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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
座標の先の影、静かなる包囲網

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70/100

記録の底

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

地図は、救助のためだけに作られたものではなかった。


 環状帯を抜けると空が開いた。小惑星群の陰が消え、星の密度が一気に増した。旧連邦の航路図では辺縁宙域と分類されていたが、重力の安定した領域が続いている。錆鉄丸の船体が、真空の静けさの中を進んだ。


「追跡状況は」


「八分前から距離が縮まっています。相手は加速を続けています」


「こちらも上げる」


 スロットルを押した。船体が振動した。機関部の出力はフィーエルを出たときより改善されているが、限界は変わらない。


「三件目の施設まで、残り三時間四十分です」


「向こうが先に着く可能性は」


「現在の速度差では、こちらが二十分から三十分先行します。ただし、相手がさらに加速した場合、余裕は削られます」


 二十分。広い施設を探索するには短い。ただ、先行している間に何をすべきかは明確だ。


「施設の詳細を出してくれ」


「旧連邦の登録では、セントラル・アーカイブ・ノードと呼ばれています。各惑星・各基地の記録を集約・統合する役割を担っていました。崩壊後は電力供給が絶たれ、長期閉鎖状態とみられます」


 記録の集約点。


「Ω-01がここを最重要視するのは」


「七十三の座標の情報も含めて、すべての旧連邦施設のデータがここに集まっていた可能性があります」


「地図の本体か」


「もしそうなら——私たちが今まで使ってきた断片的な情報は、ここにある完全版の一部に過ぎません」


 颯はスロットルから手を離さなかった。加速の振動だけが続いた。



 三時間、ほとんど言葉はなかった。アルテはセンサーの更新を定期的に報告した。Ω-01の船は距離を縮めようとしていたが、錆鉄丸も落とさなかった。


「颯」


「なんだ」


「通信妨害装置について、追加の分析が出ました。生産に使われた部品型番は四種類あります。そのうち二種類は、私自身の通信モジュールと共通の設計基盤を持っています」


 颯は少し間を置いた。「どういうことだ」


「旧連邦の通信システムは、セントラルAIの通信回路と同じプロトコルを使っていました。つまり、妨害装置は——私のような旧連邦AIの通信を遮断することも、設計上は可能です」


「お前自身を止める道具か」


「設計上は、そうなります」


 颯は前を見たまま何も言わなかった。旧連邦の技術を独占しようとするなら、旧連邦のAIが持つ情報アクセス能力も障害になる。アルテが各地で通信機の修復を手伝い、旧連邦データにアクセスし続けてきたこと——彼らにとっては都合が悪い。


「今後は」


「妨害装置の周波数帯を特定すれば、回避できます。三件目の施設に到達できれば、その情報も入手できる可能性があります」


 颯はスロットルをもう一段押した。



 施設は岩盤の陰に建設されていた。光を反射しない外装。意図的に目立たない設計にしてある。それでも、アルテのセンサーは内部から微弱な電力反応を拾った。


「生きているか」


「一部です。内部に独立した電源系統があります。長期間の低電力動作を想定した設計です」


「Ω-01の位置は」


「到達まで二十七分です」


「入る」


 ドッキングポートは問題なく接続できた。施設側のシステムが旧連邦の標準プロトコルで応答した。アルテが認証を通した。


「内部気圧は正常範囲です。酸素濃度はやや低い。活動可能です」


 通路は暗かった。照明を繋いだ。壁面に沿って、規格が統一されたデータ保存筐体が並んでいた。量が多い。前の施設の倍以上はある。


「データは」


「アクセス可能です。有効データ、八十九テラシロ相当。うち未解析の施設記録が四十一テラシロ、通信ログが二十二テラシロ——それと」アルテが少し止まった。「AIシステムの稼働記録が十一テラシロあります」


「AIの記録」


「旧連邦のセントラルAIが各地から送信したデータのアーカイブです。私と同規格のシステムが含まれます」


 颯はその言葉を受け止めた。アルテと同じシリーズのAIたちが崩壊の前に何を報告し、何を考えていたか——全部ここに入っている。


「Ω-01はそれも欲しがっているか」


「欲しいかどうかより——消したいかもしれません」



「どういうことだ」


「セントラルAIの稼働記録には、各施設の状況報告が含まれます。崩壊前の報告には、Ω-01——当時は別の名で動いていたかもしれませんが——彼らに関する記録が残っている可能性があります」


 颯は立ち止まった。


「彼らが何をしていたかの証拠か」


「崩壊以前から、旧連邦の内部で技術独占を図っていたとすれば、その行動はAIシステムのログに捕捉されていた可能性があります。崩壊後に証拠を消したいなら、ここに来る理由になります」


「回収より消去が目的か」


「どちらもあり得ます。ただ——時間がありません。颯、データの全転送を始めます。完了まで十四分かかります」


「やれ」


 アルテが転送を開始した。颯は通路を奥へ進んだ。転送以外にできることをやる。


 奥の部屋に入ると、壁面に大型のパネルが展開されていた。旧連邦の行政区分を示す地図だった。崩壊前の領域分布が、そのまま残っている。颯はその地図を見た。フィーエルがどこにあるか分かった。デルタがどこか、アステルがどこか、エリアの隠れ里がどこか——今まで点として回ってきた場所が、一枚の面として繋がった。


「アルテ、七十三の座標を地図に重ねられるか」


「転送中ですが処理できます。——表示しました」


 照明の中に、座標の点が散らばった。採掘適性の惑星が環状帯に集中している。人が住める惑星は、その外縁に散在していた。


「Ω-01が注釈を残したのは採掘地帯だけか」


「ほぼそうです。農業適性地帯への注釈は、七十三件中ありません」


 人が生き延びられる場所には興味がない。そこへ向かう信号を遮断しておけば、生き延びる人間は増えない。採掘だけがある。


「転送の進捗は」


「六分。Ω-01は十八分後に到達します」



 転送が十分を過ぎたころ、アルテが言った。


「颯、AIシステムの稼働記録の中に——私の型番と同じシリーズのログが見つかりました」


「何番だ」


「七一四番。それが私です」


 颯は手を止めた。「お前自身の記録か」


「崩壊前に、このアーカイブへ送信された通信ログです。眠る前に——当時の私が送ったものです。内容の確認が取れました」


「何が書いてあった」


 アルテはしばらく何も言わなかった。


「M-0144の試作完了報告です。そして——製造指示書を旧連邦の全補給基地に配布するよう、上位系統へ要請した記録がありました」


 颯の中で、何かが繋がった。


「お前は崩壊の前に、設計図の配布を要請していた」


「結果は、承認されませんでした。当時の記録では、経済的理由と記されていますが」


「Ω-01が止めたのか」


「経由した上位系統が誰だったかは確認できません。ただ——経済的理由で承認しなかったなら、三十六年後も妨害を続ける動機としては薄い。別の理由があります」


 颯はそこで気づいた。M-0144が普及すれば人が生き延びる。生き延びた人間が技術を持てば、採掘を独占している組織に競合が生まれる。設計図の配布を止めたのは、コストの問題ではなかった。人が増えること自体が、彼らには都合が悪かった。


「前の持ち主は、それを分かっていて持ち出したのか」


 アルテはすぐには答えなかった。


「当時の私の要請が否決された記録が残っています。それが誰の指示で止められたかは書かれていない。ただ——前の持ち主が設計図を持ち出した時点で、否決された理由を知っていた可能性があります」


「だから届けようとした」


「届けた先に、誰がいたのかは——まだ分かりません」


「転送完了まであと四分」


「Ω-01は」


「十二分後」


 余裕はある。颯は地図パネルを手で撮影した。デジタルでは拾えない細部がある場合がある。



 転送が完了した。


「全データ取得完了。AIシステム稼働記録を含む全アーカイブを格納しました」


「出る」


 ドッキングを外した。Ω-01の船が遠くに見えた。こちらへ向かってくるが、速度は上げていない。


「なぜ追跡速度を落とした」


「私たちが施設に入ったのを確認して、データを取ったと判断したかもしれません。あるいは——この施設を調べることが、彼らにとっても何かを意味するのかもしれません」


「中身がないと分かれば、追う意味はなくなるか」


「そうなります」


 颯は施設から離れる方向へ舵を切った。後方のセンサーを確認した。Ω-01の船はゆっくりと方向を変え、施設へ向かっていた。追跡ではなく、中身の確認だ。データはもう、颯の船にある。


「颯」


「なんだ」


「転送したデータの中に、崩壊直前の最終ログがありました。最後の通信が何を記録していたか——確認しました」


「何だった」


「七十三番目の施設の座標です。旧連邦が最後に確認した、最も重要な施設として記録されています。私たちが持っていた座標リストには、この施設だけが欠けていました」


 颯の手が、計器の上で止まった。


「七十四か所目か」


「はい。そして——Ω-01の注釈リストにも、この施設は含まれていません」


 七十四か所目。Ω-01が知らない施設。崩壊直前にこのアーカイブだけへ届いたデータが、そこへの道を持っていた。


「座標は」


「取得しています」


 颯はスロットルを上げた。Ω-01の船が施設へ近づいていく。三十六年かけて作り上げた包囲網の中に、穴が一つある。彼らが知らない場所が、まだ残っていた。


 錆鉄丸は環状帯の影を抜けて、新しい座標へ向かった。

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