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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
座標の先の影、静かなる包囲網

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D-9の待機

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

D-9は稼働したまま残っていた。誰を通すための施設なのかは、まだ分からなかった。


環状帯外縁、座標D-9。


 施設の輪郭がフロントパネルに映った時、アルテが先に口を開いた。


「熱源反応、複数。まだ離脱していません」


 颯は即座にエンジン出力を落とし、機体を岩陰へ引き込んだ。百五十メートルほど手前で停止する。


「何人いる」


「施設内に三名から五名分の熱量。壁材の吸収特性で誤差があります。精度を上げるには近づく必要があります」


 近づけばこちらも検知される。颯は照明を落とし、窓越しに施設を見た。外壁は旧連邦の灰色だが、ドッキングポートの縁に新しいケーブルが引かれている。移動型の外部電源だ。施設の主電源は落ちており、外から引き込んでいる。


「あのケーブルの接続先は」


「動力系です。データ端末ではない。機器の稼働テストか、搬出作業中です」


 颯は施設の周囲に視線を走らせた。入口側に余分なものはない。彼らの船はどこかに隠してある。


「裏手に回る。推力は最低限で」


「受動センサーには映りにくくなります。能動センサーが展開されていれば別ですが、現時点では電磁照射を検知していません」


 岩盤の起伏に沿って錆鉄丸を動かした。施設の裏へ回ると、貨物船が一隻あった。


 中型の作りで、外装は旧連邦のパーツと後付けの補強材が混在していた。本体は旧連邦時代のものだが、エンジンノズルと外装に後代の部品が増設されている。ひどく使い込まれているが、エンジンの周囲だけが清潔だった。長距離を継続して運用してきた船の、手入れの具合だ。


「登録番号は」


「旧連邦識別体系の番号です。連邦崩壊後も四十年近く維持してきた計算になります」


 颯は貨物船を見た。崩壊直後から使い続けている船だ。場当たりで動いている集団ではない。


 岩陰に錆鉄丸を停め、サブシステム以外の電源を落とすよう指示した。施設内の熱源が消えるか、貨物船が離脱するまで待つ。


 主電源が落ちると循環ファンが止まり、コンソールの発光も消えた。窓の外、環状帯の岩塊が静止している。颯はシートに背中を預け、施設の方向から目を離さなかった。


「アルテ」


「はい」


「前の持ち主のことを考えていた」


 アルテは返さなかった。颯が続けた。


「M-0144の設計図を排熱ダクトに隠していた。誰かに渡すためではなく、誰かに取られないためだったかもしれない」


「……可能性は否定できません」


「同じようなことが各地で起きていたとすれば、今ここで起きていることと繋がる」


 しばらく間があった。


「彼らが技術を独占しようとしているなら、散逸を防ごうとした人間が過去にいても不思議ではありません。前の持ち主は意図してデータを隠したのかもしれない」


 颯は何も言わなかった。


 以前から意識していた可能性だった。だが口にしたのは今が初めてだ。アルテも同じことを考えていた。それぞれが言葉にしないまま持っていたものが、この暗い船内で並んだ。


 一時間が過ぎた。


 颯は手持ち無沙汰に工具を取り出し、センサーボードの接続端子を締め直した。大した作業ではない。手を動かさないと頭が過剰に動く。


「颯」


「なんだ」


「D-7で颯が通常ルートを選んだ時、私は迂回を提案していました。あの判断について、今も正しかったと思いますか」


 颯は端子を締める手を止めた。


「なぜ今それを聞く」


「D-9に彼らが先行していることが確認できたため。迂回した場合と比較して、今の状況がどのくらい危険なのか評価したかった」


 颯は端子を一つ締め終え、次へ移った。


「危険の定義による」


「定義」


「接触することが危険かどうかと、情報を得ずに離脱することが危険かどうかは別の話だ。俺はまだ相手のことを何も知らない。知らないまま避け続けることの方が、長期的には不利だ」


 アルテがまた間を置いた。


「記録します」


 その一言は、システムの定型とは重さが違った。颯は工具を置いた。置く速さが少し変わった。颯はそれを自覚した上で、コンソールに視線を移した。



 二時間が経過した頃、貨物船のエンジンが起動した。


「離脱準備を確認。施設内の熱源も消えています。全員が乗船しました」


 颯は窓越しに見た。貨物船がゆっくりと岩陰を抜け、環状帯の外側へ上昇した。進路は南西だ。


「追わない」


「わかっています」


 船影が星の中に消えてから五分後、颯は施設へ向かった。



 D-9の内部はD-7とは異なっていた。


 旧連邦規格の資材倉庫だった。天井が低く、金属ラックが壁沿いに並んでいる。半数のラックは空だったが、残りには資材が整然と残されていた。素材の塊、接続端子の束、断熱フィルムの巻き物。選んで持っていったことが一目でわかる。


「優先度の低いものを置いていった」


「急いでいたか、積載量の限界か。ただし残置品の選別に一貫性があります。導電性の高い素材は持ち去られ、断熱材は残されている。目録を持って動いています」


 颯は管理端末に向かった。電源は落ちていたが本体は残されている。アダプタを差し込むと、アルテが沈黙した。


「削除済みですが、キャッシュ領域の一部に断片が残存しています。フラッシュ操作が不完全でした」


「何が取れる」


「訪問済み施設の索引の一部です。D-7、D-4、D-11、および識別できない座標が複数。ゾーラから受け取ったリストとは重複していません」


「別の情報源を持っている」


「はい。あるいは同系統の情報が、別のルートで彼らの手に渡っていた可能性があります」


 颯は端末から目を離し、倉庫の中を歩いた。棚の選別に迷いがない。施設の構造と資材の用途を把握した上で動いている。


「旧連邦のAIを使っている可能性は」


 アルテは少しだけ間を置いた。


「崩壊後も稼働が確認されたセントラルAIの数は、記録上で三十七機です。各コミュニティの生存記録と交信履歴を照合して集計された数字で、混乱期に廃棄・損傷したものは含まれていません」


「三十七機」


「私はその中に含まれていません。連邦崩壊時に封鎖モードへ移行し、廃棄宙域の船に眠っていたため、記録上は消息不明あるいは廃棄扱いになっているはずです。同じ状況のAIが他にも存在するなら、三十七という数字の外にいます」


 颯はそこで立ち止まった。


 三十七機。フィーエルの連中も、アステルのイグニスも、その数字を知っていた。根拠のある数字だとすれば、自分とアルテはその外側にいる。前の持ち主の設計図が記録の外に隠されていたのと同じように。


「三十七機の外に、まだいるかもしれない」


「可能性は高い。彼らのアクセス精度が旧連邦の施設仕様書と整合しているなら、同じデータセットを持つAIが別の目的で運用されていることが最も自然な説明です」


 颯は管理端末に戻り、もう一度スキャンを指示した。


「最深部のキャッシュにさらに断片が残存しています。D-4を含む別のリストです。ただし取得した場合、彼らはここのキャッシュが不完全だったことに後から気づく可能性があります」


「わかった。取る」


「颯」


 言葉の前に、少し間があった。颯は待った。


「追跡対象になりうることを念頭においてください」


 いつもの分析とは重さが違った。颯は端末を見たまま答えた。


「もとから念頭にある」


「……わかりました。転送します」


 断片データが四十秒で移った。颯はアダプタを抜き、ポーチへしまった。倉庫の隅で残置されたセンサー部品の未開封ケースを見つけ、抱えてハッチへ向かった。



 錆鉄丸に戻り、センサー部品のケースをシートベルトで固定した。


「なぜ復興を妨害する」


 施設を歩きながら考え続けていた問いを、そのまま声に出した。


「利益構造のためです」


 アルテは間を置かずに答えた。


「旧連邦技術を独占することで、他のコミュニティへの配布権を持てます。資源との交換か、従属関係の形成か。今は蓄積の段階で、その後に流通を制御することで影響力を持つつもりかもしれない」


 颯は窓の外を見た。


 フィーエル、アステル、ロストン、エリアの隠れ里。それぞれが技術を必要としていた。もし技術の入口を一か所が独占するなら、各コミュニティはその組織を経由せずには生きていけなくなる。今は動き始めたばかりだ。まだ間がある。


「断片データから次の候補地は割り出せるか」


「解析に時間が必要です。ただし今の段階で言えることがあります」


「言え」


「彼らのリストには、我々が先行した施設が含まれていません。フィーエル、アステル、ロストン、エリアの隠れ里。これらに彼らの痕跡はなかった。つまり現時点では、こちらが先にいる場所が存在しています」


 颯は手を止めた。


「先にいる、のか」


「はい」


 暗い星々が窓の外に広がっていた。同じ座標リストを手にした誰かが、今は別の方向へ進んでいる。彼らがまだ向かっていない場所が、ある。


 前の持ち主の設計図も、アルテも、三十七という数字の外にあった。それが今、颯の手の中にある。


 颯は錆鉄丸のエンジンを起動した。環状帯の外へ、機首を向けた。三十七の外側にあるものを、取りに行くために。

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