表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
座標の先の影、静かなる包囲網

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/100

管理記録の核心

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

誰かが、三十六年かけて宇宙の道を細らせていた。


 恒星に近づくほど、周辺のデブリ密度が落ちた。


 颯の手が操縦桿の上で静止した。自然にそうなるはずがない。環状帯の内側は宇宙線の影響が強く、物質の蓄積速度が速い。それでも宙域が整然と見えるということは、誰かが定期的に処理していた。


「デブリ除去の処理年代は」


「最新で八年前です。複数回実施されています。工作船の出力パターンは旧連邦後期の補修用フリゲートに近い」


 颯はスロットルを絞った。


「八年前から動いている」


「少なくとも」


 前方に構造物が見えた。楕円形の本体。上部と両脇へ伸びるアンテナ列が六本。補給施設の形状ではない。外壁の旧連邦紋章は判読できる程度に残っていた。表面に一か所だけ、高熱を当てた焦げ跡がある。爆発ではない。工具で試みた形跡だ。


「アーカイブ施設です。旧連邦管理体系の末端ノードと推定されます」


「補給じゃない」


「各地の施設から稼働状況を集約し、管理データを保存する機能を持ちます。人事記録、輸送履歴、設備のログが収まります」


 颯はドッキングポートに機首を合わせた。マニュアルでアームを伸ばした。固定音。気密確認。



 内部の空気は動いていた。換気装置がまだ生きている。照明は落ちていたが、床に埃の積もり方が均一だった。足跡がない。誰も奥まで踏み込んでいない。


 アルテがシステムに接続した。


「三段階のセキュリティです。外側二層は通常の認証で通過できます。第三層は物理的な回路操作が必要です」


 颯は壁のパネルを引き外した。配線が現れた。旧連邦規格は統一されている。補助系と主系の分岐を指で辿って、絶縁カバーを二か所はがした。ショートさせた。短いアラームが鳴って消えた。


「有効です」


 奥の端末室まで進んだ。三台並んでいる。中央が主系統だ。颯は外部ポートにアダプタを接続した。


「接続します」


 処理音。二十秒で応答が返った。


「読めます。記録密度が高い——解析に時間がかかります」


「何が入っている」


「施設運営記録です。このアーカイブがカバーする範囲は、環状帯から内軌道全域。百二十七施設の状態ログが確認できます」


 百二十七。颯は棚を見渡した。端末の横に収納ラックが並んでいた。磁気記録媒体が整然と並んでいる。


「更新が止まったのはいつだ」


「最後の公式更新は三十九年前。大崩壊の一年後です」


「一年後まで続いていた」


「さらに——」アルテが止まった。「更新には二つの系統があります。公式の連邦ログと、それ以後に別の識別コードで記録されたものです」


「別のコード」


「記号はΩです。Ω-01を発信源として、Ω-02、Ω-03と枝分かれしています。旧連邦の公式体系にΩ系列は存在しません。最初のΩコード更新は三十六年前。大崩壊から四年後から始まっています」


 四年後。


 颯は端末の前で立ったまま計算した。崩壊から四年。混乱がまだ続いていたはずの時期に、誰かが独自の管理体系を立ち上げた。


「Ω-01が何かわかるか」


「現時点では座標の対応が取れていません。この施設の記録が完全に読み込まれれば、輸送ルートから逆算できる可能性があります」


「何分かかる」


「全記録の転送には二十三分です」


 颯は転送を開始させた。



 通路に出て入口の方を向いた。ドッキングポートの外、宙域に何もない。恒星の光だけが左舷から差し込んでいた。


「彼らの位置は」


「推定四十分から五十分の距離。ただし——」アルテが続けた。「彼らがこのアーカイブ施設の存在を知っている場合、D-4を経由せず直行する可能性があります。その場合、到達時間は大幅に縮まります」


「D-4を彼らが素通りした可能性は」


「D-4のアクセスログに彼らの痕跡がある以上、素通りはしていません。ただし、アーカイブの場所を別のルートで把握しているなら——別行動の可能性があります」


 単独行動か複数班か。颯には判断材料が足りなかった。


 端末室に戻った。転送インジケータが三十パーセントを越えたところだった。手を動かすことがなかった。時計を確認するのをやめた。見ても速度は変わらない。


 Ω-01のことを考えた。


 三十六年前から動いている組織が、独自の記号で旧連邦の廃骸を管理し続けた。D-4の消耗品を取り出したのも、このアーカイブの扉を試みたのも、D-9で資材を集めていたのも——全部つながっている。彼らは独占しているのではなく、掌握している。何がどこにあるかを把握した上で、必要な時に動く。


「アルテ」


「はい」


「Ω-01の記録が出てきたらすぐ言え」


「わかりました」


 五十パーセント。


 六十パーセント。


「颯」


「なんだ」


「通信傍受に変化があります。暗号の部分解読が進みました——彼らはこのアーカイブ施設への直行を指示されています。D-4に立ち寄らずに来ています」


 颯は転送インジケータを見た。七十パーセントだった。


「到達まで」


「推定十四分。ただし、この宙域のデブリ密度が低いことは彼らも把握しているはずです。速度を上げていれば十分を切る可能性があります」


「残りの転送時間は」


「このペースで約七分」


 七分と十分。颯は切り上げの選択肢を検討した。


「残りデータの内訳は」


「七十パーセントまでの取得分には、施設稼働ログの大部分が含まれます。後半三十パーセントはΩコードによる更新記録と輸送ルートデータです。Ω-01の逆算に必要なデータの六割以上が後半に集中しています」


「今切ったら」


「Ω-01の特定精度は大幅に落ちます。有効なデータは取れていますが——次の手が組み立てにくくなります」


 颯は続けさせた。



 七十五パーセント。


 八十パーセント。


 時間の感覚が変わった。数字が動くたびに間が開く気がした。開いていない。インジケータの動作は一定だ。


「彼らのセンサーレンジに入りました。こちらからも捕捉できます」


「見えているか」


「我々の位置からアーカイブ施設は死角になっています。彼らのセンサーには施設しか映っていないはずです」


 八十五パーセント。


「Ω記録の一部が読み込まれました。Ω-01の発信座標に関する記述があります——」


「後で読む。転送を続けろ」


「はい」


 九十パーセント。


「彼らが減速を開始しました。ドッキング準備に入っています——到達まで三分以内です」


 九十五パーセント。


「転送完了まで——五十秒」


 颯はアダプタを握ったまま待った。ドッキングポートの外がうっすらと明るくなった気がした。気がしただけだ。視覚が誤作動している。


「転送完了です」


 アダプタを引き抜いた。端末の電源を切った。端末室を出て通路を走った。ハッチを閉めた。デカップリングのスイッチを入れた。マグネットロックが外れた。


 錆鉄丸がアーカイブ施設から離れた。


「出力を最小まで絞れ」


「絞ります」


 エンジン音が落ちた。熱源が小さくなる。施設を盾にしながら、反対側へゆっくりと流れていく。


「彼らがドッキングしました」


 颯はスロットルを徐々に上げた。施設が遠ざかっていく。センサーから消えていく。



 環状帯の手前まで戻ったところで、颯はスロットルを安定させた。シートに背を預けた。


「記録は揃ったか」


「全データの取得に成功しています。Ω-01に関する記述の整理が完了しました」


「言え」


「Ω-01は施設ではありません。旧連邦の補給ステーションを改修した母船型の移動拠点です。百三十七人の乗組員記録があります。大崩壊から四年後に、旧連邦管理局の残存職員を核として発足しています」


 颯はその数字を繰り返した。百三十七人。個人や小集団ではない。


「彼らの目的はなんだ」


「記録上の表記は『技術保全』です。旧連邦の設計図、製造手順書、施設の稼働情報を一元管理し、崩壊後の無秩序な流出を防ぐという名目です」


「名目、と言った」


 間があった。


「輸送記録を照合すると——彼らが施設から搬出した物資の行き先は、コミュニティへの配布記録と一致しません。Ω-01内部への還流です。三十六年間、技術を各地へ渡した形跡がほぼない」


 颯は手を膝の上で組んだ。


 保全という名目で独占した。三十六年間。


 フィーエルの人々が旧連邦の医療機器なしで生き延びようとしていた間、D-9の貨物船が宙域を回って施設を管理していた。取りに来なかったのではなく、出さなかった。


「Ω-01の現在座標はわかるか」


「輸送ルートからの逆算は今も進行中です。誤差の大きな推定値は出ています——環状帯より更に外側、恒星系の縁に近い軌道域です。ただし確認には次の座標データが必要です」


「次の施設に行く」


「……はい」


 答えるまでに時間があった。いつもの間とは重さが違った。颯はそれを聞いた。


「何かあるか」


「アーカイブ施設での転送を最後まで待った判断——合理的でした。ただ」


「ただ」


「彼らが直行してくると判断した時点で、転送を中断して撤退することを提案すべきでした。提案しませんでした」


「提案しなかった理由は」


 長い間だった。


「颯が転送を続けると決めていることがわかっていたからです。提案しても変えないとわかっていた。——それが理由ですが、それだけではないかもしれません」


颯は何も言わなかった。


「Ω-01の逆算に必要なデータを取り切ることが、次の判断に直結します。颯がそれを理解していたから最後まで待った。そういう計算です。ただ、もし間に合わなかった場合の想定が——先に出ていました。逃げられない状況での、颯の選択肢が」


「先に出た」


「はい。計算の順番が逆でした。結果として合理的な行動になりましたが——プロセスが違います」


 颯は窓の外を見た。恒星が遠ざかっていた。これから向かう方向には、百三十七人の組織がいる。三十六年かけて構築した管理体制がある。


「次の座標はどこだ」


「解析中です。今回のデータで三つの候補地が絞り込まれています——十分ほどで方向が出ます」


 颯は手を膝から離した。工具入れを開けた。接続端子の状態を確認する作業を始めた。手を動かしていないと、頭が余計な方向に動く。


 Ω-01。百三十七人の組織。三十六年の独占。


 彼らが次の施設に向かう前に、颯は先に着く必要があった。

次が読みたいと思われたら評価・ブックマークいただけると作者のモチベがアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ