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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
アステルの託された意思

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南南東の声

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 二十年鳴り続けた信号に、ようやく人の声が混じり始めていた。


 週末になった。


 生産棟に入ると、作業台の数が増えていた。前日まで三台だった第三工程が、五台になっていた。イグニスが夜中に搬入させたらしかった。


「数は」と颯は聞いた。


「十四台、出ました」とダールが答えた。「昨夜の最終確認で全部基準値内です」


 颯は台の前に立った。並んだ製品は小さかった。掌に乗る大きさのものが十四個、木板の上に整列していた。


「マリエに連絡したか」


「イグニスが今朝入れました。昼前に検品に来るそうです」


 颯は一つを手に取った。重さがあった。旧連邦の製品規格に従って作られたものは、こういう重さになる。設計者が意図した密度だった。


「ダール、今月の素材の残りはどのくらいだ」


「六台分です。来月の補充が届けば追加で三十台分になります」


「月産二十台体制は維持できるか」


「設備が問題ないなら。工具の摩耗は想定より遅いです。六十年前の金属は、今の採掘屑より硬い」


 颯は製品を台に戻した。ダールはすでに清掃作業に移っていた。



 病棟へ向かった。廊下を歩くと、一室から声が聞こえた。扉が開いていた。中に三人の患者がいた。二人は椅子に座り、一人は立っていた。立っている人間の足元が少し揺れていた。壁に手を当てていたが、支えとして使っているわけではなかった。確認のために触れている程度だった。


 颯は通り過ぎなかった。しばらく見ていた。


 室内の三人は颯に気づかなかった。話していた。何を話しているかは聞こえなかった。ただ、話していた。


 廊下の先から足音がした。マリエだった。


「十三名です」と彼女は言った。「昨日の夕方から全員、評価が上がっています。今朝から自力で起き上がれる患者が三名になりました。昨日は二名でした」


「副作用の一名は」


「軽微なまま推移しています。治療は継続しています。今日の夕方にもう一度評価します」


 颯は病室を見た。立っている患者が一歩、壁から離れた。体が揺れた。もう一歩踏み出した。揺れが小さくなった。


「足りない人員は、イグニスに話した」と颯は言った。「今日の昼に補助スタッフを一名回すと言っていた」


「助かります」とマリエは言った。短く、しかし確かに言った。



 昼前、イグニスとマリエが生産棟に来た。検品は四十分かかった。計測器を使って一台ずつ確認した。全台が合格した。


「補給船に積み込む」とイグニスが言った。「来月三日、予定通りだ。十二台を送り、二台を予備として残す。さらに一台を訓練用に確保する」


「次の製造担当の育成か」


「ダールが引き継ぐ。ただし一人では心許ない。並行して三名を養成する。二ヶ月後には独立して動けるはずだ」


 ダールは台の向こうで作業していた。会話には加わらなかった。


「引き継げるか」と颯はダールに言った。


「やります」とダールは答えた。手を止めなかった。


 マリエが製品を一つ手に取った。


「これが全部の患者のところへ届く日が来たら」と彼女は言った。独り言のようだった。


 イグニスが壁の方を向いた。颯は何も言わなかった。


 製品は小さかった。しかしここで作られたものだった。この岩盤の中で、この人間たちが作ったものだった。



 夕方、生産棟を出た。


 廊下を歩いていると、前方から採掘作業員らしき男が来た。颯の顔を見て、少し足を止めた。


「あんたが颯か」と男は言った。


「そうだ」


「マリエの——妻の担当医から聞いた。三台目が昨夜出来たと」男は言った。言葉が続かなかった。「礼を言いたかっただけだ」


 颯は男を見た。採掘作業の疲れが顔に出ていた。目が赤かった。


「設計は前の持ち主が残した」と颯は言った。「俺たちはそれを届けただけだ」


 男は何も言わなかった。


 颯も何も言わなかった。男が先に歩き出した。颯は見送った。



 夜、船に戻った。


 アルテが端末に向かっていた。颯が乗り込む前から、画面に波形が出ていた。


「信号に変化があったか」と颯は言った。


「あります」とアルテは言った。「昨夜から今朝にかけて、信号の密度が上がりました。断続的なパターンがこれまでより明確に出ています」


 端末の波形が前回より複雑だった。上下の幅が一定ではなく、細かい変化が規則的に並んでいた。


「解析は」


「完全ではありません。ただ」アルテが少し間を置いた。「パターンに周期があります。三十七秒ごとに特定の配列が繰り返されています。これはランダムなノイズには生まれないパターンです」


「何を送っているんだ」


「内容の解読はできていません。旧連邦の標準コードには合致しませんでした。独自の符号か、変形させた通信体系を使っている可能性があります」


 颯は手帳を出した。「南南東」と書いた紙を開いた。


「独自の符号ということは」


「長期間、孤立した集団が考えられます」とアルテは言った。「旧連邦の標準が失われた後、独自に再構築した通信体系を使っているとすれば、相当な期間この状態で存在していたことになります」


「距離の見当はつくか」


「信号強度から計算すると、最低でも光速で三十時間以上の距離です。発信設備の出力が不明なので、もっと遠い可能性もあります」


 三十時間。颯は計算した。錆鉄丸の巡航速度ならば、片道でどのくらいかかる計算になるか。


「イグニスに聞いてみる」


「何をですか」


「この方向に、旧連邦時代に何があったか。採掘基地の古いデータに記録があるかもしれない」



 翌朝、イグニスを探した。


 事務棟の奥に小さな資料室があった。イグニスはそこにいた。古い書類の束を机に広げて、何かを照合していた。


「信号の件で聞きたいことがある」と颯は言った。


 イグニスが書類から顔を上げた。


「アルテが南南東の方向から、人工的なパターンを持つ信号を受信し続けている。三日以上継続している。この方向に、旧連邦時代に何があったか分かるか」


 イグニスは書類を脇へ置いた。沈黙が長かった。


「南南東か」


「そうだ」


「……一つ、心当たりがある」


 颯はイグニスを見た。


「ロストン・プロスペクト」とイグニスは言った。「旧連邦の第三次外縁採掘計画で設置された前線基地だ。アステルより十五年早く建設された。俺がここに来た年には、もう通信が途絶えていた」


「どのくらい前だ」


「二十年以上になる。俺はまだ若かった。当時の主任から、ロストンは崩壊したと聞かされた」


「崩壊の根拠は」


「通信の途絶だ」とイグニスは言った。「それ以外に根拠はない。誰も行ったわけではない。信号が来なくなったから、崩壊したと判断した」


 颯は何も言わなかった。


「生き残りがいるかもしれない、と思うか」とイグニスが続けた。声が変わっていた。感情を殺そうとして、うまくいっていなかった。


「信号は来ている」と颯は言った。「それ以上のことは、まだ分からない」


 イグニスが立ち上がった。資料室の棚を見た。


「ロストンの座標なら、古い測量記録に残っているはずだ。探してみる。基地の設計書も、あれば出す」


「頼む」



 その日の夕方、イグニスが資料を持ってきた。


 アルテが照合した。


「方位は一致します」とアルテは言った。「ロストン・プロスペクトの記録座標と、信号の発信方向が一致しています」


 颯は端末を見た。座標の数字が並んでいた。


「距離は」


「錆鉄丸の巡航速度で、片道三十六時間から四十時間の範囲です」


 イグニスが隣に立っていた。端末を見ていた。腕を組んでいたが、その腕に力が入っていた。


「二十年間、どうやって生きていたんだ」


「採掘基地なら、資源は掘れる」と颯は言った。「エネルギーも自給できる可能性がある。通信設備が壊れたか、あるいはわざと沈黙していたか」


「わざと?」


「旧連邦崩壊の後、意図的に連絡を絶った集団はいる。何かを恐れていたか、自分たちだけで生き残ろうとしていたか」


 イグニスは端末を見続けた。


「M-0144が出来た今、ロストンにも必要なものがあるかもしれない」と颯は言った。


「行くつもりか」


「フィーエルへの便が出たあと、確認に向かう」


「一人で行くのか」


「そのつもりだ」


 イグニスが颯を見た。何か言いたそうだったが、言葉にしなかった。


「座標をアルテに送る」とイグニスは言った。「設計書も見つかれば持ってくる」


「助かる」


 颯は資料室を出た。廊下は静かだった。採掘機械の振動が岩盤から伝わっていた。低く、規則的に。



 夜、船に戻った。


 アルテが信号の波形を画面に出したままにしていた。颯が席に着いても消えなかった。


「ロストンの建設記録は見たか」と颯は聞いた。


「イグニスから受け取ったデータを照合しました。建設時期は旧連邦暦二二七年。乗員定数は六十名。採掘対象は重希土類鉱脈です」とアルテは言った。「ただし、それ以降の記録はアステルにも残っていません。途絶した時点から先は、こちら側には何も届いていない」


「六十名から始まって、二十年以上経った。今何人いるかは分からない」


「はい」


 颯は波形を見た。三十七秒周期が続いていた。


「返信を試みるか」とアルテが聞いた。「こちらから信号を送れば、受信しているかどうか確認できます」


 颯は少し考えた。


「待つ」


「理由は」


「返信すれば、こちらの存在が伝わる。向こうがどんな状態にあるか分からない段階で、位置を知らせるのは早い。フィーエルへの便が出て、ロストンへ向かえる状況になってから判断する」


 アルテが波形を見た。


「了解しました」


 颯は窓の外を見た。坑道の外壁が暗かった。その向こうに岩盤があって、岩盤の向こうに空があった。南南東の方向に、ロストン・プロスペクトがあった。


 フィーエルへの便は来月三日。その後なら向かえる。


 信号は来ている。二十年間、孤立していた人間たちが、今もそこにいるかもしれない。


 端末の波形が揺れていた。颯はそれを見ながら、明日の手順を頭の中で整理した。積み込みの最終確認、セイへの連絡、患者の経過確認。一つずつ片付ければいい。


 ロストンのことは、もう少し先に分かる。その先に、二十年返事を待った声がある。

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