた。「補記事項の五番分類の校正を入れます。十分程度かかります」
カレンが端子を持ち直した。颯も位置を保った。アリスが手順を変えた。接続の順序を一つ増やし、校正データを組み込んだ。工具を当てる角度が変わった。
「この補正——ハラダのどの患者のデータですか」と颯が聞いた。
「四番と七番の患者です」とアリスが言った。工具を動かしながら言った。「神経系深部の複数領域を同時処置した記録です。ヒデオさんの損傷パターンに最も近い。名前は書いてありませんでした。体格と代謝速度と損傷部位のデータだけです。でも——処置後の回復の数値も丁寧に書いてありました。結果まで記録していました」
カレンが何も言わなかった。颯も言わなかった。
「完了しました。第四接続点、固定します」
昼前に、最後の接続が終わった。
「全接続完了」とアルテが言った。「八接続点、すべて導通確認済み。電力系統、制御系、センサー統合——設計値内です」
三人は作業台から少し離れた。
M-0144が組み上がった形で置かれていた。昨夜遅くまで各部位の試験を続けていたものが、朝には一つの機械として収まっていた。接合部が表面から見えなくなった。継ぎ目だけが残って、中の経路は隠れていた。ハラダの設計書の数値が、フィーエルで集めた素材の中に入っていた。
「通電テストをします」とアリスが言った。
颯が電源供給ラインを接続した。アリスが確認した。颯がスイッチを入れた。
M-0144の内部で音がした。ファンではなかった。電気が経路を流れる時の、細かい振動だった。インジケーターが一つ点いた。次に二つ。三つ、四つ。順番に点灯した。
「電力系統、正常起動」とアルテが言った。「制御系、初期化中——完了。センサー統合ブロック、自己診断中——」
間があった。颯は息を止めていた。カレンが端子を支えたまま固まっていた。アリスだけがタブレットを見ていた。
「——自己診断、完了。すべて正常です」
カレンが息を吐いた。アリスがタブレットの数値を一行ずつ確認した。颯は機械の側面を見ていた。インジケーターが全部点いていた。
「設計通りです」とアリスが言った。声が低くなった。「ハラダの設計通りです」
動作確認を続けていた一時間後、セイが来た。
「ハナが来たいと言っています」とセイが言った。「動いていると聞いて——車椅子で来ると言い張っています」
「今来てもらえます」とアリスが言った。颯より先に言った。「確認中ですが、動いています。見てもらえます」
ハナは車椅子に乗っていた。セイが押していた。ハンガーの引き戸をくぐった時、颯は扉の横に立っていた。
顔色が白かった。髪が薄く乱れていた。けれど目が開いていた。視線がまっすぐだった。
「颯さん」とハナが言った。声が小さかった。
「動いている」と颯は言った。作業台のM-0144を指した。
ハナが機械を見た。インジケーターが横一列に点灯していた。アクチュエーターの準備動作が静かに繰り返されていた。昼の光の中で、機械の金属面がわずかに光を返していた。ハナがそれを見た。長い時間、見ていた。
「M-0144の新しい機です」とアリスが言った。「ハラダの補記事項を組み込みました。ヒデオさんの損傷部位に届く精度があります」
「ヒデオは——今日、使えますか」
「動作確認が終われば、夕方には使えます」
ハナが颯を見た。
「ありがとうございます」とハナが言った。
颯は何も言わなかった。ハナの目が少し赤くなった。でも下を向かなかった。インジケーターが点滅した。準備動作が繰り返された。ハナはその光をずっと目で追っていた。
午後の確認が終わったのは、夕方に差し掛かる前だった。
「すべての動作確認、完了です」とアルテが言った。「ハラダの補記事項に基づく校正値、実機で検証済みです。ヒデオさんの処置に使用できます」
アリスが最終データを記録した。颯が電源を一度切り、再起動した。インジケーターが同じ順番で点いた。
「颯さん」とアルテが言った。
「ん」
「今日のすべての接続データと動作確認の数値を記録しました。ハラダの設計書との比較——全点、許容範囲内で一致しています」
「それだけか」
「いいえ」とアルテが言った。少し間があった。「ハナさんがこの機械を見た時の表情をカメラで記録しました。数値化できません。でも——重要なデータだと判断しています」
颯は答えなかった。カレンが道具を片付けながら聞いていた。
「アルテ」とカレンが言った。
「はい」
「記録しておいてください。今日、ハラダの設計が初めて動いた日として」
「記録します」とアルテが言った。「旧暦二二八七年——今日の日付で。フィーエルで。設計者ハラダ・ユキトの補記事項が、M-0144の実機で初めて稼働した日として」
カレンが手を止めた。道具を棚に戻した。「そういう記録を、アルテが残すんですね」
「残すことに意味があると判断しました」とアルテが言った。「ハラダが患者の記録を書いたように、私たちが今日の記録を書きます」
カレンが何も言わなかった。颯も言わなかった。外で風が草を揺らした。
颯とアリスがM-0144を運んだ。カレンが廊下の扉を開けた。夕方の光が廊下に差し込んでいた。
病室に入ると、ヒデオが横になっていた。目を開けていた。颯たちが入ると、目だけ動いた。
「持ってきた」と颯は言った。
ヒデオが何も言わなかった。でも視線がM-0144に向いた。しっかりと向いた。
「ハラダの記録が入っている」と颯は続けた。「今まで届かなかった場所に届く」
アリスが設置を始めた。颯が固定を支えた。窓の外でフィーエルの空が赤くなっていた。昨日より雲が少なかった。
M-0144の起動音が病室に広がった。低く、静かな音だった。ハンガーの作業台の上で聞いたのと同じ音だった。インジケーターが順番に点いた。同じ順番で、同じ光だった。
颯は機械の横に立った。アリスが処置の準備を始めた。廊下でセイの足音がした。車椅子の音が続いた。ハナが来ていた。
颯は動かなかった。
機械が動いていた。ハラダが書いた数値が、今夜ヒデオに届く。
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