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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

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外縁の灯り

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

環状帯に入って三時間が経った。


 粒子の密度が変わっていた。センサーが細かいノイズを拾い続け、モニターにスペックルが散った。視界が白く霞んでいる。粒子そのものは見えない。光が散乱して、遠くが滲む。そういう帯だった。


「速度、維持できるか」


「粒子密度はこのレベルが上限に近い。もう少し濃くなると押し返されます」


「外縁に沿って進む」


「了解。経路を修正します。南南西七十三度」


 推進力をわずかに落とした。錆鉄丸が揺れた。揺れは大きくなかった。機体は安定している。ただ操縦に余分な力がいる。帯の中は、何もない宇宙より重かった。


「エネルギー消費は」


「通常の一・四倍。予備は十分あります」


 颯はモニターを見た。デルタの位置を示す点が、まだ遠い。



 一時間後、通信が入った。


「錆鉄丸。こちらデルタ。現在位置と速度を」


「南南西七十二度。速度は落として外縁に近づいている」


「方位を二度西へ修正しろ。現在の経路は粒子の濃い区域を掠める」


 颯は舵を切った。「了解。修正した」


「そのまま維持。外縁まで四十分で再度指示する」


「分かった」


 アルテが経路を更新した。修正後のルートと粒子濃度マップを重ねた。ゾーラが示した方位は、薄い区域を縫うように通っていた。帯の流れを長期間観測してきた者でなければ分からないルートだ。


「ゾーラ」と颯は言った。「この経路はどれくらい使っている」


「七年だ」ゾーラは答えた。「帯の流れは季節で変わる。月に一度は測り直している」


「一人で測るのか」


「一人しかいない」


 答えが来るまでの間はなかった。事実だから言う、それだけだった。


 颯は何も言わなかった。舵を保った。



 外縁に近づくと白さが薄れた。


 帯を抜けた先は、また黒かった。しかし帯の外の黒は内側より濃く、星が鋭かった。


「デルタ、見えるか」とアルテが言った。


「十一時方向、距離六」


 小さな光の点が一つあった。揺れない。施設だ。


「錆鉄丸。デルタを確認した。左舷のドッキングポートへ誘導する」


「了解」


 近づくにつれて形が見えてきた。旧連邦の施設は円筒形だった。直径は錆鉄丸の三倍ほど。長さはその二倍くらい。外壁は煤けていた。修理の跡が何箇所もある。色が違う金属パッチが継ぎ当てられ、継ぎ当ての上にさらに継ぎ当てがある箇所もあった。長い年月、一人で補修してきた跡だ。アンテナは三本残っていた。そのうち一本は向きがわずかに歪んでいた。使えなくなって放置しているか、修理中か、颯には判断がつかなかった。


「ドッキング開始する」


「了解。自動クランプは使わなくていい。手動で合わせろ」


 自動を切って手動に切り替えた。ゾーラは機器を信用していない。理由は分かる。長年使い続けた自動機構は、ある日突然、感覚より数字を裏切る。


 手動でアプローチした。ポートの縁に合わせて、少しずつ寄せた。固定クランプが噛んだ。衝撃がなかった。静かに結合した。


「接続確認」


「固定した。接続通路を開く」とゾーラが言った。



 通路は狭かった。


 金属の壁が両側から迫る。照明は旧連邦規格の白色光。効率はいいが冷たい。錆鉄丸の中より二度は低い。息がわずかに白かった。床の継ぎ目に補修跡が続いていた。丁寧な仕事だった。割れた箇所を削って平らにして、当て板を溶接している。一人の人間が長い時間をかけてやり続けた作業だ。


 前室を抜けると、そこにゾーラがいた。


 颯が想像していたより若かった。三十代か、それに近い年齢だ。短い髪は手入れが行き届いていた。作業着は旧連邦規格に近い設計で、袖の内側に修理用のパッチが何枚か縫いつけてあった。目が鋭かった。表情は動かさなかった。


「十六夜颯」ゾーラは言った。


「そうだ」


 颯は首からかけた小型端末を示した。「アルテだ。通信でも話したAIだ。船の外に出る時はこれ越しに話す」


 ゾーラは端末を一瞥した。視線は長くなかった。それから颯を見た。「機器を見るか」


「頼む」



 通信室は施設の中心にあった。


 旧連邦の機器がラックに並んでいた。七十年物だ。外観は劣化している。しかし管理は行き届いていた。表面の汚れは最小限。コネクタ部のサビは処理してある。配線の取り回しが整っていた。長期間、一人が丁寧に維持してきた場所だ。


「これが主送信機だ」ゾーラは奥の機器を示した。「出力が落ちるのはここだけだ。受信は問題ない」


 颯はラックの横に立った。背面パネルを見た。通気口の配置を確認した。


「出力が落ちる時、機器は熱を持つか」


「表面温度を計測している。落ちる直前に二度から三度上がる」


「ログはあるか」


「全部ここにある」


 ゾーラがデータを出した。モニターにログが並んだ。送信開始からの時間軸と、温度と、出力レベルが重なっていた。


「送信開始から三十五分から四十分で温度が上昇し、出力が落ちる。休止させると温度が下がって回復する。パターンが明確です」と端末からアルテが言った。


「熱膨張だ」颯は言った。「放熱ができていない」


「増幅回路の主基板です。旧連邦の設計仕様では、この型は高出力時に熱が蓄積しやすい構造になっている。七十年の使用で熱伝導材が劣化している可能性が高い」


 ゾーラは颯を見た。「修理できるか」


「材料を確認する。熱伝導材の代替品か、放熱板の追加が必要だ。錆鉄丸の在庫を調べる。今夜中に答えが出る」


「背面パネルを開けていいか」


「開けてくれ」


 ゾーラが工具を一本差し出した。旧連邦規格のものだった。先端が磨耗していたが、使えた。


 パネルを外した。基板が見えた。表面にうっすらと変色があった。熱伝導材は乾燥して粉状になっていた。長年の熱サイクルで劣化が進んでいる。


「状態を記録しておきます」とアルテが言った。


 颯は基板の寸法を計測した。放熱板を追加するスペースを確認した。左側に三センチほど余裕があった。


「修理できる」


「本当に」ゾーラの声は変わらなかった。しかし間があった。


「錆鉄丸に使える素材がある。代替の熱伝導材と、放熱板になるアルミ板だ。加工が必要だが一日もあればできる」


「明日から作業できるか」


「できる」


 ゾーラは少し経ってから言った。「食事を用意してある」



 食堂は小さかった。


 テーブルが一つ。椅子が三脚。一脚は補修してあって足の長さが微妙に違う。使えるように直した、それだけだった。


 トレイに食事が並んでいた。旧連邦の保存食を基にしている。それに何かが混じっていた。緑色の、柔らかいものだ。


「藻の一種だ」颯が聞く前にゾーラが言った。「帯の粒子が薄い区域に群生している。定期的に回収している。毒はない」


 颯は食べた。保存食の硬さに柔らかいものが混じって、食感が複雑だった。風味は淡かった。ただ食べられる。


「エリアから話を聞いた」ゾーラは言った。「里の水路を修理したと」


「設計して、里の人たちが作った」


「M-0144は本当に機能するのか」


「フィーエルとアステルでも使った。全員に効果があった」颯は言った。「隠れ里でも3人、回復した。八歳の子供もいた」


 ゾーラは食事の手を止めた。「八歳」


「長く寝ていた。処置の後、翌日に起き上がった」


 ゾーラは何も言わなかった。食事を続けた。しかし手の動きが少し変わっていた。考えながら食べている人間の手だ。


「アルテ」ゾーラは少しして言った。「設計図はどのくらい持っている」


「三万二千件規模です。医療、建築、通信、推進系。幅広く収録しています」と端末から声がした。


「通信機器の設計図は」


「はい。旧連邦の主要な通信機器はほぼ網羅しています。この施設の機器も含まれているはずです」


「旧連邦の中枢AIの仕様も」


「保持しています。なぜですか」


 ゾーラは少し黙った。「前に、ここで働いていた技術者がいた。旧連邦の時代だ。その人が使っていたAIと、今のあなたの話し方が似ている」


 颯は端末を見た。アルテは何も言わなかった。


「旧連邦の中枢AIはほぼ同じ学習モデルを基盤にしています」とアルテが言った。「だから似るかもしれません」


「そうか」ゾーラはトレイに目を落とした。「別の話だ」


 颯は続けなかった。ゾーラが止めた話は止まる。


「通信記録の解析は、できるか」ゾーラが言った。


「どのような記録ですか」とアルテが聞いた。


「デルタが受信してきた全記録だ。施設が稼働した当初からの分がある。量が多い。整理できていない。七十年分だ」


「整理と解析の両方できます。データの形式が分かれば取り掛かれます」


「どれくらいかかる」


「量によります。パターン認識から始めれば効率よく整理できます。数日から一週間程度かと思いますが」


 ゾーラはテーブルに目を落とした。少し経ってから言った。「そのデータの中に、まだ受信できる信号があるかもしれない」


「ありますか」


「私には分析できなかった。周期性を持つノイズだと思っていたものがある。信号か雑音か、判断できなかった」


 颯はゾーラを見た。「いつから」


「三年くらい前から。弱くなったり強くなったりする。エリアの信号よりずっと遠い」


「記録は残っているか」


「全部残っている。消したことはない」


 颯は考えた。三年前。ゾーラがエリアの信号を最初に受け取ったのと近い時期だ。


「その信号の他に、同じような周期性を持つものは」


「ない。それだけだ」


「方位は」


「計測している。記録してある。ただ精度が低い。アンテナが一本、使えなくなっているから」


 颯はゾーラを見た。ゾーラは食事に目を戻していた。七十年分のデータを一人で守り続けた。消さないと決めていた。それだけのことだ。しかし今、解析できる相手がここにいる。



 夜、颯は錆鉄丸に戻った。


 部品の在庫を確認した。熱伝導材の代替になりそうな素材が三種類あった。アルテが使用可能かどうか確認した。そのうち二種類が使えると判断した。


「明日の作業順序を決める。まず基板を外して詳細確認。次に代替材の適合テスト。問題なければ組み付けと放熱板の追加だ」


「了解です。工具は借りられそうですか」


「ゾーラの工具で足りなければ錆鉄丸のを使う。旧連邦規格なら合う可能性が高い」


 颯は鉢を見た。葉が暗がりで光っている。里でもらった土が鉢の縁に少し混じっていた。


「ゾーラが言っていた周期的なノイズ」


「はい。気になりました」アルテは言った。「三年前から受信している。弱くなったり強くなったりする。エリアより遠い。それが全部正しいなら、かなり遠方からの信号です」


「別のコミュニティか」


「あるいは自動送信している旧連邦の設備かもしれません。どちらにしても、七十年分の記録を解析すれば、その信号の起源を辿れる可能性があります」


 颯は天井を見た。葉の光が揺れずに映っていた。


「ゾーラは長い間、記録を続けていた」


「エリアも同じでした。送信と記録をやめなかった」


 二人とも孤立の中にいた。エリアは十年間、ゾーラは七年間。それぞれが別の孤立の中で、送信し続け、記録し続けた。その二人が三年前に繋がった。今、颯がここに来た。ゾーラの七十年分の記録の中に、三者目の信号が眠っているかもしれない。


「明日から始める」


「はい。通信機器の修理と、記録の解析、同時進行です」


 錆鉄丸は静かだった。デルタと接続したまま、帯の外縁で停まっていた。遠くに帯の光が薄く広がっていた。白く、静かな光だった。


 この宇宙のどこかで、誰かがまだ信号を送っている。ゾーラが三年間、それを聞き続けてきた。


 颯は横になった。葉の光が天井に映ったまま、揺れなかった。

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