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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
アステルの託された意思

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繋がる声

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 接続が確立したのは、三十七分後だった。


 ロストンの送信機は旧連邦規格の回路と手製の増幅器が混在していた。配線の一部が劣化していた。アルテが部品の状態を読み取り、颯にどこを調整すればいいかを伝えた。颯はミカから借りた工具を使いながらアルテの指示に従った。


 ミカは部屋の隅に立って見ていた。ダルは一度外へ出た。換気系統の確認をしてくると言った。アルテが訳した時、颯は手を止めなかった。


「試験信号を送ります。アステルの受信機が応答するまで十分から二十分かかる可能性があります」


「待てる」


 パルスが三回、送信機から出た。低い音だった。部屋の空気が少しだけ動いた気がした。


 ミカが壁に手をついた。そのまま立っていた。


 十六分後、返信が来た。



「アステルの受信機が確認を取りました」とアルテが言った。「通常の電波では往復に時間がかかります。旧連邦の緊急用・超空間プロトコルを強制起動させ音声通話を開始します」


 颯はミカを見た。ミカが目を細めた。颯は切り替えスイッチを押した。


 雑音が入った。遠い距離と、長く使われていなかった回線の歪みだった。その奥に声が混ざっていた。


「こちらアステル管制。颯さんか」


 イグニスの声だった。


 ミカが壁から手を離した。一歩前に出た。アルテが小声で翻訳した。ミカは何も言わなかった。ただ通信機を見ていた。


「繋がった」と颯は言った。「ロストン・プロスペクトだ。生存者がいる。送信機を中継に使って繋いだ」


「ロストンか」


 イグニスが言った。短い沈黙があった。


「——本当にあそこが」


 颯は通信機をミカに向けた。アルテが小声で言った。「話せます。私が訳します」


 ミカがゆっくりと歩み寄った。通信機の前に立った。まだ何も言わなかった。


 イグニスの声が続いた。「誰かいるなら、返事をしてほしい。二十年ぶりに聞く名前だ」


 ミカが話した。ゆっくりと、静かに。


「イグニス主任。ミカ・ヴァルナです。ロストン坑道生存グループ、現在九名。うち六名が医療支援を必要としています」


 アルテが訳した。颯は通信機越しにイグニスが息を飲む音を聞いた。


「ミカか」


「はい」


「二十年間、生きていたのか」


「生きていました。ダルも一緒です」


 また間があった。長い間だった。ロストンの換気扇が低く回っていた。


「よかった」とイグニスが言った。ただそれだけだった。声が少し変わっていた。



 ダルが部屋に戻ってきた。


 颯が振り返った。ダルは颯を一度見て、通信機を見た。接続中のランプが灯っていた。


「繋がっている」と颯は言った。


 アルテが訳した。ダルの表情は変わらなかった。ゆっくりと通信機に近づいた。


「ダルが話せます」とアルテが言った。


 颯は通信機を向けた。ダルが一度深く息を吸った。それから話した。声が低かった。標準語のアクセントではなかった。ゆっくりと、一語ずつ区切るように言った。


 アルテが訳した。


「イグニス主任。二十年前、あなたが企画した送別会を断った。理由を言わなかった。ずっと言わなかった。今、言います」


 通信機の向こうで沈黙があった。


「あの頃、私は基地を離れることを迷っていた。出発の前日、地下の配管に亀裂が見つかった。担当を引き継ぐつもりだったが、引き継ぎが完了しなかった。送別会に出る気になれなかった。あなたに直接言うべきだったが、言えなかった」


 颯はアルテの隣で回線の状態を確認した。安定していた。


「ミカが残ったのも、私が残ったのも、あの配管の問題が始まりだった。修理が終わったら追いかけようと思っていた。修理が終わった時には、連絡が取れなくなっていた」


 イグニスがゆっくりと答えた。アルテが訳した。


「あの送別会を、私も後悔していた。あの時もっと話し合えばよかった、と。——ダル、生きていてくれてよかった。配管の件は、今初めて聞いた」


 ダルは何も言わなかった。ミカが壁を向いた。



「イグニス、患者の状況を伝える」と颯は通信機を引き取った。「六名、骨格系の病変が主体だ。長期の重力不安定が原因と思われる。M-0144の有効性はアルテが判定する」


「了解した」とイグニスが言った。声が仕事の声に戻っていた。「こちらでも使用データをまとめる。アルテに送る」


「助かる」


「颯さん——ミカとダルに伝えてくれ。アステルにいる全員が、二人の安全を喜んでいると」


 颯はミカとダルを見た。アルテが訳した。


 ミカが颯を見た。目が少し潤んでいた。それだけだった。ダルは工具ベルトに手をかけたまま、壁のどこかを見ていた。



 医療スペースへ戻った。


 六名の患者が横になっていた。颯はアルテに画像診断のデータを出させた。アルテが各患者の状態を評価した。三名はM-0144による介入が有効な症状と一致していた。残り三名には別の処置も必要だった。


「全員に状態の改善が見込めます。ただしM-0144だけでは対応できない部分があります」


「優先順位を出してくれ」


 アルテが患者ごとの処置順を整理した。颯はミカにそれを伝えた。


 ミカが患者の一人を指した。老いた女性だった。颯が最初に見た、目を開けて話しかけてきた人物だった。


「この人が一番長く寝ている。七年になります」とアルテが訳した。


 颯はその女性を見た。呼吸は安定していた。目を閉じていた。


「アステルから持ってきたM-0144本体は七台ある。ここに据え置いていく。設置と調整の手順を教える。ミカたちで動かせるようにする」


 アルテが訳した。ミカが首を傾けた。また話した。


「機械の扱いは私たちには難しいかもしれない。でも覚えます」とアルテが訳した。


「アルテが操作手順を翻訳してまとめる。マニュアルにする。アステルでも同じことをした。できる」



 翌日、颯とミカとダルで一台目の設置に入った。


 元は倉庫として使われていた区画に機器を運んだ。床が石畳だった。電源線を引き直す必要があった。ダルが電力系統を確認した。既存の配線で出力が足りると判断した。


 電源が入った。起動音がした。


「キャリブレーションが必要です。このあと四十分かかります」


「始めてくれ」


 キャリブレーション中、ミカが颯の隣に立った。


「颯さんは、どこから来たのですか」とアルテが訳した。


「錆鉄丸で漂流していた。船内で設計図を見付けた。フィーエルとアステルに届けた。それからここに来た」


「一人でですか」


「アルテと二人だ」


 ミカが少し間を置いた。


「あなたのような人が来ると思っていなかった」とアルテが訳した。「二十年前に想像していたのは、連邦の輸送船でした。制服を着た人が来て、リストに書いてあるものを届けてくれる。そういう形を想像していた。でも連邦はなくなった。だから、あなたのような人が来た」


 颯は機械のパネルを見た。キャリブレーションの進捗が表示されていた。三十パーセントだった。


「連邦の輸送船ではないが」と颯は言った。「M-0144は届いた」


「届きました」とミカが言った。アルテが訳した。「それで十分です」



 最初の治療は三日後だった。


 七年間寝ていた女性を最初の対象とした。ミカが付き添った。颯とアルテが機器を操作した。アルテがリアルタイムで状態を読み取り、調整の指示を出した。


 三時間かかった。


 処置が終わった時、女性が目を開けた。颯を見た。それからミカを見た。ミカが何か言った。


「気分はどうですか、と聞いています」とアルテが言った。


 女性が答えた。アルテが訳した。


「——痛くない」


 それだけだった。ミカが女性の手を握った。何も言わなかった。


 颯は機器の状態を確認した。正常に動いていた。アステルと同じだった。場所が違っても、機械は同じように動いた。



 四日後、颯は出発の準備を始めた。


「M-0144本体は七台、ここに据え置く。操作マニュアルはアルテがまとめた。部品の補充が必要な時はアステルに送信してくれ。イグニスが対応する」


 ミカが頷いた。ダルは倉庫の扉を確認していた。新しい留め具を取り付けていた。


「通信は続けられるか」


「送信機は動く。この中継路が使える限り」とアルテが訳した。「ミカさんが、半年に一度は定期送信をするつもりだと言っています」


「それでいい。アステルでも受信体制を整える」


 颯はミカに向き直った。


「ロストン以外に、他の生存者の情報を持っているか」


 ミカが少し考えてから話した。


「旧連邦の通信記録に、いくつかの基地名が残っています。すべて確認できているわけではないが、少なくとも二か所は、崩壊直前まで稼働していた記録がある」とアルテが訳した。「場所は、南東方向と、環状帯の外縁です」


「その座標を送ってくれ」


「送れます。このあと通信機から転送します」とアルテが訳した。



 エアロックを通る前に、ダルが颯を呼び止めた。


 工具を一本、差し出した。旧連邦の刻印が入った小型のトルクレンチだった。


「これは何のために」


 アルテが訳した。ダルが短く答えた。


「旧連邦の規格品です。今はここではあまり使わない。あなたの船の方が役に立つかもしれない、と言っています」


 颯はトルクレンチを受け取った。刻印は薄くなっていたが、まだ読めた。製造番号が入っていた。


「使う」と颯は言った。


 ダルが頷いた。何も言わなかった。


 ミカが隣に立った。訳さずに、直接言った。標準語ではなかったが、颯には分かった。


「また来て」


 颯は頷いた。



 錆鉄丸のブリッジに戻った。クランプが外れた。船が動き出した。


「アルテ」


「はい」


「南東の座標、解析してくれ」


「始めます」


 ロストン・プロスペクトが後ろに遠ざかった。岩の塊だった。照明が一か所、外に漏れていた。不安定な電力で灯り続けている光だった。


 颯はトルクレンチを計器パネルの端に置いた。旧連邦の刻印。二十年前の手の記憶が染み込んでいるようだった。


「颯さん」とアルテが言った。「南東の生存者候補地、仮座標を算出しました。現在地からの推定所要時間、十四日と三時間です」


「次はそこへ行く」


 エンジンが出力を上げた。岩の光が視野から消えた。

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