表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/65

補修の日

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

朝に準備を始めた。


 補修材の缶を三本、ロープを一巻き、照明ユニットを二台。颯はそれをカートに積んだ。アルテの端末がカートの横に固定してある。


「水温は昨夜より〇・三度上がっています」とアルテが言った。「植物の代謝が活発になっているせいかもしれません」


「急ぐ理由が増えた」


 クレが加工室から出てきた。厚手の作業着を着ていた。ベルトで絞って体に合わせてある。袖をまくると腕が細い。でも立ち方は三日前と違う。地面をしっかり踏んでいる。


「投与は今日の朝も済んだ」


「確認した」


 エリアが廊下の角に現れた。


「二人で降りるのか」


「二人で足りる」と颯は言った。「入口が狭い。人数が増えると作業しにくい」


「水路の下には通信が届かない」


「何かあれば戻る」


「ユイの投与は昼だ」


「時間内に終わらせる」


 エリアが少し黙った。カートの荷物を目で確認した。それから頷いた。


「気をつけて」



 水路の入口は加工室の床にある。鉄の蓋を外すと、段になった降り口がある。照明がなければ何も見えない深さだ。壁から湿気と冷気が漏れてくる。


「先に降りる」と颯は言った。


 段を踏んで降りていった。壁に手をつくと湿気が皮膚に染みる。底まで十二段。最後の二段は石が滑りやすくなっていた。


 クレが後から降りてきた。足音が静かだった。暗い中でも迷いがない。


「よく覚えている」と颯は言った。


「二十年、降りてきた」クレは照明を点けた。「目をつぶっても降りられる」


 水路は幅一メートル強の通路だった。底に水が流れている。深さは足首程度だ。壁には植物の根が細く入り込んでいる。根の先端がわずかに光っている。青みがかった色だった。颯は三日前に気づいたが、クレは二十年間それを見てきたはずだ。


「侵入口は三カ所だったな」


「はい。最初の侵入口は七十メートル先です」とアルテが端末から言った。


 颯とクレは歩いた。水が靴底を濡らした。冷たかった。底の石が丸く削れている。長い時間が流れたことが分かる形をしている。


 七十メートルを歩くと、壁に亀裂が見えた。指の幅ほどの隙間だ。根がそこから入り込んでいる。根は白くて細い。七本か八本が束になって、水中に垂れていた。根の先端が揺れるたびに微光が散る。


 颯はそれを触った。弾力がある。ヘラで押すと切れた。白い液体が出た。


「毒性はないか」


「確認済みです。根そのものは無害です。水に溶けている成分が一定量を超えると影響が出ます」


「亀裂を塞げば止まるか」


「新しい根の侵入は止まります。既存の根は時間をかけて枯れます。成分の溶出量は急速に減少します」


「やる」


 颯は缶を開けた。補修材はねっとりしている。ヘラで亀裂に押し込んだ。根がある部分は根を先に切ってから押し込む。根の断面をウエスで拭き、液が混じらないようにしてから充填した。壁の表面が粗いため、端まで丁寧に押し広げる必要があった。


 クレは端末の地図を見ながら、照明を颯の手元に向け続けた。


「角度が悪い」と颯は言った。


「ここか」クレが照明を動かした。


「そこだ」


 作業に十分かかった。補修材が亀裂を埋めた。表面を均してヘラを拭く。


「固まるまで時間がかかるか」


「このタイプは三十分で一次固化します。完全硬化は二十四時間後です。今日の水路利用に影響はありません」


「次に行く」



 二カ所目は四十メートル先にあった。


 一カ所目より亀裂が大きかった。幅が二センチ近くある。根の数も多く、水の底まで届いていた。水の流れに根が揺れて、光が水中で散る。


「二十年前には気づかなかった」とクレは言った。「最初は細い根だったはずだ」


「踏んでも切れない。伸び続ける」


「五年ほど前から水の味が変わった気がしていた」クレは壁を触った。「その頃から気にはなっていた。でも原因が分からなかった」


「気のせいではなかった」


「百人以上がいる。何かが変わった時、原因が見つからなければ気のせいにする。そうしなければやっていけない」


 颯はヘラで根を切った。液が出た。ウエスで拭いた。亀裂に補修材を押し込んだ。


 クレも作業に入った。颯がヘラで押し込んだ箇所の隣を、細い指で丁寧に均していく。手つきが正確だった。


「慣れているか」と颯は言った。


「修理は専門ではない。でも細かい作業は好きだ」


「向いている」


「水路の地図を描くことも向いていると思っている」クレは補修材を均した。「あなたは?」


「向いているかは分からない。やるだけだ」


 クレが少し間を置いた。「そういうものか」


「そういうものだ」


 作業が終わった。二カ所目の亀裂が埋まった。水路が静かに鳴っている。



 三カ所目が問題だった。


 水路が分岐している場所の、さらに奥にあった。入口から百五十メートル。クレの地図では端のほうにある。壁の亀裂は見つけにくかった。天井に近い場所に細い線が走っている。照明を向けなければ気づかない。


「高い」と颯は言った。


「脚立がない」


「肩に乗れ」


「乗れるか」


「乗れる。軽いだろう」


 クレが颯の肩に上がった。軽かった。照明を持ち上げると天井の亀裂がはっきり見えた。幅は一センチほどだが、長さが三十センチある。根は入り込んでいないが、水が細く染み出している。


「根の侵入口ではないかもしれません」とアルテが言った。「構造の劣化による水漏れの可能性があります。ただし、放置すれば根の侵入路になります」


「塞ぐ」


 クレが缶を持ち上げた。颯の肩の上で重心を安定させ、ヘラを使って亀裂に押し込んでいく。天井への角度が難しい。補修材が落ちようとするのをヘラで押さえながら均していく。


「もう少し左だ」と颯は言った。


「ここか」


「そうだ。端まで入れてくれ」


「分かった」


 七分かかった。クレが肩から降りた。


「重くはなかったか」


「問題なかった」


「三日前では倒れていた」クレは自分の手を見た。「今日は動ける」


「投与が効いている」


「あなたの治療が効いている」クレはヘラを拭いた。「エリアが言っていた。颯は必要な時に必要なものを持ってくる、と」


「たまたまだ」


「たまたまでも、起きたことには変わりない」


 颯は缶を片付けた。返す言葉がなかった。水が流れる音だけが聞こえた。根の先端がまだ光っている。これからも光り続けるだろうが、根は枯れていく。



 地上に戻ると昼前だった。


 エリアが入口の前で待っていた。


「三カ所、全部終わった」


「問題はなかったか」


「三カ所目が天井側にあった。構造劣化だ。補修は済んだ」


「水質の変化はいつ出るか」


「アルテ」


「根からの成分溶出は今日中に減少が始まります。有意な改善は三日から五日後です。一時的に数値が上がる可能性があります。枯れ始めた根から成分が溶け出すためです」


「一時的には悪化する」とエリアは言った。


「一時的に。その後下がる」


「分かった」エリアはクレを見た。「体は」


「大丈夫だ。高い場所の作業も颯の肩を借りてできた」


「肩を使ったか」エリアが颯を見た。


「荷重は軽かった」


「そうか」エリアは少し目を細めた。「昼ごはんがある。食べて休んでくれ」



 昼にヘインとユイの投与を済ませた。


 ヘインの顔色が安定していた。昨日より言葉が多かった。颯が準備をしている間、ヘインは天井を見ながら話した。


「昨日、川の夢を見た話をしたね」


「した」


「子供の頃、地上に川があった。入ると冷たかった。あの冷たさを長い間忘れていた」ヘインは天井から颯へ目を動かした。「水路を直してくれたそうだね」


「今日、終わった」


「そうか」ヘインは静かに言った。「川みたいにはならないだろうが、きれいになるか」


「きれいになる」


「それならいい」


 投与が終わった。ヘインは目を閉じた。呼吸が落ち着いている。


 ユイは投与の間、植物の鉢を膝に置いていた。カウが横に座っている。


「水路は直った?」とユイは言った。


「直った」


「この子も関係あるか」ユイは鉢を持ち上げた。


「関係ある。根が原因だった」


「この子の根?」


「仲間の根が水路の壁から入ってきていた」


 ユイは鉢を胸に抱えた。「悪いことをしていたの?」


「悪気はない。生きていただけだ」


「じゃあしょうがないね」とユイは言った。少し考えてから付け加えた。「でも水がきれいになるならよかった」


 投与の針を刺すと、ユイは小さく息を吸い込んだ。それだけだった。逃げなかった。薬剤が広がると目を細めた。鉢を抱えたまま目を閉じた。



 夕方に水質の最初の計測をした。


 エリアとクレが計測キットを使って数値を出した。颯はアルテに確認させた。


「根由来の成分は〇・二低下しています。誤差の範囲ですが、方向は正しい」


「正しい方向だ」と颯は言った。


 エリアが数値を記録に書き込んだ。「ロストンには今日も送った。水路の修理が終わったこと」


「返事は来たか」


「ミカからだ。水路問題は自分たちも経験した、と。植物の根ではなく砂の堆積だったが、同じ問題だったと言っていた」


「同じ構造だ」


「別の場所でも同じことが起きる。そういうことか」


「旧連邦時代に設計されたインフラは同じ設計書から作られている。問題の起きる場所も似てくる」


 エリアは少し考えた。「それはロストンに伝えた方がいいか」


「伝えてくれ。他に三カ所、確認すべき部分がある。アルテが設計書から推測した」


「外れている可能性もあるか」


「ある。でも確認する価値はある」


「伝える」エリアは端末を開いた。「ミカもそういう話を喜ぶ。向こうも直していける場所が増える」



 夜になった。


 颯はテーブルで端末を開いていた。アルテからの通知が一件あった。


「環状帯外縁の中継基地デルタについて、追加情報が見つかりました」


「言え」


「旧連邦時代のデータベースに運用記録があります。最後の記録は標準暦二二十八年。基地員二名で運用されていたと記録されています。その後、定期報告が途絶えています」


「途絶えた理由は」


「記録にはありません。基地自体の設計寿命は標準暦二二八〇年まであります。現在は二二八七年です。設計寿命を超えていますが、構造的に崩壊していない可能性はあります」


「誰かがいるか」


「不明です。ただ、運用記録が途絶えた後も、通信アンテナから微弱な信号が断続的に出ています。自動システムが生きている可能性があります」


「自動システムだけか、人がいるかは分からない」


「現時点では分かりません。直接確認するしかありません」


 颯は端末を置いた。鉢が目に入った。アルテノフィラの葉が、照明が落ちると縁から光り始めた。昨日も気づいたが、今日もそうだ。根ではなく葉が光る。


 患者の投与はあと二週間は続く。水路の水質は五日後に確認できる。ロストンとの通信が続いている。


 その後に、中継基地デルタがある。


 十天文単位。錆鉄丸で届く。


「燃料の現状は」


「推進剤は七十二パーセントです。デルタへの往復と若干の機動余裕を含めて、問題ありません」


「患者が安定したら出る」


「了解しました」


「デルタへのルートで注意すべき点を整理しておけ。急がないが、出る前に確認したい」


「はい。並行して作業します」


 端末を閉じた。


 テーブルの上の鉢が光っている。根ではなく葉が光る。昼間には分からない。夜に照明が落ちてから分かる。


 エリアはこれを颯に渡した。礼として渡した。この植物が水路の問題を起こした原因だった。それでも夜には光る。


 こういう光もある、と颯は思った。


 椅子に深く座って、目を閉じた。葉の光が静かに揺れていた。

面白かったら評価・ブックマークお願いします!!作者のモチベがアップします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ