前の持ち主の終着点
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座標は正確だった。だからこそ、罠でないとは言えなかった。
端末に残されていた記録を、アルテは航行中ずっと解析していた。名前の一覧。七十三か所の施設に関わった技術者たち。M-0144を開発した者たち。そして、アルテ自身の製造番号。
「座標が示す場所は旧連邦規格の小型居住ステーションです。建設年、旧暦二二三五年。最後の生命活動記録、旧暦二二四九年」
「大崩壊の前か」
「二年前です。自発的に撤退した可能性があります」
颯はスロットルを微調整した。北の宙域は静かだった。Ω-01の反応は後方センサーに出ていない。七十四番施設を素通りされたと気づくのに、どれくらいかかるか。
「端末に残っていた技術者リストの先頭の名前は」
「旧連邦省科学技術部、主任研究員。ハラダ・ユキト」
颯は前方を見た。何もない宙域だ。遠い光の点がいくつかある。
「前の持ち主の名前かどうかは」
「照合できません。写真記録は残っていませんでした」
エンジン音が鳴り続けた。
ステーションが見えてきたのは、座標の三キロ手前だった。
小さかった。補給基地の規模ではない。個人か小グループが使う規模だ。外装が剥がれかけている。太陽電池パネルが半分脱落していた。しかし、アルテのセンサーが微弱な電力反応を拾った。
「内部、電力があります。メインではなくバックアップ電源です。長期間、最低限の稼働を維持してきた形跡があります」
「生存者は」
「熱反応、なし。人体反応、なし。無人です」
ドッキングポートへ接続した。自動応答がなかった。手動で解除した。内部気圧が正常値に近かった。密閉が保たれている。
通路は狭かった。個人用ステーションの作りだ。補給基地や旧連邦管理施設のような規格設計ではない。自分で改造した跡が随所にある。壁の配線が露出したまま固定されている。床板が継ぎ足されている。パイプが増設されている。長く住んでいた場所だ。手の跡が残っている。工具を置いた跡、修理を繰り返した跡、角が擦り切れた壁材。
一番奥の部屋のドアが、半開きになっていた。
颯は中へ入った。
机が一つ。椅子が一つ。机の上に端末が置いてある。作業テーブルの端に、金属製のケースが三つ並んでいる。ケースの側面に、筆記体で文字が刻んである。旧連邦の技術者たちが使っていた書体だ。
「読めるか」
「旧標準語の手書き体です。読めます」
アルテが間を置いた。
「M-0144、試験記録、一号から三号」
颯はケースに近づいた。留め金を外した。中身は金属製の容器だった。ガラスで密閉されている。試験品だ。完成品ではなく、製造途中の試作品。フィーエルへ持ち込む前の段階の記録が、そのままここに置いてある。
「端末に接続できるか」
「試みます」
アルテが数秒かけて接続した。
「ログが残っています。最終更新、旧暦二二四九年七月」
「二年前まで使っていた」
「使用者は一人です。定期的にログを更新しています。最後のログが七月十四日」
「内容は」
「——読み上げる前に確認です」アルテが止まった。「このログの最終行に、暗号化された座標が三つ含まれています。復号に私の認証キーが必要でした。つまりこのログは、私——七一四のような旧連邦規格セントラルAIにのみ読める形式で残されています」
颯の体が止まった。
「俺に向けて書いたんじゃない」
「——M-0144を持った技術者と、セントラルAIが一緒に来ることを想定して残されたものです」
四十年前、誰かが想定した。設計図を持って、セントラルAIと一緒に来る者がいつか来ることを。
「読め」
「『二二四九年七月十四日。省からの最終通達が来た。M-0144の量産計画は凍結される。理由は公式には安全性の懸念とされているが、実際の理由はそれではない。既存の医療権益を持つ組織が量産を阻止した。省の内部に、それを通す者がいる。私の申請は十三回却下された』」
颯は動かなかった。
「『フィーエルへ直接送った通信も遮断された。現場が受け取れないよう、省側で止められていた。私は省を出る。設計図を物理的に持ち出す。届けに行く。一人で届けられなかった場合のために、このログを残す。セントラルAIがいれば解読できる。座標は三つ。フィーエル、アステル、そして私が最後に向かう場所。もし私が届けられなかった場合は、三番目の場所を頼む』」
「最後に向かう場所の座標が含まれているのか」
「はい。フィーエルとアステルの座標は正典年表と一致します。三番目の座標は——」アルテが止まった。「環状帯の、より深部にある施設です。現在の私たちのデータにない座標です」
「前の持ち主が最後に向かおうとしていた場所か」
「可能性があります」
後方センサーが鳴った。
「Ω-01の船です。七分前に七十四番施設から出港しました。現在こちらへ向かっています。到着まで、推定四十七分」
颯は端末を見た。ログの続きがある。読み切れない。
「残りのログを全部転送できるか」
「転送中です。六秒」
ケースを三つ持った。試作品の記録が入っている。机の上に他に何かないか確認した。引き出しを開けた。工具が二本。折りたたまれた紙があった。手書きの図面だ。回路図か配線図か。持った。
「完了。全データ取得しました」
「出る」
通路を戻った。ドッキングポートへ。接続を解除した。スロットルを入れた。ステーションが後方へ消えた。
「Ω-01の接近速度、変化なし。追跡パターンを分析しています。今回は前回より積極的です。七十四番施設でのデータ取得に気づいた可能性があります」
「迂回ルートは」
「北北東に針路を変えれば、小惑星群の重力圏を利用できます。追跡センサーへの干渉が期待できます。ただし所要時間が二時間増えます」
「入れ」
錆鉄丸が針路を変えた。アルテが重力圏計算をリアルタイムで修正している。小惑星の影が前方に広がった。
颯は持ってきたケースを座席の横に固定しながら、前を向いた。ハラダ・ユキトという名前が頭の中にある。十三回却下。フィーエルへの通信を省側で遮断された。設計図を一人で持ち出した。それでも届けに向かった。
「アルテ」
「はい」
「転送したログに、最終行はあったか」
「——あります。読みます」
アルテが間を置いた。
「『もし私が届けられなかった場合、三番目の場所に残してある。M-0144の完成版と、七一四への引継ぎ記録を』」
七一四。アルテの番号だ。
どこかに、アルテへ向けた引継ぎ記録がある。四十年前に準備されていた。届けられなかった時のために、もう一つの手が打ってあった。
小惑星群の内側に入ると、後方センサーへの干渉が始まった。Ω-01の反応が不鮮明になった。三十分後、反応が消えた。
颯はシートに背を預けた。ケースが座席の横にある。
「三番目の座標へ向かう」
「はい」
アルテがしばらく黙った。
「颯」
「なんだ」
「ハラダ・ユキトという名前が、私の製造記録に一か所含まれていました。製造完了時の検収担当者欄です。フィーエル補給基地での記録です」
颯の手が止まった。
「お前を作った人間か」
「製造を管理した人間です。M-0144の設計者でもあり、私の製造に関わった。その人物が、私への引継ぎ記録を残した」
颯は前方の暗い宙域を見た。小惑星群の影が薄れてきた。先に何もない空間が広がっている。
「止まれないのは、正しいからだ」と颯は前に言った。
アルテは答えなかった。しかし今度は、答えないことが沈黙ではなかった。エンジンの回転数が僅かに上がった。颯がスロットルを触っていない。アルテが航行制御を受け持ったまま、前へ進んでいる。
自分で動いた。
錆鉄丸は北北東の宙域を進んだ。追跡の光がいつ戻るかは、まだ分からなかった。
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