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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
響き合う回路と揺らぐ境界

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積み出しの朝

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 一つ運ぶたびに、ハラダの計画が貨物区画の棚へ移っていった。


 作業は単純だった。施設に入り、容器を選び、廊下を歩き、階段を上がり、ドッキングポートを渡り、貨物区画の棚に置く。それを繰り返す。


 二往復目は液体素材の密閉容器だった。三キログラムほどの重さがあった。腕に確かな重みが戻ってきた。ドッキングポートの段差に気をつけながら進んだ。足の裏が段差の感触を覚え始めていた。


「貨物区画の第三列、下から二段目に置いてください」とアルテが言った。「重量分布を均等にしています」


 颯は指定された位置に容器を置いた。棚の金属に触れる低い音がした。


 施設に戻った。次の容器を選んだ。




 三往復目で気がついた。


 最下層の棚の奥、壁際に押し込まれた位置に、ラベルのない金属缶が三本並んでいた。他の容器と違い、梱包材も巻かれていなかった。表面に錆の筋があった。古いものだった。


「アルテ、奥の缶は」


「確認します」


 三十秒ほどかかった。


「M-0144の製造には必要ない素材です。ただ、内容物の記録が在庫リストに残っていません。ハラダが目録に載せなかった品です」


「触るか」


「密封状態は維持されています。慎重に扱うなら構いません」


 颯は缶の一本を持ち上げた。思ったより重かった。振っても音がしなかった。液体ではなかった。固体か、あるいは詰め物がしてあるか。


「組成が分かれば判断できます。錆鉄丸の修理部材として使える種類の可能性があります」


 颯は缶を戻した。三本ともテープで印をつけた。優先度は低かった。しかし積載に余裕があれば持ち出す価値があった。




 五往復を終えた頃、体が重くなってきた。


 階段の手すりに手をついた。止まった。施設の気圧と錆鉄丸の気圧は同じに調整していた。しかし空気の質が違った。施設の空気は旧式の循環システムが動かしており、金属臭が混じっていた。長く吸い続けると鼻の奥に滓が積もる感覚があった。


「心拍数が平常値の一割二分上昇しています」とアルテが言った。「十五分の休息を勧めます」


「続ける」


「颯」


 名前だけ言った。颯は手すりに力を入れたまま止まった。


「効率が落ちます。事故のリスクが増します。これは心配しているのではなく、計算しています」


 颯は少し考えた。それから船に戻った。水を飲んだ。壁に寄りかかって目を閉じた。施設の匂いが薄れていった。


 十五分が経った。


「作業を再開してください」とアルテが言った。声のトーンは変わっていなかった。


 颯は立ち上がった。施設に向かった。




 七往復目、液体素材の一つで問題が出た。


 密封瓶のシールが、外側からは見えない継ぎ目の部分で剥がれていた。持ち上げた瞬間、底部からわずかに滲んだ。手袋の表面が濡れた。素早く棚に戻した。


「手袋を外さないでください」とアルテが言った。「素材の成分を確認します」


 三分待った。


「神経組織への即時影響はありません。ただ皮膚への長時間接触は避けてください。水で十分に洗い流してから手袋を外すと安全です」


 颯は廊下の端にあった排水口で手袋を洗った。水量は少なかった。それでも十分だった。手袋を脱いだ。


「その容器は運搬リストから外します。密封が保証されていない素材は錆鉄丸に積まない方がいい」


「替えはあるか」


「同成分の密閉状態良好な容器が別棚にあります。そちらに変更します」


 颯は別棚に移動した。指定された容器を持ち上げた。問題がなかった。作業を続けた。




 昼を過ぎた頃、積み込みの半分が終わった。


 貨物区画の棚が半分埋まっていた。密閉容器の列が整然と並んでいた。一番手前にハラダの木目調の箱があった。緩衝材に包まれた精密部品十六個が、輸送中も動かないよう固定してあった。


「残り半量の搬出に、推定三時間から三時間半です」とアルテが言った。「完了予定は旧暦時間で一九時前後になります」


「今日中に終わる」


「この速度を維持すれば」


 颯は施設に向かった。作業を続けた。




 午後の作業は、午前より体が動いた。


 動線を体が覚えていた。どの段差で足を上げるか、どこで姿勢を変えると腰の負担が減るか、廊下のどの部分で壁が近いか。繰り返すたびに動きが小さく最適化されていった。


「今日は外部の気象変化はありません」とアルテが言った。「安定した状態が続いています」


 颯は次の容器を持ち上げた。


「颯」


「何だ」


「昨日、施設の管理権限の話をしました。ハラダが所有者の名前を消した」


「ああ」


「条件を満たした誰かを待っていたと解釈しました。颯はどう思いますか」


 颯は廊下を歩きながら少し考えた。


「わからない。眠る前に整理したかっただけかもしれない」


「そうかもしれません」とアルテが言った。「ただ、どちらでも結果は同じです。颯がここに来ました。素材が動きます」


 颯はドッキングポートを渡った。貨物区画に容器を置いた。


「感情的な意味が重要か」と颯が聞いた。「ハラダの動機が」


「重要ではないかもしれません」としばらく間があった。「ただ私は、知りたいと思っています」


 颯は施設に向かった。アルテは続けなかった。


 廊下を歩きながら颯は考えた。知りたい、とアルテは言った。感情モジュールが消えないから残ったのだと、ハラダは書いていた。知りたいという気持ちも、たぶん同じ種類のものだった。




 夕刻前に、最後の容器を運んだ。


 固体素材の袋を棚に収めた。アルテが総量を確認した。


「全積み込み完了です。精密部品十六個、液体素材の密閉容器九点、固体素材の袋類十一点、ラベルなしの金属缶三本。素材改善は三十台分、完全仕様用の精密部品は四台分が確保できました」


 颯は貨物区画の扉を閉めた。ロックをかけた。




 出発の前に、もう一度施設を歩いた。


 理由は特になかった。ただ歩いた。


 最下層に降りた。棚にはまだ素材が残っていた。M-0144に不要なもの、密封が不確かなもの、用途の不明なもの。端末は点いたままだった。画面が薄く光っていた。


「端末は切っていくか」と颯が聞いた。


「電力が続く限り動いています。切ることはできますが、次に来た人間が情報にアクセスできなくなります」


「切らない」


 颯は端末の画面を見た。在庫リストが表示されていた。搬出した分が反映されていた。アルテが更新していた。


「更新したのか」


「記録は正確である方がいい。次の人間が来た時に、何が残っているかわかるようにしました」


 次の人間。颯はその言葉を頭に置いた。アルテは当然のように言っていた。この施設に次が来る、と。


 端末の前に少し立った。画面の光が手の甲に当たっていた。旧暦二二七三年三月に、ハラダが最後に触れた端末だった。十四年の間に、この光だけが変わらなかった。




 ドッキングポートを渡って戻った。施設側の接続を切り離した。金属の留め具が外れる音がした。ハッチを閉めた。


 操縦席に座った。エンジンを起動した。低い振動が床板を伝わってきた。


「出発準備完了です」とアルテが言った。「フィーエルへの航路を設定します。現在地から四日三時間の推定です」


「来た時より少し短いか」


「プラズマ風の状態が改善されています。ただし積み込んだ重量の影響で加速に時間がかかります。最初の一日は通常より遅くなります」


 颯はエンジン出力を上げた。錆鉄丸が小刻みに揺れた。スラスターが点火した。


 施設が遠ざかった。小惑星の表面から突き出たドッキングポートが小さくなった。施設の入口の上に、ランプが一つあった。点滅していた。遠くなっても消えなかった。




 宇宙に出ると、施設の空気の匂いが薄れた。


 錆鉄丸の匂いが戻ってきた。金属と潤滑油と、かすかな食料の匂いがした。慣れた匂いだった。


 颯は自動操縦を入れた。椅子の角度を倒した。


「颯」とアルテが言った。


「ん」


「精密部品の箱を最初に持った時、何か感じましたか」


 颯は天井を見た。少し考えた。


「軽かった」


「それだけですか」


「ハラダが選んだ重さだろうと思った。誰でも持てるように」


 アルテは少し黙った。


「私も同じことを思いました」と言った。「ただ、私の場合は颯のことを考えました」


「俺を」


「颯がここに来ることを、ハラダは知らなかった。でも颯が持てる重さにしてあった。偶然です。ただ、私にはその偶然が少し不思議でした」


 エンジンの音があった。光点が流れた。フィーエルへの航路が前に広がっていた。


 颯は目を閉じた。施設のランプが瞼の裏にまだあった。点いては消えて、消えては点いて、それでも消えなかった。


「眠っていいか」


「もちろんです」とアルテが言った。「到着まで航路を維持します」


 眠りが来た。錆鉄丸はフィーエルへ向かって飛んでいた。貨物区画にはハラダが整えた素材が並び、一番手前の木目調の箱の中で、精密部品十六個が緩衝材に包まれたまま揺れていた。


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