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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
アステルの託された意思

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ロストンへ

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

三月三日、フィーエルからの便が着いたのは昼前だった。


 輸送船はアステルの外部ドックに接舷した。胴体の半分以上が貨物室で、乗員は操縦士を含めて三名だった。船体に「FHB-7」と刻印されていた。フィーエル補給基地の所属を示す記号だった。


 製品棟で、M-0144の最終検品を始めた。十二台が台車に乗って、壁に沿って並んでいた。イグニスが一台ずつ目視で確認した。アルテが各台の出力値と寸法を記録と照合した。


「三番と七番に微細なフレーム歪みがあります」とアルテは言った。「許容範囲内ですが、記録しておきます」


「輸送時の振動には耐えるか」


「緩衝材の仕様を確認してから判断します」


 イグニスが梱包材を一枚めくった。内側に旧連邦規格の発泡素材が充填されていた。分厚かった。


「問題ない」とイグニスは言った。「当時の設計を守った。振動吸収は実証されている」


 採掘作業員が四人がかりで台車を動かした。製品棟の床が狭く、方向転換のたびに慎重な調整が必要だった。颯は台車の横についてハンドルを補助した。一台ずつ、廊下を通って外部ドックへ運んだ。


 十二台が貨物室に収まるのに、二時間かかった。



 積み込みが終わったあと、医療棟に回った。


 廊下の端、窓際の椅子に老人が座っていた。車椅子だったが、背筋が伸びていた。昨日までとは違う姿勢だった。颯の足音を聞いて顔を上げた。


「立てるようになったか」と颯は言った。


「今朝から」と老人は言った。「十秒くらいなら自分の足で立てる。明日はもう少し長くなるかもしれない、と医療士が言っていた」


 颯はその顔を見た。痩せていた。目の下に深い隈があった。それでも視線に力があった。


「船が出る前に聞いておきたいことがあった」と老人は言った。「設計図を作った人間は、何を考えていたと思うか」


「分からない」と颯は言った。


「そうか」


「ただ、追われながら図面を守っていた。フィーエルへ届けようとして届けられなかった。船に残した」


 老人はしばらく黙った。窓の外を見た。アステルの岩盤が窓を塞いでいた。


「俺たちが生きていることを、その人間は知っているか」


「もう死んでいる。六年前にフィーエルを目指した人間だ」


「そうか」と老人は言った。「では俺たちが生きているのは、その人間が知らないところで起きたことだ」


 颯は何も言わなかった。


「礼は言わない」と老人は続けた。「あんたに言うことじゃない。ただ、知っておきたかっただけだ」


 老人が顔を窓の外に向けた。颯は廊下を戻った。



 出発前にイグニスを訪ねた。


 事務棟の奥の資料室に、イグニスはいた。机の上に書類が積まれていた。颯が入ると、一束を差し出した。


「ロストンの資料だ」とイグニスは言った。「設計書の原本は残っていなかったが、建設時の測量記録と工事仕様書の写しが出てきた。座標の精度は信頼できる」


 颯は受け取った。紙が黄ばんでいた。ページの端が茶色くなっていた。数字は読めた。


 イグニスが書類の束の中から一枚を抜いた。人事記録だった。名前が二つ、手書きで書き添えられていた。


「ロストンへ転属した者の記録が出てきた」とイグニスは言った。「俺が若かった頃、ここで一緒に働いていた技術者だ。ミカ・ヴァルナとダル・ハリエス。当時アステルからロストンへ転属になった。それきり消息が途絶えた」


 颯はその名前を見た。


「熱交換器と採掘機械の整備が専門か」


「よく分かったな」とイグニスは言った。少し驚いた顔だった。「ミカは廃熱回収型の設計を得意としていた。ダルは古い機械を動かし続ける技術者だ。振動制御と加圧系の専門だった。——アルテが調べたか」


「記録が断片的に残っていた。ロストンが二十年間生き残ったとすれば、その二人に必要な技術だ」


 イグニスが書類を机に置いた。


「俺には確かめようがなかった。通信が途絶えたあと、行く手段がなかった」


「ミカとダルに、伝言はあるか」と颯は言った。


 イグニスが少し黙った。


「生きているかどうかも分からない相手だ」


「それでも」


 イグニスが腕を組んだ。窓のない壁を見た。


「ダルは口数の少ない男だった。自分の仕事の話しかしなかった。ミカは逆で、よく喋った。二人が転属することになった時、俺は送別会を開こうとした。ダルが断った。別れを惜しんでも仕方がないと言った」


「それが伝言か」


「違う。ただ、そういう男だったということだ。伝言を考えるような間柄じゃない。一緒に仕事をしていた。それだけだ」


 颯はイグニスを見た。


「M-0144の製造は続けてくれ」と颯は言った。「週に一台のペースで出せるはずだ。次の便が来るまでに積み上げておいてくれ」


「やる」とイグニスは言った。「今度来る時には、改良できているかもしれない。製品棟のチームが、冷却回路の効率化案を出してきた」


「聞いた」


「颯」とイグニスが言った。「ロストンで何かあったら、戻ってこい。うちにある情報は全部出す」


「分かった」


 颯はドアを出た。廊下には採掘機械の低い振動が続いていた。



 外部ドックに戻った。錆鉄丸が接舷したままだった。


 アルテがエンジン点検のチェックを終わらせていた。颯がコックピットに入ると、航法システムの画面にロストン・プロスペクトの座標が表示されていた。


「発進準備できています」とアルテは言った。「燃料、空気、水、異常なし。冷却系の圧力が若干低いですが許容範囲内です」


「信号は」


「受信継続中です。パターンに変化なし」


 颯はシートに座った。ハーネスを確認した。


 フィーエルへの輸送船はすでに切り離されて発進していた。窓の外に、遠ざかる船体が見えた。M-0144を十二台乗せて、フィーエルへ向かっている。患者が待っている。


「行くか」と颯は言った。


「はい」


 エンジンを起動した。振動が船体に広がった。アステルのドックが離れた。外壁が後方に流れた。岩盤の灰色が視野を埋め、やがて後方モニターの中に収まった。



 アステルが小さくなった。


 採掘装置の腕がまだ見えた。それが点になった。星と岩と距離だけになった。


「信号をスピーカーに出してくれ」と颯は言った。


 低いパルス音が船内に満ちた。三十七秒ごとに、同じ配列が繰り返された。何を意味するのか、まだ分からなかった。


「解析の進展は」


「独自の符号体系を使っていることは確実です。旧連邦の標準コードとは異なる構造ですが、体系として整合性があります。孤立した集団が自力で再構築した通信規格だと判断しています」


「解読の見込みは」


「到着して直接通信を試みた方が早いと思います。同じ符号を使っている集団ですから、対面で合わせれば確認できます」


「了解した」


 颯はシートに深く座った。前方スクリーンには星が広がっていた。南南東の方向に、ロストン・プロスペクトがある。三十八時間後に着く。



 三時間が経った。


 アステルはとっくに後方モニターからも消えていた。フィーエルへの輸送船も見えなかった。ただ星があった。


「ミカの技術記録を読みました」とアルテが言った。「ロストンが二十年間生き残ったとすれば、閉鎖環境での廃熱回収技術が不可欠だったはずです。エネルギーの自給に直結します」


「ダルは」


「採掘機械の整備記録が残っています。振動制御と加圧系の維持。古い機械を動かし続ける技術者です。どちらも、孤立した採掘基地で生存するために必要な専門性です」


 颯はパルス音を聞いた。三十七秒。三十七秒。


「二人とも、二十年間動かし続ける理由を持っていた」


「可能性が高いと判断します」


 颯はコートの内ポケットに手を当てた。イグニスから受け取った書類が折りたたまれていた。黄ばんだ紙の感触があった。名前の書き添えられた一枚も、その中にある。


 アステルで作ったM-0144がフィーエルへ向かっている。フィーエルの患者が待っている。次の生産分がアステルで積み上がっていく。その先に、ロストンがある。


「到着六時間前に起こしてくれ」


「了解しました」


 パルス音は続いていた。規則的に、疲れることなく、誰かの信号が届き続けていた。颯は目を閉じた。

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