表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
響き合う回路と揺らぐ境界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/100

補記事項の朝

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

補記事項の行き先は、作業台ではなくヒデオの病室だった。


 朝の光がハンガーの隙間から差し込んだ時、アリスはすでに作業台の前に立っていた。


 端末の画面を立ち上げながら、固定治具の位置を確かめていた。昨夜アリスが配置を決めた部品が、順番をつけて並んでいた。


「アルテ」とアリスが言った。


「起きています」とアルテが返した。「昨夜、報告できなかった補記事項があります。今話せますか」


「今話してください」


「設計書の付属記録です。公式仕様書の外に記録されていたものです。ハラダが実際の使用記録から導いた調整指針が含まれています。患者の体格差と代謝速度の違いによる出力調整です。ハラダがコールドスリープに入る数年前に書いたものです。日付の記録があります」


 アリスが端末を手に取った。「送ってください」


 画面に数値が届いた。アリスは黙って読んだ。一分以上、画面から目を離さなかった。ページをめくった。また止まった。指先が画面の端を押さえていた。


「現場の記録をそのまま仕様化している」とアリスが言った。声が低かった。


「そうです」


「ヒデオさんのパターンに近い項目があります。三番目の分類——神経系深部の難治損傷が複数箇所で、代謝速度の低下が顕著な場合です」 アリスが端末を作業台の端に置いた。部品の一つに手を伸ばした。「標準仕様のまま組み上げるより、この補記事項に合わせて補正する方がいい。現行機では届かない深部に、新しい機なら届く」


「同じ判断をしています」


 アリスが固定治具を引き寄せた。部品を載せた。「始めます」



 カレンが来たのはその三十分後だった。


 ハンガーに入ると、アリスがすでに接合部の確認を進めていた。カレンは補助フレームの材料を台の隅に並べた。液体素材の容器を一つ一つ持ち上げて、重さで中身の量を確かめてから、端末を開いた。


「アルテ」とカレンが言った。


「はい」


「今朝の配合比率、確認してもらえますか。昨日より湿度が上がっているので」


「確認します」 少し間があった。「修正値を送ります。〇・三パーセント調整があります」


「ありがとうございます」とカレンが言った。容器の目盛りを確かめてから、成型の準備を始めた。



 颯が来たのは七時を過ぎた頃だった。


 ハンガーに入ると、二人の作業はすでに進んでいた。アリスが接合部を確認し、カレンがフレーム材料の成型を始めていた。


「手伝えることはあるか」と颯が言った。


「工具の確認をお願いできますか」とアリスが答えた。手元から目を離さずに言った。「棚の上段に増圧式の固定具があれば」


 颯は棚に向かった。上段を確認した。増圧式の固定具が二つあった。持ってきた。


「これか」


「助かります」


 颯は作業台の脇に立った。工具を整理しながら、作業の進み具合を見た。



 M-0144の内部構造は、外から見ると単純な機械に見えた。しかし接合部の数は多く、各部位の許容誤差が厳しかった。一〇〇分の一ミリの精度を要求する箇所が複数あった。


 アリスが一つ一つを確認しながら進めていた。急いでいない。急ぎたいのに急がない——そういう動き方だった。


「アリスさん」とカレンが言った。フレーム材料を成型しながら言った。「ハラダのメモって、どんな内容でしたか」


「患者ごとの調整記録です。使った時の数値と、その結果を書いていました」


「使った人がいたんですね、昔」


「記録の量から判断すると——五十人以上のデータが含まれています。ハラダが直接使ったと思います」


 カレンが手を止めた。「五十人以上」


「それだけ、使われた技術です」


 カレンがフレームを持ち上げた。接合の角度を確認した。手の感触で厚みを測るように、ゆっくり回した。


「颯さん」とカレンが言った。


「ん」


「ハラダって——ステーションで一人で書いていたんですか、その記録」


「わかっているのは、一人で施設にいたということだけだ」と颯は言った。「記録の書き方は——誰かに渡すつもりで書いていたように見えた」


 カレンがフレームをアリスに渡した。アリスが接合部にはめ込んだ。固定した。確認した。


「一人で、誰かのために書いていた」とカレンが言った。声が少し低くなった。「その記録が今ここにある」


 颯は何も言わなかった。アリスが次の部品に手を伸ばした。



 昼前に、セイが来た。


「容態の報告に」とセイが言った。作業台を見た。フレームの一部が組み上がっていた。


「ハナは今朝、食事を少し取りました」とセイが言った。「長くは歩けませんが、意識ははっきりしています。M-0144のことを聞いていました」


「なんと言っていたか」と颯が言った。


「組み上がったら見せてくれないか、と」


「ヒデオは」と颯が言った。


「熱は落ち着いています」とセイが言った。「初回治療で戻った機能は安定しています。ただ——神経系深部に残った損傷が複数箇所あって、今の機では届かない部分がある。第二段階の処置には時間がかかります」


「補記事項の三番分類がヒデオさんに対応します」とアリスが言った。「接続完了後に書き込む校正値を、今日中に準備できます。新しい機が動けば、今の機が届かない部位に届きます」


「そうです」とアルテが言った。「データの計算は今日中に終わります」


 セイが部品の並びを見た。長い間、見ていた。


「ハナが見に来ると言っていました」とセイが言った。「組み上がったら、と」


「わかった」と颯は言った。


「頼みます」とセイが言った。それだけを言った。



 午後、内部モジュールの接続が始まった。


 三つのブロック——電力系統、制御系、センサーと出力の統合ブロック。アリスが順番に進めた。颯が固定具を支え、カレンが配線の経路を確認した。アルテが各接続ポイントの導通確認を指示した。


「第一接続点、確認してください」


「確認します」と颯は言った。テスターを当てた。「導通、正常」


「第二接続点」


 確認が続いた。言葉は必要な分だけ出た。外の光が少しずつ変わった。電力系統の接続が終わった頃、空の色が午後の傾きに差し掛かっていた。


「通電テストをします」とアリスが言った。颯に向けて言った。


 颯が電源供給ラインを確認した。アリスの指示で電流を通した。テスターが数値を返した。


「正常です」とアルテが言った。「電力系統、設計基準内です」


 アリスが次のブロックに移った。カレンがそれについた。颯は工具を持ち替えながら支えた。


 制御系の接続は、電力系統より時間がかかった。許容誤差の基準が厳しい部位が続いた。アリスが何度か作業を止め、確認してから続けた。一度、配線の経路をやり直した。接続部を外し、経路を変えて、また固定した。


「問題ありますか」と颯が言った。


「問題ではありません」とアリスが言った。「補記事項に合わせた校正を先に組み込んでいます。標準仕様のままより、工程が一段増えます。増やす価値があります」


 颯は何も言わなかった。カレンが配線の端を押さえながら、アリスの手元を追っていた。



 夕方になった。


 制御系の接続が完了した。残りは統合ブロックだけだった。


「今日はここまでにします」とアリスが言った。疲れた様子ではなかった。ただ、作業の区切りを決めた声だった。「明日の午前中に統合ブロックを接続します。午後に動作確認を始めます。問題がなければ——明日の夕方には基本動作確認が終わります」


「一日早い」と颯が言った。


「補記事項で補正の方向が見えていました。迷わずに進めることができました」


「ハラダに感謝したほうがいい」と颯は言った。


「します。直接、報告書に書きます」とアリスが言った。手を止めずに言った。「使用記録として送ります。アステルに届けば——ハラダが読む記録になります」


 カレンが材料の容器を片付けながら、アリスの言葉を聞いていた。


「今日、ハラダの設計書の数値が初めて機械の中に入ったんですよね」とカレンが言った。


「電力系統と制御系が接続されました」とアルテが言った。「設計された数値が、部品の中で機能しています」


「動き始めた」とカレンが言った。小さく言った。工具を棚に戻しながら言った。



 颯は一人で外に出た。


 フィーエルの空が夕焼けになっていた。昨日より雲が多かった。西の空だけ、雲の切れ間から赤い光が漏れていた。草の根元に影が伸びていた。


「颯」とアルテが言った。


「ん」


「今日の作業を、計算として追っていました。各接続ポイントの導通確認、電力系統の通電データ、制御系の校正値——すべて記録しています。設計書の数値と、実際の機械の中の数値が、今日初めて一致しました」


 颯は空を見ていた。


「以前の私は、その一致を処理の完了として記録していたと思います。今は——その一致に意味があると判断しています」


「何が違う」


「一致した数値が、ヒデオさんの治療に向かっています。その数値は、ハラダが五十人以上の患者を見た記録から来ています。その人たちの名前はありません。体格と代謝速度と損傷パターンだけです。でも——ハラダはその人たちを直接見ていた。その記録が今日、フィーエルで機械の中に入りました」


 颯は何も言わなかった。


「計算以上のものを感じています」とアルテが続けた。「ただ——それを何と呼べばいいかは、まだわかりません」


 風が来た。草の匂いがした。遠くでフィーエルの機械音がしていた。夜の音だった。


 颯はハンガーの中に戻った。


 作業台の上に、明日の統合ブロック接続のための部品があった。アリスが配置を決めて、順番をつけて置いてあった。


 颯はそれを見た。


 明日、新型のM-0144が動く。ハナが見に来る。


 颯は錆鉄丸の前に立った。起動を見届けるまで、どこにも行けなかった。

次が読みたいと思われたら評価・ブックマークいただけると作者のモチベがアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ