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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

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稼働音

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

格納庫の採光口から、アステルの低い陽が斜めに差し込んでいた。粉塵を含んだ空気の中に機械油と溶接剤の匂いが混じっている。颯は採掘機の駆動部の前にしゃがんで、外装を外した内部を確かめていた。


 旧連邦規格の大型採掘機だ。整備記録を読むと製造から百五十年以上は経っている。それにしては骨格の精度が保たれていた。


「ここが擦れていた箇所か」


「そうだ」イグニスは隣に座り込み、摩耗した部品に照明を当てた。「廃棄の判断記録に同じパターンの写真があった。当時の担当者が直し方を試みたが、部品の寸法表がなくて諦めた」


「設計書の寸法表と一致するか」


「合う。フィーエルの設備なら作れる。セイへの連絡は昨夜入れた」


「返事は」


「今朝来た。五日で作れると」


 颯は部品を手に取って光に透かした。摩耗面の角度を指で確かめる。削れ方が均一だ。素材が良かったから百五十年保ったのだろうし、素材が良かったから修理の余地もある。


「帰りに受け取って持ってくる。次に来る時の荷物に入れればいい」


 イグニスは頷いた。二人は並んで部品の全数を確認し始めた。



 二日目の夕方、セイから通信が入った。


「寸法表を受け取った。旧連邦の設計書は注記が丁寧で助かる」セイの声は通信越しでも平坦だった。「四種類のうち三種類は今ある在庫で対応できる。四種類目だけ素材を確保してから作る。日程は変わらない」


「素材の確保は問題ないか」


「アリスに替わる」


 アリスに切り替わった。「素材は手持ちにあります。合金の組成を確認しているので、アルテさんに設計書の注記を見てもらえますか。素材の温度特性について特記がないか知りたい」


 アルテがデータを転送した。アリスは数分後に返した。「線膨張率の許容範囲が分かりました。カレンと相談して最後の調整をします。五日後には送れます」


「よろしく頼む」


 通信が切れた後、颯は星図を一度見てから閉じた。



 三日目の朝、エリアから通信が来た。


 声は柔らかいが芯がある。以前と変わらない話し方だった。


「颯さん、アステルには着きましたか」


「三日前から来ている。採掘機の修理を手伝っている」


「それはよかった。一つ訊いてもいいですか」


「どうぞ」


 少し間があった。


「隠れ里の食料についてです。私たちは長い間、同じ植物を育て続けてきました。種が混ざらないように管理して、外来種が侵入しないように注意して、それが正しいと思っていた。でも今年の収穫を確認していて気になることがあって」


「どういうことか」


「同じ品種を長年育てると、遺伝的な多様性が落ちます。うちの植物は今、外見は健全に見えるが、少し条件が変わったら対応できないかもしれない。私たちの生態系は安定しているように見えて、実は脆くなっているのかもしれない。比較する基準がない。旧連邦時代にどんな品種があったか、どんな特性を持っていたか、そういう情報があれば確認できるのですが」


「分かった。少し待ってくれ」颯はエリアに言った。「今すぐ答えは出せないが、調べる」


「急がなくていいです。冬が来るまでに確認できれば」


 通信が切れた後、颯はアルテを見た。


「旧連邦の植物遺伝情報は、アルテのデータベースに入っているか」


「部分的には入っています。ただし包括的なデータベースは持っていません。旧連邦の農業関連施設には専門のデータが保管されていたはずです」


 颯は端末を開いた。北北西の方向に、七百八十天文単位先の座標が点として光っていた。


「リード13番に植物遺伝情報データベースがあると言っていたな」


「旧連邦農業施設の標準設備として含まれています。ただし施設の現状は確認していない」


「施設が生きていれば、エリアの必要なものがある可能性がある」


「確率的には高いと思います。現地で確認するまでは」


「確認しに行くのが先だ」颯は端末を閉じた。



 四日目と五日目は駆動部の分解と洗浄に費やした。


 イグニスの作業は丁寧だった。部品を扱う手が確かで、どこを残してどこを交換するかの判断が速い。颯が疑問を出すと、理由を簡潔に説明する。要点だけ言う。


「旧連邦の機械は、手を入れることを前提に設計されている」イグニスは駆動軸を検査しながら言った。「今の設備は使い捨てか、専門の設備がないと直せない。百五十年前の方が、人間の手を信頼していた」


「採掘機の設計書を見るとそれが分かる。各部品に交換の目安と手順が書いてある。誰でも直せるように考えていた」


「だから百五十年持った」


 イグニスはゆっくり動く。急がないが遅くもない。必要な作業を必要な順序で片付けていく。颯は自分のペースをイグニスに合わせた。



 五日目の夕方、セイから部品が届いた。


 デルタ経由でフィーエルの小型の貨物船が来た。コンテナを開けると四種類の部品が梱包されていた。計測仕様書と検査記録が添付されている。アリスが作った書類だ。


「精度が出ている」イグニスは部品を測定器で確認した。「旧連邦の寸法表と誤差が出ていない」


「フィーエルの設備の精度が上がったんだろう」


「カレンという人間が最後の調整をしたと書いてある」イグニスはメモを読んだ。「手の感覚で締め付けトルクを確かめたとある」


「そういう人間だ」颯は言った。


 イグニスは短く頷いた。それ以上は何も言わなかったが、手が受け取った部品をもう一度確かめていた。



 六日目、採掘機を動かした。


 起動シーケンスを確認してから電源を入れた。駆動部が回り始めた。最初の十分間は回転数を低く保って馴染ませた。


「音が変わった」イグニスが言った。「以前は軋んでいた。今は違う」


 颯は耳を澄ませた。低い回転音だけがある。金属が擦れる不規則な音はない。


「負荷をかけてみるか」


「する」


 採掘モードで試験した。岩盤シミュレーターに当てて、最大負荷の七十パーセントをかけた。駆動部は安定して動いた。一時間後、イグニスがチェックリストを見ながら各部を点検した。


「摩耗の跡はない。温度も規定範囲内だ。テスト完了でいいと思う」


「本稼働はいつ始める」


「明日から。エネルギーの自己生産が上がれば水の電気分解ができる」


「水の問題が一つ解決する」


「そうだ」イグニスは採掘機の前に立ち、腕を組んだ。「廃棄した記録を見た時は、もう無理だと思っていた。今日動いた」


 颯は何も言わなかった。格納庫の隅で作業灯が細く光り、機械油の匂いがする。言う必要がある言葉は何もなかった。



 七日目の朝、颯は出発の準備を始めた。


 錆鉄丸の燃料を補充した。食料と水の在庫を確認した。航路のデータをアルテに最終確認させた。アステルから北北西七百八十天文単位。途中に星団が二箇所ある。標準的な航行で二十日の行程だ。


「一つ目の星団は九日目に通過します。二つ目は十三日目です」アルテが言った。「未調査の宙域が含まれていますが、既知の脅威はありません」


「分かった」


 イグニスが格納庫に来た。採掘機の朝の点検を終えたところだ。作業着の手が油で汚れている。


「今日出るか」


「今日出る。採掘機は動いた。セイへの通信経路もある。必要なら連絡してくれ」


「する」イグニスは少し間を置いた。「エリアへの植物データは、リード13番に行くということか」


「施設が生きていれば、エリアに必要なデータがある可能性がある」


「生きていなかったら」


「それはその時考える」


 イグニスは頷いた。遠くを見る目だった。「三年間送信を続けている施設が、中が空だということはないと思う。ただそれだけだ」


「俺もそう思っている」


「気をつけて行け」


 それだけだった。



 格納庫の外に出ると、アステルの空は灰色だった。岩盤の稜線が低く、大気が薄い惑星の空はいつもこういう色だ。


 錆鉄丸のエンジンを起動した。低いノイズが格納庫を抜けて外に流れた。着陸脚が動いた。船が浮いた。


「デルタへの定期通信は設定してあります」アルテが言った。「エリアとアステルへの週次スケジュールも」


「ゾーラには帰りに寄る。リード13番の結果を伝えたい」


「帰りのルートで立ち寄れます」


 アステルの重力圏を抜けた。星図の北北西に、リード13番の座標が点として光っている。


 颯は操縦桿を北北西に向けた。エンジン出力を上げた。岩盤の灰色が遠ざかった。



 航行九日目、一つ目の星団に入った。


 密度の高い宙域だ。アルテが常時センサーを動かしていた。颯は手動操作を増やした。センサーと手の感覚を両方使う。岩盤の隙間を縫うような操作は、廃船あさりで身についた感覚に近い。


「この星団の中に旧連邦の中継点跡がいくつか記録にがあります」アルテが言った。「信号は出ていませんが」


「今回は予定の中継デポだけだ。他は素通りする。帰りに寄れるなら寄る」


「分かりました」


 十一日目に星団を抜けた。前方が広がった。星団の向こうは静かな宙域だ。


「リード13番の信号を受信しています」アルテが言った。「十七時間周期、変わらず。強度が少し上がりました。近づいています」


「施設は今も動いている」


「少なくとも信号は出ています」


 颯はその方向を見た。まだ何も見えない。ただ信号が来ている。


 百七十年前の記録から最終更新が止まって、それでも送信を続けた施設。エリアが食料の多様性に不安を感じ、颯がその答えを持っている可能性のある場所へ向かっている。ゾーラが七十年間送信を続けた理由と同じだ。届かなくても送り続ける。


「アルテ、信号の内容に変化はあったか。デルタで受信した時と比べて」


「比較します」間があった。「内容は同一です。自動送信の可能性が高いと思います」


「着いてみれば分かる」


 窓の外で星が流れた。種子保管室があるかもしれない。植物遺伝情報データベースがあるかもしれない。あるいは何もかも朽ちているかもしれない。


 ただ信号は今も来ている。それだけは確かだ。エリアの隠れ里が必要としているものと、三年間待ち続けた施設が持っているかもしれないものが、今、颯の航路の先で重なっている。

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