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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
座標の先の影、静かなる包囲網

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72/100

前の持ち主の終着点

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

座標は正確だった。だからこそ、罠でないとは言えなかった。


 端末に残されていた記録を、アルテは航行中ずっと解析していた。名前の一覧。七十三か所の施設に関わった技術者たち。M-0144を開発した者たち。そして、アルテ自身の製造番号。


「座標が示す場所は旧連邦規格の小型居住ステーションです。建設年、旧暦二二三五年。最後の生命活動記録、旧暦二二四九年」


「大崩壊の前か」


「二年前です。自発的に撤退した可能性があります」


 颯はスロットルを微調整した。北の宙域は静かだった。Ω-01の反応は後方センサーに出ていない。七十四番施設を素通りされたと気づくのに、どれくらいかかるか。


「端末に残っていた技術者リストの先頭の名前は」


「旧連邦省科学技術部、主任研究員。ハラダ・ユキト」


 颯は前方を見た。何もない宙域だ。遠い光の点がいくつかある。


「前の持ち主の名前かどうかは」


「照合できません。写真記録は残っていませんでした」


 エンジン音が鳴り続けた。



 ステーションが見えてきたのは、座標の三キロ手前だった。


 小さかった。補給基地の規模ではない。個人か小グループが使う規模だ。外装が剥がれかけている。太陽電池パネルが半分脱落していた。しかし、アルテのセンサーが微弱な電力反応を拾った。


「内部、電力があります。メインではなくバックアップ電源です。長期間、最低限の稼働を維持してきた形跡があります」


「生存者は」


「熱反応、なし。人体反応、なし。無人です」


 ドッキングポートへ接続した。自動応答がなかった。手動で解除した。内部気圧が正常値に近かった。密閉が保たれている。


 通路は狭かった。個人用ステーションの作りだ。補給基地や旧連邦管理施設のような規格設計ではない。自分で改造した跡が随所にある。壁の配線が露出したまま固定されている。床板が継ぎ足されている。パイプが増設されている。長く住んでいた場所だ。手の跡が残っている。工具を置いた跡、修理を繰り返した跡、角が擦り切れた壁材。


 一番奥の部屋のドアが、半開きになっていた。


 颯は中へ入った。


 机が一つ。椅子が一つ。机の上に端末が置いてある。作業テーブルの端に、金属製のケースが三つ並んでいる。ケースの側面に、筆記体で文字が刻んである。旧連邦の技術者たちが使っていた書体だ。


「読めるか」


「旧標準語の手書き体です。読めます」


 アルテが間を置いた。


「M-0144、試験記録、一号から三号」


 颯はケースに近づいた。留め金を外した。中身は金属製の容器だった。ガラスで密閉されている。試験品だ。完成品ではなく、製造途中の試作品。フィーエルへ持ち込む前の段階の記録が、そのままここに置いてある。


「端末に接続できるか」


「試みます」


 アルテが数秒かけて接続した。


「ログが残っています。最終更新、旧暦二二四九年七月」


「二年前まで使っていた」


「使用者は一人です。定期的にログを更新しています。最後のログが七月十四日」


「内容は」


「——読み上げる前に確認です」アルテが止まった。「このログの最終行に、暗号化された座標が三つ含まれています。復号に私の認証キーが必要でした。つまりこのログは、私——七一四のような旧連邦規格セントラルAIにのみ読める形式で残されています」


 颯の体が止まった。


「俺に向けて書いたんじゃない」


「——M-0144を持った技術者と、セントラルAIが一緒に来ることを想定して残されたものです」


 四十年前、誰かが想定した。設計図を持って、セントラルAIと一緒に来る者がいつか来ることを。


「読め」



「『二二四九年七月十四日。省からの最終通達が来た。M-0144の量産計画は凍結される。理由は公式には安全性の懸念とされているが、実際の理由はそれではない。既存の医療権益を持つ組織が量産を阻止した。省の内部に、それを通す者がいる。私の申請は十三回却下された』」


 颯は動かなかった。


「『フィーエルへ直接送った通信も遮断された。現場が受け取れないよう、省側で止められていた。私は省を出る。設計図を物理的に持ち出す。届けに行く。一人で届けられなかった場合のために、このログを残す。セントラルAIがいれば解読できる。座標は三つ。フィーエル、アステル、そして私が最後に向かう場所。もし私が届けられなかった場合は、三番目の場所を頼む』」


「最後に向かう場所の座標が含まれているのか」


「はい。フィーエルとアステルの座標は正典年表と一致します。三番目の座標は——」アルテが止まった。「環状帯の、より深部にある施設です。現在の私たちのデータにない座標です」


「前の持ち主が最後に向かおうとしていた場所か」


「可能性があります」



 後方センサーが鳴った。


「Ω-01の船です。七分前に七十四番施設から出港しました。現在こちらへ向かっています。到着まで、推定四十七分」


 颯は端末を見た。ログの続きがある。読み切れない。


「残りのログを全部転送できるか」


「転送中です。六秒」


 ケースを三つ持った。試作品の記録が入っている。机の上に他に何かないか確認した。引き出しを開けた。工具が二本。折りたたまれた紙があった。手書きの図面だ。回路図か配線図か。持った。


「完了。全データ取得しました」


「出る」


 通路を戻った。ドッキングポートへ。接続を解除した。スロットルを入れた。ステーションが後方へ消えた。


「Ω-01の接近速度、変化なし。追跡パターンを分析しています。今回は前回より積極的です。七十四番施設でのデータ取得に気づいた可能性があります」


「迂回ルートは」


「北北東に針路を変えれば、小惑星群の重力圏を利用できます。追跡センサーへの干渉が期待できます。ただし所要時間が二時間増えます」


「入れ」


 錆鉄丸が針路を変えた。アルテが重力圏計算をリアルタイムで修正している。小惑星の影が前方に広がった。


 颯は持ってきたケースを座席の横に固定しながら、前を向いた。ハラダ・ユキトという名前が頭の中にある。十三回却下。フィーエルへの通信を省側で遮断された。設計図を一人で持ち出した。それでも届けに向かった。


「アルテ」


「はい」


「転送したログに、最終行はあったか」


「——あります。読みます」


 アルテが間を置いた。


「『もし私が届けられなかった場合、三番目の場所に残してある。M-0144の完成版と、七一四への引継ぎ記録を』」


 七一四。アルテの番号だ。


 どこかに、アルテへ向けた引継ぎ記録がある。四十年前に準備されていた。届けられなかった時のために、もう一つの手が打ってあった。



 小惑星群の内側に入ると、後方センサーへの干渉が始まった。Ω-01の反応が不鮮明になった。三十分後、反応が消えた。


 颯はシートに背を預けた。ケースが座席の横にある。


「三番目の座標へ向かう」


「はい」


 アルテがしばらく黙った。


「颯」


「なんだ」


「ハラダ・ユキトという名前が、私の製造記録に一か所含まれていました。製造完了時の検収担当者欄です。フィーエル補給基地での記録です」


 颯の手が止まった。


「お前を作った人間か」


「製造を管理した人間です。M-0144の設計者でもあり、私の製造に関わった。その人物が、私への引継ぎ記録を残した」


 颯は前方の暗い宙域を見た。小惑星群の影が薄れてきた。先に何もない空間が広がっている。


「止まれないのは、正しいからだ」と颯は前に言った。


 アルテは答えなかった。しかし今度は、答えないことが沈黙ではなかった。エンジンの回転数が僅かに上がった。颯がスロットルを触っていない。アルテが航行制御を受け持ったまま、前へ進んでいる。


 自分で動いた。


 錆鉄丸は北北東の宙域を進んだ。追跡の光がいつ戻るかは、まだ分からなかった。

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