合議の声
お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!
合議は、助けを受け入れるかではなく、何を変えずに済ませるかから始まった。
朝の光はなかった。
岩盤の内側に夜明けは来ない。時刻は腕の端末で確認した。午前七時を過ぎていた。眠れたのか眠れなかったのか、判然としないまま体を起こした。岩盤の壁が薄く青い。発光素子がまだ点いている。
患者の部屋に先に寄った。
ヴィは目を覚ましていた。颯が入ると体を起こそうとした。手で制した。
「まだ横になっていろ」
「呼吸が楽になった気がする」
「アルテ」と颯は通信機に言った。
「数値を確認します」とアルテが答えた。少し間があった。「昨夜比で四・八パーセントの改善です。誤差範囲ですが、悪化は見られません」
ヴィが通信機を見た。「アルテというのが船のAIか」
「そうだ」
「声が女の人みたいだ」
「そう設計されている」
「なぜ女の声にするのか」
颯は少し考えた。「俺には分からない。設計者が決めたことだ」
ヴィはその答えで納得したのか、それ以上は聞かなかった。しばらく天井を見てから言った。「外の空はどんなふうだ」
「場所によって違う」
「フィーエルは」
「昼は青みがかった白だ。雲が多い」
「青い空か」と少年が言った。「本で読んだことしかない」
颯は何も言わなかった。M-0144の処置プログラムが画面上で淡く点滅していた。正常に進んでいる。
老人の部屋にも顔を出した。老人は眠ったままだった。呼吸音が浅い。アルテが読んだ数値に昨夜からの変化はなかった。安定している、とアルテは言った。安定しているということと、良くなっているということは別だ。急がなければならない処置ではない。
朝食の場に戻ると、ウナがすでに四人を連れていた。
四十代から五十代の男女だった。全員が颯を見た。敵意ではなく、品定めするような視線だ。
「各区画の代表だ」とウナが言った。「居住区、医療区、技術区、農業区の四名だ。颯、外の状況を最初から話してくれ」
颯は保存食の容器を横に置いた。
「フィーエルに補給基地がある。患者が百十人、健常者が二、三十人いる。合わせて百三十人以上が暮らしている」
室内が静かになった。
「アステルという採掘基地も稼働している。ロストン・プロスペクトという施設にも人が入った。南東の方角には百八十六人が暮らすエリアの隠れ里がある」
技術区の男が口を開いた。「全部で何人いる」
「四百を超える」
「省務局の管轄外に」
「管轄外で、生きている」
農業区の女が身を乗り出した。「食料は自給できているか」
「できていない。行き来して融通している。フィーエルは水が豊富だ。アステルは金属加工ができる。エリアの隠れ里は農業の知識を持っている」
「M-0144はどこで作っている」
「フィーエルで量産を始めて、アステルでも製造している。今は複数拠点で数十台が稼働している」
医療区の女が手を組んだ。「患者がいる。十台あれば、ここの状況が変わる」
「M-0144本体を一台据え置いていく」と颯は言った。「ただし部品が消耗する。補充するには外との繋がりが要る」
ウナが颯を見た。「それが通信計画に繋がる話か」
「アルテ、話せるか」
「はい」とアルテが通信機から言った。
全員が少し動いた。女が一人、手を膝の上で組み直した。
「デルタという中継基地があります」とアルテが言った。「環状帯の外縁です。ゾーラという方が一人で維持しています。省務局の標準監視帯域を避けた通信回線を持っています。六百テラヘルツ帯の変調技術で、省務局の既存設備では解析が難しい」
技術区の男が腕を組んだ。「設計図はあるか」
「あります。旧連邦の記録から取得しました」
男が居住区の男を見た。二人の間で何かが通じた間があった。四十年、同じ場所で生きてきた者同士の間にある、言葉を使わない確認だった。
「デルタまでどれくらいの距離だ」とウナが聞いた。
「錆鉄丸の現在位置から三日半の航行距離です。ただし、ここからデルタへの直接通信を設定すれば、颯が戻る前に音声確認ができます。変調器があれば八十分ほどで設定可能です」
ウナが颯を見た。「ここで作れるか」
「技術区に部品があれば」と颯は言った。
技術区の男が立ち上がった。
技術区は岩盤の奥にあった。
通路が細くなり、天井が低くなる場所を抜けると、広い空間に出た。天井が高い。棚が壁を埋めていた。旧連邦時代の資材が積まれている。男が説明しなくても何十年かけて集めてきたものだと分かった。程度のいい部品は奥に置いてある。よく使う工具は手前だ。使う人間の習慣が棚の配置に出ている。
颯は棚を見た。変調器に使える部品がいくつかあった。古いが劣化が少ない。岩盤の安定した温度が保存を助けていた。
「これと、これを使う」と颯は二つ取り出した。
「何をする気だ」と男が聞いた。
「変調器を組む。電力があれば通信できる」
「手伝おうか」
「頼む」
作業台に向かった。アルテが通信機から仕様を読み上げた。颯が部品を組み合わせ、男が必要な工具を出した。接合部を確かめ、絶縁を確認する。動作原理を一度説明すると、男はそれ以後は颯が言う前に必要なものを出してきた。手が早い。技術の勘どころを知っている。
一時間二十分で形が出来た。
電力を繋いで起動した。最初はノイズだけだった。アルテが周波数を調整した。ノイズが薄れて、消えた。
「デルタ、こちら錆鉄丸のアルテです。応答を」
静寂があった。
三十秒ほどして、音が来た。
「錆鉄丸か。ゾーラだ。受信できている」
技術区の男の肩が動いた。わずかな動きだったが颯には見えた。工具を持った手が、少しだけ止まった。
「回線が成立しました」とアルテが言った。
全員を技術区に呼んだ。
ゾーラの声をスピーカーで流した。ゾーラは短く話した。デルタの現状、フィーエルやアステルとの接続状況、颯がこれまで繋いできた場所の話。
農業区の女が口を押さえた。声は出なかった。
医療区の女は目を細めて、壁の一点を見ていた。
「ゾーラ、こちらに六十七人います」とアルテが言った。「四十三年、省務局の監視を避けて生きてきた集落です」
沈黙があった。ゾーラが何かを処理しているような間だった。
「分かった」とゾーラが言った。「つないでおく。颯が戻ってきたら詳しく話せる」
ウナが前に出た。スピーカーに向かって、静かに言った。
「四十三年ぶりに、外の声を聞いた」
感情のない口調だった。だがそれだけで十分だった。ゾーラも何も言わなかった。少しの間だけ、回線がつながったまま沈黙した。
颯は廊下に出た。ウナが後から来た。
「代表たちと話し合う」とウナが言った。「決断には時間が要る。今日中に答えを出す」
「分かった」と颯は言った。「ただ、明日には出発しなければならない」
ウナが少し顔を変えた。「理由は」
「省務局の動きに変化がある。アルテが確認した」
「どの程度か」
「十四日前から、この方角への定期観測飛行が三割増えている。俺が移動した経路上の何かを感知したのかもしれない。まだ確定できていない」
ウナは何も言わなかった。
「ここを見つけられたわけではない」と颯は続けた。「ただ、確認する前に出ておきたい」
「分かった」とウナは言った。「夕刻には答えを出す。それまで待ってくれるか」
颯はうなずいた。
ウナが廊下を戻っていった。
颯は岩盤の壁に手を当てた。冷たかった。内側の温度で表面は少し温まっているが、芯は冷えたままだ。四十三年分の沈黙が岩の中に残っている。外の声が届かなかった四十三年。届かないことを前提として生き続けてきた六十七人。
「アルテ」と颯は言った。
「います」とアルテが答えた。
「観測飛行のデータ、引き続き見ておいてくれ」
「はい。急変があればすぐ知らせます」
「颯」
「何だ」
「デルタとの回線が安定しています。今夜の決断に間に合いました」
颯は壁から手を離した。岩盤の奥から声がしていた。ウナたちの話し合いが始まっていた。低い声が続く。四十三年間この場所で積み上げてきた声が、今また続いている。颯には届かない。それでいい。
颯は通路の壁に背をあずけた。明るくはない。寒くはない。その中間の場所で、声が止むのを待った。返事を急がせる権利はない。だが、次の信号はもう届いている。
次が読みたいと思われたら評価・ブックマークいただけると作者のモチベがアップします。




