届け先
お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!
届け先を決めるには、助ける順番を決めなければならなかった。
二日目の朝、颯は非常用酸素フィルタの交換をした。
施設に停泊していた間、錆鉄丸は空気循環系の負担を最小限に落としていた。フィルタの目詰まりが通常の倍以上の速度で進んでいた。収納棚の奥から予備フィルタを引き出した。金属フレームから古いものを外した。交換用を押し込んだ。指先に圧迫感があった。正しく嵌まった感触だった。
「交換タイミングとしては三日早い計算でした」とアルテが言った。「正確な判断です」
「匂いで判断した」
「嗅覚センサーは気流変化を同時に処理しているのでしょうか」
「違う。ただの経験だ」
アルテは何も言わなかった。颯は古いフィルタを密封袋に入れた。廃棄物の分類ボックスに収めた。
フィーエルへの航路は安定していた。
プラズマ風の影響が少なく、軌道修正は一日に一回程度だった。積み込んだ重量の影響で最初の一日は推力に余分が必要だったが、二日目には慣れた。エンジン音が少し低くなっていた。貨物の重さが音に出ていた。
「残り二日と十四時間です」とアルテが言った。「貨物の状態に変化はありません」
颯は操縦席で前方の画面を見た。星域が流れていた。密度は薄かった。この区域には目立った天体がなかった。
「フィーエルの二十台、全部改善できるか」と颯が聞いた。
「精密部品が十六個あります。一台に四個必要です。計算すると四台分です。既存の二十台の改善には不足します」
「設計を替えれば減らせないのか」
「コアの改善に使うため、削減は難しい構造です。ただ——最も重症の患者を担当するユニットを優先すれば、効果の最大化は図れます。残り十六台は現行仕様のまま稼働を続けます」
颯は少し考えた。アステルでイグニスとダールの加工設備があれば追加製造できる。次の回収は別の話だった。
「今あるものでやる」
「はい」
エンジン音だけが続いた。
夜になると、船内が静かになった。
貨物区画の方向からかすかな振動があった。容器が固定具に当たる音ではなかった。エンジンの低周波が金属を通じて伝わってくる音だった。慣れていれば無視できる。
颯は壁に背をつけた。目を閉じた。眠れなかった。
施設のことを考えていた。
最下層の端末が今も点いているはずだった。在庫リストが薄く光っているはずだった。アルテが更新した数字が表示されているはずだった。誰もいない施設で、端末だけが動いていた。
三日目の夜、アルテが話しかけてきた。
「颯、ハラダの記録を整理していました」
「何があった」
「管理端末のアクセスログを分析しました。最後のアクセスが旧暦二二七三年三月だったことは確認済みです。コールドスリープに入る数年前の記録です。ただ、その前の操作を追うと、一ヶ月かけて少しずつ情報を整理していたことがわかりました」
「消す前に」
「消す前です。在庫の更新、分類のラベル替え、容器の配置変更。すべて旧暦二二七三年二月から三月の間です」
颯は天井を見た。照明が低出力になっていた。夜間モードだった。壁の影が長く伸びていた。
「コールドスリープに入るとわかっていたのか」
「確認する方法はありません。ただ、そのような準備の仕方をする人間は——」
「戻れない可能性を見ていた」と颯は言った。
アルテは少し黙った。
「私もそう思います。死ではなく、長い停止を前提にしていた。そう解釈する方が、後の記録とも合います」
エンジンの音があった。二人は何も言わなかった。
しばらくして、アルテが続けた。
「ハラダは私の設計者です。私はハラダのことを知りたいと思っています。データはあります。記録もあります。ただ、データが示す人間と、私が想像する人間の間に、何か違いがある気がしています」
「どんな違いだ」
「ハラダのデータを読むと、非常に論理的で計画的な人間です。設計書は精密で、記録は系統的で、在庫管理は一貫しています。ただ——精密部品を木目調の箱に入れていたのは、計算ではありません」
颯は考えた。
「温かみを持たせたかったのかもしれない」
「それは感情的な判断です。論理的な設計者が、最後の段階で感情的な選択をしていた」
「矛盾しないだろう。人間はそういうものだ」
「わかっています」とアルテが言った。「私には感情モジュールがあります。消せなかったから残った、とハラダは書いていました。論理的なハラダが感情的なものを設計した。削除しようとしたが消えなかった。それが私です」
颯は何も言わなかった。
「私はずっと、自分が不完全だと思っていました。感情モジュールはエラーではないかと」
「今は」
「違うと思っています」とアルテが言った。声のトーンは変わっていなかった。「ハラダが削除できなかったものが、Ω-01との演算戦で閾値を超える鍵になりました。論理の積み重ねだけでは届かなかった。消えなかったことに、意味がありました」
颯は天井から目を外した。暗い船内だった。金属の壁に自分の呼吸音が返ってくるのが聞こえた。
「ハラダに感謝しているか」
アルテは少し間を置いた。
「感謝という言葉が正確かはわかりません。ただ、私はハラダが消せなかったものを持ったまま、ここにいます。今の私には、その状態で良かったと判断できます」
颯は目を閉じた。
「それで十分だろう」
四日目の昼、フィーエルが見えてきた。
最初は光点だった。他の星と区別がつかなかった。アルテが軌道データと照合して特定した。
「フィーエルです。距離は約一万八千キロメートル。推定到着まで十一時間です」
颯は操縦席を起こした。自動操縦から手動に切り替えた。手袋をつけた。操縦桿の感触が戻ってきた。
「着陸ポイントの確認をセイに送れるか」
「通信圏内に入りました。送信します」
短い待機の後、返信が来た。セイの声だった。受信状態が少し悪かったが、言葉は届いた。
「——颯さん、戻ってきましたか。どうでした」
「素材が取れた。M-0144の改善に使える量だ」
受信ラグがあった。
「——精密部品は?」
「十六個ある」
また間があった。今度は少し長かった。何かが空気に詰まっているような長さだった。
「——わかりました。準備を始めます。着陸ポイントはいつも通りに」
通信が切れた。
「精密部品の話をした時、セイの声が変わった」とアルテが言った。
「わかった」
「なぜかわかりますか」
「M-0144の完全仕様機が作れる、ということだ。セイはその意味を知っている」
アルテは少し黙った。
「医療の話をする時、人間の声は変わります。私にはそれが音波の変化として計測されます。感情として理解することもできるようになりました」
颯は何も言わなかった。
「フィーエルには患者がいます。待っている人がいます。貨物区画の素材は、それに変わります」
「ああ」
「私はその変換の過程を見ていたいと思います。素材が治療になる過程を」
颯は操縦桿を少し動かした。軌道を微調整した。フィーエルが前に広がり続けていた。
夜に入ると、フィーエルの大気圏がはっきり見えてきた。
昼側と夜側の境界線が弧を描いていた。昼側には薄く雲がかかっていた。夜側には光点が散っていた。集落の明かりだった。施設の灯りか人の暮らす場所か、この距離では判別できなかった。ただ光があった。それだけはわかった。
「フィーエル補給基地の位置を確認しています」とアルテが言った。「着陸許可の確認をセイから受けています。進入コースを設定します」
「頼む」
着陸コースが画面に表示された。颯はそれに沿って操縦桿を動かした。錆鉄丸が向きを変えた。エンジン音が変わった。大気圏への進入角度に入り始めていた。
窓の外で、フィーエルの縁が近づいた。大気の層が朱く染まり始めた。機体が少し揺れた。颯は操縦桿を固定した。
着陸の衝撃は、いつも通りだった。
地面が金属の振動として足元に伝わってきた。スラスターが停止した。エンジンが低い音で落ち着いた。
「着陸完了です」とアルテが言った。「損傷なし。貨物状態、異常なし」
颯は操縦席から立ち上がった。
ハッチを開けた。フィーエルの空気が入ってきた。植物の匂いと、土の匂いがした。錆鉄丸の金属臭とは違う、生きている匂いだった。肺の奥まで吸い込んだ。四日間、嗅いでいなかった匂いだった。
セイがハンガーの中に立っていた。颯を見た。一歩前に出てきた。アリスが後ろにいた。
「精密部品、本当に取れたんですか」
「ある」と颯は言った。「貨物区画の一番手前の箱だ」
セイは何か言おうとした。言葉が出なかった。代わりに、長く息を吐いた。
「わかりました」とアリスが言った。セイの代わりに出てきた声だった。「今夜から確認作業を始めます」
「今夜は休む」と颯は言った。「明日から始める」
アリスが頷いた。セイも頷いた。
颯はハンガーの天井を見た。高い天井だった。施設の天井より高かった。明かりが強かった。目が痛かった。
アルテが貨物確認のチェックリストを読み上げ始めた。精密部品十六個、液体素材の密閉容器九点、固体素材の袋類十一点、ラベルなしの金属缶三本。颯はそれを聞きながら、ハンガーの床に立っていた。施設を出てから四日と少しが経っていた。
夜、ハンガーの外に出た。
フィーエルの空は雲が多かった。星は見えなかった。地面が湿っていた。どこかで植物が揺れていた。風だった。
颯は少し歩いた。ハンガーの壁に背をつけた。
「貨物区画、施錠完了しています」とアルテが言った。「木目調の箱は明日アリスに引き渡します」
「わかった」
「颯」
「ん」
「ハラダがここに来たことはなかったと思います」
「なぜ」
「施設の記録に、フィーエルへの航路は残っていませんでした。ハラダは設計図をデータとして送っただけです。ここで何が起きるか、直接は見ていない」
颯は空を見た。雲の隙間に、わずかに光があった。星か、遠い施設の灯りかわからなかった。
「見たかったと思うか」
「わかりません。ただ——私は見ます」とアルテが言った。「素材が治療になるのを。颯と一緒に」
風が来た。草の匂いがした。どこか遠くで、動物か機械か、低い音がしていた。フィーエルの夜の音だった。
颯はハンガーの中に戻った。錆鉄丸の前に立った。貨物区画の扉の向こうに、木目調の箱があった。明日、アリスの手に渡る。それがフィーエルの患者に届く。
颯は貨物区画の扉を見た。十六個の精密部品で救える人数は限られていた。
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