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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

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根の光

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 夜になっても照明は変わらなかった。


 地下には昼も夜もない。住民たちが作り出した人工の昼夜サイクルが、壁のパネルの色と強度で時間を知らせる仕組みだ。夕方になると橙に切り替わる。食堂に人が増え、それから徐々に減っていく。


 颯は隅のテーブルでM-0144本体の次回投与スケジュールを確認していた。


 端末に届いたクレのメモが増えていた。地図の下書きだ。水路の分岐を手書きで記録し、写真を添付して送ってきている。精度が高い。余白に注釈がある。「この継ぎ目は三年前に増し締めした」「この分岐は元々支流だったが十五年前に合流させた」。二十年分の記憶が、数字と方位で整理されている。


「クレさんの地図、フィーエルの旧水系データと照合しました」とアルテが端末に送ってきた。


「一致率は」


「九割以上です。現在の水路は旧連邦補給基地の給排水系統を改修したものです。継ぎ目の位置と構造が特定できます。三カ所の侵入口以外にも、数年内に問題が出そうな箇所が五カ所あります」


「全部リストに出して」


「出しました」


 颯はリストを見た。優先度の高い順に並んでいる。合計八カ所。充填材の量を再計算する必要があった。棚の缶を頭の中で数えた。足りない可能性がある。


 エリアに伝える。


 食堂の端にエリアが一人でいた。テーブルに端末を置いて、画面を見ていた。


 颯は席を外さなかった。


 しばらくして、エリアが颯のほうを見た。


「読んだ」


「そうか」


「ダルの声は、今でも分かると思う」エリアは端末の画面を指でたたいた。「同じだった」


 颯は何も言わなかった。


「二十六年ある」とエリアは続けた。「どこから話すか分からない」


「分からなくてもいい」


「そう?」


「向こうも分からないだろう。ミカも同じ二十六年がある」


 エリアが少し口を閉じた。


「送り返したか」と颯は聞いた。


「送った。今日のことを書いた。水路の話。ユイが薬を嫌がらなかったこと。クレが地図を描いていること」


「伝わる」


 エリアは端末を閉じた。「充填材の量を確認してくれと言っていたね。明日の朝に倉庫を開ける」


「頼む。追加があれば教えてくれ」


「もう一種類ある。古い補修材だ。配合が違うかもしれない」


「成分をアルテに確認させる」


 エリアは立ち上がった。「休む。あなたも」


「もう少しで終わる」


 エリアが出て行った。照明のパネルが少し暗くなった。深夜のサイクルに入ったのだ。



 朝にクレが起き上がっていた。


 壁際に座って端末に書き込んでいた。毛布を肩に掛けたままだった。颯が入ると端末を差し出した。


「昨夜追加した。分岐を六本加えた」


 颯は見た。昨日の下書きより格段に詳しい。水路の三次元構造が番号と記号で記されている。


「三日後に工事に入るなら、今日中に使う量の見積もりを出せるか」


「出せる。私も現場に行く」


「起き上がれるか」


「行ける。四日前より体が軽い」


 颯は数値を確認した。回復の軌跡が数字に出ている。嘘をついていない。


「午後に投与がある。それが終わったら降りよう」


「了解した」


 ヘインの部屋に移った。起きていたが、顔色が昨日と変わっていた。赤みが戻っている。


「眠れたか」


「よく眠れた」とヘインは言った。静かな声だった。「昨夜、夢を見た」


「どんな夢だ」


「地上の夢だ。遠い昔の」ヘインは少し目を細めた。「私はここに来る前、地上で生まれた。地上を覚えているのは、この集落でもう三十人もいない」


 颯は投与の準備を始めた。ヘインは天井を見た。


「水路を直してくれるそうだね」


「直す」


「根の話は分かった。あの植物は悪気がない」


「ない」


「それでも二十年かけて体に入ってきた」ヘインは少し笑った。「長い話だ」


「クレが地図を書いている。水路の全区画の」


「クレがいれば大丈夫だ」ヘインは言った。「あの子は細かい。徹底している」


 投与が終わった。ヘインは目を閉じた。


「続いてくれてありがとう」と小さく言った。


 颯は答えなかった。診断ユニットのケースを閉じた。


 ユイの部屋に行くと、カウとユイが両方起きていた。ユイが小さな植物の鉢を持っていた。


「これ颯の」とユイは言った。


「何だ」


「エリアがくれた。持っていけって」


 手のひらに乗る大きさだった。土が少しあって、茎が一本出ている。葉が三枚ついていた。


「アルテノフィラか」と颯は言った。


「知ってる?」


「知っている」


「きれいだよ」とユイは言った。「夜に光る」


 カウが颯を見た。「エリアが言っていました。颯さんのおかげで根の働きが分かったと。お礼にと」


 颯は鉢を受け取った。重さがあった。土の重さだ。


「投与に入る」


 ユイは少しだけ唇を引いた。でも逃げなかった。昨日より慣れていた。薬剤が広がると、ユイは大きく息を吸い込んだ。それから少し目を細めた。


「植物の味がした」


「そうだ」


「この子の味に似てる」とユイは鉢を持ち上げた。


「同じかもしれない」


 ユイは鉢を胸に抱えた。



 昼過ぎに倉庫を確認した。


 棚の奥から補修材の缶が三本出てきた。一本は固まっていたが、二本は使える状態だった。配合の表記はかすれていた。


「基本成分はエポキシ系です」とアルテが端末から確認した。「混合比率が今あるものと違います。こちらのほうが流動性が高い。継ぎ目の充填より、侵入口の奥の処理に向いています」


「用途で使い分けられる」


「はい。八カ所は対応できます」


 颯は缶を並べた。数量が足りる。


 エリアが倉庫のドアに寄りかかっていた。


「ここにあると思っていた。使うとしたら何年後か、考えていた時期があった」


「いつかは使う」


「そうだね」エリアは棚を見た。「ここには前の人たちが残したものが多い。用途が分からないものもある」


「アルテが調べる」


「全部?」


「余裕があれば」


 エリアが颯を見た。「余裕、あるか」


「患者が先だ。水路が終わったら考える」


 エリアは少し笑った。「そうだね」



 午後の投与が終わった後、クレが加工室の前に立っていた。壁に手を当てて、自分の足元を確認するように立っている。毛布は外していた。


「今日は確認だけでいい」と颯は言った。


「分かっている。三日後は朝から動く」


 水路の管理区画に降りた。クレは端末を持ってゆっくり歩いた。一歩ずつ確認している。


 照明が届かなくなると、クレが立ち止まった。


「光る」とクレは言った。


 植物の根の先端が、薄く青みがかった光を出していた。水の中で静かに揺れている。


「昨日颯が来た後、教えてもらった。光ることは知っていた。でも夜光性だと思っていた」


「常に光る。微量だが」


「二十年、ここに降りるたびに見ていた」クレは端末で写真を撮った。「こういうものだと思っていた」


「見えなかった理由は照明の量だ。暗くなってから見える」


 クレは三カ所の侵入口を端末の地図と照らし合わせた。誤差がなかった。記憶と現実が一致している。


「奥から手前の順だね」


「そうだ」


「三日後、朝に始めれば昼前に終わる見通しだ」クレは端末を閉じた。「人手がいるか」


「二人いれば足りる」


「私と颯で行こう」


「構わない。ただ、体の状態次第だ」


「投与を続けてくれれば、三日後には問題ない」


「続ける」


「じゃあ決まりだ」


 クレが階段を登り始めた。颯は少し後ろを歩いた。植物の光が遠ざかっていった。



 夜に端末を開くと、アルテからの通知が来ていた。


「ロストンとの通信記録を確認していました。ミカさんのメッセージには位置情報のヘッダーが含まれています。ロストンの現在座標が特定できます」


「エリアに伝える。明日の朝に」


「分かりました」


「他に何かあるか」


「環状帯外縁の通信ステーションに関する古い記録を旧連邦データベースで見つけました。施設名は『中継基地デルタ』です。隠れ里の位置から方位と距離を推定できます」


 颯は続きを待った。


「直線距離で百二十八万九千三百十四キロメートルです。錆鉄丸の現在の燃料状態で到達できる範囲内です」


「まだ行かない。患者が安定してからだ」


「はい。情報として保持しておきます」


「頼む」


 端末を閉じた。


 テーブルの上に鉢が置いてある。エリアがくれたアルテノフィラだ。葉が三枚。深夜のサイクルに入って照明が落ちると、根ではなく葉の縁がわずかに光ることに気づいた。


 光の量は少ない。目が慣れてから見えてくる種類の光だ。


 三日後に水路を直す。患者はまだ投与が続く。ロストンとの通信が続いている。中継基地デルタの位置が分かった。


 順番がある。


 颯は椅子に背を預けた。照明が完全に落ちると、葉の光だけが見えた。青みがかった、静かな光だった。

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