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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

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中継点の記録者

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 デルタへの帰路は二十日かかった。


 環状帯の縁を掠めるルートで、リード13番を出てから三日は塵雲の中を走った。センサーが小さな礫を断続的に拾い、アルテが回避経路を次々と更新した。颯は手動と自動を状況に応じて切り替えながら操舵桿を握り、計器の数値を目で追い続けた。舷窓から外を見ても黄褐色の霞しか見えない。礫が船体に当たる音が鈍く響くたび、颯は音の出た方向を確認した。


「大きい礫ではありません」アルテが言った。「塗装が剥がれる程度です」


「分かってる」


「ご確認のための補足でした」


 颯は答えなかった。


 四日目の正午頃から宙域が落ち着いた。環状帯の外縁に出ると視界が開けた。塵がなくなり、前方に星が増えた。錆鉄丸のエンジンが定常音に変わり、振動が均一になった。


「デルタまで残り十六日」


「ゾーラには向かっている連絡を入れたか」


「入れてあります。データ転送の準備をしておくよう伝えました。ゾーラさんから返信があり、受け入れ準備は整っているとのことです」


 颯は椅子の背もたれに体を預けた。計器盤の緑の点滅を見ながら、しばらく天井を見た。副操縦席には何も置いていない。リード13番から持ち出した補助端末がポケットの中にある。手のひらに乗る大きさの媒体の中に、千六百七十八種の植物情報が入っている。フィーエルで育てているのが十二種、エリアの隠れ里が確保しているのが三十種ほど。それが五十分の一に満たないと、棚の前で思った。数字は正しかったが、体で理解するまで時間がかかった。


 十六日後の夜明け前、デルタのドックに着陸した。



 気圧調整の音がして、ハッチが開いた。


 通路を歩くとゾーラが待っていた。前回と同じ灰色の作業着で、端末を片手に持っている。背が高く、短い灰色の髪が通路の照明の下で平坦に光っていた。前回は無表情に近かったが、今は何か計算しているような目をしていた。


「早かった」ゾーラは言った。


「予定より半日早い」


「アルテから聞いています。リード13番で何かを見つけたと」


「見つけた」颯はジャケットのポケットから補助端末を取り出した。「これに入っている」


 ゾーラは端末を受け取らなかった。颯の手の中の端末を見ていた。


「何が入っているんですか」


「種子の保管記録と遺伝情報。千六百七十八種類分」


 ゾーラが数秒、沈黙した。端末から颯の顔に視線が上がって、また端末に戻った。


「確認していいですか」


「それが目的でここに寄った」



 通信室は前回より整理されていた。壁に束ねられた配線が新しく固定されており、床に雑然と置かれていた予備機材が棚に収まっている。ゾーラが補助端末を接続台に差し込んだ。大型モニターにファイル構造が表示された。


 アルテが管理台帳のインデックスを展開した。植物の学名と保管コード、種子登録番号が縦に長く並ぶ。


 ゾーラは画面を縦にスクロールした。指が止まらなかった。一分近くスクロールし続けて、ようやく指が静止した。


「これ全部、施設に種子がある」


「一部は記録だけで現物がない品種も混じっているが、管理台帳に登録されているものの大部分は残っている」颯は言った。「換気扇が動いていた。百七十年以上、止まっていない」


「換気扇が」ゾーラは画面を見たまま繰り返した。独り言のような口調だった。


 しばらく沈黙が続いた。


「私の祖母が農業局に勤めていました」ゾーラが言った。「旧連邦の崩壊の前の話です。農業局が連邦末期にやっていた事業の一つが、G型農業施設への種子退避計画でした。どこまで実行できたか分からないと祖母は言っていた。崩壊が速すぎて、手続きが途中になったものも多かったはずだと」


「リード13番では完了していた」


「そうですね」


 ゾーラの指が画面をもう一度スクロールした。今度はゆっくりだった。品種名を一つひとつ確認するような速度だった。


「エリアの隠れ里への転送、今日中にできます。デルタの中継ルートを通せば帯域は細いですが、三日以内には届きます」


「頼む」


「エリアはこれをどう使うか、もう分かっているんですか」


「エリアが探していた品種のうち十一種がこの中に入っている。栽培環境データも付いている。後はエリアが判断する。颯がするべきことは情報を届けるだけだ」


 ゾーラは端末の操作を始めた。転送プロトコルを組んでいるらしく、複数の端末とモニターの間で視線を行き来させた。


 颯は通信室の壁に並んだ機材を見ていた。旧連邦規格のレシーバーに自作の改修が重なっている。継ぎ接ぎだが動いている。ゾーラが一人で長い時間をかけてここを維持してきた痕跡がそこにある。前回来た時には気にしなかったが、今は目に入る。


「転送開始します」ゾーラが言った。「完了まで六時間です」



 休憩室でゾーラがコーヒーを出した。旧連邦規格の缶入りで、ラベルが半分剥がれている。缶の底が微妙に凹んでいた。颯は飲んだ。苦かった。


「エリアの隠れ里へは行くんですか」ゾーラが向かいに座りながら聞いた。


「データを送った後で直接会いに行く。現物の種子をどうするかも含めて話をする必要がある」


「私は行ったことがありません」ゾーラは缶を両手で持った。「南東方向の宙域は複雑で。私の船では無理です」


「錆鉄丸ならいける」


「アルテさんのセンサーがあるから」


「センサーの精度が違う。それだけではなくて、アルテは航路の最適化が速い。礫の密度が変わった時の再計算が人間の判断より一秒以上早い。あの宙域ではその差が大きい」


「そういうことか」ゾーラは缶を置いた。颯を見た。「あなたはフィーエルから来て、アステルに寄って、リード13番に行って、また戻ってきた。今度は再びエリアの隠れ里に行く。動き続けている」


「動いていれば何かに辿り着く」


「仕事だと思っているんですか」


 颯は缶を持ったまま考えた。「合っているかどうか分からない。誰かに頼まれたわけじゃないから、仕事という言葉が正確かどうか」


「では何で動いている」


「アルテが設計図を持っている。俺はそれを届けられる船を持っている。設計図の届け先がある。それだけだ」


 ゾーラは少し笑った。声は出なかったが、口の端が動いた。「単純です」


「ゾーラはここを離れたことがあるか」


 ゾーラの表情が変わった。笑いが消えて、目が少し固くなった。「あります。ずっと昔に。でも今はここにいる」


「理由があるか」


「理由はある。話すと長い」


 颯はそれ以上聞かなかった。二人とも缶を持って、しばらく別々に飲んだ。休憩室の窓から外を見ると、環状帯の縁が見えた。塵が光を散らしている。


「ゾーラが記録をここで取り続けているのは」颯は窓を見たまま言った。「誰かが使うと思っているからか」


「最初は違いました。記録を取ることが目的だった。誰かに届けるためではなく、残すために」


「今は」


「今も残すためです。でも、あなたたちみたいな人間が来るかもしれないとは、前よりは思っています」



 転送が完了したのは夕方だった。


 アルテが通信から確認を入れた。「エリアへのパケット送信を完了しました。受信確認は三日後に来るはずです。エリアが取得できれば、こちらで事前に栽培シミュレーションを走らせておけます」


「走らせておいてくれ」


「はい。エリアの隠れ里の環境データは、ゾーラさんから以前受け取った気象記録を基準にします。七年分あります。精度は十分出せます」


 ゾーラが端末から顔を上げた。「使っているんですか、あの記録を」


「有効なデータです」アルテが言った。「ゾーラさんが長年記録してきた大気圧と気温と湿度の数値が、エリアの隠れ里の栽培シミュレーションに直接使えます。エリアのコミュニティとここは距離は離れていますが、この地域の気候帯は同一です。ゾーラさんのデータがなければ、シミュレーションの精度が下がります」


「そういう使われ方をしているとは知らなかった」


「七年分のデータは貴重です。最低でもあと十年は記録を続けてください」


 ゾーラは少し間を置いてから、また笑った。今度は声が出た。低く短い笑いだった。「了解しました」



 翌朝、出発前にゾーラがドックの通路で待っていた。


 手に何かを持っていた。小さな金属の箱だった。一辺が十センチほどの立方体で、表面が古い合金の色をしている。接合部が旧式の方法で溶接されていた。


「持って行ってもらえますか」


 颯は受け取った。重さがある。表面に文字が刻まれていた。旧連邦の規格書体だった。文字の意味は颯には判読できなかった。


「何だ」


「祖母が残したものの中にありました。農業局の内部文書のコピーが入っていると思います。封を開けようとしたことはありますが、この接合方式は旧連邦の専用工具がないと解錠できない。アルテさんなら、外から電子的に読み取れるかもしれないと思って」


「読み取れなかった場合は」


「その場合は何も言わなくていいです。持って行ってもらうことが目的ではなくて」ゾーラは言葉を少し切った。「祖母は農業局の職員でした。崩壊の直前にこれを残した。何が入っているか、ずっと気になっていたけれど、ずっと開けられなかった。あなたたちなら開けられるかもしれない」


 颯は箱の接合部を指で触った。溶接の跡が均一だった。量産品ではなく、工具で精密に閉じられたものだ。腐食は最小限で、密封状態が長く保たれてきたと分かる。


「何か役に立つものが入っていたら、伝える。そうでなければ、戻りに持ってくる」


「どちらでも構いません」


「エリアのところに着いたら、通信を入れる。向こうの状況を伝える」


 ゾーラは頷いた。



 錆鉄丸が離陸した。ゾーラのステーションが窓の外で小さくなった。環状帯の縁が右に流れ、星の密度が変わった。


「ゾーラさんが渡した箱、解析していいですか」


「やってくれ」


 しばらく間があった。


「旧連邦農業局の内部文書が入っています」アルテが言った。「G型農業施設の稼働状況レポートが複数件。リード13番以外の施設のものも含まれています。全部で七施設分のレポートが確認できます。うち三施設には施設の座標データが添付されています」


 颯は操舵桿を握ったまま、前方の星を見た。


「まだ動いているかもしれない施設が三つある」


「現時点では不明です。リード13番と同様に、現地確認が必要です。レポートの作成日付は百七十三年前。その後の稼働状況は記録がありません」


「リード13番は動いていた」


「はい」


 颯は計器盤に目を落とした。エリアの隠れ里までの距離と到達予定時間が表示されている。三日と十四時間。複雑な宙域を抜ける最適ルートを、アルテが既に組んであった。


 ゾーラが渡した箱は副操縦席の上に置いてある。祖母が残して、誰にも読み取れないまま何十年も棚に置かれていた金属の箱が、今は三施設分の座標データを持って南東方向へ飛んでいる。


「アルテ」


「はい」


「記録を残した人間たちは、誰かが後で使うことを考えていたのか」


「個人の動機は分かりません。ただ農業局の種子保管計画は設計思想として将来の再建を想定しています。施設の稼働期間を三百年に設定していたこと、座標データを封書に添付していたこと、どちらも遠い将来の回収者を想定した判断です」


「三百年後に誰かが取りに来ると思って、設計していた」


「少なくとも、百七十年後に颯さんが来ることは、想定の範囲内でした」


 颯は何も言わなかった。エンジンの音が安定していた。錆鉄丸は南東へ向けて飛んでいた。端末の中には、種子の記録が入っている。

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