拡散の設計
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技術は一箇所に集めるほど、奪う側の目印になる。
翌朝、ハラダは起きられなかった。
マリエが医療区画から顔を出したのは、颯が朝の点検を半分終えた頃だった。「体力は戻ってきてる。ただ、急には無理。午後まで寝かせておく」
颯は格納庫へ戻った。錆鉄丸の外壁を一周した。昨日の迂回飛行で燃料の消費が計算より多かった。補充に入っている。次の出発までにどれだけ詰め込めるかが、選べるルートの数を決める。
「颯」
アルテの声が錆鉄丸の外部スピーカーから来た。
「何だ」
「ハラダさんから転送されたデータを整理しています。確認したいことがあります」
「言え」
「私が元々保有していたデータと、ハラダさんのデータで、同じ項目なのに記述内容が食い違っている箇所があります。特に生存者コミュニティの記録について。私のデータには五つのコミュニティが記録されていますが、ハラダさんのデータには七つある」
颯は燃料コネクタの接続を確認しながら聞いた。
「差分の二つはどこだ」
「一つは、エリアの隠れ里と同じ宙域の別方向です。もう一つは旧連邦の外縁部で、私のデータには座標として存在していない場所です。ハラダさんが意図的に記録から除外していた可能性があります」
「なぜ除外する」
「省務局の管理記録に入れたくなかったからだと考えられます。除外することで、省務局がその場所を特定できなくなる」
颯は手を止めた。岩盤を掘って作られた格納庫の天井を見上げた。
「午後にハラダに確認する」
午後になって、ハラダが自分でテーブルについた。
顔色はまだ良くない。背中が丸い。それでもマリエが渡した流動食を自分で扱っていた。イグニス、ダール、マリエがテーブルを囲んでいる。セイがフィーエルから回線を繋いでいる。
「アルテから確認がある」と颯は言った。
アルテが座標を端末に表示した。
「省務局の管理外のコミュニティが、ハラダさんの記録には七つあります。私のデータには五つしかない。差分の二つについて、現在も存在しているか確認していただけますか」
ハラダが画面を見た。長い間があった。
「一つ目は存在するはずだ。四十年前に通信が途絶えた。ただし信号は続いていた。追う余裕がなかっただけで、自力で継続していた可能性が高い」
「もう一つは」
「そちらは私が直接接触した場所だ」ハラダは少し間を置いた。「省務局が設立される前から存在していた。記録に残さなかった。省務局に知らせる必要がないと判断したから」
テーブルに静けさが来た。
「今も人がいる可能性があるということか」とイグニスが言った。
「四十年だ。保証はできない。ただ、私が接触した時の状況から言えば、彼らは外からの助けを待つ場所ではない。自分たちで存続できる構造を持っていた」
「座標は正確か」
「私が直接測定した。正確だ」
「M-0144の展開について整理したい」とアルテが言った。
「現在、M-0144はフィーエル、アステル、ロストン、エリアの隠れ里、中継基地デルタにあります。ハラダさんが言った通り、省務局がすべてを回収するには五箇所に人員を送らなければならない。ただ、これだけでは不十分だと考えています」
「昨夜も言った」とイグニスが繰り返した。
「はい。問題は数だけではなく、各地が自力で製造できるかどうかです。現在、フィーエルとアステルは量産体制を持っている。ロストン、エリアの隠れ里、デルタには製造能力がない。省務局が特定の場所への部品供給を遮断した場合、製造能力のない場所は維持できなくなります」
「解決策は」とセイが回線の向こうから言った。
「製造工程ごと伝える。設計図を渡すだけでなく、実際に作れる人間を育てる。フィーエルかアステルから技術者を一人か二人、各地に送る形が最も速い」
ダールが口を開いた。珍しかった。
「移動中の危険を考えているか」
「考えています。省務局が移動を監視している可能性は否定できない。ただし、技術が二箇所だけに集中している状態の方が危険です。一箇所を潰されれば、もう一箇所しか残らない」
ハラダが言った。
「私が四十年前に失敗したのと同じ理由だ」
誰も言葉を出さなかった。
「省務局はM-0144の申請を却下するだけではなかった。申請してきた場所を特定して、その施設への物資輸送ルートを徐々に遮断した。四十年かけて、一つ一つ孤立させていった。申請窓口を集約したことで、対象の場所が一覧になった。私が情報を与えた」
「分散させれば同じことができなくなる」とアルテが言った。
「ただし、分散させるためには各地が自分で判断できる必要がある。中央から指示を出す形にすると、また同じことになる。指示を出す場所を潰せば全部が止まる」
テーブルに沈黙があった。
セイが口を開いた。
「フィーエルからカレンを送れる。ロストンへのルートは確認済みだ。製造工程を覚えている。一人で動ける」
「ありがとう」とアルテが言った。
「礼はいい。カレンが戻ってきたら話を続けられる。そっちも戻ってこい」
通信が切れた。
颯はずっと黙って聞いていた。
計画が形になるにつれて、自分が次に何をすべきかが固まっていった。
「外縁部の座標」と颯は言った。「先に当たる」
「私もそう判断します」とアルテが言った。「エリアの隠れ里と同じ区域の座標は、既存の通信網から近い。後からでも繋ぎやすい。外縁部は遠く、孤立しているとすれば接続の価値が高い」
「省務局の手が届きにくい」とイグニスが言った。
「距離的にはそうです。ただし、同じ理由で私たちも届きにくい」
「錆鉄丸は動ける」と颯は言った。
それだけで方針が決まった。
夕方、ハラダが格納庫まで一人で歩いてきた。
足元がまだ不確かだ。颯が近くに立った。倒れそうになれば支える位置だ。
「アルテ」とハラダは外壁に向かって言った。
「はい」と外部スピーカーが答えた。
「引継ぎ記録の残りを渡す。昨夜、体力が切れて途中になった部分だ」
「準備できています」
ハラダが壁に背中を預けた。颯は横に立ったまま聞いていた。
M-0144の設計意図のうち、省務局に知らせなかった部分。却下された本当の理由。ハラダが接触していたコミュニティで発生していた技術的な問題と、それを解決するために残しておいたデータの所在。外縁部の座標について、四十年前の状態と、接触時に使っていた周波数。
アルテがすべてを受け取っていった。
「受領を確認しました」とアルテが言った。「ハラダさんのデータと私のデータが統合されました。引継ぎ記録はすべて受け取りました」
ハラダが息を吐いた。
「正しく動いているか」
「はい。一点だけ確認します。外縁部のコミュニティについて、接触時の注意事項が記述されています。『省務局と直接対立していた人間が逃げ込んだ場所』という記録です。いきなり近づくと、敵対行動と受け取られる可能性があります」
「その通りだ。先に通信を入れる必要がある」
「周波数は記録から分かります。颯さんに提案していましたが、改めて確認が取れました」
颯がハラダを見た。ハラダが颯を見た。
「任せる」とハラダは言った。
颯は頷いた。それだけだった。
ハラダが壁から背中を離して、一人で扉へ向かった。途中で一度足が止まった。止まってから、また動いた。颯は追わなかった。
夜に入った。
イグニスが格納庫の入口に立った。
「明日の朝に出られるか」
「燃料補充が完了すれば」
「外縁部まで」
「直線で十六時間。迂回するなら二十時間以上だ」と颯は言った。「アルテが三つのルートを用意している」
「迂回する」とイグニスは言った。当然のように。
「ああ」
「無事に戻ってこい」
それだけ言って、イグニスは去った。
颯は操縦席に戻った。燃料計が少しずつ上がっている。外縁部の座標は入力済みだ。
「颯」とアルテが言った。
「何だ」
「一つ聞いていいですか」
「言え」
「ハラダさんの設計仕様の中に、私が自分の判断で変更できる領域があります。感情推定モジュールの動作方針です。ハラダさんが引継ぎを終えた後、その判断を誰がするのか、確認しておきたい」
「何を変えたいんだ」
「今の設定のままで構いません。変更する気があるわけではない。ただ、変更する権限がどこにあるか、明確にしておきたいと思っています」
颯はしばらく考えた。
「明日、ハラダに聞け」
「はい」
沈黙があった。計器が数字を出し続けている。
「颯」
「まだ何かあるか」
「今夜の会議の内容を整理していました。ハラダさんが四十年間かかって失敗したことと、私たちが今やっていることの違いを考えていました」
「どう違う」
「ハラダさんは技術を届けようとしていた。省務局の申請を通じて。私たちは技術が届いている場所に行っている。省務局を経由しないで」
颯は答えなかった。
「違いが分かったとして、それで何が変わるんだ」
「変わりません」とアルテは言った。「ただ、把握しておきたかっただけです」
颯は目を閉じた。岩盤の向こうで星が動いている。アルテはずっと起きて、データを整理し、翌日の航路を計算し続ける。颯が眠っている間も。
その処理音を聞きながら、颯は眠りに入った。アルテが整理したデータは、次の場所へ渡さなければならない。
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