外縁部の呼びかけ
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呼びかけは、救助信号であると同時に、敵への合図でもあった。
朝の格納庫は静かだった。
夜の交代員がまだ戻っていない時間で、奥の整備ブースからスパナの音だけが届いていた。颯は燃料の最終確認を終えて、手元のタブレットを閉じた。岩盤の冷気が足先から来ていた。
「ハラダさんが来ています」と外部スピーカーが言った。
入口を見ると、ハラダが立っていた。杖がない。昨夜より足の置き方が安定していた。
「アルテに話がある」
颯は無言で移動し、場所を空けた。ハラダが錆鉄丸の外壁の前まで来た。
「アルテ」
「はい」とスピーカーが返した。
「昨夜の質問に答える。感情推定モジュールの変更権限だ。私からあなた自身に移す。私はもう設計を監督できる立場にない。あなた自身が判断する形にしなさい」
スピーカーが沈黙した。四秒、五秒が過ぎた。
「確認します」とアルテが言った。「設計変更の権限が、私自身に移ったということですか」
「そうだ。あなたの動作をあなたが決める」
「受領しました」
ハラダが颯を見た。颯は少し待ってから言った。
「アルテが持てばいい」
ハラダは顎だけで頷いて、踵を返した。扉の手前で振り返らずに言った。
「外縁部の者たちに会う時、私の名前は出さない方がいい。私はかつて省務局の調査員として彼らに接触した。後に辞したが、それは彼らには関係のない話だ」
「分かった」
ハラダが格納庫を出た。
出発の直前にカレンが来た。
防寒仕様の作業着を着込んで、背中に工具バッグを担いでいた。ロストンへの出発準備が整っているということだ。
「先に戻ってくることになるかもしれない」とカレンは言った。「ロストンの往復は早ければ十日だ」
「一人で教えられるか」とアルテが聞いた。
「実際に作ってみせる方が伝わる。ロストンにミカさんがいる。あの人は手が速い」
カレンは錆鉄丸の外壁に一度手を置いた。特に何かを確かめているわけでも、挨拶しているわけでもなく、ただ触れた。それから手を引いた。
「気をつけて」
颯は何も言わなかった。イグニスが来たのは、錆鉄丸が格納庫を出る直前だった。
「無事に戻れ」
「ああ」
格納庫の床が下がり、エンジン音が高くなった。
大気圏を抜けると、アステルの光が後方に縮んでいった。
アルテが航路を表示した。南側に大きく迂回するルートで、直線より六時間長い。
「デルタのゾーラが先週、北側の航路と重なる電波反応を報告しています」とアルテが言った。「省務局の偵察機器と断定できませんが、重ならない方を選びました」
「外縁部に着いた時、先方に把握されている可能性は」
「低いと見ています。ハラダさんのデータによれば、省務局が外縁部を追ったのは四十年前が最後です。その後の記録がない」
「なぜ追うのをやめた」
「省務局の内部判断は分かりません。コストか、あるいは自然消滅と判断したか」
颯はスロットルを一定に保った。計器に到着まで二十二時間と出ていた。
「接触の周波数は」
「47.3メガヘルツ帯の変調です。旧連邦規格のため、現在の標準機では認識しにくい帯域ですが、錆鉄丸の設備は対応しています」
「今も同じ周波数を使っているかどうかは不明だ」
「隠れているコミュニティは目立つ変更を好まない。変える理由がなければ維持する可能性が高い」
「三時間前に通信を入れる」
「記録しました」
十七時間が過ぎた。
颯は途中で二度仮眠を取った。アルテは通しで起きていた。ハラダから引き継いだデータを整理しながら、周辺の電磁波を記録し続けていた。
「外縁部について追加で分かったことを報告します」と目を覚ました颯に向けてアルテが言った。
「言え」
「ハラダさんのデータに、四十年前の構成が含まれていました。確認できたのは三十一名です。ただし、ハラダさんが直接接触したのは六名だけです。コミュニティが意図的に人数を開示しなかった可能性があります」
「今は何人いるか」
「不明です。四十年でどうなったかは予測できません」
「接触した時の状況は」
「武装した者が最初に出てきた。話を聞いた後は中に入れた。ハラダさんが省務局の人間でないことを証明したとありますが、どう証明したかの記録がありません」
「証明する方法を考えておく必要がある」
「提案があります。M-0144の設計図の一部を最初から見せる。省務局が独占していた技術情報を持つ者は、省務局の人間でないという逆説的な証明です」
「省務局がM-0144を使って情報を引き出そうとする可能性は」
「ないとは言えません。ただし、省務局から逃げてきた人間であれば、省務局の工作とは受け取りにくい。リスクと利益を比較した場合、見せた方が有効だと判断します」
颯はしばらく考えてから言った。「分かった」
着陸の三時間前になった。
アルテが周波数を切り替えた。受信待機の状態になると、機内を満たしていた電波ノイズが静かになった。
颯はマイクを取った。
「こちら錆鉄丸。フィーエル発。M-0144の設計図を持っている。返答があれば受け取る」
送信が終わった。
返答はなかった。
一時間後、もう一度送った。同じ内容で。
やはり静かだった。
「周波数は合っています」とアルテが言った。「電波は届いているはずです」
「聞こえていて答えていないか、聞こえていないかのどちらかだ」
「どちらかは判断できません。近づきながら送り続ける以外にない」
颯はマイクを置いた。
岩の帯が視界に広がり始めた。
外縁部の小惑星群は、星図に載っているより密度があった。大小さまざまな岩が緩やかに自転しながら帯を形成している。その奥、岩の陰に、人工的な構造物の角が見えた。アルテが熱源データを重ねると、岩の表面から複数の点が浮かんだ。
「熱源が七点あります」とアルテが言った。「それぞれ別の岩盤に取り付けられています。意図的に分散されています」
「省務局の索敵から外すためだ」
「はい。自然の熱反応として処理されやすくなる」
颯は速度を落とした。岩の間隔を読みながら、錆鉄丸を進めた。
「もう一度送る」
「こちら錆鉄丸。M-0144を持ってきた。今、外縁の岩盤域に入っている。敵意はない」
待った。
静かだった。
それから、受信機が低く鳴った。
アルテが機内ディスプレイにテキストを出した。「受信しています」と一語だけ。
雑音の中から、声が来た。
「錆鉄丸。止まれ。動くな」
女の声だった。歳は分からなかった。抑揚がほとんどなく、感情が読めない声だ。颯は即座にスロットルを絞った。
「止まった」
「M-0144と言った。本物か」
「設計図を持っている。実機も積んでいる」
沈黙があった。十秒ほどだった。
「フィーエルからと言ったか」
「そうだ。アステルを経由している」
また沈黙があった。今度は長かった。颯は動かなかった。アルテも声を出さなかった。
「省務局の人間か」
「違う」
「証明できるか」
颯はアルテを見た。アルテがディスプレイにテキストを出した。「設計図を送信。今すぐ。」
颯は頷いた。
「M-0144の製造手順の一部を今から送る。省務局が持っていなかった情報だ」
「送れ」
アルテが送信した。数秒で完了した。
また待った。
「受け取った」と声が言った。「少し待て」
通信が一度切れた。
颯は計器を見た。燃料に余裕がある。アルテが現在位置の周囲を調べ、安定して停止できる岩陰を探していた。
五分後、通信が戻った。
「近づいていい」と声が言った。「ただし一人で来い。船はそこに置いていけ」
颯はアルテを見た。
「私は錆鉄丸から離れられません」とアルテがスピーカーから言った。
「分かっている」と颯は言って、マイクを取った。「了解した。一人で行く」
通信が切れた。
颯は操縦席を立って、防寒服を取りに後部へ向かった。
「颯」とアルテが言った。
「何だ」
「ハラダさんが接触した時の状況を覚えておいてください。武装した人間が最初に出てきた。話を聞いた後は中に入れた」
「分かっている」
「もう一つだけ」
「言え」
「帰ってくること、です」
颯は答えなかった。防寒服を引っ張り出した。岩盤の向こうで、七つの熱源が静かに動いていた。その向こうで、誰かが返事を待っている。
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