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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
広がる通信網、新たな文明の灯火

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水路の底

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 照明が明度を上げた。


 換気ファンの音が変わった。一段、回転が増える。朝の時間帯だ。


 颯は目を開けた。ベッドの硬さと、金属と植物の混じった空気。昨日と同じ場所だった。端末を確認した。アルテからの通知が三件、積んでいた。


「06:14 — ヘインの体温、正常範囲に入りました」

「06:51 — クレが起き上がり、水を摂取しました」

「07:08 — ユイの熱、三十六度台に下がりました」


 颯は端末を閉じた。三人とも夜を越えた。


 顔を洗った。水は冷たかった。水路から引いた水だ。昨夜ヘインが言っていた。二ヶ月前から水の味が変わった、と。エリアが水質データを送ると言っていた。アルテが受け取っているかもしれない。


 廊下に出た。


 地下の朝は音から始まる。壁の向こうから農作業の音が漏れていた。足音と、低い声と、水を流す音。百八十六人分の朝が動いていた。



 ヘインの部屋はドアが少し開いていた。


 バオが椅子に座っていた。昨夜からそこにいるのかもしれなかった。ヘインはベッドに背をもたせかけて、水の入った容器を両手で持っていた。目が開いている。


 颯が入ると、バオが振り返った。


「三十分前から話せています」とバオが言った。


 颯は端末でバイタルを確認した。体温三十七度一分。心拍七十二。循環系の数値が昨夜の倍近く改善している。


 ヘインが颯を見た。「昨夜、治療してくれた人か」


「そうだ」


「バオから聞いた」ヘインはゆっくりと息を吸った。「体が動く気がする。昨日とは違う」


「今日も続ける。追加投与が必要だ」


「痛くないか」


「ほとんど感じない。吸い込むだけだ」


 颯はM-0144の診断ユニットを取り出した。設定を昨夜の継続投与に合わせた。バオがヘインの背を支えた。


 投与が終わるまで三分かかった。ヘインはじっとしていた。目を閉じていた。


「水路のことを誰かに言ったか」と颯は聞いた。


「クレに言った。クレが記録を取っていた」ヘインは少し眉を動かした。「エリアには言ったが、何も変わらなかった」


「アルテが昨夜から調べている。結果が出たら知らせる」


 ヘインが颯を見た。「信じてもらえるとは思っていなかった」


「データが出れば分かる」



 ユイの部屋に着いたとき、カウは娘の手を握ったまま眠っていた。ユイは天井を見ていた。


 颯が入ると、ユイが振り向いた。


「また来た」


「毎日来る」


 ユイは颯の手元を見た。M-0144の付属機器が入ったケースを見た。「それ昨日と同じ」


「同じだ」


「今日は痛い」


「慣れるほど痛くない」


 ユイは少し口をすぼめた。でも逃げなかった。颯がアダプターを接続すると、ユイは大きく息を吸い込んだ。薬剤が霧になって広がった。目を少しつむった。


「植物の味がする」とユイが言った。


「そうか」


「嫌いじゃない」


 カウが目を覚ました。娘を見て、それから颯を見た。何も言わなかった。颯も言わなかった。



 クレは腰掛けていた。端末を膝に置いて、自分のバイタルログを読んでいた。


 数値が読めるのだと颯は思った。技術者だ。


「昨夜より顔色がいい」と颯は言った。


「自分でも分かる」クレは端末を渡した。「数値はこれで合っているか」


 颯は確認した。回復速度は三人の中で最も早かった。基礎体力がある。


「合っている。今日中に追加投与は一回で済む見通しだ」


「三日で起き上がれるか」


「状態が続けばそうなる」


 クレが颯を見た。「水路の調査はどうなっている」


「アルテが昨夜から回している。今日中に出る」


「地図を作れる。水路の詳細な分岐を、二十年分把握している」クレは端末を指でたたいた。「寝ながらでも書ける。使えるなら使ってくれ」


「使う。頼む」


 クレは少し頷いた。それきり端末に視線を戻した。颯は投与の準備を始めた。



 食堂に戻ったとき、エリアが入口に立っていた。


「三人とも回った」と颯は言った。


「ありがとう」とエリアが言った。「食事を先に。調査の話はその後で」


 テーブルに野菜と植物性のタンパク質が並んでいた。温かかった。地下育ちの食材だ。旨味が凝縮している。


 端末にアルテからの通知が来た。


「水路データの分析が終わりました」


「読む」


「フィーエル水系データベースとの比較で、二種類の有機化合物が二ヶ月前から濃度上昇しています。どちらも植物由来です。一つ目はアルテノフィラという水生植物の根の滲出物で、長期摂取で血液凝固因子に干渉します。ヘインさんとクレさんの症状との一致率が高い」


「アルテノフィラ」と颯は繰り返した。


「旧連邦の農業データベースに記録があります。極地環境の土壌改良植物です。根が岩盤の微細な亀裂に侵入して保水構造を作る性質があります。水路を管理している場所に持ち込まれると、管の継ぎ目から内部に入ります」


 颯はエリアを見た。「アルテノフィラという植物を育てているか」


 エリアは少し眉を上げた。「ある。水路に近い区画に。十年前から管理対象に入れた」


「根が水路に入っている。二ヶ月前に急に悪化したのは、水源側の管の継ぎ目が緩んだか、根が新しい区間に侵入したためだ」


 エリアは端末を出してメモを取った。「除去できるか」


「根を切り離して、継ぎ目を充填すれば止まる。ヘインとクレには血液凝固因子を補う投与を今日から追加する。M-0144に対応機能がある」


「充填材は加工室にある。古いが捨てていない」


「見てみる」


 エリアは颯の顔を少し見た。「見せる。食べてから行こう」



 水路の管理区画は、栽培区画からさらに石の階段を降りた場所にあった。


 照明が届かなくなると、植物が光を放っていた。根の先端から青みがかった光が漏れていた。天然の発光だ。二十年かけて地下環境に適応した植物が出した答えだ。


 颯は端末のライトで水路の底を照らした。水は澄んでいた。透明な水の中に、白い糸状のものが漂っていた。根の先端だ。管の継ぎ目から内部に入り込んでいる。


「三カ所ある」とアルテが端末に送ってきた。「奥の二つが二ヶ月前の主な侵入口だと思います」


「除去の順番は」


「奥から手前の順です。奥を残して手前だけ充填すると、水圧で侵入が加速する可能性があります」


 颯はしゃがんで根を指で触った。弾力があった。細い維管束が内部に走っている。断面が複雑だ。


「この植物の使い道は、食べることだけか」とエリアに聞いた。


「茎と葉を食べる。栄養価が高い」エリアが水路の壁に手を当てた。「それと、根を煮出したものを傷に使っていた。昔から効いている気がして、続けていた」


「理由がある」と颯は言った。「根の滲出物に抗菌成分が含まれている。旧連邦時代に外傷治療の補助材として記録がある。M-0144には入っていない成分だ」


 エリアが颯を見た。


「二十年使っていて、なぜ効くか分からなかった」


「分かった。今は」


 エリアは壁から手を離した。「水路の問題を解決したら、植物は残せるか」


「管のルートを植物の根域から外すか、根の侵入口を確実に封じれば残せる。植物ごと除去する必要はない」


 エリアが少し息を吐いた。「二十年かけて根付かせた」


「分かっている」


「助かる」



 加工室でエポキシ系充填材の缶が棚の奥から出てきた。蓋を開けると、まだ固まっていなかった。


 颯は分量を計算した。三カ所の充填に必要な量。足りる。


 アルテが端末に送ってきた。「クレさんから伝言です。水路の地図と写真を作るので、必要な部分を指定してほしいということです」


「昨夜言っていた」


「今朝から作業を始めたそうです。二十年分の記憶があると言っています」


 颯はクレの回復スピードを思い出した。三日で起き上がれる。水路の工事は三日後になる。それまでに地図があれば、作業の順序を事前に組める。


「全区画の分岐を頼む。細かいほどいい」


「伝えます」


 加工室の窓から廊下が見えた。子どもが二人走っていた。笑い声が壁を抜けてきた。


 颯は充填材の缶を棚に戻した。今日は水路の状態を記録だけしておく。工事の本番は三日後だ。


 端末に新しい通知が来た。


 アルテだった。


「ロストンからの通信を傍受しました。颯宛ではありません。確認が必要です」


「内容を」


「ミカさんからエリアさんへの返信です。受信は七分前。読み上げますか」


「読め」


「エリア、生きていてよかった。ダルもここにいる。二十六年、ずっと気になっていた。颯が教えてくれた。来られる時に来てほしいとは言わない。でも繋がっていたい。M-0144の件は颯の判断を信頼する。以上。ミカ」


 颯は端末を握ったままにした。


 エリアに伝える。


 廊下に出た。栽培区画の入口に人が集まっていた。今日の作業の打ち合わせだ。エリアが中心にいた。照明の下で植物の葉が揺れていた。


 颯が近づくと、エリアが話を切って振り返った。


「ロストンから返信が来た」と颯は言った。「ミカから、あなた宛だ」


 エリアの周囲の人間が少し動きを止めた。エリアは静止した。


「読むか」


「後で」とエリアは言った。声は平坦だった。「今日の作業が終わってから」


「分かった」


 エリアは作業の話に戻った。颯は一歩引いた。


 栽培区画の中で植物が伸びていた。壁際に根を張って、天井に向かって葉を広げていた。水路の下には、同じ植物の根が伸びている。百八十六人の二十年が、ここにある。


 午後にヘインとクレへの追加投与がある。


 今日も来た。明日も来る。


 颯はライトを消さなかった。水路の底には、まだ切り離すべき根が残っている。

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