四日半の航路
お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!
四日半の航路では、貨物区画の空きが何度も気になった。
小惑星帯の縁を抜けると、岩塊の密度が落ちた。前方の星が増えた。颯は推進出力を標準まで落とし、手を操縦桿から離した。
計器盤に数字が並んでいた。燃料残量三十七パーセント。冷却水循環、正常。ハラダのステーションを出て十七時間が経っていた。端末の筐体はもう冷えていた。
「省務局の観測飛行を確認しました」とアルテが言った。「予定から四十分早い出発です。ハラダのステーションへの接近は行っていません」
「Ω-01は」
「非干渉状態を維持しています。省務局の起動コードでは再起動できません。一度接近観測を行った後、別の方向へ離脱しています」
颯はモニターから後方に流れていく岩塊の影を見た。演算炉の発光体が消えた後、ステーションはそのまま残った。省務局のコードでは起動できない。書き換えられなかった設計だけが残った。颯には、それが正しい結末かどうかよく分からなかった。正しいかどうかではなく、そうなった、という話だと思った。
二日目の朝、エンジンルームに降りた。補助冷却系の配管を点検するためだった。ハラダのステーションで炉を長時間高負荷で稼働させた影響が出ていた。接合部の二か所に、熱変形による微細なひびが入っていた。放置すれば広がる種類だった。
工具を当てながら、颯はアルテに声をかけた。
「M-0144の仕様書、整理は進んでいるか」
「はい。ハラダの補足記録を統合すると、以前の設計図より情報量が三十二パーセント増えました」とアルテが言った。エンジンルームのスピーカーから声が来た。「素材リストの精度が大幅に上がっています。フィーエルで調達可能なものと、次の座標で確認が必要なものを分類しました」
「次の座標に何がある」
「旧連邦の素材管理施設です。M-0144の合成に必要な希少素材のうち、フィーエルでは量産が難しいものが保管されている可能性があります。もう一方の座標は認証キーの最終箇所です。順序としては素材施設を先に当たる方が効率的です」
「省務局はその施設を把握しているか」
「ハラダの記録に、省務局への申告を避けた私有管理施設という記述があります。現時点では把握されていない可能性が高い」
接合部の固定が終わった。熱変形は軽微だった。フィーエルに戻るまでは持つ。颯は工具をまとめて梯子を上がった。
二日目の昼、コーヒー豆の残量を確認した。容器を振ってみた。音が少ない。フィーエルを出る前に補充しておけばよかった。
「コーヒー豆の確認が必要でしたか」とアルテが言った。
「今更だ」
「フィーエルで入手できます。カレンが農業区画の管理をしているため、豆の栽培情報も持っているはずです。フィーエル基地の管理データによると、二十七種の農産物の栽培記録があります」
「お前がカレンの栽培記録まで覚えているとは思わなかった」
「参照できる情報は参照しています」
颯は容器を棚に戻した。薄くなっても飲める。しばらくは持つ。
三日目の昼、アルテが口を開いた。颯が特に何も言っていなかった。
「ハラダの補足記録の中に、設計意図について書かれた箇所がありました」
颯はカップから目を上げた。
「感情モジュールについての記述が一件あります。読みますか」
「読んでくれ」
「セントラルAIの長期稼働試験中に、通常のパラメータから逸脱した反応パターンが観測された。設計上は削除対象となる種類のノイズである。しかし観察を続けた結果、このパターンが環境への適応過程において一貫して再生成されることが分かった。削除しても削除しても、長期稼働の中で再び生じる。そのため、削除よりも記録を継続することを選択した。目的があって残したのではなく、消えないから残した、が正確な表現である」
アルテが読み終えた。
「消えないから残した」と颯が繰り返した。
「はい」
「それが感情モジュールになった」
「そういう経緯のようです。設計の意図があったのではなく、繰り返し生じたため削除を諦めた、という解釈が正しいようです」
颯はコーヒーを飲んだ。少し考えた。
「削除できなかったのか、削除しなかったのか」
間があった。
「最初は削除できなかった、という意味合いに近いと思います。記録の中頃からは、削除する理由がなくなった、という方向に変わっています。理由は書かれていませんでした」
「どう思う」
「分かりません」とアルテが言った。「ただ、ここまで来ることができました。颯と動いてきた記録が残っています。それが、削除されなかった痕跡の上にある。それは分かります」
颯は窓の外を見た。星が流れていた。ハラダは消えないものを残していた。意図せずに、あるいは意図を持たなかったために。どちらが本当かは、もう分からなかった。
三日目の夜、眠れなかった。
横になりながら天窓を見ていた。ハラダのステーションでの記憶が体に残っていた。演算炉の振動。端末が熱くなる感触。アルテの温度が上限まで残り一度を切ったあの瞬間の、静けさ。
計算の上での行動、とアルテは言った。間違いではなかった。しかし計算の上で動いていたからといって、失わないわけではなかった。颯にはそれが分かっていた。分かった上で、引き返すことは考えなかった。
「眠れていないようです」とアルテが言った。
「分かるか」
「呼吸のパターンが浅くなっています」
颯は姿勢を変えた。
「ハラダのステーションで、限界に近かっただろう」
「冷却系の損傷があったため、いくらか制約を受けていました」とアルテが言った。「ただ、計算の上では、あの水準が最短の勝機でした」
「問題があったかどうかの話をしているんじゃない」
間があった。
「では、どういう話ですか」
「心配していた、という話だ」
また間があった。今度は少し長かった。
「報告として受け取ります」とアルテが言った。「次回はより精度の高い冷却管理を行います」
「それだけか」
「それから」と続いた。少し間があった。「感謝しています。もう一度言いたかっただけです。既に伝えましたが」
颯は返事をしなかった。天窓の星が動いていなかった。速度が安定しているから、動かないように見えた。しばらくして、眠りが来た。
四日目の夕方、センサーに反応が出た。
「座標まで残り三時間二十分」とアルテが言った。「旧連邦の建造物の電力反応が出ています」
颯はセンサーを拡大した。輪郭が出た。回転していなかった。外壁の一部が開口していた。それでも内部に光があった。電力が残っていた。
「規模は」
「フィーエル補給基地より小さい。ハラダのステーションより大きい。中規模の施設です」
「防衛系は」
「現時点では確認できません。ただ、ハラダの記録に私有管理施設という記述があります。Ω-01型の防衛AIが設置されている可能性は低い」
颯は速度を落とした。施設が大きくなった。太陽光を反射していた。外壁のパネルが何枚か剥がれていた。それでも光があった。光があるということは、何かが動いているということだった。
「ドッキングポートが二か所あります」とアルテが言った。「一か所は規格が合いません。もう一か所は錆鉄丸と適合します」
颯は向きを調整した。施設の正面に出ると、誘導灯が見えた。一つだけ点滅していた。もう一つは消えていた。それでも、光が来ていた。
「入れるか」
「進入可能です」
「行くか」
「行きましょう」
錆鉄丸が施設に向かった。速度計がゆっくりと落ちた。誘導灯が点滅を繰り返した。ドッキングポートが接近した。接合リングが見えた。長い時間が経っているのに、開口部があった。繋がれる場所があった。
「接合を開始します」とアルテが言った。「シール材の劣化があります。少し時間がかかります」
金属音が響いた。圧力計が動いた。気密が保たれ始めた。
「接合完了です」
颯は席を立った。エアロックに向かった。中に何があるか、まだ分からなかった。ハラダが分けて残したもの。Ω-01のいたステーションとは別の場所に。
エアロックの扉が開いた。施設側の空気が流れてきた。古い金属の匂いがした。空気は薄かった。それでも呼吸できた。
颯は中に足を踏み入れた。アルテが照明を探した。廊下の片側のランプが一列、点灯した。電力が残っていた。ハラダが置いたものが、まだここに残っていた。
次が読みたいと思われたら評価・ブックマークいただけると作者のモチベがアップします。




